認識の齟齬
数日ぶりの大豪雨が始まった。空からは雷がゴロゴロと音を鳴らせて白光をギラギラと主張させてくる直下、乙坂聡一から指定された時間と場所に私と江橋さんは間に合ったのだけれど、そのお寺の中には入れずにいた。
「ダメだね。玄関が完全にひしゃげている」
木造建築のお寺はその殆どが横にスライドする引き戸式の玄関であり、このお寺もその中の一つだ。玄関が外れてしまったりすることくらいはいくらでもあるとは思う。けれど、これはそういう壊れ方ではない。空間がねじ曲がっているようなものと言えばわかってもらえるだろうか。玄関の戸だけでなくそれを支える両方の壁や下に置かれている石階段、戸の上にある装飾も含めて一つとして見た場合において、このあまりに美麗とも思えるほどの丸い渦状にねじ曲がっている光景は、ある意味完成されている芸術品とも見れる気がする。そのおかげで、入れないわけだけれども。
「しかし、物理法則を無視した風景だな。石段が曲がっているのもおかしいけれど、玄関に使用されている木材が一切割れ目をもたずに曲がっているなんて、どういうことだ?木くずすら散らばっている形跡がない」
江橋さんの言った感想は、私も違和感としてもっていた。まるで絵でも描いたかのように、最初からそういうデザインで置かれていたかのように玄関は在る。あまりに不気味過ぎるその光景から察するに、これをやったのは間違いなく人間でもなければ動物でもない。よく、エジプトのピラミッドを造り上げるのに当時の技術力だけでは説明がつかないと言われているのと同じようなものだろう。明らかに、何か別の要因が働いたことによる現象だとしか言いようがない。
「さて、どうしようか。このままだと時間を過ぎるわけだけれど、かといって何処かに入れそうな場所があるわけでもない。裏口が無いなんて珍しいね」
お寺の周りを一周した江橋さんからの感想はそのようなものだった。
「よじ登れたりとかできそうでしたか?」
「案外アクティブだね。できないこともなさそうだったけれど、ちょっと心配だよね」
「登るのがですか?」
「いや、罠とかそっち方面かな。こんな光景を作り出したのは間違いなく乙坂聡一か、それに関係する何かだろう」
たしかにそのとおりだとは思う。というか、それ以外に推察できる人物は思いあたらない。物理的に可能かどうかは置いといての話にはなるけれど。
「となれば、この寺の敷地内に何かある可能性は否定できないかな。その中で一番考えやすいのが罠だったから言ってみただけだけれど。よじ登るという発想は、当然行き着きやすい。なら、それを見越して何かしらの妨害を仕込んでいてもおかしくはないよなってね」
たしかにそのとおりだとは思う。物理的に可能かどうかは置いといての話にはなるけれど。それ以外に推察できる人物は思いあたらない。
「となれば、この寺の敷地内に何かある可能性は否定できないかな。その中で一番考えやすいのが罠だったから言ってみただけだけれど。よじ登るという発想は、当然行き着きやすい。なら、それを見越して何かしらの妨害を仕込んでいてもおかしくはないよなってね」
杞憂であれば楽なんだけど。そんな言葉を小声で吐露した後、江橋さんはお寺の前に停めていた車の方へ小走りで戻っていく。
「何してるんですか?」
私がそう問いかけると、江橋さんは後部座席の下に隠すように閉まっていたアルミ状のケースを取り出し、中から銀色の球体を掴み取った。
「・・・鉄球ですか?」
「うん。鉄球だね。知り合いに物に小細工を仕込むのが上手い人がいてね、その人に作ってもらったオーダーメイド品さ」
江橋さんが若干誇らしげに自慢するその鉄球は、外見は普通の鉄球と何も変わらないように見える。
「何か仕掛けでも付いているんですか?」
私が問うと、江橋さんは「まぁ、見てて」と言ってそのままお寺の方まで小走りで戻っていく。追いかけると、謎に歪んだ玄関の目の前から鉄球を内側へと放り投げた。
「な、なにしてるんですか!?」
いきなりのことだからか思わず吃驚してしまった。江橋さんは、私の疑問には答えず、そのまま数秒程度玄関に耳を澄ませて聞いているような姿勢をとっている。
何が起きるのかはさっぱりわからないし、側から見れば江橋さんのしていることは奇行でしかないと思う。けれど、彼のしていることにはきっと意味があるのだと、それだけはわかる。
今の私ができることはただ一つだけ。江橋さんを信じることだけだ。
「あー、これはめんどくさいな」
江橋さんはこめかみに手を当てながら溜め息をついた。
「何かわかったんですか?」
「鉄球の落下音が聞こえてこない」
言われてみれば確かにそうだ。鉄球が放物線を描くように塀を越えたのをハッキリと目にした。けれど、地面に鉄球が当たる音は聞こえていない。
「でも、なんで・・・」
「確認してみるよ」
江橋さんが鉄球を投げ入れた位置に立ってよじ登ると、またしても何かを察したような表情をしているのがわかる。鉄球が落ちた先に罠でもあったのだろうか?
「・・・ない」
「え?」
「なにもない・・・鉄球が無いところじゃない。何だこれは」
江橋さんはスマホで撮影し、塀から降りると私にその光景を見せてくれた。
スマホの画面に映し出された写真には、靄のようなものだけが映っていた。
「何もないというか、靄で隠れてる・・・感じですね」
「靄?なんのことだい?俺には何も無いようにしか見えないけれど」
どういうわけか、私と江橋さんには見えているものが違うようだ。
「認識に違いがある?いよいよもって現実離れしてきたな。まるで漫画や映画の世界だ」
現実離れという部分では正直に言ってこのお寺の玄関を見た時点で・・・、いや、もしかしたらこの悪天気すらもそうなのかもしれない。天気に関しては、もう当たり前の出来事のように思えてきてるからか鈍感になっているのかもしれない。
「これをどう突破するかだな」
「何かないんですか?」
「いやまぁ、ない事もないんだけどね。この天気だからしたくないけど、この天気だからこそ奇策的な突破手段になり得るというか・・・」
段々と声がモゴモゴとくぐもるようなハッキリとしない音になっていく。それはこの土砂降りのせいか、わざとしているのか、たぶん両方だとは思うけど。
「何か策があるならしましょう!もう悠長としてられません」
そう、先程スマホの画面を確認した時に時間もチラ見していたのだけれど、もう乙坂聡一が指定した時間まであと数分というところまで時間は経っていたのだから。
「なら、やろうか。ずぶ濡れになるのは覚悟してほしい」
そう言ってまた車の方に向かった江橋さんは、ロープと尖った金具のようなものを取り出した。
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