呪詛の祝言 The Last Episode 星の理
テオトマ。それは、自己の理想を体現化するための外部的要因にして呪詛そのもの。紋章を介し、何処から来るエネルギーで自己のあらゆる側面を変革させるこの力は、時間に限りのある者たちにとっては魅力的だと思う。テオトマは云わば理想への促進薬とでも思えばいい。つまりドーピングだ。
咲本詩奈としての身体は、もうこの世には存在しない。正確には、まだ遺灰や遺骨が僅かばかり保管されてはいるだろうけれど。そのおかげで、元の身体のまま生き返ることができなかった。私が私のまま蘇生するには、一度、塵すら残さずこの世を去るか、身体の五割以上を残した状態でテオトマを使用して分裂し、元の身体が復元されるまで待つしかない。それが私のテオトマが発動する条件だとユリジャ様、私にテオトマを与えてくださった御方から教わった。
私がくーちゃんに殺されたとき、私の顔の皮膚を剥された。
痛かった・・・。痛くて、痒くて、気持ちよかった。
実のところ、やろうと思えばいつでも分裂できたのだ。
けれど、私は嬉しかった。皮膚を剥されたことよりも、その痛みを享受できたことよりも、私を殺した化け物が最愛の妹だったことよりも・・・・、
くーちゃんのテオトマが齎した能力が、“被ること”だったことに。
私が何のために、幼い頃から剥製の専門店にくーちゃんを連れていっていたか・・・。私が何のために、くーちゃんの前で理想の姉を演じてきたか・・・。
すべては、妹への嫉妬から表出した感情。
「くーちゃん・・・くーちゃんは私のことを憧れの存在として見ていたのだと思う。けれどね、本当は違うの。私があなたに憧れていただけなのよ?」
なにもかもが後の祭り。もう二度と、私がくーちゃんの前に姉として現れることは無いでしょう。私よりも、くーちゃんの方がユリジャ様とは相性がいいみたいだし、このまま“呪詛の祝言”が行われれば、ユリジャ様の後継者に選ばれるのは間違いなく咲本倉南のなれの果て。
紅いコートを纏う剥製の乙女――――――――。彼女の顔も手も足も――――――頭も肩も胸も腹も臀部も太腿も・・・、体毛すら挿げ替える化け物になるであろうくーちゃんに、一言だけ言い忘れたことがある。
この事実は、きっとくーちゃんにとって呪詛と自覚できないモノだと断言できる。
私はこれからもあなたを陰から見守る存在として、永劫に続く時間を過ごすことになるけれど、どれだけ時間がかかっても一向にかまわない。だから、これだけは後々気が付いてほしい。
「本当は、あなたが私のお姉さんなんだよ」
さて、ここからはあの兄妹のお母さんに成りきらなきゃね!
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俺は、当初の目的通りに車を走らせる。かなり時間をロスしてしまった。そもそもこの異常事態だ。今から会いに行く元クラスメイトこと江橋才加にも何かしらの現象が起きているだろう。
嵐が近づいてきていることがわかる。台風の目はこの車の上を完全に通過しきってしまう。いくら周りに走っている車がいないことをいいことに制限速度を無視して走らせているとはいえども、流石に自然現象には追いつけまい。車を照らす太陽の日差しは、次第に黒雲によって遮断される。
後方から鳴る雷雲の唸り声が空気を振動させている。雨はあっという間に土砂降りへと勢いを増したことで道路が滑りはじめる。ブレーキの利きが悪くなることを理解していながら、俺は嬉々としてアクセルペダルだけを力強く踏む。
「ねぇ、仲石さん。どこに向かってるの?」
助手席に座っている少年は、俺にそう問いかける。
「ちょっと、用事がな。元々その用事を済ませることが目的で外に出たんだし、俺に変なモンを渡したいって言うなら、その用事を済ませてから考えようじゃないか」
俺は、少年・・・乙坂聡一から渡されたテオトマとやらを未だに受け入れる覚悟ができていない。そればかりか、手放す気も毛頭ないと来た。どうしたもんかと物思いに耽っていたところ、後回しにすることにした。
少年からはだいぶこっ酷く言葉攻めを受けてしまったが、そんなことをいつまでも考えていてもきりがない。そもそもその程度のことで動じるほど繊細な心を持ち合せてはいない。
だいぶ今の状況にも慣れを覚えてきたところだ。
少年は、俺がそのテオトマを受け入れるまでは俺から離れないと言っている。本人的には早々に離れたいとも言っていたが、狗神様とやらが俺に執着している以上は、テオトマを受け入れるまでの間は離れるわけにはいかないということだ。
「仲石さん、スピード出し過ぎ」
「こっちも急いでいる身なんでな。別に降りてくれても構わないんだが?」
自分が意地の悪い大人だと自覚している。だが、それは普通の子供を相手にした場合に実感するだけだ。この少年にはどれだけ大人げない言葉を吐いても、全く罪悪感を抱かない。
当然だろう。いくら私が福祉人とはいえども、なんでもかんでも理想通りに全ての子供を平等に見ることはできない。加えて、現在進行形でおかしな現象に巻き込まれている最中なのだ。
現状で得ている不十分な情報だけでまとめてみてもはっきりとしたことが判明される筈もない。せいぜいこの少年の言う狗神様とやらが、この異様な状況を起こしているのだと推測してみる程度が関の山だろう。
「・・・狗神様さえ見てなければ、お前なんて―――――――――」
「もしもを語るなんて、まだまだ子供な証拠だな。君はたしかに賢い子供なんだろうが、人生の先輩から一つだけアドバイスをしてやろう。特別な能力や理想に憧れるのは構わないが、今の自分から逃げる様ではどのみち伸びしろは限られているもんだ」
「なんで急に偉そうになってるんですかね、意味が分からない」
ふんっと俺は鼻で笑う。つい先程まで少年の顔に出ていた憤りは、最早見る影もない。そのかわり、困惑と呆れの様相が見て取れる。
実際、この少年を目の前にして怯えていたのは事実で、実のところ今も警戒はしている。だが、何故だろう?慣れというのは確かにあるのだが、どうもそれだけでは片付かない感情の変容が起きていると思う。まるで・・・誰かに感情をコントロールされているかのような不自然さが――――――――。これも、この状況のせいなのだろうか。
「乙坂くん・・・だったっけ?君がこの摩訶不思議な状況を起こしているのかい?」
「え?・・・あぁ。そういえばその辺りについては意図せずして濁すようなことを言った気がする。ようはあれですよ、もうすぐこの文明を築いてきた人類に終わりが来るんです。人類滅亡・・・とまではいきませんが、これからあっという間に文明が代替わりします」
「文明の代替わり?」
ここまで来ると、もうどれだけ現実離れした話が出てきても驚くだけですんなり受け入れられる自信がある。
「仲石さんは、魔法とかって信じてない派でしょうね」
「まぁな」
俺は、自分の眼で見たものしか信じない。可能性を夢見ることぐらいはあるが、現実に起きた事象よりも、自分の目の前で起きた事象の方が信用できるに決まっている。
それは変わらない。変わらないが故に、この異常事態を目の当たりにした以上は、可能性ぐらいならすんなり受け入れられる。今なら、宇宙人が地球を支配しようと企んでいるといわれても、話半分では済まさないだろう。
「狗神様によると『魔法はかつて存在した。存在したが故にその名残が今の文明に知識と伝承として引き継がれている。しかし、魔法はこの文明の二世代前にこの星を支配していた生物たちが使用していた魔力という星の恩恵を利用した奇跡である。そして、人間は資源という名の恩恵を浪費して独自の技術理論を構築させた生物である。
文明とは、常に発展し、滅亡して移り行くもの。それを拒むことはこの星の意向に反している。魔法の文明は、傲慢にも文明の繁栄で留まらずに、永劫の文明を目指した。故に魔力は枯渇し、魔法に頼るしか能の無い生物はその権能とともに自然淘汰によって滅ぶべくして滅び、僅かに残った者たちも、次にこの星の主導権を握る外から来た移住者たちによって隷属ないし虐殺を受け、滅亡と同義になった』と」
どう反応することが正しいのかいまいちわからない。正直突拍子もないことを言われているに過ぎないとも思える。即鵜呑みにするのも馬鹿らしいが・・・いつでも受け入れる態勢に入っておくべきではあるとも思ってしまった。
「つまり、その魔法の文明とやらが辿った道を俺たちも歩むことになると?」
「正確には違いますね。その文明の最期は外からの移住者、つまりこの星が想定していないイレギュラーの介入で起きたどうしようもない絶望を孕んだ終焉です。本来は、この星で生まれた生物の文明は、この星の能力・・・つまり、自然現象によって滅亡しなければならないらしいです。
ここまでを踏まえて話を元に戻すと、今この状況を作っているのは、狗神様やそれに連なる方々によるものですが、実際に科学の文明を終わらせるのはこの星の権能です。僕たちは、その後の文明を築く地固めをしているに過ぎません。これから起きる災厄をテオトマなしで生き残る方法は宇宙に逃げる方法しかありません。既にその準備に入っている人類も世界各地で極少数ながらいるようですが、すべてが終わって戻ってきたとしても、新たな環境にはそう容易く順応できないと思いますけどね」
読んでいただき誠にありがとうございます!
Twitterの方での問題とリアルで起きた問題が運悪く重なってしまったことで投稿が遅れてしまいました。
これからは、@mujunrasen052ではなく、@hashirakomachiのアカウントで投稿等していきますのでよろしくお願いします。




