呪詛の祝言 乙坂聡一編 幸福を掴む呪詛
あたしの本当の思いをあなたに伝えたい。ずっとあなたのことが気になっていたこと。あなたのその笑顔が眩しくて憧れていたこと。あなたはあたしよりも年下だけれど、他の誰よりも背が大きくて優しくて――。
あたしは見た。背が大きいことで上級生に絡まれていたあなたを……。
あたしは見た。上級生にどれだけ酷いことを言われても泣かなかったあなたを……。
あたしは見た。それでも平気な顔で笑っていられるあなたを……。
あなたが入学したあの時からずっと――ずっと。
今だけでもかまわない。
今後自分がどうなろうとかまわない。
だから――あたしに、今のあたしに勇気をください。
あなたに好きと言える勇気を……。
あなたは――あたしの、憧れそのものだから……。
†
「乙坂くん‼︎ 」
廃材集めに向かった悟志君の後に続いて僕も回収に向かおうと新しい黒いビニール袋と縄跳びを用意した。そのうしろから僕に対しての呼び止めの声が聞こえる。悟志君と同じタイミングに来た野中木南さんだ。
「どうしたんですか? 」
「あなたに、どうしても言わなきゃいけないことがあるの」
「……何ですか? 」
野中さんは僕に何か聞いてほしいことがあるようだが、流石に僕にもそれがなんなのかはだいたいわかる。彼女が僕に向ける視線が、感情がなんなのか……。
これが何度目のーー。
「あたし……乙坂くんのことが……大好きです! 」
これが何度目の告白を纏った呪詛なのか……。
下らないなんてことは絶対に思わない。そう確信できる自分に自信がある。
だって、告白をする人間の顔は不安に満ちていることが多い。その不安をどう解消すれば笑顔になるのか……。その笑顔が僕にとってどんな意味があるのか、今更そんなこと考えるまでもない。
目の前にいる彼女が僕に向けてくれるであろう安堵の笑顔。その瞬間が彼女にとって幸福の一時なら……、それを僕が共有してよいモノなら、僕は彼女の笑顔のために彼女を受け入れるに決まっている。
「僕も……僕も、野中さんの笑顔が大好きだよ。見ているだけで幸せになれるし、僕のものにしたいって……ずっと思ってた」
この気持ちに嘘はない。間違いなく本物のソレだ。――うん間違いなく。
「――‼︎ 大好き! 」
涙ながらに僕に抱き着いて、大好きと一言放つ彼女。僕の胸に顔を埋める彼女からは、途方もない幸福を感じた。ああ――、これが、この瞬間がもっと続けばいいのに。
彼女の頭を軽く撫でる。髪質がサラサラしていて触り心地がいい。なんだか、犬の背中を撫でてるような気分だ。
でも、これではまだ足りない。
「ありがとう野中さん。何回だって言うけど、僕は野中さんがとっても幸せそうに笑っているところが大好きだよ」
その言葉を聞いて彼女は埋めていた顔を上げる。涙腺が落ち着いてきたようで、そこにあるのは嬉々とした笑顔だった。
ああ――、タイミングを間違えたかもしれない。
今の彼女には幸せよりも嬉しいという感情の方が比重が大きいように思える。
なんだろう、この感情は……。決して彼女の前で顔に出してはいけないこの感情。
間違えた―――――――、間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた悔しい間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた。
これ以上このままにしていると、彼女は段々とその感情に馴れていく。そんな気がしていてたまらない。
そうなる前に……。
「野中さんーー」
彼女の顎を触れて軽く持ち上げる。頬が赤く染まっている。これから僕が何をするのか想像しているのか……。
彼女はスッと目を瞑る。僕を受け入れたのか……。そうか、なら僕も彼女の期待に応えるべきだろう。
右手は彼女の首元を囲い、左手は……左手は、縄跳びを強く握りしめている。
僕の唇と彼女の唇……。互いに触れるその刹那――。
僕は彼女の幸福を手に入れた。
†
朱色に滲んだ黒いビニール袋。それを全身に被りながら咀嚼音が響く。
前川悟志は自分たちの秘密基地で見覚えのある友人が何者かに喰われている現場を目撃してしまう。そのありさまは、なんと惨たらしいモノか。
友人は顔半分が骨だけの状態となり、もう半分は血がびっしりと滲んだ皮膚で覆われている。
骨の部分は頭蓋が見えており、ヒビと穴で中のモノがたまにハッキリと見える。
そんな現場に居合わせた少年に気づいた捕食者は、迷わず振り返りその少年の首に手をかけた。
読んで下さり誠にありがとうございます!
乙坂聡一編は次回で一旦終わる予定です。
そして、次の物語へ。
乙坂聡一編の前にある0〜1
是非読んでおいて下さいね。