呪詛の祝言 The Last Episode リスタート
死ぬことにどれだけの意味があるのか。
生きていることにどれだけの価値があるのか。
それを定めるのは己ではないのです。
歴史は、そうして象られてきたのだから。
意識がゆっくりと沈む。まるで陽が沈む様をスロー再生されているように、それは音もなくほんの少しの容赦もなく、ただ淡々と、単純作業のように行われる。
しかし、意識が戻ること自体はほんの一瞬の出来事だった。ふと気づけば、眠りの余韻を残さぬまま、ある意味スッキリと晴れやかな気分を味わうことになる。
意識を失ってから覚めるまでの間隔は、体感にして五、六秒程度。目覚めた時に視界に映る光景は、疑いようもない絶景であった。
そこには、暗闇だけが育っていた。色で表現することそのものが間違っているとでも言われているかのように何もない。
「―――――(ここは・・・あの世か?)」
こんなところで何をしているのか。そもそも俺は今どういう状況にあるのかすらよくわかっていない。
全身が身軽な気がするというよりは、身体の真ん中と頭だけに重さが残されているといったような・・・。
そろそろ立って状況を確認しよう。死んでいるならそれはそれでしょうがないと諦めることができる。
俺は、一度すべてを諦めた。自分の命を、守らなきゃいけない使命を。
だって、しょうがないだろう。あの場ではどうすることもできなかった・・・どうしようもなかった。
立ち上がろうとするが、手足はロクに動かない。そもそも力が入らない。片足をもがれたことは覚えている。でも、もう片方の足と両腕が動かないのは何故だ。
それだけじゃない。さっきから一向に視界が、風景が変わらない。周囲の音も聴こえないし、寒暖も感じない。舌を動かそうにも、ちゃんと動かせているのかどうかすら曖昧だ。
臭いもなにもない。鼻が詰まっているとかでもなく、吸い込む力がまず働かない。
何をどうしようにも何もできない。
「―――――(やっぱり死んだのか・・・なら、まだマシか)」
俺が最期に見た光景には紅いコートを着た女性、人の皮を被って人そのものになった気でいようとする化け物がいた。
その化け物から逃げようとして、失敗して、片足をもっていかれて、気を失った。
あの時、化け物は言っていた。
『アナタハ、モウ死ネナイ。ソウイウ身体ニナッタシ、心モソウナル』
その言葉に間違いがないのら、俺は死んでいないということになる。死んでいないのなら、どうして何も見えない。
どうして・・・なにもできない。
しばらくすると、身体が揺れていることがわかる。けれど、五感の全てが働かない状況では、どうして、どのように動いているのかまではわからない。揺れといっても、たしかなものではない。ただ、首が上下に何度も動いているような気がする。それすら不確かで、それ以外の情報は一切ない。
「―――――(どうして何も見えない)」
「―――――(どうして何も聴こえない)」
「―――――(不安で、不安で不安でしょうがない・・・)」
言葉がしっかり音になっているのかどうかもわからない。なにせ、自分の発声にすら聴覚が働いていないんだ。確かめようもない。
確かめようもない。何もわからない。自分のことながら生死の判別すらつかない。
こういうとき、発狂してしまうモノなのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
それはきっと、死んでいるかもしれないからだ。
生きている間は死にたくないって思って、必死に生きようとする。生に縋りつきたくなる。そのために人は涙を流すし、カッコ悪くても足掻こうとする。
今は、生きている可能性と死んでいる可能性の二つが半分づつ存在するわけだ。これで、生きていようものならゾッとするだろうけれど、死んでいるなら容易に諦めがつくというもの。
片足が無い状態で、生きていくなんてまっぴらごめんだ。それなら潔く人生を終えよう。そのほうが楽だ。それに、あれだけの災害が起きているんだ。正直言って、坂岸兄妹と向井さんの生存も難しいだろう。
「―――――(本当はもっと、あいつ等と一緒に過ごしていたかった)」
「―――――(あの兄妹の後見人になる覚悟もしていた)」
「―――――(あいつ等の・・・家族代わりになるのもアリだと思ってた)」
けれども、諦めるしかないないんだ。仮に生きていたとしても、きっとその後の世界にあいつ等の居場所は用意されていない。
あの少年と彼女の話だけで照合するに、あの災害は、人がとても生き残れるような生易しい類の規模には聞こえなかった。生身では絶対に生き残れない。万が一にも生き残ったとして、きっとそこにあるのは―――――。
地獄だ。
何もないという地獄だ。
人の手が加わった痕跡を残さないような、そういう意味での伽藍そのもの。
そこには、知っている人はいない。勝手知るルールなんてものもない。すべてが無くて当たり前の光景が広がっている無法地帯。それを無理矢理統率しようとする新たな国家の誕生。その成り立ちの生贄になるのがオチだ。
恐らく、その数世代後には、俺たちは旧人類扱いされて蹂躙される。血だってどんどん薄くなる。なんでも、奴らの予定では次の世代以降の身体にもう一種類別の血管と臓器を備えて産まれてくるのだとか。
それはもう、同じ人間ではない。人間ではない何か、「新人類」という呼称は実に的を射ていると俺は思う。
死ぬっていうことは・・・こんなにも寂しくて、こんなにもどうしようもないものなんだって・・・。
けれど、どこか安心もする。まるで憑き物が落ちたように、生きていた頃に背負わざるえなかったこと、自分で背負うと決めたことを無責任に放り投げられる。
・・・・あぁ、人でなしだなぁ。
自分の人生を省みる余裕が確保されることが、今の俺にとってとても重要なことなのかもしれない。
もう、何もかもが遅いのなら、省みることだって無責任に、好きなようにできる。
死ぬってことは・・・ある意味、自由そのものなのかもしれない。
が・・・
まるでその思考に反応したかのように、突如俺の世界は一気に鮮やかなものへと変わった。
瞼を動かした気はしない。それなのに俺の眼前には見たこともないような建築物と有象無象と表現できるほどの数を有するヒトの大群が俯瞰して見える。
聴覚が回復したことがわかる。大衆の声と、どこからか聴こえる女の声。その声色には威厳があることが伝わってくる。
「此度の討伐作戦、誠に大儀であった。我はこの国の象徴として誇り高く思う。現国王があまりに多忙な身であることは皆も知るところだろう」
この演説は・・・、なにがどう―――――。
「そこで、今回捕虜として捕らえた者たちのなかに、旧人類と思しき者もいた。それが、コレだ」
視界が上下に揺れる。まだ、視覚と聴覚しか機能していないようだ。
大衆がざわつく。皆が俺のことを見ているようだ。その視線の殆どからは、どうにも侮蔑のような気を感じる。汚いモノを見るような、何かを差別的に見ているような、そんな視線。
「旧人類は生きているだけで大罪を背負う者たちだ。コレは最早口を利くことすらままならないが、元々は先代の女王によって加護を受けた俗物であることが判明している」
大衆から聞こえるのは、困惑の言葉だ。皆が口々に加護ということばについて触れている。
「コレに与えられた加護、それは【不死の呪い】である」
何を言っているんだ。不死とは、あの不死のことか?
つまり、俺はまだ死んでいないと?そういうことなのか。
「しかし、温情のようだ。コレには幸いにも不老も再生も備わっていない。つまり、この醜い在り様を晒せざる終えないという状況を未来永劫語り継がせるための教本として用いよと、そういった思いが込められていると我らは解釈している」
これは、どういうことだ・・・。
目の前に鏡が浮かぶ。その鏡に俺の姿は映っていない。そこに映るのは、ただの白骨体だ。
白骨体に手足はない。それどころか、様々な部分が崩れかけている。子供が軽く叩くだけですべてが崩れ去ることが予想できるような、脆い骨だ。
「今、貴様には擬似的に視覚と聴覚を機能させている。今の貴様に眼球は無い、鼓膜も無い、脳も無い」
「このわずかな時間だけが、貴様に残された最後の自由だ。我のかわいいかわいい詩奈を誑かし、そして倉南の両眼を潰した恨み、忘れはせんぞ?」
読んでいただき誠にありがとうございます。
感想や評価、ブクマ等よろしくお願いします。




