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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
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消えぬ傷跡

 日中と夜中で寒暖差の激しい避難生活は、江橋さんが言っていた通りに二日とちょっとで収まった。それでも冠水している地域は多く、一階が水浸しになった家屋やお店は数知れず。被災者は久留須市だけでも三千人と、市の人口の四割に及ぶ規模となった。


「さて、一先ず帰ろうか。倉南ちゃんもお風呂かシャワー入りたいでしょ?」


「髪がぼさぼさにならない内にケアしたいですね。服も着替えたいし・・・」


 天気も荒々しくない、本来的に呼べる普通の日というのは今でも存在する。というか、仮に普通の日を常識、災害レベルの天候の日を非常識と呼ぶなら、まだ常識の方が幾分か日数は多い。このバランスが今よりも悪化した日には、それが人類最後の年と呼ばれるかもしれない。


 今のところ、冠水、洪水、落雷といった面での被害は出ているものの、地震等による被害は出ていない。勿論これから起きる可能性は否めないけれど、一先ずは帰宅するべきだと思う。避難所にいつまでもいたってなんにもならないわけだし、まずは帰って、部屋の状況を確認しないと。


「・・・倉南ちゃんってさ、結構たくましい性格してるよね」


「え、えぇ?」


 急な評価に驚いてしまったけれど・・・・江橋さんがそういうことを言うなら私にだって言いたいことはある。


「そ、そういう江橋さんだって、たくましいと思いますよ・・・じゃなくて、私、これでも女の子なんですよ?たくましいとか、そういう言い方は、ちょっと府に堕ちません!」


 正直、私が引っ越しをする以前に知っていた江橋さんと今目の前にいる江橋さんとでは、どことなく雰囲気が異なる気はしていた。けれど、六年も経てば感じ方は変わるだろうと思って納得していた。だって、もしかしたら、私の思い出補正がかかっているだけかもしれないわけだし。


 けれど、私の印象としてはもう少し異性に対して言葉を選べれる人だと思っていたのも事実なんだけれど・・・。


「・・・そんなにおかしなこと言ったかな?」


「少なくとも、デリカシーに欠けてるとは思います・・・けれど」


 まぁ、どうせすぐにどうでもよくなってしまう感情なんだろうけれど、忘れないうちに釘を刺しておかないと、いつまでも言えないままだし。


 姉程ではないけれど、私に対して言い寄ってくる男性はそこそこいる。お酒の席にはよく呼ばれることがあるもので、酔わせてお持ち帰りしようと企むけれど、みんな私より先に酔いつぶれて退散していく。そういうときでなくても、人気のないところで脅すようにして言い寄ってくる男性もいる。その度に、逆に脅し返したりする程度には、この市の住民一人一人をおおよそ把握している・・・いや、させられている。勿論漏れはあるけれど。

 

 そういう手合いには共通点がある。目を合わせない、不自然に笑みを浮かべる、話が上手、トイレ等で席を一時的に外させようとする、勝手にお酒を選び過剰に薦める、集団行動を好むなどなど。


 そして、最も決定的だと言える部分は、言葉遣い・・・もそうだけれど、丁寧な言葉を使った直後の余韻だ。そこに不慣れさを感じる時点で、私はその男性と距離を置くようにしている。この領域まで行くと、もはや直感とかそういったことがらになるわけだ。私は、その直感を信じてこれまで生きてきた。的中率は今のところ100%を維持。


 その直感の囁きが段々と表に出てきている。江橋才加・・・この人は、その手のタイプの人間に限りなく似通っていると。たしかに、江橋さんは容姿が整っている方ではあると思うし、何よりどこで積んできたのかわからない経験を活かして、緊急時でも頼りになる人だとは思う。けれど、それとこれとは別問題。


「江橋さんって・・・」


 貴方はきっと―――――。


「無意識に女をダメにするタイプですよね」


 ―――――悪い意味で女難の相に悩まされてきた人なんでしょうね。


「なんだか、わかったような口をきくね?もしかして、俺に落ち度があるんじゃなくて、俺の扱いに困っている感じかな。それはそうだよね、倉南ちゃんは地主の娘で、次期当主で、この久留須市くらいの規模なら色々な事実を赤裸々に語れるくらいには、嫌々でも教わっているんじゃないかい?」


 江橋さんの口調は変わらない。けれど、声色はさっきまでとは大違いだ。明らかに、イライラしている。まぁ、彼の言う通りで、彼が地元に居た期間とそれ以前のことについても知っている。


「俺が・・・いや、ボクが男娼をさせられていたことを」




♦♦♦




 むかしむかし、とある都会のぼろアパートに、戸籍を持たない三人兄弟がおりました。三人兄弟の構成は長男、次男、長女。彼らには名前がありました。長男は■■、次男は■■、長女は■■■。


 兄弟は自分の父親との面識がありませんでした。父親は三人いました。けれど、母親も兄弟たちも、いつも捨てられてしまいます。母親は両親すら死去していたため、他に頼るアテも無く、一人で黙々と働き、やがて倒れてしまったのです。


 長男は決心しました。お母さんが倒れている間はボクが二人を面倒みよう。お母さんの治療費も稼がなきゃ。齢にしてたったの十歳である長男は仕事を探しました。お母さんを助けてくれる人を探すのではなく、自らが大黒柱になろうとあがいたのです。


 けれど、彼を雇ってくれる心優しい人々はいませんでした。そもそも、その国の法律が彼の決心を無に帰していたのです。戸籍のない彼には、どうすることもできません。周囲の人々もどうすることもできません・・・いえ、どうにかすることはできたのです。ただ、見てみぬふりをしてしまったのです。自分には関係ないからと・・・。


 しかし、そんな中にも彼のような身元不明の子供を欲しがる人々はおりました。それは、養うという意味ではありません。無償の愛を与えるという意味でもありません。


 彼の身体を利用しようと考える人々が大勢いました。それは、すべてが女性によって象られた構成。秘密の集団でした。


 彼女らは言いました。私たちの元で働きなさい。そうすれば、きっといい思いができるわ。


 長男はその言葉に救いを感じてしまいました。これで弟たちが泣かずに済む。お母さんの病気も治せる。


 その想いは、願いは、半分だけ叶わなかったのです・・・。


 長男は身を売ることになりました。それは、女性たちの玩具となることで達成されるお仕事でした。


 日に日に目から光が失われていきます。その一方で、長男のやせ細った体に肉がつきました。


 日に日に長男の帰りは遅れていきます。その一方で、長男の家には膨大なお金が募りました。


 報酬はしっかりと払われていたのです。その事実だけ受け止め、長男は頑張り続けました。体中がムチで打たれた跡だらけ。焼き印をいくつも押されてしまいました。


 長男は耐えました。家族のために・・・、家族の笑顔のために・・・。


 そうして数年が経過したとある日、長男が働かされている部屋の外にある廊下からすすり泣くような声が聴こえました。その声の主に、長男は気づきませんでした。それだけ、家族と接する時間を犠牲にしてしまったのです。


 泣き声の主は、当時十歳になったばかりの次男でした。長男が買い与えた衣服は破り捨てられ、大きめの布一枚で身を包んでいました。


 廊下を歩く次男の姿を見てしまった長男は言いました。こんなの・・・聞いてない。おかしい。家族には手を出さないでって言ったのに・・・。


 女性たちは言いました。これはアナタのご両親が招いたことなの。だから、こどものアナタたちにはどうこう言えないの。アナタたちはね、初めからこうなる運命なの。売られたのよ、ご両親に。


 長男は絶句しました。もう、言葉も出ません。信頼していた母親にも、顔も知らぬ父親にも売られてしまった。


 長男は怒り狂いました。けれど、多勢に無勢。子供の膂力(りょりょく)では、複数の成人女性には成すすべもないのです。


 次第に抵抗することに疲れた長男は、意気消沈しました。そして・・・。


 隣の部屋から聞こえる断末魔を耳にし、心を完全に閉ざしてしまったのです。涙を流しながら――――。




♦♦♦




 江橋さんは、憤りながらも私を自宅まで送ってくれた。


「さっきは、ごめんなさい。私の方こそ無神経でした・・・」


 私は先程の自分の発言を恥じていた。江橋さんの経歴を知っているからこそ、そこは私が気を使うべきことだったのだと、帰り途中に反省していた。


「別に構わないよ。昔のことをほじくり返されかねない言葉には、確かにイラッときたけどさ。反省している娘の思いを受け止めないのは、逆に大人げない。謝ってくれたし、無事に帰れた。それでいいよ」


 江橋さんはそう言ってケロッと表情を変え、私に微笑みかける。今はその作り笑いが心に痛く突き刺さってたまらない。


 私は再度謝り、自分の部屋のドアノブに手を掛けた。

読んでいただき誠にありがとうございます。

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