大事な式典
次の日からは、ただひたすら、魔法の訓練と動物との触れ合いの繰り返しだった。
魔法の訓練では、自分の魔法の種は全て使えるようになったし、動物との遊びでは、アーシュにペガの背中に乗せてもらったりした。空は、広くとても気持ちが良かった。
同じような日々を過ごしていく。変化があったのは、帰る日の前日。突然、朝食時のことだ。
王が、深刻な顔で、口を開いた。
「この後、大事な式があるから、綺麗な服を着てルーミャの部屋で待っていなさい。アスエラ、ルーミャの二人だ。部屋に迎えにいかせる」
「はい、わかりました」
大事な式とは何だろうか?
「ルーミャは何の式だか知ってるの?」
「さっぱり、全然分からない」
ルーミャでも分からないのか。部屋に戻るとすぐに着替えたので暇だ。やることがない。アーシュはいつも通り、牧場に行くと言い走って行った。
「あっ」
「なに? ルーミャ?」
「もしかしたら、アスエラのお別れ会かもしれないよ。今日、最後でしょ?」
「え……」
今日が、この世界で過ごす最後の日。楽しすぎて、あっという間だった。でも、なんか変だ。お別れ会だとしたら、ルーミャに言わないはずがない。アーシュも、いつも通りの格好で、牧場に行ってしまった。
トン、トン、トン。
「失礼します。お嬢様方、お迎えに参りました」
迎えが来た。本当、今日は何の式だろうか? ルーミャと共に、迎えに来てくれた人の後ろについて歩いていく。一階のこの辺は、初めてきた。確か、パーティー用の広い部屋があるとルーミャが言っていたはずだ。舞台の裏らしい階段の前まで行き、そこで待機するように言われた。
「早かったな。少し早くなってしまうが、主役を待たせるのは良くないか。始めるぞ。ルーミャ、アスエラ、この階段の途中ですぐに出ることができるよう、準備をしておきなさい」
「はい」
すでに待っていた王は、そういうとすぐに階段を上って舞台へと行った。アスエラとルーミャは顔を見合わせて、スカートを踏まないようゆっくりと階段を上っていく。
そして、階段の途中まで行き、王に言われたように待つ。王の声が、舞台の上から聞こえる。
「これより、わが娘ルーミャ、そしてアルカから来た、アスエラの成人式を行う。十六歳となった二人を祝福するとともに、次期王も発表する」
成人式! この世界では、十六歳で成人だと初めて知った。王はもちろん、ルーミャだろう。ルーミャの方を見ると、彼女も成人式の子とは聞いていなかったようで、目が丸くなっている。
「二人とも、舞台へ上がりなさい」
王が手招きしてくる。段を上がると、一気に広い場所に出た。
目の前には、大勢の人がいた。この国には、こんなに人がいたのか。今まで城の敷地の外へ出たことなかったから分からなかった。たくさんの人に見られていると思うと、緊張してくる。
王の近くまで行くと一度止まり、一人ずつ記念品らしきものをもらう。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
記念品は、手鏡だった。
「この鏡は、どこにいてもこの国の好きなところが見える鏡だ。王族のものだけに与えられる。大切にしてほしい」
「はい!」
二人は、一斉に頷いた。
二人の成人を祝い、拍手が鳴り響く。黒い影が差したと思ったら、ペガの上に乗ったアーシュが、旗を振っていた。
「お姉さま、アスエラさん、おめでとうございます!」
アーシュからの祝福の声が、民衆の声に混ざり聞こえてきた。ペガも、嬉しそうに、空を駆け回っている。
「ゴホン……次に、次期国王を発表する」
一度、王が席をすると、波のように声が収まっていく。
「次期国王は……アスエラにする」
「—―っ!」
頭が真っ白になる。なんで? なんで、ルーミャじゃないの? それにおばあちゃんちに、元の世界に帰るのだ。王になんてなりたくない。
「以上を持って——」
「お父様! なぜ私ではないのですか! アスエラはこの国へきて日が浅いのです! それに、お父様に言われた通り、私は努力してまいりました。どうしてですか! どうして……」
王の声を遮った、ルーミャの声は涙声だった。ルーミャの溢れるような気持ちが、隣のアスエラに伝わってくる。
「どうしてもだ。魔法の数はどうにもならん。それに、ルーミャは尖った耳を持つ。これは災いを起こすものだ」
「っ!」
「ルーミャ!」
静かな声で、王は言い切る。ルーミャはそれを聞くと、王に背を向け、走り去ってしまった。
「ルーミャっ」
アスエラも背中に声をかけたがその声に、ルーミャは振り返ってくれなかった。
「さて、アスエラ」
王は、気持ちを入れ替えるよう、ため息をつくとアスエラをまっすぐ見つめた。
「そなたは王としてこの国で暮らしてもらう」
「え……。それは、どういう……」
「そのままだ。アルカへは帰れない。この地で暮らし、国を治めてもらう」
そんな! 家に帰りたい! もうすぐしたら帰れると思っていたのに。嫌だ。王になんてなりたくない。ルーミャがなればいいと思う。
気づいたら、口が言葉を紡いでいた。
「なら、私は王になることを辞退致します。ルーミャを王にしてください」
「ダメだ。先程の理由を聞いていただろう? アスエラ、あなたしかダメなのだ」
「でも、私が、来なかったらルーミャが王になったはずです。災いなんて本当に起きるか分からないではないですか! それに、よそから来た私より、この国で暮らしてきたルーミャの方が良い王になれると思います! とにかく、私は王になりません!」
王にならないと言うにつれ、王の顔は真っ赤になってきた。
「えぇい! こいつを監禁しろ! 王になるというまで、離れ部屋から一歩も外へ出すな!」
王の声を聞いたとたん、身体が動かなくなる。王の護衛の人たちに腕を硬く捕まれていた。
「放してください! 私は絶対に王になりません!」
「早く連れていけ!」
どんどん群衆から離されていく。
「アスエラさん!」
アーシュの声が遠くに聞こえた。しかし、身体は動かせない。どんどん舞台から、遠ざかっていく。さっきもらった手鏡は、いつの間にか手から離れて、なくなっていた。
「ぅっ」
「アスエラ様、お気持ちが変わりましたら、ドアを三回たたいてください。鍵を開けさせていただきます」
アスエラを部屋に連れて来たひとは、そう言うとドアを閉め、どこかに行ってしまった。鍵がかかったらしく、押しても引いても動かない。
もうこうなったら、とことん反抗してやろう。そう、心に誓う。
「はぁ~」
思わずため息をつく。あんなに優しそうな王が、まさかあんなことを言うなんて、考えても見なかった。ルーミャは大丈夫だろうか? こんな埃臭い部屋にいないで、ルーミャと話したい。早く帰りたい。
「母さん……」
急に母に会いたくなってきた。涙が滲み出てくる。もう、帰れなくなってしまうのか……。
「……逃げられないかな……」
この部屋には、外に出ることができる窓がある。しかしこの部屋は、城の中でも高い位置にあるらしく、自力で降りれそうもない。
それに、もし出れたところでどこに行けばいいのだろうか? それを考えると、ここにいることが最善の選択だ。
「はぁ~」
二度目のため息ついた。
外の光で明るかった部屋も、日が落ちるにつれて暗くなってくる。食事は、ドアの横の小窓から入れられたものを食べている。
疲れたのか、だんだん眠たくなってきた。