呪詛の祝言 仲石洋治編 坂岸ほのか
「それで・・・さっきのはなんだったんだ?」
久留須少年院を後にした仲石は、咲本を連れて自動車で久留須女子学院に向かっていた。その口調は、苛立ちを含んでいるようだ。
「なにって?」
「わざわざとぼけることでもねぇでしょうよ。篤人少年を俺の事務所で働かせるって話だよ」
「別に、仲石さんが嫌ならそれで構わないと思いますよ。そうなると、篤人くんの雇用先をまた探さないといけませんね。ただでさえ性格や過度な探求心から社会そのものに順応できなかった子です。無事に就職できても・・・まぁ、十中八九問題を起こすでしょうね。それもなかなか気付かれづらい手口で犯行をするでしょうし」
「そうなったら、紹介したうちの評判が落ちる可能性はあるわなぁ・・・。かといって、一度受けた仕事を投げ出すとなったらまた別の方面からの評判が落ちる。どうするかねぇ・・・」
仲石の怒りが急に冷める。咲本の言葉を聞いて自身の現状を省みた。
「・・・今はその話は置いておきましょう。次の子ですが、坂岸ほのかさん。篤人くんの妹さんですね」
「兄妹ねぇ・・・。まぁ、珍しいケースではあるが、これが初めてってわけでもない」
仲石は、これまでにも数十件以上こうした受刑者への職業案内等の支援を努めてきた。しかし、今回の坂岸篤人の件は特例だろう。受刑者にも様々な動機で捕まっている者たちがいるが、このような自身の興味本位だけを原動力に自殺を誘導するというのは聞いたことが無い。故に、このケースは仲石にとっても初体験となっている。
「そういえば、仲石さんって今のお仕事始めてどのくらいになるんですか?」
「おい、話があっちこっち行ってますよ。まぁ、そうですねぇ・・・今の事務所を立ち上げたのが3年前、その前の下積み時代が割と短く1年ちょいってところですかね」
「仲石さんってたしか、まだ三十路前ですよね?」
「今年で何歳だったかなぁ。大学卒業して、行政の業務手伝って、誰かに命令されるの嫌いだから少しでも早く独り立ちできるように多く学ぼうとして――――――って、着きましたっと」
久留須女子学院の駐車場に車を止めて、校内の受付に向かう。入校手続きを済ませると、久留須少年院同様に面会室まで案内を受ける。
そこには既に一人の少女が待機していた。安手の染色剤を使用しているのか、艶の感じない墨汁のような黒の長髪が少女が振り返る動きに合わせて靡く。
「しいな先生待ってたー!」
その少女の青い眼は、何かへの期待でもあり余しているのか、とても少年院で暮らしている少女とは思えない。
「はーい、ほのかちゃん。今日も元気ね!」
「もちろん!おじさんが向井さん?聞いてたより若くてカッコいい!!アタシの好みじゃないけど」
坂岸ほのかは、仲石の容姿をまじまじと観察しながら声色を変えずに興味がなくなったという事実だけを言語にした。しかし、そんなことは仲石にとっては二の次だ。
それよりも、何故今の彼女の感想の中に特定の人物の名前が発せられているのかのほうが気になっているに決まっている。
「・・・ええっと、向井さんというのは?」
まさか、あの向井さんではないだろう。そう頭の中で念じながらも、仲石にはただただ現実が突きつけられる。
「しいな先生からね!あたしの仕事先を紹介してくれるおじさんが会いに来てくれるって聞いてたから、名前とか先に聞いてたんだ!」
もはや、仲石の知る向井しか考えられないだろう。
「あのぉ、咲本さん。うちの社員の名前勝手に漏らさないでくれますかねぇ。アナタ仮にもプロの福祉職でしょうに」
咲本は申し訳なさそうにごめんなさいと一言謝罪の言葉を述べるが、その表情は嬉々としていた。
「おじさん、向井さんじゃないんでしょ。じゃぁ、えーとっ、な・・・なか・・・なかい・・・なかっ・・・なかえさん?」
「仲石です、惜しいですね」
「あっ!!そうそう仲石さんだ。あれ?そういえばはじめから仲石さんが来るって言ってたような・・・そうでもないような・・・」
「私はちゃんと仲石さんっていうおじさんが来るって言ったと思うけどなぁ」
咲本が言っていることが事実と仮定して、余計に向井の名前を出した経緯が思いつかない。どういう話をすれば、提携先の個人情報を漏らすことになるのか。
「お二方、時間もありませんし、本題に入っても?」
面会時間にも制限時間がある。今までのことは置いといて、仕事に徹っしなければいけない頃合いになっていると自覚した仲石は、坂岸篤人との面会時同様に気持ちをシフトした。
「それでは、改めまして。仲石職業紹介事務所から参りました仲石洋治です。今日はよろしくお願いします」
「あ、ご丁寧に・・・。えー、坂岸ほのかです。よろしくおねがいします」
やはり兄妹か・・・、自己紹介の仕方がかなり似ているようだ。
「では、はじめに。事前に坂岸さんに記入してもらった適性検査の結果から確認していきましょう」
仲石は、鞄から適性検査の結果が書かれた書類をほのかが見やすいように心がけて手渡しする。
「・・・仲石さん、アイドルって職業に入るの?」
「一応は入りますよ。まぁ、役者と似て非なるものという認識でいいかと」
「にて・・・ひっなるもの?」
ほのかの反応から察すると、彼女は似て非なるものという言葉の意味を理解していないようだ。
「同じようにに見えるけれど、中身は全然違うものってことだよ」
「へぇー。仲石さん難しい言葉知ってるねぇ」
「ちょっと、咲本さん」
「はい?」
咲本は、自身が腰を掛けているパイプ椅子をそっと持ち上げながら仲石に近づいた。
「資料には書かれていなかったけれど、この子が知的障害とかそういった情報ってあります?」
「障害はありませんよ。強いて言うなら、環境障害とでも申しましょうか。学ぶ機会は人並みにあったはずなのに、ご家族やご親戚のことがあって学びに集中できなかったといった―――――――」
「つまり、単に知識がないだけということで?」
「そういことです!ここに入ってからは勉強等には前向きな姿勢らしいですね」
「そういうこと、あらかじめ教えてくださいよ!」
「向井さんには電話越しでですがお伝えしましたよ?」
「俺に教えてくれなきゃ意味ないでしょうに!!」
「電話の窓口はいつも向井さんで、仲石さん出てくれないじゃないですか!!」
「ねぇねぇ、二人だけで何話してるの?」
コソコソとしたウィスパーヴォイスを意識した会話ではあったが、客観的に見ればただの言い争いだ。社会人としても、まして頼られる側のプロとして不相応な現場をクライエントに見せてしまった。
「いえ、失礼」
「ううん。なんでもないですよぉ」
「二人だけでお話しとかつまんないなぁ」
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「それでは、話を戻させていただきます。この結果から興味のあるお仕事はありますか?」
あまりにも話が脱線している。どうも、俺と咲本とでは相性が合わないようだ。人間的にというよりは、仕事仲間としてだが。
「んー、とりあえずアイドルは興味ないかな。漫画で読んだことあるけど、大人の汚い事情でからだを売るハメになったりならなかったりするんでしょ?」
そのイメージは二次創作物の読み過ぎだと、断言できないどころがとても歯がゆい。
「その辺りのことについては、正直に申し上げますと否定も肯定もし難いと申しますか・・・そういった情報が私共の方に入ってきていないのでなんとも・・・」
「そうなんだぁ。ま、アタシとしては仕事なんてなんでもいいかなぁって思ってるんだ。たださ、どうしても叶えてほしい条件があるんだけどぉ・・・しいな先生!言っていいかな?」
「自分の意思で提案をするということは大事だと思うよ」
咲本が後押しをすることで、彼女にどんな客観的な必要性があるのか、どんな個人の強みがあるのかを見つけやすくすることができる。やればできるじゃないか。最初から助け舟を出してくれればいいものを。
「えっとね、アタシ、素敵なおじさまと一緒に働きたいの!それも独身の!」
俺もかれこれ三十路手前。業界から認められるだけの実務経験を重ねてきたと自負している。しかし、まるではじめて現場に駆り出されたかのように、ほんの数瞬だけ思考停止をしてしまった。
「素敵なおじさま・・・具体的に教えてもらえますか?」
まだ若手なことが災いしたのか?このようなクライエントの要望は聞いたことが無い。
「えっとね、四十後半~六十手前くらいまでで、そこそこ偉い地位にいて、独り身だけれど失うものがないってわけじゃなくて、大事な大事な何かを持っていて、それを大事に大事にして頑張って生きているような根気強いおじさま!!」
「念のため、その理由を聞いてもいいですか?」
「仲石さんって案外察し悪いのかな?好きなタイプだからに決まってるでしょ!」
このケースは、例外中の例外と言ってもいいものかもしれない。だからといって、特別扱いをするなんてことは絶対にありえない。そもそもどう特別扱いをしろと言うのか。でも、先程の坂岸篤人の件については完全に後手に回っていた。そのせいで彼を特例扱いするかどうか、今なお悩んでいる最中だというのに、なんなのだこの兄妹は――――――――――――!!
それに彼女の場合、先程の条件をすんなり叶えてしまうとこの更生施設に入った意味が無くなる可能性すらあるだろう。
「仲石さん。もしかして、アタシがまたヤっちゃうんじゃないかってを疑ってます?」
「疑いというよりは心配していますね」
「大丈夫だよ!アタシが再犯できないことについてはきょうじゅつ?してるし、聞いてるでしょ?」
「ええ。坂岸さんが犯してしまった罪状につきましては、把握させていただいております。加えて、動機についても・・・・。
その上で、ここからは坂岸さんに自身が犯してしまったことについて、ふりかえるカタチで確認をさせて頂きながら職種や職業の目途を付けさせていただきたいと考えております」
ここまで色々とゴタついていたが、いつもの仕事のスタンスにようやく落ち着けると俺は確信した。
「それではまず、事件当時に坂岸さんがどんなことをしてしまったのかお話しください」
ほのかは、パイプ椅子の上で重心を前後の交互にかけている。高低差が全く変化していないシーソーのような動作だ。
「えっとね、あの時のアタシって、よくわかんないモヤモヤした感覚をずっと持ってたの。そのモヤモヤした感じっていうのがとっても気持ち悪くてね、たくさん寝てもご飯をバカ食いしてもお腹痛くなるくらいジョギングしても全然消えないの。それでね、学校の友達に訊いてみたんだ。いつもどうやってストレスとか発散してるの?って」
「そうしたら、びっくりだよね。誰に聞いても援助交際してるって言うんだ。おとなしそうな子までみんなだよ?中には学校の先生とヤってるって自慢してくる子もいたんだから。何の自慢になるのか知らないけどさ」
「それでね、アタシ思ったの。みんながしてることだしアタシもやってみようかなって。で、テキトーに相手を探してホテルに入ったの。アタシの顔とか身体って男の人からすると魅力的らしいから部屋に入ったらすぐに押し倒された。あの荒い息遣い・・・今でも思い出すと面白い反面気色悪かったなぁ・・・」
「それは、不快感を抱いていたということですか?」
「うん。こんなんじゃ、全然モヤモヤが消えないだろうなぁって思ったの。だったらさ、続ける意味ってないじゃん?それに、ベッドインする前に玄関で押し倒してくるような乱暴者だよ?
だったらさ、ちょっとくらい抵抗したって文句ないよね。ちょっとくらい血が出たって文句ないよね。ちょっとくらい骨折って気絶させてから報酬として諭吉さん持っていったって文句ないよね」
「それを二十件以上繰り返したと?」
「覚えてる限りでね。たぶんそれ以上にやってると思うよ」
坂岸ほのかという少女に根付いた違和感。それは、大抵の人が一度は抱く感情だろう。しかし、それが明確な犯罪というかたちに変貌した切っ掛けとは?どんな経緯があってここに来たのか。その要因を我々と彼女自身は、把握しなければならない。
「坂岸さんが感じたモヤモヤというのは解決できたのですか?」
「うん!そのモヤモヤってね、要はその人の大切な何かを奪って、自業自得って思わせることにあったと思うの。例えば、家庭を大事にしているパパだったら気絶させた後に全裸にして、アタシも全裸になって一緒にベッドインだけしてるところを奥さんに写メったこともあったよ!これで家庭が台無しになってしまえば、幸せを奪ったのと同じでしょ?」
ここまで彼女の言動を観察していたが、彼女が語ったことは別段不思議とは思わなかった。彼女ならこうした動機を抱いても驚くことではないだろうと。
「私も、坂岸さんのように援助交際が発覚して少年院に入った方を何人も見てきましたけど、坂岸さんほど社会に出すことに躊躇いを覚えるケースはあまりありませんね」
「仲石さん。それ本人の前で言っていいんですか?」
咲本はそう言って俺の言動を確認してくるが、これが俺のやり方だ。
「場合によっては・・・ですかね」
「今がその場合だと?」
そう。すべては場合によりけり。臨機応変こそが力となる。前提条件として、正しい判断でなければならないところが難しいだけだ。
「しかし、先程からお話を伺っていますと気絶させるということを仰っていましたが、何か武道の経験があるのですか?事前に確認させていただいた資料には記載されていませんが」
「アタシはとくに何も習ってないよ」
「では、どのようにして自衛行為をしていたのでしょうか?」
「アタシもね、よくわかんないんだ。ただ、念じてただけなの。どっかいっちゃえ!って。そうしたらみんな白目むいちゃうんだ」
念じるだけで相手を気絶させる・・・そんなことはありえないだろう。それこそ漫画の読み過ぎだ。しかし、我々はそれをわかっていたとしても、その可能性を捨てて考えることをしてはいけない。それを一概に嘘だと断定してはいけない。何故なら、それが彼女にとっての本当かもしれないからだ。
「念じるだけ?・・・それも資料にありませんね。警察の方にはそのことをお話ししたのですか?」
「したよ?カリカリ書きながらアタシの話聞いてたからてっきりちゃんと伝わってるんだと思ってた。びっくりだね」
このようながさつな聴取が行われている現場が、偶然この街だけで行われていることだと思いたい。でなけりゃ、この国の警察はあまりに・・・・これ以上はよしておこう。
「最後に狙っていたのが、えーっと五十手前くらいの男性っとありますね。その方からは何を奪おうとしていたか教えていただけますか?」
「あのおじさまの話ね!!アタシね、あのおじさまのことだけは本気だったんだぁ。おじさまになら寧ろアタシのハジメテを奪ってほしいって本気で思ったんだから!!」
彼女の言うおじさまは、彼女にとってどのように映っていたのか。彼女の言葉からはまるで一目惚れでもしたかのような勢いが感じられる。そのおじさまというのは、彼女にとってストレングスになりえるのか一考してみるのもあるだろう。
「しかし、声を掛ける前にその場を張っていた警察官に取り押さえられたと」
「いんがおーほーってやつ?ちょっと悔しかったなぁ」
「ほのかちゃん?そのおじさまってどんな人だったの?」
しばらく息をひそめるかのように途中から一切会話に参加してこなかった咲本が、このタイミングで坂岸に話しかけてきた。
「えっとねぇ、背が高くてほっそりとしてた。髪がふさふさでちょっとだけ白髪があった気がする。ここうろ覚えね。丸いレンズの眼鏡を掛けてて、どこか幸薄そうな雰囲気があったなぁ。何かに落ち込んでるみたいだったよ」
「例えばなんだけど、この方みたいなイメージかな?」
まるで、準備していたかのような手際の良さで咲本は自身のスマホ画面に男性の写真を映して彼女に見せる。
「そう・・・っていうかこのおじさまだよ!!間違いないよ!!しいな先生見つけてくれたの!?」
「どれっ」
咲本のスマホに映された男性の写真を確認する。その瞬間に両目が血走った状態で咲本を睨み付けていた。この女・・・・いい加減にしろよ―――――――――。
「大丈夫ですよ!本人からの許可はとってますから。ほのかちゃん、この写真のおじさんがね向井さんなんだよ」
「このおじさまが向井さん!?それに、仲石さんが向井さんの上司・・・」
嫌な予感というのは予期せぬ時に始まり感じたときには既にとりかえしがつかないところまで進行していることがある。
「だったら、アタシを仲石さんのところで働かせてください!!お願いします!!向井さんと職場恋愛しながら頑張りたいです!!」
咲本が満面の笑みを仲石に向ける。
あの笑みに含まれた意味はまだ明確ではないが、この兄妹の件に関しては間違いなくはじめから咲本の手のひらで踊らされていたのだろうと俺は確信したと同時に愕然とした。
読んでいただき誠にありがとうございます!
さて、お久しぶりです。柱こまちです。
実を言うとまだ忙しい状態にありまして、完全復帰とはなっていません。
しかし、ちょっとくらい趣味に寄り道してもいいよね?と勝手に思った次第でして。
今後も時間みつけては、書いていきたいと思っておりますので、応援よろしくお願いします!
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