食堂
「よく来た、アスエラよ」
「え……」
そこは、食堂だった。真ん中に大きなテーブルがあり、すでに男の人と女の人が座っている。
「アスエラ、紹介するね。私のお父様。ナーハラの王様よ」
ルーミャは得意げに言うと、男の人を指してにっこり笑う。
「目覚めたようで何よりだ。残り九日間、是非、我が国ナハーラを楽しみ学びなさい」
男の人、ルーミャの父は、落ち着いた声で話しかけてくれた。
「は、はい。お世話になります」
ん? あれ? 九日って言ってた? 四日後に、母さんが迎えに来るのに。
「あ、あの……、四日後に帰らなければならないんですけど……」
「あ、そうそう、言い忘れていたな。大丈夫だ。ここ、ナハーラはアルカの二倍の時間で流れている。だから、五日は十日となるのだ。だから、そのことは気にしなくてよい」
まだ、二十代前半に見えるルーミャの父はとても優しそうだった。
「そうですか……」
少し安心した。
「では、食事にしましょう。ルーミャ、アスエラを案内してあげて」
ルーミャの母だ。なんだか、アスエラ自身の母に少し似ている。そういえば、ルーミャはアスエラの祖母のことをおばあちゃんと呼んでいた。なら、母とルーミャの母は、姉妹なのだろうか?
考えていると、ルーミャが言った。
「アスエラ、私の隣にどうぞ。今日はアスエラの歓迎会だから、たくさん食べてね」
「うん。ありがとう」
机の上には、料理がたくさん並べられている。どれも色鮮やかでとても美味しそうだ。
「では、いただこうか。大地なるめ……」
「たっ、ただいまっ戻りました!!」
五歳くらいの女の子が、部屋に飛び込んできた。急いできたらしく、息が上がっている。
「わぁ、すごいごちそうっ! おいしそう!」
ご馳走を見て、目をキラキラさせる姿は、とても可愛い。
「アーシュ、また牧場へ行っていたのかい? 泥が付いているよ。顔と手を洗ってきなさい」
「あっ……、はい。分かりました」
王の言葉にとぼとぼと、来た時と正反対の様子で部屋を出ていった。
「アスエラ、妹のアーシュよ。いつもはもっと遅れてくるのだけど、今日は急いだみたいね。動物が好きなの。仲良くしてあげてね」
呆気にしていたアスエラを見て、ルーミャが説明してくれる。
「ごめんなさいね。王族なのだからもう少し落ち着いてほしいのだけど……」
「いえ」
確かに、あの女の子はとても元気がいい子だと思う。しかし、子どもはああくらい元気な方がいい。
「お待たせしました」
アーシュは、すぐに戻ってきた。
泥だらけの手はきれいになり、服装も王族らしい服装になっている。しかし、目はまっすぐ御馳走の方を向いていた。
アーシュが座ったことを確かめて、王が口を開く。
「それでは、大地なる恵みに感謝して」
「いただきます!」
「い、いただきます」
アスエラだけ、少し遅れてしまった。いただきますのタイミングなんて聞いていない。もちろん、アスエラ以外は、びしっと揃っていた。
「美味しーい」
「うん、美味しいね」
もう、みんな食べ始めている。
「ほら、アスエラも食べていいのよ」
アスエラの様子を見かねたルーミャの母が、勧めてくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
「えっ、アスエラさん!」
いきなり入ったアーシュの声に顔を上げると、バッチリ目があった。この顔、アスエラがいたことに気づいていなかったようだ。
固まってしまった、アーシュににこりと笑いかける。
「あ、あ、アスエラさん。もう大丈夫なんですか? 」
赤くなりながら、アーシュが復活した。年相応でとてもかわいい。
「す、すみません。私、一つのことに集中すると周りが見えなくなっちゃうです。アーシュっていいます。よろしくです!」
「うん。こちらこそよろしくね」
「はいです!」
アーシュは、満面の笑みでアスエラの方を向いていた。
「アーシュ、アスエラ、ご飯が覚めちゃうから早く食べましょう」
ルーミャの声に返事をして、料理を見る。
色とりどりの野菜に、白いお煎餅のようなもの。黄色いスープ。トンカツらしき揚げ物。
これらが夕食のメニューだ。
アーシュが来るまで時間が空いたが、温かそうだ。
お煎餅をかじってみると、少しだけ甘みがある。そして、ざらざらとした食感だった。それに、焼き立てのように美味しくて温かい。
「ルーミャさん、これなんですか?」
「ラファだよ。あっ、スープにつけて食べると美味しいよ」
周りを見ると、みんなスープにつけて食べていた。
アスエラもスープにつけて食べてみる。
「おいしい……」
思わず、呟いてしまった。ラファはすぐにふやけてスープが染み込んでいく。ざらざらとした食感は、嘘みたいに消えている。
「でしょ? けど、アルカの料理も美味しいのよね? おばあちゃんから聞いたの」
「まあね、けど、ここの料理も美味しいよ」
気づいたら、夢中で食事を楽しんでいた。野菜は新鮮で、トンカツらしきものは唐揚げみたいだ。とても美味しい。
いくらでも食べれそうだ。はっきり言って、この世界の食べ物の方が美味しいかもしれない。
そしてついに、お皿は空となってしまった。
「では、みんな食べ終わったな。恵みをもたらす大地に感謝して」
「ごちそうさまでした」
「ご、ごちそうさまでした」
さっきよりは、上手く合わせられた気がする。
久しぶりにこんなに食べた気がする。お腹が苦しい。
はじめての場所で不安だった気持ちはいつの間にか消えていた。
背後に入ってきた人々によって目の前のお皿が片付いていく。みるみるなくなり、代わりにたくさんの種類のクッキーが並んでいった。
「アスエラたちが持ってきたアルカのお菓子だ。美味しくいただこう」
「はい!」
なんかやけに返事がいい。
「大地なる恵みに感謝して」
「いただきます!!」
まず始めに王がすごい勢いで食べ始めた。続いて、ルーミャや他のみんなも我先にと食べ始める。
祖母の荷物には、このような手土産がたくさん入っていたのだろう。この様子を見れば納得だ。クッキーの他には、何が入っていたのだろうか?
「ん、アフエラ、ふぁあくはべなきゃ、なくなっはうよ」
ルーミャのいうとおりだ。口いっぱいに詰め込む姿を見ればその美味しさがわかる。
「うん」
一つ手に取り口に放る。
サクサクしていて、甘くて美味しい。味もしっかり利いていていくらでも食べられそうだ。さすが、おばあちゃん。
「うーん、美味しい」
たくさんあったクッキーは、アスエラが三枚食べたらもうなくなっていた。アスエラが味わっている間に、みんなが食べてしまったのだ。
「やはり、十年ぶりのクッキーは美味しいな。早くナハーラでもクッキーのようなお菓子ができればいいのだが……。みんな食べ終わったな」
終わりの挨拶だろうか? みんなが王に注目する。
「恵みをもたらす大地に感謝して」
「ごちそうさまでした」
今度はみんなと揃って言えた。
この後は、何をするのだろうか? クッキーのお皿が、片付けられていく。
コホンッ。
みんなが、王に注目する。
「ふむ、さて、アスエラ」
「は、はい」
突然、王に話しかけられた。
「アスエラはルーミャと共に行動してもらう。ルーミャ、この世界を案内しなさい。勉強も一緒にするんだ」
「はい。お父様」
王という者はやはり偉いのだろうか。娘に対しても命令口調だ。
王が一つ頷く。
「アスエラ、行くよ。お先に失礼します」
「し、失礼します」
ルーミャは立ち上がると、家族に礼をして歩き出す。アスエラもルーミャの家族に会釈する。そして遅れないように、小走りでルーミャの横に行った。
授業です。