呪詛の祝言 The Last Episode 私欲まみれの告白
部屋の明りは点いていない。ベランダの向こうからは、著しいほどの悪天候によってほぼ遮断された太陽に、その日光を下界に照らしてくれることを期待するのはあまりに酷なこと。
その代わりと言ってはなんだが、時折轟音と共に現れる雷が光源としての役割を担っている。いや、完全に担えてはいない。暗いモノは暗いのだ。光源として活用するには、それはあまりに刹那的すぎる。
雷光が照らすのは、俺にのしかかる化け物の貌。その貌は、俺の仕事仲間である咲本詩奈の顔を被った何かだ。化け物は宣う。自身が咲本詩奈の妹であると・・・。
その貌は、なんとなく彼女の面影を残しているだけに過ぎない。もともと、自身の顔の骨格と規格が合っていないのだろう。その皮の所々に不自然に伸びきった痕がある。もうすぐ、その皮に穴が空く。靴下に穴が空くのと同じ要領だろう。まさしく化けの皮が剥がれようとしている。
化け物の片目からポタポタと滴のように血液が落下する。その血液は俺の頬を伝って耳の中に入り込む。気色が悪い。あまりに、人間離れをしているこの生物に馬乗りにされているこの状況が、たまらなく心地悪い。
「最近、姿を見せないと思っていた。あいつ等に・・・なんて言えばいいんだ――――――――――」
あの兄妹にとって、咲本詩奈は間違いなく保護者同然の存在だった。困った時に相談できる、縋ることができる数少ない支えだった。そんな存在を、この化け物は殺したんだ。もしかしたら、殺されていた彼女の皮を剥いだだけなのかもしれない。それでも、あいつ等から奪ったことに変わりない。
化け物はが舌を出す。その舌は先程俺の頬を伝った自身の血液を舐める。
「ゴメンナサイ・・・アナタヲ私デ汚スノハチョットダケ早イ・・・。
私ノモノニスル前ニ、オ話シマショウ。私ヲ愛シタ姉サンノコト・・・ソシテ、アナタヲ愛シタ姉サンノコト」
この化け物は、一貫して咲本の妹であることを主張する。だが、これはある意味好都合だ。
「わ、わかった。話そう、語り合おうじゃないか。彼女のことを」
化け物が俺の身体から降りる。
「下手ニ怪シイ動キヲシタラ、ソコデオ話ハオシマイ。アナタノ首ヲ切ッテソノママ満足スルマデ犯シタ後ニ、皮・・・貰ウネ?」
殺されるだけでなく、その後に俺はこの化け物に凌辱されるのか?・・・今以上の恐怖を受けるのではなく尊厳を犯されることになる。死人に口なしとは言うが、生きている間にその状況を想像すると、なんとも度し難いほどに醜悪極まりない。だが、これで少なくとも身動きはとれるようになった。
「ああ、わかった。何から話せばいい?それとも、そっちから話してくれるのか?」
いくら化け物といえど、構造自体は人間そのもの。おそらく先程潰した方の眼は視えちゃいない。この状況で、片目だけで視界に映るものすべてを判断しているはずだ。なら、隙をみてもう片方の眼も使い物にならなくしてやる。そして、ベランダから飛び降りるんだ。
化け物は、嬉々とした表情で俺を見つめるが、そのあまりの不気味さに、俺は最後まで耐えられるかわからない。
「私ノ・・・、私を愛シタオ姉チャンはね、私にとってノ憧レダったの」
ただの所感ではあるが、今俺に語り聞かせようとしているこの化け物は、先程までの常軌を逸したモノではなく、この部屋に入る際に出迎えてくれたときのソレに寄っている気がする。
「私の、憧レ。私は、お姉ちゃんにハメられた。あんな小説を素直に受け取らなければ・・・読んだりしなければ、お姉ちゃんを・・・お父さんとお母さんを、実家の使用人たちを・・・友達を彼を殺さずに済んだ
きっと、普通の大学生として過ごせた。少なくとも、この数週間は・・・」
化け物は天井を見上げる。何かを思い出しているかのようだ。それは美しい思い出か、はたまた罪状か。おそらくその両方だろう。
なんとなく察することができた。化け物は人に戻ろうとしている。そう、きっと化け物が言う咲本倉南という女性に―――――――――――。俺が知る咲本詩奈の妹とやらに。
「けれど、感謝もしているんです。私もまだしっかりと理解しているわけではないけれど、今の自分を受け入れないと、どっちみち今日あたりで死んでしまう。今まで当たり前だと思っていた人間の在り方だと、この先の環境に適応できない。ううん、適応云々の前に〝呪詛の祝言〟を越えられない」
咲本倉南が語る言葉には、人間としての尊厳と生存本能による諦めとの葛藤があることが滲み出ている。彼女の妹だというなら、高校生から大学生程度の年齢なのだろう。若い、それ故に咲本倉南が抱えるモノはあまりに残酷で非情だ。
個人差はあれども、まだオシャレにだって興味が無いわけではないだろう。少なくとも、人間として最低限の容姿は欲しているはずだ。何故なら、先程も考えたことだが咲本倉南は化け物から人間にシフトして俺と対話している。使い分けができるということは、人間としての側面をまだ維持していたいと思っている証拠だろう。その用途はまだわからない。単純に人間のままがいいと思っているからかもしれないし、俺という餌を油断させるために演じているのかもしれない。
「その〝呪詛の祝言〟というのは、具体的にどういうことが起きるモノなのか訊いてみてもいいだろうか?」
先程までの乙坂聡一との会話中、俺は割と速やかに己の焦燥や恐怖を克服できた。それと同じで、俺は既に咲本倉南の行動や容姿に威怖や嫌悪を抱いていない。
今の彼女は・・・俺にとってクライエントに過ぎないのだ。
我ながら、どうかしている。だが、俺にとってはコレが本来の自分なのだろうと・・・この非日常的な状況が教え込んでいる。俺は、本当の自分とやらの一端を理解してしまった。
「洋治さんは、〝呪詛の祝言〟知らないんですか?――――――――ああ、だからテオトマが感じられないんだ」
咲本倉南は俺を見て何かに納得するように手を軽く叩く。その仕草は、清楚な女性がすると絵になるような――――――――――ああ、なるほど。たしかに咲本倉南本人の言う通り、彼女の妹なのだろうな。どことなく、姉妹二人の雰囲気が重なっている。
「〝呪詛の祝言〟は地球そのものに意思があるという仮定が前提の大規模な自然災害、惑星自身が綺麗にカラダの中を大掃除する行為の名称だそうです。実際にその名前をつけたのは最古の支配者と呼ばれる方たちですが」
「人間はその〝呪詛の祝言〟に生き残ることができない、耐えきることはできないのか」
「全くできないわけではないはずです。それこそ、今宇宙にいる方たちは生き残れるでしょう。地球からの供給源を絶たれることに変わりはないのでどっちみち絶望しか待っていなさそうですけど。
その災害に耐えきれるだけの強靭な身体と支配者の加護を得るためのテオトマです」
そこまでの一通りの話をし終わってようやく、咲本倉南は話が逸れていることに気が付いたようで、少しだけ恥ずかしそうにする仕草が伺える。元の人間の状態であれば、多少なりとも可愛いと感じたかもしれない。正直、すごく勿体ないと思う。
「ごめんなさい。私の方から話題を提示したのに・・・」
「謝ることは無いさ。君のお姉さんも、仕事中によく話の内容が行ったり来たりするような人
だったことを思い出したよ」
しかし―――――――――、あの少年は、今何をしているのだろうか・・・彼女に閉め出されたのだろうという想像はできる。だが、それにしては玄関もベランダもあまりに静かすぎる。正直、俺がここから無事に逃げるには、どうしても外部からの協力者が必要なんだが・・・、これは、見捨てられたか?
「洋治さんの知るお姉ちゃんのことをもっと教えてください!」
正直、当初の予定である暴力的な脱出手段を敢行することに気が引けてきた。今の咲本倉南という女性は、先程までの化け物とは根本的な部分で異なる。
彼女は俺に用がある。俺を頼ったクライエント。なら、福祉職らしい対応で彼女を迎えてやろう。
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