前兆は過ぎた
「悪いね、急に呼び出しちゃって」
突然来た江橋さんにどこか二人だけで話せる場所はないかと訊かれたので、大学の学生支援課にある談話室を少しの間だけ借りることにした。
「それはいいんですけど、急にどうしたんですか?」
「実はね、今日は千堂さんと情報を共有するために待ち合わせをするはずだったんだけど、何度連絡しても繋がらなくてね、先に倉南ちゃんへの要件を済ませに来たんだ」
「私の要件?」
「まぁ、注意喚起ってところなんだけど・・・倉南ちゃん、この前話した乙坂聡一のことは覚えてるかな?」
「は、はい。忘れるわけないです」
江橋さんは言葉に間隔を持たせるように、一呼吸置いてから続ける。
「実はね、避難所生活をしていた初日に俺は彼と遭っているんだ。それも、あの避難所内でね」
ほんの一瞬だけ私の脳裏に過るものがあった。それは、この人は何を言っているんだろう?とか、ぼーっとしていて内容が頭に入らなかったとか、そういった思考停止を反芻している状況を脳内で俯瞰していたわけではない。
この人は、乙坂聡一と繋がっている?そんな疑念が過ってしまった。
「え、あの・・・」
しかし、そんな疑念はすぐに晴らされた。
「彼を追いかけようとしたら、逃げられたよ。あの日は雨が酷かったからね。水位が上がった道を移動するのは危険だった」
「・・・なんだ」
安心・・・とは何かが違う気はしたけれど、なんとなく私に危害を加えるような人ではないということを確信できたような気はした。
「なんだってなんだい?まぁ、いい。それよりも本題だ。乙坂と対面した時、彼はこう言っていた」
『アナタに用はありません。先程まで咲本倉南という女性と一緒にいたでしょう?彼女に会わせてください』
「間違いなく、彼は君のことを認識している。それがいつからかはわからないけれど」
乙坂聡一が私のことを認識している。私のことを探していた。それだけで肝が冷える思いになるけれど、それ以上にこれで彼に遭いやすくなったという心持ができたのは何故だろう?
きっと、私は姉の怪死理由が気になるんだ。だからこそその手がかりである彼とは接触してみたい。
「避難所生活以降、彼に遭ったり、それらしい視線を感じたりとか、そういったことはなかったかい?」
「いえ、特にはそういったことはなかったですね。私が鈍感なのかもしれませんが」
「乙坂が倉南ちゃんにどんな要件があったのかはわからない。だからこそ、彼との接触をする際にはできる限り連絡をして欲しい。俺でも千堂さんでも構わない。多忙そうだからあまり期待はできないけど仲石さんも極力力になってくれるはずだ」
「わかりました。できるだけ連絡をするようにします」
それはよかった。と言って、江橋さんは談話室から出て受付の係員さんに軽く会釈をする。
「出ようか」
私は談話室を出て駐車場まで江橋さんを見送ることにした。その途中、ふとあることを思い出したので気兼ねなく言葉にしてみることにした。
「そういえば、まだ千堂さんとは連絡がとれないんですか?」
「そうだね。さっきから何回かかけてはいるんだけど」
そんな会話をしていると私のスマホに一軒の着信が来た。
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、全然いいよ」
スマホの画面に映し出されたのは、千堂霧矢という名前だった。
「あ、千堂さんからです!」
「なに?あの人俺の着信は無視するのに倉南ちゃんには連絡よこすのか」
そんな冗談めいたことを言っている江橋さんを余所に電話に出る。
「はい。咲本です」
『咲本倉南さんでお間違いありませんか?』
電話越しに聞こえてきたのは、予想以上に若々しい男性の声だった。
私は咄嗟に、江橋さんの方を見て首を横に振る。
そのジェスチャーが通じたのか、江橋さんの表情がスッと真顔になるのがわかる。
「はい。そうですけど、あなたは?」
『申し遅れました、乙坂聡一と申します。今、千堂刑事のスマホをお借りして連絡させてもらっています』
私はあまりに不謹慎な想像をしてしまった。それは――
「千堂さんはそこにいるんですか?」
『いますよ』
返答は淡々としている。
「代わってもらってもいいですか?」
『それはできません』
「何故ですか?」
電話越しに一呼吸するような音が漏れてくる。
『せっかく、黙らせたのに起こせるわけないでしょう?』
身の毛がよだった。背筋に緊張が走るのが伝わる。
「・・・」
声を出そうにも喉から上に発声できる気がしない。思わず息を呑んでしまった。
『用件だけをお伝えしますね』
『今から一時間後、貴女のお姉さんである咲本詩奈さんが眠る墓場。その隣にある寺に来てください。インターホンを鳴らす必要はありません』
「わ、わかりました」
『それと、江橋さん・・・でしたっけ?彼も一緒に連れてきてください。その他の同行は認めません。勿論、警察も』
そして、もう一度電話越しに深く呼吸する音が漏れてくる。
『もし破れば、わかっていますね?』
通話はそこで切れてしまった。
♦♦♦†♦♦♦
「なかなかにふざけてるねぇ」
江橋さんに通話内容を知らせて、最初に出てきた感想がそれだった。
「ふざけてる?ですか」
「あぁ、脅しているにしては中途半端過ぎる」
「脅しに中途半端とかあるんですか?」
「なんというか、脅し慣れてない人間が喋るあるあるなワードがいくつかあってね」
そんなものがあるのかと、素直に驚く。
「その反面、あまり聞かないケースでもあるのは確かだ。俺を同行者として選ぶのもそうだけど、普通は一人で来させるものだ」
たしかに、テレビや映画なんかでは身代金を運ばせる用に1人だけを指定することが多い。そういう意味では、少数派なパターンなのかも――。
「――あれ?」
「気づいた?」
身代金というワードを思い浮かべたことで、気になることができてしまった。
「彼が要求してきたのは、二人で来ることだけだった」
「そう。それ以外には何も要求していない。つまり、俺たちと直接話すことが目的であるわけだ。けれど、それなら何も千堂さんを人質にするようなリスキーなことをするメリットが無い。彼は刑事で護身術だって心得ているはずだ。並みの高校生じゃ歯が立たないだろう、それを抜きにしても彼が万が一にも音信不通になれば、警察が動き出すことは誰でもわかる」
「でも待ってください。それってつまり・・・」
「あぁ、オマケに約束を破った場合の内容を濁している。もしかすると・・・」
千堂さんは、もうこの世にいないのかもしれない。
読んでいただき誠にありがとうございます。




