最初の離脱者
乙坂聡一の部屋を出てからというもの、なんだか気だるい感覚が身体に纏わりついている。ゴホンッとたまに咳き込むことすら増えてきたが、病院に罹っても、咳止めの薬を処方されるだけで一向に治る気配はない。
しかしまぁ、直感的にはやはり乙坂聡一が犯人または犯行に関与しているのは間違いないだろう。その証拠に、俺に対して警戒心が強すぎるし、無駄に俺のことを観察しようとする素振りが目立った。
「クールぶってるが、ガキはガキだな」
あとは、証拠だ。何か決定的な証拠が欲しい。
ふと思い返してみる。
取り敢えず整理しよう。乙坂聡一の聴取では目ぼしい情報は得られなかった。しかし、部屋の中はどうだったか。
玄関を通って2メートル程度の廊下、靴をきっちり揃える几帳面さ、床に不自然な滲み・・・アレは泥か血か吐瀉か、いずれにせよ拭いきれないと判断して放ったらかしにしたものだろうか。
廊下の先にはリビングがあり、リビングとキッチンは隣り合った配置。部屋全体の雰囲気はまさにガランとした何もない感じだった。脚の短いテーブルが1台のみでその他はテレビさえない。今時珍しい。
キッチンはあまり見れなかったが、遠目からでは変わった雰囲気は見られなかった。男子らしい空いたカップ麺の器がゴミ袋に大量に捨てられていたぐらいか。
ただ・・・。
「テレビがなかった」
今どきテレビを置かない高校生なんて聞いたことが無い。それを抜きにしても、パソコンも無ければ新聞もとっていないようだ。だが、乙坂は俺が茅木美香のことを訊いた時、間違いなく「ニュースで見ました」と言っていた。
「・・・いや、断定には早すぎる・・・か」
自宅以外で見たのかもしれないし、スマホなんかでという可能性も十二分にあり得るし、仮に俺の勘が当たっていたとしても、言い逃れするための口実はいくらでも作れるだろう。
「どうしたもんかなぁ・・・」
そうこうしているうちに、腕時計を確認すると次の予定が迫っていた。
「とりあえず、江橋と合流してからにするか」
そんな折、スマホから連絡が入る。連絡主は久留須警察署に勤務する部下の一人からだ。
『千堂さん、今何処にいるんすか!もうすぐ捜査会議始まりますよ!』
「あぁ、すまんがこれから他に行く当てがあるからてきとーに欠席理由つけといてくれ」
『え、えぇ!?なにい――――』
タブレットに表示された受話器を戻すマークに迷いなくタッチする。
たしかに、今俺のやっていることは規律を乱している行為であるし、情報を手に入れる機会を自ら手放しているだけだ。だが、その情報というのもタカが知れているとわかっているからこその対応でもある。
茅木美香の自供だけでは何も立証できないということに気づくのがあまりに遅すぎる。そんな捜査本部に構っていられる暇はない。確かにうちの署はあまり優秀な人材がいるわけでもない。だが、今回の愚鈍さはあまりに目に余る。というか、組織規模で動いているのに個人で嗅ぎまわっていた俺よりも状況の把握が行き届いていないのは流石におかしすぎる。
俺の元先輩刑事にあたる人物からこの事件のことを聞かされた時からなんとなくわかっていたことがある。恐らく、咲本詩奈の惨殺事件についてこの署の上層である署長あたりは一枚かんでいるに違いない。6年前も今も署長は変わっていないところから見るに、この件について監視でもしているのか・・・。
俺がこの件について調査しようとするたびに、署長のいきがかかった連中から悉く邪魔されてきた。だが、今回茅木美香が事件を蒸し返す供述をしたために遂に隠し通すことが難しくなってきたのだろう。だからこそ、俺は今こうして自由に捜査できるわけだが、まぁ、今回の欠席でまずばれるだろう。せいぜい謹慎ってところだろうが、そんなこと関係ない捜査権があるうちにできるだけ情報は集めなければならない。
「ねぇ、刑事さん」
物思いに耽っていたのだろう・・・。俺は、背後からの呼びかけに肝を冷やした。
「な!!な、なんだ乙坂さんか・・・」
背後にいたのは、先程病院で検診してもらう前に寄っていた乙坂聡一本人だ。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
「あ、あぁ・・・ん?」
何故だろう、訪問した時と雰囲気が違うような・・・。
乙坂は、そのまま俺の目の前に一歩、また一歩とゆっくりと近づいてくる。
「先程はすみません。ぼくも身体の調子が悪かったようで、なんだか気怠いと言いますか何と言いますか・・・」
「あ、あぁお大事にな。それより私に何か用かな?」
あくまでも冷静を装う。今目の前にいる人物は、俺が最もこの件の真実に繋がると考えている人物であり、ともすれば犯人その者かもしれない少年だ。油断しているところなんて見せるべきじゃない。
「そうそう、あの時言えなかったことがありましたので、それだけお伝えしようかと」
なんだ・・・えらく素直に協力的じゃないか。・・・いや待て、やっぱり何かがおかしい。コレは、細心の注意を払うべきか。
思い返してみれば、ここまで直感だけで動くことなんて俺もどうかしている。というかこの件を追う時はいつもそうだ、捜査するにあたる根拠なんてものはなにもないのにどうしても引っかかってしょうがない。
「そうか、聞かせてもらおう」
乙坂は一言はいっと相槌を打つと、そのまま不敵な笑みを浮かべるようになった。
「実はですね、ぼく知ってるんです。茅木美香さんのこと、いや、茅木美香さんのプライベートのことではないですよ?6年前の事件と茅木美香さんの出頭との因果関係について・・・です」
今、目の前の少年は俺が・・・俺たちが終ぞ知ることのできないでいる真相を、もしくはそのカギになる手がかりを俺に話すと言った。間違いない。間違いない。絶対に言った。この数年喉から手が出るほど欲していたモノをようやく掴める。
柄にもなく俺は、舞い上がっている。まるで、本能のみで活動しているかのような気分だ。
「因果関係・・・それはつまり、君もこの件に関わっているという認識で間違いないのかな?」
「さぁ、それはどうでしょう。まぁでも、このことを知っているのだから多かれ少なかれ関与しているということになるのかもしれないですね。そこらへんの認識はお任せします」
「ん?今のいい方だと、君は自身があまり関連性のないということを証明しに来たとでも言っているかのように聞こえなくもないのだけれど」
「いえ、ですからそのあたりの認識についてはお任せしますと言いましたよね?どのような認識を持っていただこうと構いません。犯人であるという認識を固定しても構いませんし、ただの妄言や世迷言を語る変質者という認識を持っていただいても一向にかまいません。ただ、狗神さまが旧人類が認識しようともしなかった事実を語るだけです」
そう言い終えた途端、ずっと絡みついていた気怠い感覚が加重したかのように酷く感じるようになった。
「、、、、、?!すまない。少し休憩してからでも構わないかな。どうも体調が悪くて――――」
「――――貴様、もしかしなくても狗神さまを侮辱したな?」
「え、なに、犬?」
その時、視界が真っ暗になった。目を瞑っているのだろうか、いや違う。瞼を閉じている感覚は無い。ならどうして?
(―――――――、―――)
なんだ・・・、何かとてつもない音?が頭の中に響く。
(――――――、―――――、――――――――!!)
「やめろ!!なんだ、なんなんだ!!あたまが・・・い―――た―――い」
遠くの方から目の前に鈍い光が段々と迫ってくる。
その光は暗色の紫とでも言おうか、ドロドロに融けたアメーバのような半固体のヘドロが至る場所から出ては消え、出ては消えを繰り返す。
よくよく目を凝らすように力を入れてみる。
「りっぽうたい?」
そのヘドロは大きく口を開けるように先端が上下に別れる。そして――――。
その先には、何も無かった。
読んでいただき誠にありがとうございます。




