呪詛の祝言 The Last Episode 定られた崩壊
左折も右折もない。逃げ場は真後ろに続く途方もなく感じるほど長く直線のみの一本道のみ。
いつもならあらゆる自動車が詰め寄せるこの大通りをとても狭苦しく感じていたが、こうまで俺の車以外に何もないと、元々のこの道路が抱えられる自動車のキャパシティーの多さに無理にでも気づかされてしまう。
今、俺は明らかに自分よりも年下な少年から逃げようとしている。
その理由は単純明快に極まりない。怖いから逃げる。それ以外にはなにも――――――。
乙坂聡一と名乗るこの少年が浮かべる不穏で度し難く狂乱じみた笑み。
この少年は壊れている。
「は、はは・・・」
意識したわけではないが、自然と声が漏れる。その声を押し殺す気力すらない為に、今の俺の顔はきっと情けないものになっている。鏡で確認しようなんて意味の無いことをするつもりは毛頭ない。
「仲石さん、意外と笑顔が苦手なんですね。そのこぼれた笑い声。非常に苛立ちます。思った通り、アナタに笑顔は似合わない。」
少年の声は、次第に冷たく嫌悪に満ちていく。その一言一言に込められたものは、間違いなく殺意そのものだ。殺意なんていうものをこれまでの日常でただの一度たりとも感じたことは無い。当たり前だ、映画や物語の登場人物でもなければ、銃弾が飛び交う戦地に赴いた経験のある兵士というわけでもない。
「君は、なんなんだ。俺が君に何かしたか?」
この少年との接点なんてものは間違いなくない。今ここでこうして会ったことが互いに初めてのはずだ。
それとも―――――――――――――。
「アナタには身に覚えのないことでしょうね。その認識のままで構いません。ただ大人しく、この場で無様な笑みを浮かべ続けていればいい。もっと声に出して笑ってみてくださいよ!アナタの声は僕にとってこの上なく煩わしく虫唾が走るだけだけれど、だからこそ、その声色を好む方もいるんですよ。」
「よかったですね、仲石洋治さん。アナタは狗神様の寵愛に値するそうですよ。気に喰わないけれど、アナタを味方と認識することになりました」
この少年が語る言葉の中で、いったい何割を俺は理解できている?
「狗神様・・・?それに味方っていうのは、なんのことだ!!さっきから君の言っていることがまるでわからない!!」
俺は、俺の心が導くままに思いの丈を全て言葉にして叫ぶ。
「だいたい!!ここは何がどうなっているんだ。いつもみたいな喧噪もなければ人も車もいない。どうして俺たちだけしかここにいない!どうして他の奴らは俺を見下ろすんだ!どうしてみんなが俺を見て笑うんだ!!」
ほぼほぼ息継ぎもせずに、すべてを吐き出す。息切れが己の限界を告げている。身体面でも、精神面でも。
しかし、少年から返された言葉にはその全てをかき消す威力があった。
「そんなの、アナタが滑稽だからに決まっているじゃないですか」
さも当然とでもいうかのように、相変わらずその声色は冷徹なものだ。既に俺に興味が無いという見解もできるほど、少年の言葉は吐き捨てられたかのように事実だけを伝えているのだろう。そこに感情はない。
「・・・教えろ!俺になんの用だ」
落ち着け・・・落ち着け・・・!!
こちらもいつまでも動揺したままではいられない。どうにかして少年から優位性を奪うか、逃げる算段を考えなくては―――――――。
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あぁ・・・狗神様!!
どうしてこんな男に価値を見出してしまったのですか・・・。僕はこんな男の笑顔なんていらない。不純物極まりない・・・。狗神様から頂いたテオトマでこんな男に僕の価値を示したくはない。可能ならばすぐに消えろ。どうせ最初から逃げ腰でいるんだ。さっさと何処へなりとも行ってくれ。僕の世界にこんなの・・・いちゃぁいけないないんだ!!
消えろ・・・消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!
かつて、ここまで嫌悪感を抱いたことがあっただろうか。きっと、これがワースト1位だ。僕が生きてきた時間は、まだ全然人生を語れるモノじゃない。
けれど・・・、
ここから先は、僕が選定された人類を引っ張っていかなきゃいけない立場になるんだ。狗神様が授けてくれたテオトマがその証拠だ。
なのに、どうしてお前も狗神様に見定められたんだ?お前は、僕の狗神様を誘惑した。その存在・・・その魂で、どうして狗神様のテオトマと波長が合うんだ!!
僕は、ただ只管に考え込んだ。目の前に大人の男が一人、情けない顔で逃げ腰なくせに威勢を良くしようと努めている。
僕に対して優位になれるとでも思っているのか?狗神様に最初に見定められた僕に、オマエみたいな半端者がこの状況をひっくり返せるとでも?ははっ―――――、それは僕に対しての侮蔑に過ぎないぞ!まともに幸福を享受できないようなゴミ蟲が・・・いきがるな!!
「・・・教えろ!俺になんの用だ」
このゴミカスは・・・何様のつもりだ!!僕に向かって・・・僕に向かって!!
「用なんて、一つだけです。これをアナタに渡しに来ました」
僕は、表面上だけでも取り繕うことにした。いつものことだから別にどうということもないけれど、この塵野郎は狗神様に選ばれてしまったんだからある意味しかたがない。
狗神様は、嫌悪する対象にテオトマ・・・ご自身の能力の一部を授けてくれる。
つまり、僕も狗神様からは嫌悪の対象として見られている。それが、たまらなくゾクゾクするんだ!!
僕は、この寄生虫野郎に手を差し伸べた。僕の手に触れてもらう。それだけで狗神様のテオトマを渡すことができる。
そうなれば、見るに堪えないこのゴミにも、利用価値ぐらいは生まれるかもしれない。そうなれば、心の中でもちゃんとした呼び名で呼んであげるよ。ねぇ・・・おじさん。
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台風の目。まさにその表現がしっくりくる天候だ。二日遅れで飛行機は、荒れた天気の中でもタイミングを見計らってのフライトを決行し、無事に目的地の空港までたどり着いた。そのあとは、電車やバスなどの交通機関をいくつか経由して、ようやくの思いで、一週間ぶりに仲石職業紹介事務所に出社することになる。
タクシーから降りると、空からは強い日照りを受ける。雲一つない快晴の空は、私のような中年にはあまり優しくない。
タクシー代を支払い、我が家のような感覚で事務所への階段を昇っていく。
玄関の前まで着くと、話し声が聴こえてくる。坂岸兄妹と・・・もう一人?全部で三人分の声が聴こえる。お客様だろうか?そう思いながら私はドアを開けた。
一週間ぶりの事務所内。そこには、予想通り人が三人座りながら談話していた。
坂岸篤人くんと坂岸ほのかさんが見たこともない清掃員の恰好をした女性と愉快そうにしている姿は、まるで本当の家族のように見える。
「ただいま帰りました」
ドアが開いた際に鳴る鈴の音と挨拶で三人は同時にこちらの方を向く。
「あ!おかえりなさい!!!!!!」
そう言いながら、ほのかさんは一目散に私に抱き着く。相変わらずのようで少し安心した。
「おかえりなさい。向井さん」
篤人くんは落ち着きのある声で私を迎えてくれているようだが、どこか以前会った時より声色が明るい気がする。
「お客様でしょうか?」
「ううん、違うよ向井さん!」
ほのかさんが首を振りながら答えてくれているが、お客様でないのならどこのどなたなのだろうか。
「ボクたちのお母さんですよ」
「坂岸マチコと申します。いつも篤人とほのかがお世話になっております」
・・・・・・・・・・ん?お母さん?
そして、坂岸マチコという名前・・・。
彼ら兄妹の母親の名前は、たしかに坂岸マチコさんで合っていたはずだ・・・。
けれど、その母親は既に亡くなっているはずだ。
「ねぇねぇ、向井さん」
「なんですか?」
「もし、だよ?もし魔法みたいな能力でアタシたちのお母さんが生き返った・・・なんて言ったらさ、信じてくれる?」
ほのかさんが私の頬を触れるその刹那、私の意識が何故か遠のいていくような錯覚が起きた。そして、もう一度私は清掃員の恰好をした女性を視界に収める。
私の眼に映ったもの、それは、皮膚が爛れて黒ずんだ腐肉に身を包ませて蛆にまみれながらも眼球だけはキョロキョロと動き回る・・・。
「化k―――――――――――」
私は驚く暇すら与えられなかった。たった一瞬で、私の約五十年の人生はあっという間に幕を引かざるを得なかった。
読んでいただき誠にありがとうございます!
この調子で、書き終わり次第どんどん投稿していこうと思います!
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