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呪詛の祝言  作者: 柱こまち
呪詛の祝言
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呪詛の祝言 乙坂聡一編 崩れた倫理

 梅雨の時期が迫ってきた頃、僕こと乙坂(そう)一は、憂鬱とは異なる自分でも理解できない不快感を抱きながら毎日を送っていた。


 まるですっぽりと穴が開いた部分に風が通り抜けようとする感覚。それでいて、何かでその風を塞き止めるかのように僕を包むこの違和感は……果たして――。





 運動会のシーズンが終わり、学校のみんなはその余韻に浸っている子達が多いようだ。次の行事はなんだっただろうか。たしか、お誕生日会があって、その後に国語と算数のテストがあって、道徳のお勉強もある。夏休みに向けてアサガオの観察日記や自由研究とかやることはたくさんあるし、楽しみだ。

 

 休み時間にお友達と鬼ごっこをするのはとっても楽しい。僕は担任の先生と同じくらい背丈が高いから、みんなの後を追って走っても追いつくことができる。足が速いからと言うより、一歩の幅が大きいからだと思う。背の順で並ぶといつも最後尾にいる。席替えをするときはいつも僕が一番に引く。一番後ろの横一列だけだけれどしょうがない。あんまり前にいると後ろにいる友達が黒板を見れないから我慢するしかない。だから、目が悪くなったりしないように気を付けている。


「はい、乙坂くんは窓側の一番後ろね」


 僕の席が決まると、出席番号順に他のクラスメイトもくじ引きで決めていく。みんな思い思いの席が引けるかどうかで気持ちが昂ぶっているようだ。でも、僕にはそんなことは関係のないこと。さっさと席替えをする為の準備に取り掛かる。


「おとさかくん! また一緒になれるといいね……」


 少し頬を赤らめながら話しかけてきたのは、今のお隣さんである茅木(かやぎ)美香ちゃんだ。クラスの女の子の中でも際立って可愛いいと思うし、実際クラスメイトだけではなく他のクラスの男子からも人気がある。


「――そうだね。また一緒だったら僕も嬉しいよ」


 美香ちゃんには、ちょっとした特徴がある。どうしてかはわからないけれど、僕が嬉しいとか楽しいと言葉に出すと、いつも僕の方を向いてとっても朗らかな笑顔を向けてくれる。その笑顔に、僕はいつも憧れていた。

 

「うん! くじ引きも頑張るね! 」

 

 しばらくして美香ちゃんがくじを引く番になると、そそくさとくじが入った箱の元へ向かい、祈るようにくじを引き始める。


「―――――――っ‼︎ ……良かった……」


 美香ちゃんが引いた番号と黒板に書いてある席の図を照らし合わせると、僕の隣になることが分かった。


 またしても、美香ちゃんは笑顔を浮かべて僕を見る。その安堵した表情を伺っているだけで、僕の中で何かが満たされる感じがする。


 ああ―――――――――――っ、なんて幸せそうな(かお)……。僕は間違いなく彼女に惚れている。それだけは、きっと一生変わらない。


「また一緒だね。茅木さん」





 席替えが終わって、授業が始まった。今日は国語に算数、理科に道徳と体育を習うことになってる。


「ね、ねぇおとさかくん! 」


 わたしこと茅木美香は、おとさかそういちくんというクラスメイトの男の子が大好きだ。ずっとずっと前からこの気持ちは変わっていない。


 おとさかくんは、やさしい男の子で勉強が得意で運動も1番じゃないけどできてるほう。たまーに見せてくれる含み笑いがステキで給食の時間にいっぱい食べている姿がかわいい。背がママと同じくらいあって、体育の時間のバスケットボールではいつも活躍している。どこかおっとりしているところがあって、一緒にいるだけで幸せになれる。わたしにとっての王子さま。


 そんなおとさかくんと、またお隣の席どうしになることができた。神さま! ホントーにありがとう!


 そんなわたしだけれど、実は今日ぜったいにやろうって決めてたことがある。それは、おとさかくんと遊ぶ約束をすること。遊ぶ日はいつだっていいけれどできるだけ早く。明日にでも遊べればラッキーぐらいに思ってる……たぶん無理だけど。


「何? 茅木さん」


 おとさかくんは、授業中でもわたしとお話ししてくれる。ヒソヒソ話で。


「今度、いっしょに遊ばない?」


 わたしがそう言うと、おとさかくんは少し考えているかのように目をそらす。ダメ……なのかな?


「うん、遊ぼう」


 その言葉を待っていたわたしにとって、今この時がどれだけ幸せな時間か。


「そのかわりといっては変な話かもしれないけれど――」


 おとさかくんは何か言いたそうな顔をしながら含み笑いをしている。ああ、ステキだなぁ。


「うん、何?なんでも言って‼︎ 」


「遊ぶの、今日でも大丈夫? 」


 声をかけた側としては、今日はいきなりすぎてダメかなっと思っていたけれど、そんなことなかった。


「うん! だったらね、だったらね‼︎ 案内したいところがあるんだ‼︎ 」


「それは、何処なの? 」


 首をかしげながら聞く顔がたまらなく好き!


「えっとね、実はわたし女の子っぽくない趣味があって……わたし一人だけのひみつ基地を作ってるの! まぁ、基地っていうよりマンガ置き場みたいなかんじなんだけどね。わたしのおうち、お父さんがそういうのきびしくてさ、おこづかいで買ったマンガをかくされたりしちゃうからそこに置いてるの」


 いけない! このお話しをするとどうしても顔が暗くなっちゃう。大好きな人の前ではできるだけしたくなかったのに――。

 

「そこに案内してくれるってことは、その秘密基地は茅木さんと僕の二人だけの場所……なのかな? 」


 その通りだけれど、あらためて言葉にされるとうれしいようなはずかしいような――‼︎


「うん、わたしたちだけのひみつ基地だよ! 帰りにいっしょに行こうね‼︎ 」


 けれど、今日は雨が降っているんだよね。秘密基地はお外にあるし、今日はあんまり長くはいられないかな。でもでも、せっかくおとさかくんが今日がいいって言ってくれたんだし! なにしろわたしもそうしたいもの!





 彼女はいつでも僕に幸せを魅せてくれる存在。ああ、僕にはなんて素晴らしい友達がいるんだろうか。


 彼女が落ち込んだ時の表情はとても心配で見ていてあまりいいモノじゃない。だから、彼女が望みそうなことを僕ができる範囲で積極的にしたい。遊ぼうと誘うときの彼女の仕草を見ればなんとなくわかる。あれは、間違いなくできれば今日にでも遊びたいけれどどうだろうかという不安のような感情が混じっていた。


 そんなの、考えるまでもない。それで茅木さんの幸福(しあわせ)を僕が共有できるなら、これ以上のことは無いじゃないか――。


 いや、ちょっと待て。本当にそれだけでよかったのか?


 僕が求める幸福(モノ)……それをより大きく感じるために、得るためにできることが何かあるはずだ。


 何か――何かあるはずだ。


「……わからない」けれど、絶対に何かが――。


 僕は彼女にバレないようにさりげない仕草を意識して机の中を漁り、カバンの中も漁る。そして、とある冊子に書かれている題名に視線を奪われる。


 それは〝道徳〟と書かれていた。


 今日の授業で使う教科書ということで持ってきていたものだ。にもかかわらず、この学校で行われる道徳の授業は教科書をあまり使わない。そのせいか、僕も道徳の教科書を読む機会があまりなかった。だからこそ、ほんの少しだけ内容(なかみ)が気になった。

 

 背表紙から順にページをめくる。一枚、一枚、一枚……。


 めくればめくるほど、この教科書の内容に嫌悪感を覚える。この〝道徳〟と宣う紙束に込められたモノ――。それは、人間社会の秩序をコントロールすることを目的とした刷り込みのさわりにしてすべて。


 子供の僕が言うのもなんだが、子供は誰かに(レール)を作ってもらわないと前に進めない。その先が、誰かの思惑へと直結していたとしても文句なんて言えないし、言おうとも思わないだろう。子供なら、それでいいのかもしれない。


 僕は、秩序をコントロールするということは知性の恥でしかないことを()()()()()()()()――。


 つまり、僕の中での道徳とは邪まな経典にすぎない。そう、最早、宗教のようなモノなのだ。僕は何かに染まるようなことはしたくない。強いて言うなら、自分自身以外のすべてに染まりたくないんだ。生きるためにしょうがなく表面上は社会に従っている・・・ただそれだけ。


 そんな板挟みの中でも、僕は自分らしく逞しく生きるために何をしたらよいのかを考えに考え抜いた。その結果(さき)に見出した娯楽。それが、幸福(しあわせ)の共有なのだ。


 目指すべき到達点は、まだ完全に定まっていないながらも決まった。後は、どうやって到達するのか。つまり、方法がまだ決まっていない。


 そうして僕は、ページをめくり続ける。この教科書にヒントのようなモノがなければ別の教科書も漁ってみよう。そう考えはじめたとき。


 ……ああ、そうか。その手があったか! 秘密基地に着いたら早速実践してみよう!


 まさに運命の出会いとでも表現するべきか、僕自身の脳裏に革新的なひらめきが過った。この感動に静かに興奮する僕は、客観的に見るとまだまだ子供なのかもしれない。


 道徳の教科書。開かれたページには犬や動物との接し方についての内容が書かれていた。


読んで下さり誠にありがとうございます!


次回もよろしくお願いしますね!

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