呪詛の祝言 The Last Episode 罰
彼女に必要だったのは、憧れでも、恋慕でもない。
彼女に不要だったのは、真実でも、虚実でもない。
それらはすべて、化け物になるためのプロセスでしかなかった。
身体中が痒い。目が痛い。けれども、心が快楽に満たされている。
この暗い部屋にいるのは、全部で十三人。私と洋治さん、それに・・・・・。
夏の暑さは生命活動を停止した身体の腐敗を早めてしまう。私がいる居間に繋がっている寝室の方からは、鉄と糞尿、腐敗による芳しい匂いが漂ってくる。よーく耳を澄ませてみると羽音が聞こえてくる。
私は虫が苦手だった。触ることも苦手だが、なにより飛ぶ虫の羽音がダメだった。聞いているだけで身の毛も弥立ち、鳥肌が立ってしまうが、今はそうでもない。
いつもなら毛嫌いする虫を、私は受け入れていた。きっと慣れてしまったのだと思う。だって、私の身体にも彼らは寄ってきてしまうから。
私は本当に気に入った箇所以外の皮膚はすべて新しいものに交換したくなる。だって、剥いだ皮の質を維持する方法なんて知らないのだから。腐敗しないように保存する方法を知らないし、きっとそれに必要な物を用意できない。だから、私は腐敗臭が目立つ前に新しい皮を求めようとする。
新しい皮、綺麗な皮、人の皮、老若男女は問わない。その気になればご高齢の男性にさえ手を出してしまうと思う。人間ならば、生きているのならば、どんな病気を持っていようと、どんな容姿であろうと構わない。
ただ、人以外となると流石にまだ抵抗がある。その感情がある限り、私は自分がまだ人間であるのだと安心できる。
きっと・・・、数週間前までの私が今の私を見たら卒倒すると思う。同じ自分なのにあまりに違い過ぎるから。外見だけじゃない、考え方そのものが以前と変質しているのだと思う。
でも、なってみれば案外心地のいいものだとも思う。
私は今、十一人の優しさに包まれながら生きている。みんなが私を見守っている、そういうふうに感じるから、お話しすることはできないけれどいつも傍にいてくれる。独りぼっちではないんだなって思える。それが、私の心の隙間を埋めてくれる。
洋治さんにも、その中の一人になって欲しい。なっては欲しいんだけれども、やっぱりお話し相手が欲しいという気持ちも少なからず抱いてしまうのです。
だから、お姉ちゃんのことを知っている洋治さんには、二つの選択を迫ってみようと思う。
一つは、これまでのみんなと同じように、私の中で生きていてもらう。
もう一つは、太腿の皮膚だけを剥せてもらって、加護を受け取ってもらい、〝呪詛の祝言〟の後も私のお話し相手になってもらう。勿論、逃げられないように手足は切らせてもらうけれども。
大丈夫、お姉ちゃんが愛した人だもの。なら、私が愛しても一緒。だって、今の私はお姉ちゃんだもの。この顔の皮を被っている限り、私はお姉ちゃんでいられる。それに、江橋さんの皮膚も私の首にくっつけている。なら同じ理論で私は江橋才加でもあるの。ほら、貴方を愛した女と貴方の友達がいるのだから、もう寂しくないでしょ?
洋治さんは私のお話をよく聞いてくれる。相槌を打ってくれるし、ちゃんと話の内容を理解できるように聞き返したりもしてくれる。なにより、笑顔で楽しそうに私を受け入れてくれている。
洋治さんのお話を聞いていても、しっかりと話題を整理して懐かしそうに、思い出に耽ることを楽しそうに話してくれている。私の知らないお姉ちゃんのお話をたくさん聞くことができた。
・・・・・・やっぱり、二択と言わずに一択を迫ろうかな。この人とはもっとお話をしていたい。この人と一緒なら、この先の私もきっと安泰でいられると思う。
もっと素直な言葉に表してみよう。私はきっと、洋治さんに恋をしている。お姉ちゃんがどうのこうのではなく、私自身の本当の気持ちがそう思わせている。
だからこそ・・・・やっぱり貴方の皮がとてつもなく欲しいと思えてしょうがない。
そういえば、私はいつから剥製や皮に対して固執するようになったのだろうか・・・。
あのとき?あのライトノベルを読んだあの夜がきっかけ?
何故だろう。その認識で合っているはずなのに、それとこれとでは全く別だと訴えている自分がいる。たしかに、この姿になったきっかけは間違いなくあの本を読んだとき。あの本を読んだことで、私は自我を一時的に失うほどの莫大な情報量を植えつけられた。
そのせいで、昨晩までは私ではないもう一つの人格ともとれる側面に一日の活動時間の殆どを支配されていた。その側面は、私がもつ感情の中でも最も救いようのないもの。私がまだ人間であろうとするならば、絶対に否定し続けなければならない、もう一人の私自身。それを無理やり自覚させられたのだと思う。本来なら一生を通して目覚める必要のなかった私の可能性。それこそが、テオトマによる覚醒なのだと思う。
けれど、それはあくまで私自身が抱いていた欲求を満足させるための促進薬的な働きに過ぎない。なら、剥製や皮そのものへの執着心は、それ以前からもっていたということになるはず。
いったいいつから――――――。
初めての剥製との出会いは、小学生の頃にお姉ちゃんの付き添いで剥製の専門店に行ったときだろうか。あのときに、初めてお姉ちゃんの趣味を明かされて、ちょとだけ驚いた。憧れの姉趣味が、まさか剥製を被ることなんていう聞いたこともないようなことだったから。
でも、そこに私は姉への魅力を感じてしまった。普通じゃないということは特別だということでもある。こんなに完璧な姉が特別な人間でないわけがないのだと納得していた。
だから、真似をした。私もお姉ちゃんのようになりたいと努力した。そのために私は何をしてたのだろう。―――――そうだ、お姉ちゃんにお店の剥製を被るのを手伝ってもらったんだ。あれはたしか、熊の剥製。とても重くてすぐ脱いじゃったけれど、あれが始まりだったと思う。
その後は、その趣味を理解しようと積極的にお姉ちゃんについていった。その度に、色々と教えてくれた。お姉ちゃんも勉強中だから、一緒に覚えようって。そして、二人だけの秘密にしようって・・・。
―――――――――――――そんなこと、本当にあったっけ?
昔の私って、そんなにすぐ物事を受け入れられるような子だったっけ?でも、そうした覚えがある。今までそのことを忘れていただけだというの?
というか、寧ろつい最近まで剥製についてはあまり関心を示さなかったし、忌避すらしていた時期の方が長かったはずなんだけれど・・・・。
何年か前に、ようやく剥製を見るのも、お店に入るのも慣れてきた・・・ただそれだけだったはず。
どっちが・・・私の本当の記憶なの?今まで当たり前のように思っていた想いでは・・・。
考えない方がいいのかもしれない。本能がそう歯止めを聞かせているのがわかる。これ以上考えても意味はないし、寧ろ悪い方向に働きかねないと。
今は、洋治さんと楽しくお話をしている最中なのだから、そちらを楽しみましょう。きっと、もっと楽しい時間になる。
けれど、念のため加護はあげるべきかな?もう〝呪詛の祝言〟は始まっているようだし、ここもどんな影響が出るかなんてわからない。今のうちに、洋治さんを護らなきゃ!
「洋治さん、楽しいお話しの最中なのだけれど、ちょっとだけお手を拝借しても構いませんか?」
私はそう断りながら、半分強制的に洋治さんの手に触れる。そして、祈りを込める。
《貴方は死んではならない》
その瞬間、突然のことだが、あまりにも大きな地響きが部屋の中のあらゆるものを振動させた。私たちはいきなり宙に浮き天井に身体を強く打ち付ける。それはものの数秒で収まった出来事ではあったけれど、そこから着地した時のことだ。
運の悪いことに、急降下する私の目の前には、ついさっき私の片目を刺し抉った傘がほぼ直立していた。まるで、もう片方の目も喰らいたいと言っているかのように・・・。
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