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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
38/52

少年は畏怖する

乙坂聡一の視点となります。

 久しく忘れていた晴れ模様。洪水警報が止み、水位も正常化して数日が過ぎた。まるで何事も無かったかのように街の喧騒が鳴り響く中、ぼくこと乙坂聡一は日課の早朝ランニングを遂行して借りている賃貸アパートに辿り着いた。


「はぁ・・・はぁ・・・」


 天気が清々しくカラッとしているためか喉が渇く頻度が多い。外気温は二月前だというのに20度近くあり、降っても雨が多く、雪なんてものは降っても積もるほど残らない。夏用のスポーツシューズで問題なく動き回れることに違和感がある。


 何の気なしに郵便ポストを覗く。新聞すら契約していない為にだいたいいつもはもぬけの殻だが、今日はぎっしりと満たされている。内容は大したことのないものが多く、気にするだけ意味のないものばかりだろう。なにせ数日前までは避難指示が出されるほどの洪水被害があり、まともに外に出ることをはばかられる毎日だ。まぁ、ぼくは自宅に篭ることにせざるおえなかったわけだが。


「乙坂さん、ちょっとよろしいでしょうか?」


 突如、背後から男の声がぼくの名を呼ぶ。ゆっくりと振り返ると、そこには声だけでの印象で想像した容姿とほぼ遜色ない姿があった。


「ぼく・・・ですか?」


「えぇ。あなたにお伺いしたいことがありましてね」


 男は茶色いコートを着ている。歳は四十かプラスマイナス三歳程度だろう。如何にも刑事って感じの雰囲気を醸し出している。


「あなたは?」


「これは申し遅れました。久留須警察署の千堂霧矢というものです」


「・・・刑事さん?」


 男・・・千堂霧矢と名乗る刑事の眼光が鋭い。俺の眼を真っ直ぐに見ながらたまに周囲を警戒している様からは用心深さが見て取れる。


刑事がぼくに何の用があるというのか――――いや、あるにはある・・・か。


「ああ。茅木美香さんのことを知っているよね?君と同じ学校に通っている娘だ」


「知ってますよ。ニュースで見ました」


「6年前に隣町の久留須町で起きた惨殺事件の件で容疑者として署にいる」


「ええ。でも、ぼくは彼女のことはあまり知りませんよ?」


「しかし、君と彼女は小学校時代からの顔見知りではあるのだろう?」


 何が言いたい・・・。この刑事は、ぼくから彼女に関する情報を得たいということか?いや、違うな。さっきから感じるこの刑事がぼくに向ける疑念の眼差し。この刑事は()()()()()()


「はい。たしかに彼女とはなんだかんだで同じ学校に通い続けている関係ではあります。けれど、本当にそれだけですよ?彼女と話した事なんて、小学校時代の学習発表会で演劇をしたときくらいです」


「ほぉー。なるほどね」


 なんだ・・・この気色悪さは。どこから感じてるものなのか、自分のことだというのにはっきりとわかっていない。


「それで、もしよければどこかでゆっくりと話を聞きたいのだが、このまま家に上がってもいいかな?それとも、どこか喫茶店にでも場所を移すかい?」


「そもそも、聴取に協力しないという選択肢はとらせてもらえないのでしょうか?」


「それはそれで構わない。こちらも君に対して令状があるわけでもないし、そもそも協力する義務はない」


「なら――――」


「ただし、ここで非協力的なのは後の君の為にはならない可能性がある。・・・君が本当に何も知らず、この件に関与していないというのならその心配もないだろう。我々警察に協力してくれても、なんの損にもならないはずだ」


 つまりこう言いたいのか。協力するかどうかでぼくを測っていると。いや、その他にもある。ここで変に拒否すればぼくに嫌疑がかかるぞと脅しているわけだ。これが刑事のすることか・・・。


「どうぞ、ぼくの家でお話ししましょう。大したことは話せないと思いますけどね」


 刑事は含み笑いを浮かべると、そのままお邪魔しますと丁寧に断って玄関に入る。


 ぼくの中でこの刑事は嫌悪の対象となっている。この家にだってあまり居てほしくはない。


「へー。男の一人暮らしにしては随分と片付いているじゃないか」


 刑事は部屋の中をじっくりと観察している。それこそ、何かの証拠を探っているかのようだ。


「あまり、じろじろ見ないでくれますか?お茶いります?」


「これは失敬。でもお構いなく、お話しを聞いたらすぐに帰るつもりなので」


 やはり、この男は用心深いのだろう。他人から出されたモノなんて口にしたくないってことか。それはそうだ、なにせぼくのことを疑っているんだろうからな。


 ――――まったく、危険な男だ。


「それで、刑事さん。ぼくに何の用ですか?」


「用自体は、さっき言った通り茅木美香について君が知っている限りのことを聞きたい。そのことに尽きるな」


 ――――嘘だ。この男、この話し方、この眼差し、この男の要素すべてが語っている。


 この男は、はなから茅木さんのことなんてなんとも思っちゃいない。この男がマークしているのは彼女ではなくぼくだ。


 けれど、令状を出さないということは証拠がないということでもある。だからこそ、茅木さんの件を利用して、ぼくがボロを出すことに期待している。


 なら、それを考慮した上で――――。


「ぼくと茅木さんは、そうですね。上手い言葉が思いつきませんが、馴染みの無い幼馴染とでも言いましょうか」


「馴染みの無い幼馴染?」


「刑事さんも知っている通り、茅木さんとぼくは小学校から高校まで同じ学校に通っています。けれど、本当にこれといった関わりは殆どありません。たぶん茅木さんもでしょうけど、互いに顔と名前が一致する程度にしか認知していないかと思います。少なくともぼくはそうですね」


 刑事は相槌を打つだけで何も話しては来ない。


「他になにか・・・」


 ぼくはある内容を声に出そうとした・・・。けれど、ぼくの口は背後からの陰によって塞がれた。物理的な現象ではない。ただ、後ろ髪を引くという表現と似た感覚がぼくを襲う。


 これは、慣れ親しんだ体験である。


 ぼくは、言いかけた言葉を一度飲み込んで、別の言葉に変えた。


「ぼくが知っているのは、昔から茅木さんがモテる女の子だということだけです。男子のみんなから色々な噂を聞いたことはありますが、そもそも興味が無いので聞き流していました」


「ふむ、興味が無い・・・と。彼女は所謂マドンナ的な立ち位置だったのかな?」


「言い方がとても古い気はしますが、その認識で合っていると思います。というか、その辺りのことなら、他の学校関係の人たちから聞いてたりしないんですか?」


「まぁね。しかし、今回の件に関してそのことについて気にするのは、何か・・・嵌められている気がしていてね」


 ――――この男は、勘が鋭いという言葉で言い表せられるような刑事じゃない。まるで、刑事ドラマの凄腕敏腕刑事を相手にしている気分だ。吐き気がする。


「おや?顔色が悪いみたいだね。何か・・・言い淀んでいる雰囲気もある。君は嘘をつくのが上手い方ではあるけれど、それは口だけ。顔に、メンタルによく出てきてしまっているあたり無理をしているのは明らかだ」


 怖い・・・嫌悪だけじゃない。ぼくはこの男に畏怖を感じている。あぁ、気持ち悪い!!!!!


「まぁ、今日はこの辺でいいでしょう」


 男は何かを掴めたことに満足しているかのように、悠遊とした雰囲気で玄関に向かい靴を履く。


「また出直した方がいいかな。体調を整えて、もっとじっくりと話を聞きたいものだ。ふふふ」


 その不敵な笑みを、狗神さま(ぼく)は見逃さなかった。


読んでいただき誠にありがとうございます。

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