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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
34/52

千堂霧矢

千堂霧矢の視点です。

 咲本倉南――――。彼女は、この事件の解決における最大の重要参考人だ。彼女が遭遇したという男――――、それは乙坂聡一で間違いないだろう。


 乙坂聡一と茅木美香は、ここ久留須市の中にある田江塚町という隣町に実家を構えている。


 現在高校二年生ということで、もしあの事件の日に彼がいたとすれば、彼は当時十歳だったことになる。


「私も正直、首を傾げたよ。仮に現在取り調べを受けている茅木美香が犯行に及んだとして、彼女は当時十歳かそこらだったことになるわけだ。そんな年端もいかない少女がどうやってあれだけの惨状を作り上げられるのかとね・・・」


 私がそう言うと、江橋がとある資料を鞄から出し、自身の膝に置く。


「倉南ちゃん、半強制的だけどこれから見せる資料の内容を一切口外しないことを約束してほしい」


 江橋とは彼が警察官を辞職する前の数年間、今回の事件のことで面識があった。その時の江橋は常に飄々と笑みを浮かべながらも、真っ直ぐ心の通った目で物事を見渡そうとする珍しい男だったからよく覚えている。しかし、今咲本倉南に向けている表情には一切の笑みは無い。


「その資料はね、捜査情報そのものなんだ。これが外部に漏れるのは本当にまずいことでね、千堂さんが良くて謹慎+減給、悪くてクビが飛ぶレベルのやっちゃいけないことなんだけれど、君にだけは見せないといけない情報だと私たちは考えているんだ」


「他言無用・・・ということで、約束できますね?」


 私の少し強い言い方に圧されたのか、はたまた江橋の説明に義務感を覚えたのか、咲本倉南は緊張して唾を呑んでから大きく頷いた。


「では、この資料を見てください」


 江橋が資料を渡すと、咲本倉奈は一生懸命に読み込み始めると、その横で黙っていた仲石のスマホが鳴った。


「失礼――――」


 そう言うと、仲石は車外に出て行った。


「仲石の事務所って、たしかまだ営業時間中だったよな?」


「そうですね。たしか、9時までだったかと」


「でも、社員は5時までの残業時間は1日2時間までだったか・・・随分と徹底してるよな」


 仲石本人に聞いた話だと、彼の事務所の従業員は皆が犯罪の経歴がある者たちだそうだ。職務内容上、警察・・・主に刑務所や少年院との関係がズブズブだと聞いたことがある。


「まぁ、色々あるんでしょう。福祉関連の事柄が社会的にも目立つ位置に登場してからは、仲石さんみたいな役割を率先して担ってくれる人は重宝されるって聞きますし・・・」


「まぁ、その反面半端な覚悟じゃ勤まらねえからこそ誰もやりたがらねえから人材不足は変わりねえって話だけどな」


 私は口が寂しいときは煙草を吸うのが常識化されているが、流石に車内で大学生・・・しかも女性の前で喫煙するのはマナーが悪いということぐらいは弁えている。そういう時のために、缶コーヒーを開けるのだが、外気が寒かったせいか手が(かじか)んでいて、上手くタブを倒せない。


 私がタブを倒すのに悪戦苦闘しているうちに咲本倉奈は資料を読み終えたのか、顔を上げた。


「あのぁ・・・、ここに書いてあることは――――その、現実のことなんでしょうか?御伽噺やゲームとかの創作物じゃなくて・・・」


 咲本倉奈は、自身が読み終えた資料の内容について半信半疑であるらしい。それはそうだ、私も捜査中にそれは思ったし、江橋や仲石も同じ気持ちを抱いただろう。


「その資料に書かれている内容は、すべて本当のことだ。少なくとも、当時の捜査に参加した者たち全員が目の当たりにした事実ではある」


「私も今回の事件を追っていく上で初めて知ったことだが、捜査資料には2種類存在する。一つは、よくドラマとかでもあるようにその事件についての捜査を行い編集しまとめたものだ」


「そしてもう一つ、内密にとある機関からの鑑定を経てさらに事細かく記された裏の捜査資料。〝シークレット・ファイル〟と呼ばれる資料だ。」


 シークレット・ファイル。それは、科学捜査研究所・・・いわゆる科捜研や通常の捜査内で解決に導けなかった事件の中でも、ごく一部のケースにのみ別の観点から捜査された資料のことだ。別の観点というのをもっと簡単な表現にすると、科学的知識に頼らない視点と言えるだろう。魔法や宗教といったスピリチュアルな考え方を取り入れたモノがソレに当てはまることが多い。


「正直、ここまでくると科学は形無しだろうな。科学で証明できないものを非科学で結論付けたって、誰も納得できるわけがない。ただの妄言・虚言、思考停止って感じだな」


「でも、ここに書いてある通りなら説明はつきますよね・・・。正直、こんな用語を警察の捜査資料で見ることになるとは思ってもいませんでしたけど――――」


「まぁ・・・、いきなり〝魔力反応〟とか書かれても逆に意味わかんないよね・・・。でもね倉南ちゃん、事実だけを言うならコレを頼りにでもしない限りこの事件は解決に向かわないんだ。今警察は茅木美香を取り調べているけれど、それだって彼女が犯人である証拠すら科学では立証できないことがすぐにわかる」


 こういう時、ホームズのようなどんな事件も必ず科学的な根拠で立証する天才名探偵でもいるのなら、すぐにでも連れてきてほしいものなのだが、現実はそううまくはいかないのが常だ。


「そもそも、凶器が歯になっているのに唾液すら検出されないんだ。遺体の皮膚や衣服にも犯人の特定につながる指紋や汗なんかのちょっとしたDNAすら残っていない。その代わりに、歯型をなぞって魔力反応が検出って・・・もう、なんだかなぁ」


「だから、正直に言って乙坂聡一が犯人であるという証拠も実は無いんだ。ただ、自首した茅木美香以外に残っている手がかりと言えば、もう彼しかいない。今日君に会えたのはきっと行幸だったのだろうな・・・少なくとも、君が彼を特定してくれたおかげで、余計な轍は踏まなくて済みそうだ」


「あのぉ・・・」


 続けて咲本倉南が問いかけた。


「どうして、このことを私に話してくれたんですか?」


 至極まっとうな質問だ。ここまで話してそれが気にならないはずがない。


「咲本倉南さん、君にお話ししたのはですね・・・実はこのこのシークレット・ファイルをとある機関からお借りした際に、そこの責任者に一つ助言を戴いてましてね」


「助言・・・ですか?」


「ええ。『この事件を解決させたいなら、ご遺体のお姉さんに情報を共有しておくと良いでしょう。いずれ決定的な証拠を持ってきてくれます』とね」


「私が?――――ん?でも私、姉じゃなくて妹なんですけど・・・」


「ええ、それはわかっています。けれど、その責任者は頑なに〝姉〟という表現をしました。名前を聞いてみると、君で間違いないようなんだが、これはどういったことなんだろうな。君、事情聴取とかで続柄を偽ったりとかしてないよね?家族ぐるみで」


 そう、本当に稀なケースではあるが、続柄を偽ることで情報を錯綜させて初動捜査を鈍らせた事件が過去には存在する。直接私が経験したことではないが、その話を先輩刑事から武勇伝の盛り上げ材料として聞かされたことがあり、そのことが頭から離れなかった。


「してません!!そんなことしたってなんにもならないでしょう!!」


 先程まで比較的物静かだった咲本倉南が少し前のめりになって主張し始めた。・・・が、これについては余計に勘ぐる必要はない気がする。根拠は無いが――――。


 そこまでで仲石が車内に帰ってきた。


「仲石さん、長電話にしても妙に遅かったですね?」


「ああ、ちょっとコンビニに行って色々買ってきたんだ。ほれ、妹さんミルクココアだけど飲める?」


「あ、ありがとうぞざいます・・・っあつ!」


「あはは、ホットだから気をつけてな。ほれ、二人にはコーヒー」


 ――――コイツと知り合ってからいつも思うことがある。仲石洋治、お前はたぶん俺たち3人の中で最も周囲の事情を受容できる男だ。だから勤まる仕事なのだろう・・・私は素直にお前を尊敬しているよ。


 そうこうして、私も含めて皆一息ついたのか自然と笑みがこぼれ始める。さっきまで強張った態度で大人二人と同じ空間にいた咲本倉南も、今では年相応のソレだ。


「今日は、ここまでにしましょうか。倉南ちゃんも疲れたでしょうし、千堂さん車出してください」


「年長者を顎で使うな・・・と言いたいところだが、流石にそろそろ俺も署に戻らないとならないしな」


 まったく・・・本当に面白い奴だよ。お前たちは――――。

読んでいただき誠にありがとうございます。

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