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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
48/52

供物の偶像

 顔面にいくつもの雨粒が落ちて弾ける。床が冷たく湿っているようで、絶妙な柔らかさと固さが共存している。気が付くと、私は中庭で仰向けになっていた。


 むくりと上半身だけを起こすと、さっきまでいたはずの真っ暗な空間は無い。まるで、夢でも見ていたかのような虚無感。いいえ、もしかしたら本当に夢を見ていただけなのかもしれない。例えば、ロープから落ちた際に打ち所が悪くて、そのまま気を失ってしまったとか。


「・・・痛くない」


 心配になって後頭部を中心に頭部を触診してみる。特に傷ができているわけでもなく痛みも無い。


 服に付いてしまった泥を払おうとするけれど、滲んでいて落ちない汚れには目を瞑るしかない。


「よっこいしょ」


 我ながら年齢に不相応な掛け声が出てしまったけれど、ひとりだし別に羞恥心は湧かない。


「そうだ、江橋さんは?」


 ひとりであることを認識したことで思い出したけれど、私は江橋さんとここに来ていたのだった。上を向いて確認する。壁の外から建物の上部に向けてロープを張っていたはずだ。そのロープは記憶通りに視界に映るも、その先には江橋さんの姿は見当たらない。


「えっ、まさか置いていかれた?」


 私が落ちる寸前、江橋さんが私の状況に気づいている素振りは無かった。けれど、到着したのならその後に私が追随してきているか確認するはず。そこに私が居なければどうにかして探しに来るはずだ。


「・・・もし、あの夢が本当なら」


 もし、さっきの夢が本当に起きていたことなのだとしたら・・・。そして、そこからかなり時間が経過しているのだとしたら?暗闇の中に居たことで私が居ることがわからなかったのだとしたら?


「置いてかれてそうだなぁ・・・」


 江橋さんとの付き合いはそれほど長いわけでもないけれど、なんとなくこれまでの彼の言動から来るイメージでは、探しても見つからないなら取り敢えず置いていくのかもしれない。少なくとも、死んでいる可能性が高いとはいえ、千堂さんのこともある。天秤にかけるなら私よりも千堂さんの方が比重は重い気がする。


「取り敢えず、私も向かわなきゃ」


 本殿まではそれほど離れてもいない。私は、本殿の玄関を開ける。すると、見えたのはよくあるエントランス形式の風景だ。洋風というわけでもなく、下駄箱が並んでいる隣に受付と管理室がある。近くにはエレベーターが設置されていて、車いすマークが付いている。


「人は・・・いない」


 腕時計で時間を確認する。真昼間で、営業時間内のはずだけれど人の気配がしない。けれど、居た形跡はある。受付窓口から覗いてみると、管理室にある椅子にはコートがかかっていたり、机には電源が点きっぱなしでコーヒーがこぼれて汚れている資料があったりと。


「荒れている?きっと何か緊急な事態が起こったのかな」


 本堂に直通している連絡路の扉が開きっぱなしになっている。


「罠?」


 なんとなくそう思ったけれど、だったらなんだという気持ちがある。


「誘導されてる感があるけど、やってやろうじゃない!」


 さっきまで不思議な出来事に遭っていたからだろうか。なんとなく誘いにのってもどうにかなるんじゃないかっていう楽観的な予感がある。私の良く無いクセであることは重々承知しているけれど、こればかりはなんだか心がそうしろって命令しているように聞こえていてならない。


♦♦♦†♦♦♦


 意気揚々と連絡路を抜けた私には、若干の拍子抜け感が拭えなかった。抜けるまでには何もなく、抜けた先にも目新しいモノや注目すべきものは見当たらなかった。

 

「なんか、数分前の私・・・恥ずかしくなってきた」


 誰もいないのになんとなく自分は何を息巻いていたのだろうかと羞恥心が襲ってくる。両手を両頬に添えると熱がこもっているのがわかる。こんな状態の顔を鏡で見た日には・・・考えるのも憚られる。


 本堂の中に入ってはみたものの、そこには誰もいない。具体的にどこの部屋で待ち合わせをしているというわけでもないけれど、こういう時って一番目立ってわかりやすい場所に行けば会えるものだと勝手に思っていた。


「ここにいなかったらどこにいるんだろ?」


 取り敢えず、時間を確認する。正直、気を失っている時間が長かったのか待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。なら、状況は変わっていてもおかしくないわけで、私はそこまで頭が働いていなかった。


「なんて、愚鈍なの?私は・・・」


 それでも、何かしらの手がかりはあると信じるしかない。私は辺りを見渡す。本堂には、とても大きな神像が胡坐をかいている。周囲にはお供え物を表す偶像が並んでいる。ここの宗教観では、供物は金銭でも食べ物でもない。亡くなった人々の骨や魂・・・即ち死後の状態や風景そのものを対象としている変わった教えだったと記憶している。おかげで、内装は不気味極まりないわけだけど、そのどれもが決して醜悪なイメージの元に作られたわけではない。あくまでも、死後の自身を供物とし捧げる。そこからは努力次第で誰であれ必ず達成できる試練を課され、その試練を達成した魂から順番に輪廻転生をする。そんな内容だったはず・・・。


 私には、嫌悪感を覚えてしまう考え方だ。しかし、何故か馴染み深さとでも言おうか、懐かしさを覚えることが多々あった。その正体については全くわからないけれど、不思議とこれまでの人生の中で切り離すことのできなかった思想だと思う。


 供物の偶像たちを調べていると、なんとなく違和感を覚えた。


「あれ、こんな場所に切り込みなんてあったっけ?気づかなかった」


 供物の偶像には、それぞれ上部に切り込みが入っていた。どうやら蓋のようになっているらしく取ることができるようだ。


「子供の頃は遠目に見るだけだったからなぁ・・・スンスン――ん?」


 供物の偶像からなんだか鉄臭い匂いが漂ってきている。正直、ここで嫌な予感が脳裏を過った。


 偶像というものが何でできているのかは良く知らないから、偶像の材質そのものの匂いが湿気とかで強くなっているなどと謎理論を展開していく。でないと、正気を保てそうにない現実がすぐそこに待ち受けているのだと理解している自分がいるからだ。


「これは血じゃない・・・これは血じゃない・・・」


 こうやって現実逃避するのがきっと一番なのだとわかっている。触らぬ神に祟りなしなんていう諺もあるぐらいだ。それでも、私は自然と供物の偶像の蓋を外した。


 その中に入っていたのは――。


「・・・・・・あぁ、そんな。やっぱり・・・」


 まるで骨壺のような在り方を成した偶像。人間一人分のバラバラに解体された身体と、丁寧にもそれが誰の遺体なのかはっきりとわかるように名前の書いた紙が添えられていた。


「千堂・・・霧矢。千堂さん・・・」


 名札があって初めてその人なのだとわかるくらいに、意図的な喰い残し感。彼の顔に、皮膚は残っていなかった。

読んでいただき誠にありがとうございます。

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