第2章
男が本を読み始めて3日ほどが経った。
男はその本に書かれていないことをしようと血眼になっていた。その感情自体、作者によって想定された感情だということも知らずに。
結局その勝負に男が勝ったことは一度もなかった。わざと犬の糞を踏もうとした時も、わざと柱にぶつかろうとした時も。更には恋人と別れることまで言い当てられたのであった。
「今、犬の糞には気付いたけど敢えて踏もうとしたね?」
「柱にぶつかるくらいで私の予測を覆せるとでも?」
「明日恋人と別れるよ」と言った具合である。
「どこから見ているんだ…」
ここまで言い当てられると、男は段々好奇心よりも恐怖心や不安といったものの方が大きくなっていった。それもなにか呪いじみたオカルティックな恐怖心である。
そんな考え事をしながら本を片手に道を歩いていると、
「見てごらん。」
本が珍しく指図した。その何も無い一帯では見るものといえば走る車とネコくらいしか無かった。
誰でもこの二つの単語を並べればこの次起こることはだいたい予想できる。そう考えが及ぶ前に背中が凍ったのを感じた。
容赦のない鈍い音と冷たい汗。
車は走り去り、猫の死体に魂はなかった。
「縁起の悪いものを見せるんじゃない!」
男は蓄積した多少の恐怖心と目の前で目撃した「死」に混乱して、理由の付かない怒りを本に向けた。
「まぁそんな怒りなさんな。この本もそれそろ終わりなんだから。」
本の文字に少し冷静さを取り戻し、左手に目をやるとページがあと1ページしか残ってなかった。
妙な達成感と安心感が男の中で生まれたが、それらの首に最後のページの最後の言葉が刃をむけた。
「君は日の入りまでに死ぬ。」
先ほど薄くなった混乱が数十倍になってのしかかってきた。男は錯乱し、本を閉じた。すると本を読み始めた時には気にならなかった表紙の魔法陣のような紋様が目に入った。
「やっぱりこれは呪いだ!」
男は持っていたライターで本を燃やした。燃える炎の中で作者が満足そうに笑っている気がして、ますます不気味になり、気がつけば男はどこに行けばいいのかも分からないまま何者かから逃げるように走っていた。
西の空を見れば、もう太陽が半分ほど山に隠れている。
「死にたくない!!死にたくない!!
嫌だ!!」
そう叫びながら男は大きな道路に飛び出した。そして狙っていたかのように貨物車が男を引き飛ばそうとしている。
大きな急ブレーキの音が鳴り響く。時が止まった時のように感じる。
「このまま俺は死ぬのか。」
その刹那、男の左手が体を歩行側に引っ張るのであった。本への反骨精神と生き残った冷静さが歩行側の標識を掴んでいたのだ。
間一髪、男は九死に一生を得、太陽は沈みきっていた。
「俺は遂に勝負に勝ったんだ…」
男は念願の勝利に思わず感嘆の言葉を零した。
そして、ふと男は思い出すのだ。なぜ本を読み返そうとしなかったのかということを。それも作者の「想定のうち」だということの理解は簡単であったのだが。
やぁ。青い本の作者だよ。物語の中のほうね。
最後は手に汗を握る展開だったね。主人公はとってもよく頑張ったよ。
ところでここにはそんな話をしに来たわけじゃないんだ。テーマの紹介をしに来たんだ。
私は何のためにこの青い本を書いたかと言うと、「超刹那的な芸術」を描きたかったって言うのが主な目的かな。「一期一会」なんて言葉を本に使う人がいるけど、そういった考えを極端に再現したかったっていうことだね。
今回はそれだけ言っておけば十分かな?それじゃあ紙がないし眠いからねるね!おやすみ。