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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
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群青の穴

もう少しで指定した時間になる頃だろう。


豪雨が来ることはわかっていた。雨量が増せば浸水するのは免れない。となると交通機関が麻痺することはわかっていたし、それを避けて高速道路を用いて早め早めと行動することぐらいは簡単に想像できる。だからこそそれを踏まえての時間を指定したつもりだ。


なのに、彼女たちはまだ来ない。


どうしてこちらの想定通りに事が運ばれないのだろうか?そればかりはどうしても理解できない。


「・・・!?」

 

 不意に違和感を覚えた。まるで身体を傷みなしに切り裂かれて投石を受けたかのような異物混入の感覚。


「なんだ・・・今の」


 慌てて自分の身体中を触れる。反射的な行為ではあるが、どうしても生きている心地がしなかった。


 不安だった。


「なんてことない・・・」


 この寺に来てからだろうか。今のような違和感を覚えることが多くなってきた。


 どうやらこの寺の何かが狗神様の力を奮いだたせてしまっているらしい。無形の神様である()()()()()()がここまで弱点を晒すことはなかなかない。


 うん。今の狗神様は好きじゃない。最古の支配者と名乗るぐらいなら、人智を超えた存在でなければ納得がいかない。腐っても人間である僕に、まだテオトマに馴染み切ってない不完全な僕なんかに弱みを悟らせるようでは失望せざる終えない。


 だから早くいつもの狗神様に、いつもの超越者に戻って欲しい。僕というなんてことのない有象無象の一人を自身の端末に選ぶぐらい豪快且つ慎重な矛盾の塊、その在り様に僕は惹かれたのだから。


 辺りに転がっている肢体の数々に目を向ける。壁に吊るしているいくつかの首に目を向ける。そしてそれを見ながら、僕は舌なめずりをした。


「うん・・・やっぱり美味しくないや」


 それと同時に、また異物が混入する感覚を味わう。


「―――――!!」


 今度のは大きかった。あれは人サイズ。人が一人そのまま中に入ってきたような、耐え難い感覚。


「おえぇぇぇぇぇえええぇぇ・・・」


 咽び変えってきた感覚に堪らず吐き出した。畳の上に吐瀉する。最近は固形物をあまり摂取していなかったせいか、殆ど胃液だけが出てくる。


 冷や汗とでもいうべきか、全身に身の毛もよだつような受け入れがたい感覚が襲う。


 ――――あぁ、思い出した。これは初めての感覚じゃない。久しぶりの感覚だ。


 6年前のあの夜を思い出す。


 女を犯し、食い千切り、また犯し、食い千切る。あぁ、たまらなかった。小学生の僕が初めて味わった最高水準の美食。それと同じことが今起きたのだ。



♦♦♦†♦♦♦



 江橋さんは車の中からロープと金具を取り付け、切っ先の長い農具で使われるような手鎌を先端に取り付けた。


「今からこれを投げるから離れててね」


 その忠告に従って、私は念のため車の陰に身を潜める。それを確認した江橋さんは塀を昇ってから何度か円を象るように振り回した後に投げつける。鎌の切っ先がガンッと鈍い音を鳴らせて引っかかる。掛かったのは瓦でできた寺の屋根だ。


「よし、金具を車に固定して・・・これでよし」


 ここまでくれば私でも何がしたいのかは見当がつく。車から屋根まで張られた一本のロープをツタって屋根から侵入しようということらしい。たしかに、こんな方法はなかなか思いつかないかもしれない。


 けれど問題がある。


「このロープをツタって行こう。俺が先に行くからついてきて」


 私にはこのロープをツタって登れるほどの筋力は無いと思う。そのことを伝えようとしたときには、江橋さんはそそくさと真ん中あたりまで到達していた。


「はやっ!」


 けれど、呆気に取られている時間はあまりない。とにかく昇らないと。


 そうしてロープに跨って進もうとする。少しずつ少しずつ。段々と足先を伸ばしても地面に着かない高さまで昇る。すると、自然と恐怖心というものは湧き上がってくる。


 下を見ちゃいけない。下を見ちゃいけない!!

 

 豪雨の為か手が滑る。服は言わずもがなべちゃべちゃに濡れてしまっている。高さがつけばつくほど横風が強くなる。


 けれど、ふと視界にいれてしまったものがある。それは、江橋さんが見せてくれた靄だった。地面に広がる群青色の靄が段々と近づいているような感じがする。


 気づけば私の手はロープを握っていなかった。


 靄が近づいてきているんじゃない。私が落下していたことに鈍感な私はようやく気づいた。


 思わず涙が出てくる。落下しても足から付けば死ぬような高さではなかった。けれど、どうしてもその靄の先には果てが無いように思えたのだ。どこまでも落ち続ける奈落のような不透明さ。私は生物として恐怖した。


 落下する。涙がこぼれる。けれども助けを請う声を出す余力はない。上を見上げると江橋さんはまだ上ることに集中していて、私が音も無く落下していることに気づいていないようだ。


「つかえないやつ・・・」


 無意識に出てしまった言葉に、私自身も驚愕している。あぁ、私はこんな冷徹な性格をしていたのかと、本当の自分というモノがわからなくなってしまった。


 そうして私は、群青色の靄に包まれる。足が地面に着いた感覚はしない。予想していた通り、私は奈落の入り口を通過してしまったのだろうか。

読んでいただき誠にありがとうございます。

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