放課後
「ねえアスエラ、牧場に行かない? アーシュが遊んでいると思うの」
「うん! 行く!」
しばらく歩き、何をしようか話していたところで、ルーミャが提案してきた。
牧場! この世界にも、牧場があるんだ!
「どうんな動物がいるの?」
「ふふっ、行ってからのお楽しみ! じゃあお昼、ここらへんで食べちゃおう、牧場の中であまり食べない方がいいから」
「あ、うん」
ルーミャは草をかき分け、進んでいく。少し進むと、開けた場所があった。そこに布を敷き、お弁当を広げた。
お弁当はルーミャが持っていて、ラファが入っている。
「今回はスープがないから、お茶を飲みながら食べてね」
「うん」
さすがにスープは持ってこれなかったらしい。
「大いなる恵みに感謝していただきます」
「い、いただきます」
また、この挨拶だ。いただきます、だけでいいと思うけど、感謝の言葉も入れている。
「サンドウィッチ食べたい」
「サンドウィッチって?」
「パンに野菜とか卵とかを挟んだやつ」
布の上で食べると、ピクニックみたいだ。ピクニックと言ったら、サンドウィッチか、おにぎりだ。どっちかっていうと、今はサンドウィッチを食べたい。
ラファは塩味のお煎餅みたいだから、あまりご飯っていう感じがしない。おやつみたいだ。
「大いなる恵みに感謝して、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
食べ終わったら、片付けをして、すぐに出発だ。
「じゃあ、牧場に行こっか」
ルーミャを先頭に走り出した。どうやら、向かうのは前方にある大きなビニールハウスのようなところらしい。
ほとんど走って、ビニールハウスに着いた。牧場なのに、ビニールハウスの中なんて、なんか変。
「ここ?」
「ええ」
着いたところは、予想どおり、ビニールハウスの所だ。ただ、想像よりはるかに大きかった。ビニールハウスというより、ドーム状の温室だ。外からは、中の様子が見えない。スモークガラスのようになっている。
ルーミャは、ドアを引くと中に入った。
「うわぁ」
中は外のサイズより、明らかに広くなっている。とにかく広い。天井ははるか遠くにあり、樹も中に生えている。上の方には、何か大きなものが飛び、草の中からは、見たことのない生き物が顔を出している。
とにかく、変な生き物がたくさんいる。
「アーシュ! どこにいるの?」
木の椅子と机があるところで、ルーミャが大きな声で叫んだ。アーシュの荷物が、机の上に広げてある。アーシュがいるのは間違いないようだ。
「お姉さまー!」
声はしばらくして上から聞こえてきた。見上げると、馬に翼がはえた動物。ペガサスがいた。
そのペガサスは、アスエラとルーミャの目の前に降り立つと、腰を下ろす。純白のその生き物は、通常の馬より、大きい。二メートルくらいの高さに背中がある。
「お姉さま、アスエラさん!」
そう聞こえると、ペガサスから一人の少女が跳び下りてきた。アーシュだ。
「授業が終わったんですね。アーシュも先ほど終わりました。計算、満点だったんですよ」
「アーシュ頑張ったね」
「えへへっ」
姉に褒められて嬉しそうに、笑う。はにかんだ笑顔が可愛い。
「アーシュ、ご飯は食べたの?」
「はい、授業が終わった後すぐに。お姉さまたちは?」
「私たちも、食べてきたわ。アーシュ、アスエラに牧場を紹介してくれる? 私よりアーシュの方が詳しいから」
「はい!」
見ていてほほえましくなるほど、うきうきとしているのが伝わってくる。
「じゃあ、遊びましょう」
ピー!
アーシュの後ろのペガサスからの音だ。
「あっ、そうでした! アスエラさんはまず、ごあいさつです! まずは、あっちに行きます!」
ペガサスの音で切り替えたみたいで、笑顔を引き締め、アスエラの手を取る。そして、そのまま引っ張られどこかに連行されていく。
「えっ」
自分より小さい子の手を、無理やりほどくわけにはいかない。
「わ、私は、あっちで本を読んでるね。アスエラ、楽しんできて」
ルーミャの声が、小さく聞こえた。
後ろから、ペガサスはついてくる。
「あぁっ、忘れてました!」
「うわっ」
いきなり止まり、クルリと後ろを向いてきた。すると当然、後ろは軽い衝突事故が起きる。アスエラは、アーシュにぶつかり、しりもちをついた。
「すみません! 大丈夫ですか?」
アーシュは、クルリとした目でこちらをのぞき込んでくる。
かわいい……。
「だ、大丈夫だよ。芝生が柔らかいから」
笑って見せると、安心したのか、アーシュも笑顔になった。
「よかったです! あの、こちらはアーシュのパートナーのペガサスのペガです! 他にもこの牧場にはフェニックス(不死鳥)やドラゴン、ユニコーンなど、フェアリー動物がたくさんいるのです!」
とても楽しそうに話している。本当に動物が好きなんだと伝わってくる笑顔だ。
それに、今、妖精と言っていた。母の言っていたことは本当だったとは。
「ペガ、ごめんなさい。あなたのことを忘れていました」
ペガはアーシュに向けて抗議するように、ブファッと息を吐き、先に進んでいく。
「むう、ごめんってペガ」
アーシュがペガの横に行き、翼をなでるた。ペガは気持ちがいいのか、目を細める。そして、アーシュの方へ身を寄せた。
どうやら、仲直りしたみたいだ。
「待たせてしまってすみません」
ペガが落ち着き、アーシュが、後ろを振り返る。
「ペガ、アスエラさんにごあいさつをお願いします」
ペガはゆっくり方向転換をし、アスエラに近づく。そして、鼻をすりよせてきた。犬みたいな感じだ。少し冷たくて、くすぐったい。
「こんにちはって、言ってます!」
「こ、こちらこそ、こ、こんにちは」
そっと鼻の上あたりを撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めている。白い翼が撫でるタイミングに合わせて上下に揺れている。とても可愛らしい。始めは、背が高くて顔が目の前に来ると、近くにあるから怖いとおもったが、大人しいから心配無用だった。、
「じゃあ、他の動物たちの所にもいきましょう!」
その後ユニコーンなど通称、妖精と呼ばれる様々な動物と遊んでいく。アーシュは、会話の魔法で動物たちと話せるようで、より楽しむことができた。アーシュとペガとは、生まれた時から一緒にいるらしく姉弟のようだった。
気が付いたら日が傾いていて、楽しい時間は過ぎ去っていた。
本を開いて寝ていた、ルーミャを起こすと急いで帰る。
『ただいま戻りました!』
城内は妙に静まり返っていて少し不気味。これは、お城が広く、部屋も一つ一つが離れているためだ。しかし、不安な気持ちはすぐに消えた。ルーミャとアーシュがずっとそばにいて話しかけてくれたからだ。
廊下にある一つの扉がゆっくり開く。
「また、明日も頼むよ」
「はい。分かりました」
王様と、カウリー先生だ。どうやら、会議室でお話をしていたようだ。
「では、失礼いたします」
「ああ」
三人が行くのは食堂だ。一番奥にあるので、カウリー先生とすれ違う。先生は何か悩むように、歩を進めている。
「カウリー先生、こんばんは」
「あ、ああ、こんばんは。もしやまた、牧場かな? 楽しかったかい?」
「はい!」
先生は、泥で汚れた手や、動物の毛が付いた洋服で、牧場へ行ったことに気づいたようだ。
「ご飯を食べる前には、手を洗うんだよ」
「あっ、忘れていました!」
アーシュは忘れていたらしい。もし、注意されなかったら、このまま食べていたのだろうか?
「また、お父様に注意されるところでした。ありがとうございます!」
「もう、アーシュったら……」
「アスエラさん、行きましょう。お姉さまも」
行動が早い。
「カウリー先生、また牧場にも来てください」
「はい。暇があるときに足を運びますね」
「失礼します」
アーシュに、どんどん引っ張られていく。カウリー先生と目が合ったので、軽く目礼をしておいた。ルーミャも挨拶をして、追いつく。
「アーシュ、アスエラのことを考えずに、手を引っ張っちゃダメじゃない」
「だって……」
「だってじゃないの」
「……はい……ごめんなさい」
ルーミャの怒り方は、静かだが威圧感が合って怖かった。別に、そんなに悪いことじゃないと思うのに。それをルーミャに言ったら、なぜかアスエラもルーミャに睨まれた。
「そういう事を言ってると、王族としてあとで困るようになるから、今のうちから注意しておかないとダメなの」
「……は、はい」
ルーミャ強し。
三人は、廊下を進んでいく。この道、絶対一人だと迷子になる。今がお城のどこら辺にいるのか見当がつかない。曲がり角が多くて、同じような扉も多すぎる。
手を洗い終わり、食堂へ行くと、すでに三人以外は席に着いていた。
「おかえり、楽しかったかい?」
「はい!」
食堂へ入り、話しているうちに、料理が机に並んでいく。
「それじゃあ、食べようか」
「大地なる恵みに感謝して、いただきます」
夕食は、シチューのようなものと、ラファ。そして、鶏肉に塩をかけ焼いたものだった。
普通に美味しい。どうやらここの主食はラファのようだ。
「大地なる恵みに感謝して、ごちそうさまでした」
夕食が終わり、入浴すると、ルーミャの部屋で眠る。横になるとすぐに睡魔に襲われて、闇に吸い込まれていった。