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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言~リテイク~
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幼き少女たちの記憶

 子供の頃、屋敷の書庫にある咲本家の歴史が綴られた本を手に取ったことがある。


 けれど、当時まだ小学生にも上がっていない私には、それがどんな本で何が書かれているのかなんてわからなかった。ただ、なんとなく他の本と何ら変わらない背表紙のその本がどうしても気になってしまい、姉に訊いてみた。


「ねぇ、しーな。あのご本、なんて書いてるのかわかる?」


 私がそう尋ねると、姉は私よりも背が低いのに一生懸命背伸びをしたりジャンプしたりしてその本を手に取った。ピョンピョン跳んでいた姿は、思い出すと妙に可愛らしさがある気がする。


「これはね、クーちゃん。わたしたちのお家のことについて書かれてるんだよ」


 咲本家は代々、長女が家督を握るしきたりがある。このしきたりは遡れば鎌倉時代から始まったこととされている。


 家の全権を握る権力者として女性が選出される習わしは、当時としても前代未聞とされていたが、実力主義的な考えが強かったのと、たったの一回も男児が産まれなかったことから、現在までその様式で連綿と続いている。


「じゃぁーね、あたし、おとうとがいたらいいなぁーっておもってたんだけど、ダメなのかな?」


 私が姉にそう訊くと、姉はわからないと言いながら首を横に振った。そしてこう続けた。


「でも、弟なんている?わたしたち姉妹がいれば、それでいいと思うんだけどなぁ・・・」


 そして、私は聞き逃さなかったけれど、姉は小声で「そんなの絶対ダメ。もし産まれたりしてたら―――」と何か言葉にしたらいけないことなのか、途中で押し黙ってしまった。


「しーな?」


「なんでもない!さぁ、早くママたちのところに行こ!」


 あの時の姉の曇った表情は未だに忘れられない。あんな表情、他の家族の前では一度も見たことが無い。


 そんな思い出があるこの書庫。現在高校受験を控えている私にとっては、とても勉強をしやすい環境が整っていた。


 物静かで暖色系の小さなシャンデリアの電灯が部屋の中を明るくし、殆ど誰も寄り付かない場所となっている。ここ最近入り浸っているせいか、ここに用があって訪れるのは私と清掃担当のお手伝いさんくらいしかいないことがわかっている。


 食事を終えてからかれこれ三時間は経っただろうか。私は他の家族とはライフサイクルを合わせないようにしている。理由は簡単、勉強に集中する時間を少しでも多く作りたいからだ。だから最近は、皆が寝静まった頃にシャワーだけ浴びて済ませることもある。今日もそのつもりだ。


 しかし、今日に限ってはそうは問屋が卸さない。三時間前の食事の時点でなんとなくわかってはいたけれど・・・。


 部屋の外からまた人の気配を感じる。


 コンコンコンというノック音の後に姉こと咲本詩奈の声が聞こえた。


「ねぇ、クーちゃん!今日は久々に一緒にお風呂入らない?背中洗いっこしようよ!」


 姉は大学生で福祉?だったかの勉強をしている。中学高校と全国模試をやらせると必ず上位から五本の指に入るくらい勉強ができて、オマケに美少女だったし綺麗系というよりは可愛い系で愛嬌もあった為、私がもし何も知らない赤の他人で男性だったら間違いなく告白する自信があった。


「まだ勉強に集中していたいから、先に入っちゃっていいよ」


「あんまり根を詰め過ぎても、逆効果だと思うよ?気分転換に一緒にお風呂入ろうよ!それに、いっつもお勉強を欠かさず頑張ってるんだから、大丈夫だと思うけどなぁ」


 たしかに、自分でも勉強を頑張ってる自負はある。でもだからこそもう少し勉強を続けたい。私は姉と違って完璧でも、完璧に近い人間でも何でもない。それどころか世間一般からしても努力している割には出来が悪い方だとも思う。勿論努力していない人に負ける気はさらさらないけれど。


「とりあえず、ドア開けるよ」


 結局、姉は姉妹の決まりなんか忘れて書庫のドアを開け、私の隣まで歩み寄ってきた。


「勉強、わからないところとかあったら教えるよ?」


 姉は勉強を教えるのも上手い。以前に、受験とは関係ないただの数学のテストで赤点をとって落ち込んでいた時のこと。


「もしかしてクーちゃん、公式を暗記すればOK!みたいに考えてない?公式ってね、あくまで想定通りの結果を導き出す為にすっごく複雑怪奇にズラーッと解法した努力の結晶でもあり妥協点なんだよ。一+一が二っていう簡単な式もその式を形成するのに無駄に証明しようと奮闘した昔の偉い人たちが最終的にコレでいいんじゃない?っていう落としどころで作られたモノなんだよ?」


「その歴史を齧りもしないで、ただ公式だけ憶えてって・・・受験勉強でしか使わないような解き方に意味あると思う?クーちゃんくらいになればその辺りの背景は理解してくれると思うんだけど、どう?一旦赤点のことは置いといて、私が知ってる限りの数学の公式に関する蘊蓄(うんちく)聞いてみない?」


 話は長かったけれど、正直なところ気分が晴れたし、いろんな発見があって楽しかったし、公式の成り立ちを想像すると何の抵抗も無くスルっと頭の中で定着していた。


 けれど、そのおかげもあって今はもう勉強内容が理解できなくて頑張ってるとか、なかなか憶えられなくて必死になってるわけでもない。


 実を言うと、勉強に集中しているのはある意味姉や家族から距離を置いて生活ができるように逃避している部分が大きい。どうしてもこの家には馴染めない。けれどこんな遅い時間に外で勉強はしたくない。最近は色々物騒で夜間に外に出ることは自主的に控えているからだ。だから、夜間は屋敷で勉強するしかない。


「ありがとう。別にわからないところがあって躓いてるわけじゃないんだ。勉強してるとなんとなく落ち着くからしてるだけなの。それとも、私のプライベートな時間を邪魔したいの?」


 我ながら意地悪なことを言ったと反省はしている。事後だけど。


「んー、そこまで言われたらしょうがないね。大人しく一人でお風呂入ってくるね」


 姉はそう言うと、廊下に消えていく。


 かと思えば、顔だけひょっこり出して、


「一人で入ってくるね・・・」「ホントに入ってくるね!」しまいには、「ねぇー、一緒に入ろうよぉーお願い!!三百円あげるから!」


 何故三百円という数字が出てきたのかはわからないけれど、一向にドアから離れる気配がしないので、流石に煩わしくなってくる。


「もうー、わかったから一緒に入るから、先に入ってて!」


 姉は、やったー!!っと子供のようにはしゃぎながら一目散にお風呂場へ向かっていった。こんなんでも、他所ではいつもクール系可愛い女子なんだけどなぁ・・・どうしてこうもハッキリとした二面性があるのか、私には不思議でたまらない。

読んでいただき誠にありがとうございます。

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