わたしの永遠の故郷をさがして 第二部 第九十章
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金星のブリアニデスは、ふと我に返った。
「なんだ、今のは?」
彼の手には、「お土産」のケーキが入った袋が握られていた。
「くそ!」
彼は、袋を床に投げつけようとしたが、なぜかそれは出来ずに、長い椅子兼ベッドの枕元にぼんと置いた。
ブリアニデスは、あの不思議な部屋の中では、結局ケーキは食べなかった。
彼は、昔、母と父と一緒に食べたケーキの味を思い出してはいた。
もう、遥かに昔の、消えてしまった過去だ。
ブリアニデスは、そうした過去は実際消去してしまいたかった。
彼は、もう、後戻りはしないと決めていたのである。
それは、高貴な決断だったが、民衆にとっては、必ずしも良い決断ではなかった。
生きて行けるのならば、多くの民衆にとっては、別に、それが地球である必要などなかったのだから。
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一方、ギャレラ行動隊長は、もっと不安定な場所にいた。
彼は、地球に帰る宇宙船に乗るためのタラップにいた。
右足を下ろそうとした瞬間に、彼は消えた。
それから、右足が降りる瞬間には戻ってきていた。
その様子は、飛行場の担当者たちが、ちゃんと眺めていた。
彼らの多くは、非常に奇妙な感覚を覚えたのだ。
はっきりはしない。
ただ、テレビの画面が、ほんの一瞬だけ、途切れたような感じがしただけだ。
「間違い探し」の、バラエティークイズ番組のように、再び現れた行動隊長の右手には、ケーキの袋が下がっていた。
しかし、そこに気が付いた人間は、二人だけだった。
その瞬間を見ていたアンドロイドの作業員は、当然見逃さなかった。
アンドロイドは、それが、何を意味しているのかを分析し、きちんと上司に報告した。
しかし、人間二人は、あえて報告はしなかった。
そのかわり、医療室に向かったのだった。
この内容は、どちらもブリアニデスにまで、すぐ上がってきた。
ブリアニデスは、新首相にこう言ったのだった。
「ほっとけ。ちゃんとわかってるさ。」
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ビュリア(=女王ヘレナ)は、完成寸前の新しい教会(初めての教会)にいた。
門前には、すでに多くの人が並んでいる。
それも、並の多さではなかった。
コピー人間が整理にあたっていたが、入口から最後尾までは、遥かな距離になっていた。
考えてみれば、こうなるのは当然と言えば当然だった。
まず、場所が女王の私有地ではあるが、王宮の敷地内でもあること。
つまり、めったに入れない場所なのだ。
次に、女王様のお体が、ブリューリ様と共に、「消滅」したと伝えられている事。
この具体的な事実関係は、まだ一切公表されてもいないのだが、現在の「新しい時代」になってからは、まったく初めての事態だったのだ。
さらに、巨大火山が大噴火の兆候を見せている事。
これも、どのような事態なのかは、まだ発表されてもいないが、さすがに火山は目に見える。
すべてを隠すことは不可能だ。
王国民の心理は、かなりの部分まだコントロールされてはいるが、このところビュリアが意図的に緩め始めていたおかげで、微かな不安が漂ってきてはいた。
そうして、その「ビュリア」への興味。
いったい『ビュリア』とは、何者なのだろうか?
女王様によって指名された、「タル・レジャ教」初代の『巫女』。
だいたい多くの火星人には、『宗教』というのがなんであるかの認識が、そもそもほとんどない。
特に大都市の居住者はそうだ。
地方で、土着の地域信仰に関わっている人には、その点まだわかり易い。
このあたりは、ヘレナは当然十分考慮していた。
火星の土着宗教は、多くの場合、太陽や、自然や、星々に関わる「精霊信仰」を持ってきた。
「タル・レジャ教」は、そうした古代信仰の形態を土台にしている。
個人信仰を、事実上、表向きには持っていない。
そこに「火星の女王様」という特別な存在は、常に裏に意識されることになってはいるが、表面上にはほとんど出てこない。実際に表に出てくるのは、常に『巫女』だけなのだ。
いま、まさに「火星の女王様」のお体が消滅した、ということは、実際偶然に近かったものの、大きなインパクトがあったのだ。
そうして、首都にいた多くの人々が、不思議な光景を実際に目にしていた。
新しい教会が、自分で建ちあがってゆく姿だった。
ブル博士のような「不感応者」や、金星からの留学生などは、もとから何か他の人為的な工作を考えるが、普通の「感応者」は、そうは考えないようになっている。
良く言えば、とても素直で、単純なのだ。
しかも「不感応者」たちの意見もそれなりに尊重されるし、けっして、だから排除しようとしたり、いじめたりすると言うことは、まず起こらない。
とても寛容な、しかも確信のある心理状態だった。
ビュリア(=女王へレナ)が書いた『経典』も、実際のことを、そのまま、ありのまま記載したようなものだ。
しかし、大きな相違があった。
火星人は、ブリューリのおかげで、長年忌まわしい習慣を維持してきた。
人肉食の習慣、差別的な階級社会。
ビュリアは、そこをまず、公式に否定する必要があった。
「タル・レジャ教」の第一の意義は、まずそこにあったのだ。
もうひとつ。最大の意義・・・
それは、未来の事だった。
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『オリンパス山の超巨大噴火を、ビュリアさんは、つまり女王様のご意志は、はたして初めから想定していたのだろうか。』
リリカ(本体=アンア)は、いま、そこをビュリアに尋ねたかった。
「会議に戻らなきゃあならない。ぼくたちの方針は変わらない。ただ金星と話し合いをする用意はある。必要ならば、金星に訪問しても良い。早急にね。それでどうかな。」
ダレルが提案した。
「それでいいわ。じゃが、どこまで譲歩可能かは、あらかじめ決めておかなくては。」
リリカ(本体=アンナ)が答えた。
「ああ、それは今夜また考えようよ。」
二人は、会議場に戻りかけた。
その途中で、新しい教会の大行列を見たのだった。
「すごいな。のんきなものだ。」
「違うわ。これこそ、新しい時代の始まりなのよ。」
「いいや、新しい時代の、終焉だよ。」
ダレルが答えた。
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************ 幸子さんとの会話 3 ************
「うわあ、やましんさん、たいへんよお。お湯が噴き出してるう!」
幸子さんが二階に音もなく駆け上がってきました。事実上の幽霊なので、飛んでいるのです。
「あ、忘れてた! ラーメン作ろうと思って、沸かしてたんだった。」
ぼくは、台所に駆け込みました。
でも、そういえば、今は勝手にスイッチが切れるんだった。
やれやれ。便利にはなりましたが、食べてるラーメンには、見た目の変わりはありません。
ぼくには、宇宙的な進歩と言うものがありません。
「ふう、幸子さんも食べる?」
「はい。もちろんです。」
「醤油がいい? それとも味噌味?」
「お味噌が良いですう。」
「はいはい・・・」
大雨が気がかりです。やはり気候が何だか変です。これが地球の普通なのですか?




