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わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第九章 

「これが、女王か。写真は見たが、動いているのを見るのは、初めてだな。」

 兄はぶつっと言った。

「てめぇら、よくそれで、テロができるな。まったくよう。」

 リリカ(アンナ)が笑った。

「まあな、確かにそうだ。」

「それにしても、ここじゃ不便すぎるな。」

 カシャがぼやいた。

「まあ、そう言うな。現状、我々はテロリストだ。ありがたいことに、なぜだかここは『女王の目』を免れてきていることは間違いない。あの方も、それを承知でここを選んだんだ。こんな場所にこれだけの施設など普通作れないさ。食料も自給できる。戦いはこれからだ。」

「あてぇ、ちょっと用事じゃ。」

 リリカ(アンナ)は座っていた大きな石から立ち上がって、部屋から出て行った。

 部屋とはいっても、大半は自然の洞窟だ。

 しかし、室内は明るく照明されているし、旧型だが、コンパクトな電子機器も、いくつか並んでいる。

「あいつ、本当に大丈夫なんだろうか?」

 カシャが言った。

「うん。心配するのは当然だが、自分の過去は全く覚えていないようだし、今は妹になりきっているとみて間違いないと思う。」

「ああ、でも、思うだ。」

「次の攻撃には参加させる。それで分かるさ。それまで訓練しよう。」

「その前に、今夜、俺がはっきりさせるから問題ない。」

「まだ、無理はするな。過激な感情が走ると新しい記憶が破壊される恐れがあるぞ。時間を少しかけてからにしろ。」

「そんな悠長な。俺の気持ちが収まらない。」

「僕の妹だ。」

「俺の女だぞ、すでにな。」

「体が違うだろう。」

「中身がアンナならば、あれでいい。」

「お前、自分が言ってること分かっているのか?アンナは死んだんだ。彼女は洗脳した別人なんだ。もう他の女に乗り換えるのか。」

「それでも、意識はアンナなんだ。俺のものだ。俺の女だ。革命の同志だ。そここそが、重要だ。」

 二人は睨み合ったが、すぐに止めた。

「これで喧嘩しても仕方ないよな。」

 カシャがぼやいた。

「ああ、そうだな。これを提案したのは、僕だ。妹に蘇ってほしかった。確かに、もっと建設的に革命を語るべきだ。でも、やはり無理はするな。」

「ああ、分かったよ。」

「しかし、あの新しい首相は、どうやら表向き改革をやりたいらしい。」

「『普通人』に代表権を与えると言っても、形だけのもので、どうせ、見た目の改革もどきに違いないぞ。惑わされてはならん。」

「それは、そうだろう。しかし、その意思を持ったという事は、ある意味革命的でもある。しかしなぜ、女王がそれを認めているのだろう?」

「知らんが、根本的な事ではない。我々の立ち位置には、なんら変わりはない。すべての人間が平等に扱われる民主社会を築くことが目標に変わりはない。独裁者は排除しなくてはならないのだ。」

「ああ、しかしやはり劇的には無理だよ。いくらかは、時間も必要だ。いつも言うが。」

「腰抜けアマンジャのようなことを言うな。俺達は、一日も早い革命を実行することで合意したんだろう。『段階的な革命』など無意味だ。それは『革命』じゃあない。」

「と言っても、計画は必要だ。まだ実質ようやく進みだしたところだ。慌てるな。」

「け!まあ、お前にリーダーは任せたが、俺は我慢しても、仲間はすでにいらついてる。この前の失敗の事もある。次にはもっと目に見える派手な成果が必要だ。アンナのためにもな。」

「あれが、なぜ、どうなったのか、まだ何もわかっていない。確かに三人の死体は、いったんボルが瞬時ではあるが確認したものの、そのあと消えてしまった。まあ、リリカを手中にしたことは、成果ではある。」

「まだ、あれが本物のリリカだとは限らないけれどな。影かもしれない。うわさでは、女王には影が少なくとも十人はいる、という話もある。リリカだってそうかもしれない。」

「実は、黙っていたが。僕は、あの体に、妹の意識を注入をしていた時、気が付いた。ほら、これだよ。」

 それは、小さな破片のようなものだった。

「これが何かはまだわからないが、おそらく古代の土器の破片だ。いいか、これは裸のように見えるが、実は表面に特殊なコーティングがしてある。おかげでこの破片は傷もつかず確実に保存されているし、回りの物を傷つけない。そうして、彼女の・・うほん・・・右の大きな胸の中に埋め込まれていた。」

「お前、そこを見たのか?さわったのか?」

「妹だぞ。問題ない。」

「俺の女だ。」

「ばか、お前は彼女の体に、まだ触ってもいないだろうが・・・え、違う・・のか?」 

 カシャが薄ら笑いを浮かべながら答えた。

「まあ、少しだけな。お前が少しお留守していたしな。あいつも望んだし。まだ、少しだけさ。予行演習だけだ。心配するな。完全な仲間として受け入れるには必要だろう?もともと、お前は認めていたんだから。それとも、あの体に惚れたかな。なら俺と闘うことになるぞ。もっとも、圧倒的にお前は不利だ。あいつはお前を兄としか見ていないし、俺の事はすっかり愛しているからなあ。」

 兄=アダモス、は、やや苦痛の表情を見せた。

「いや、お前と闘う考えなど持たないさ。・・・で、まあ、それを、たまたま見つけたんだ。これは彼女の体の中に置いておくわけにはゆくまい。おれは医者でもある。小さく切開して取り出した。しかし、驚くべきことが起こった。」

「うん?」

「傷跡が、アッと言う間に塞がって、消滅した。きれいさっぱりね。あり得ない。」

「確かに、傷なんかなかった。」

「・・・まあ、そうだ。だから、こんなことが起こるとなれば、女王か、その周囲にいる者しかあり得ないと、思ったんだよ。」

「もしかして、あいつ、ケガしても再生する、のか?」

「多分。死なないかもしれない。そこまでは、まだ言い切れないが。」

「そりゃあ、すごい。もし、事実で、その謎が解ければ、俺たちは無敵になるぞ。」

「まあ、そう簡単ではなかろうが。可能性はある。様子を見てからだが、あの方に相談するべきかもしれない。」

 二人は顔を見合わせた。

 それから、兄=アダモス、はその破片を、指でぐるぐると回した。

「あいつが、もし本物のリリカなら、洗脳する前に、情報を聞き出すべきじゃなかったのか?」

 カシャがそう言った。

「ああ、無論そうだよ。だから新しい意識の注入前に、なんとか記憶を引き出そうとしたんだが、何も出てこなかった。これも謎なんだ。つまり彼女の頭の中は空っぽだったとしか思えなかった。どうしても、考えにくい。脳は何の異常もなく、きちんと残っているんだからね。」

「記憶喪失って、やつか。」

「情報をとり出せなくなってるんじゃなくて、情報自体がきれいさっぱり無くなっているんじゃないかと思うんだ。ただし手術した形跡もないしね。僕らにはこうした技術はない。」

「じゃあ、”ほんもん”かどうか、結局は証明できるのか?」

「指紋とか、DNAとか、色々すべきことはあるが、我々にはデータがない。でも、彼女のデータはすでに取ったから、確認する手立ては見つかるさ。」

「いや、その必要はない。」

「なぜ?」

「返す理由もないし、俺の妻になり、同時に仲間になれば、それだけでいい。」

「ほう。一人占めしたくなったのか?あの体だからか?」

「やめろよ。革命の為に身を投じることは、元から皆が同意しているんだから。それにしてもあの言葉や態度は、リリカに数日間化けられるくらいには、教育できるのか?」

「資料は少ないが、演説の時の言葉使いや、体の使い方を分析して彼女に注入してやることは可能だ。でも、もう少し多くのデーターが必要だな。でないとすぐばれてしまう。」

「それでも、攪乱作戦くらいには使えるだろう。」

「ううん。状況がさっぱり解っていないから、まだ慎重にしたい。貴重な体だしね、あせらないで、よく考えてみようよ。当然一緒にだがね。」

「ああ、勿論だ。いろいろ他の活用もしたいしな。俺たちの後継者も必要なんだ。」



 意識だけのリリカは、いったい何が起こったのか、この先どうなるのか、を色々と推測していた。

「私の設定に間違いはなかったと思う。五回も確認したし、予備実験も行った。複写機の何かに予想していなかった問題が起こったに違いない。実際に複写が行われたのかどうかは、ここでは確認できないけれども、複写が完全に失敗していたら、私がここに居るとは思えない。その場合は、多分何も起こっていなかっただろう。だから機械は作動はした。私の体がどうなったかは、二通りだな。ばらばらになって消滅したか、その場で死んだか。でも、もしかしたら、どこかに移動したとかが、ありうるかしら? 一度死んで、どこかで再構成された・・・。生物を生きたまま異空間へ転送することは、女王様なら可能だろうけれど、技術的にも、哲学的にも問題が多くて、複写以上のことは試みなかった。私はやはり死んだ?体がもう無いのだから、それ以外にはあり得ない。女王様のように精神だけの存在になったの?いえ、女王様は生き物ではないし、幽霊でさえないとご本人は言っていらっしゃる。とにかく体と精神が切り離されてしまった。もしどこかで体が再構成されたのならば、違う形に再構成されることもあるかもしれない。頭の上に足が生えていたりとか、内臓の位置が入れ替わったりとか、脳がお腹に入っているとか・・・それじゃあ、まあ、長く生きてはいないだろうけれどな。もし単に姿形が違っていたらも、皆は私を人間として扱ってくれるのかな?すでに人間とは呼んでくれないかもしれない。まして、その体に、また入り込むことが可能だろうか? まあ、でも結局は、このままになってしまう可能性が圧倒的に高いな。いずれ、この精神のエネルギーも消滅して、それでおしまいか。まあ、結婚くらいは、しても良かったのになあ。少し早すぎだな。リリカさん。女王様が、奇跡を起こして助けてくださる事を願って、ただ待っておりますか。さっきの歌は、楽しそうだったな。でも、待って、ここには星も見えない。宇宙空間ではない?いえ、別の宇宙に飛ばされたのならば・・・、宇宙誕生の際に多くの宇宙が生まれ、その中に星がない宇宙が誕生していたとしても、おかしくはないわ。それか、遥か未来で、宇宙が膨張してしまった結果、何も見えなくなってしまったのかもしれない。つまり遥か未来に飛ばされたわけね。でも、それじゃあ、なおさら帰るところがないか。ああ、でも、リリカはこうして考えている。考えているならば、何かの存在がある。待て待て・・・リリカさん、混乱してますよ。もう一度ゆっくりと最初からやり直そう。」

 堂々巡りではあったが、リリカは冷静さを保とうと、ひたすら頑張っているのだった。



 リリカ(アンナ)は訓練に挑んでいた。本人にとっても、自分の新しい体が、どのように運動できるのかは、はっきりしなかった。

 彼女は、自分がリリカの体に入り込んだアンナだと信じて疑わない。

 しかし、アンナ自身はすでに死んでしまっているから、そう考えているのは、実はリリカ自身なのだけれども。

 ともかく、このところの日常運動で、肉体の掌握は出来て来ていた。

 それで分かったのは、この体はかなり優秀らしいという事だ。

 つまり、少し走ってみても、多分アンナの体よりも早く走れるように思う。

 結構、力も強い。

 ただ、足の裏がアンナよりかなり弱い。ここは鍛える必要がある。

 だが、最高に驚いたのは頭の回転の速さだ。

 何でもすぐに覚えられるし、すごい速さで考えられる。あの兄が驚嘆しているほどだ。

 以前なら、兄の講義を聞き始めただけで、もう眠くなってしまう事が確実だった数学や物理学が、アッと言う間に理解できる。何の苦も無くだ。

 次回襲う予定の、火星第二大陸の人間食料倉庫の複雑な見取り図も、一瞥しただけで覚えてしまった。

 驚嘆している、同志で恋人のカシャの顔が面白くて仕方がない。

 自分は、どうやら超天才になったらしい。

 リリカ(アンナ)は、早くも自覚していた。

 リリカ本人の数少ない映像や音声を聞いて、彼女の真似もある程度は、もうできるようになったと思う。

 とはいえ、リリカの体が本来持っていたはずの知識は、まったく思い出せないでいたが。

 そこで、すぐに本格的な実践訓練が始まった。


「おどりゃあー!」

 リリカ(アンナ)が相手に切りつける。

 ものすごい迫力だ。

「『む、これはすごいな。迫力満点だが、相変わらずちょっと、うるさ過ぎる。声を出し過ぎだ。静かに風のように行動する必要がある。』アンナ、声を出すな!」

 カシャが怒鳴った。

「うるせぇー。今は気合じゃあ!てめぇは、だまっとれ!」

 大声で怒鳴った挙句に、リリカ(アンナ)は相手を失神させてしまった。

「まてまて、死んでしまうぞ。こら。お前、前より力が圧倒的に強いんだ。」

 リリカ(アンナ)は、よやく一息ついた。

 体が汗で濡れて、胸のあたりがきらきら光っている。

 ここは、確かに暑い。

 が、リリカの体は異常なほどに美しいし、また大きい。

 角も、牙も誰より立派だ。

 この組織でも、もう最高の戦士と言ってよい。

「この調子ならば、次回の襲撃も問題ないな。」

 アダモスが言った。

「問題なさすぎだな。」

「ああ、お前、妹と、いったいどうなったんだ?」

 二人はすでに、同じ『ルーム』(洞窟の隙間)で生活し始めていた。

「結婚の約束をした。」

「そうか・・そうなのか。で、いつする。」

「襲撃の前の晩だ。俺たちは、夫婦として出撃する。」

「そうか。まあ、よかったな。」

 アダモスはやや、自嘲気味に言った。

 カシャもそれには気が付いたが、少し慰めるようにこう言った。

「ああ、それは、お前が自制してくれたおかげなんだ。わかってるよ、最初から。リリカが好きになっていたんだろう。」

「馬鹿言え。妹を襲えるわけがない。」

「そうか、俺が出ている間に、お前があいつの『ルーム』の前で、固まっていたことは知ってるぞ。」

「考え事が、たまたまあそこで浮かんだだけのことだ。」

「そうか・・・まあいい。」

「簡単だが、式と祝宴をしてやる。」

「それは、ありがとう。」

「ああ。仲間だからな。」



「アーニー、まだリリカは見つからないの?何してるの、あなた。」

「それが、火星上のどこにも、リリカさんの意識も肉体もないのです。」

「姿も見えないの?」

「まあ、体の方は確かに見えない場所もありますからね。でも、身体コードも意識コードも全くないのであれば、火星上にはいないか、もうすでに死んでいるか、どちらかですよ。火星以外も探していますが、いまのところ反応がありません。宇宙空間も含めてです。ヘレナは、何も感じないのですか?」

「そうなのよ。おかしいわねえ。忽然と消えてしまったようなのよ。やっぱり、もう存在していないのかもしれないけれど、でも死体でも身体コードが確認出来ないのはおかしいじゃないの。あり得るのは機械の動作ミスで、体をすっかりと分解してしまった場合よね。なら、コードも何も感知できなくても仕方ないわね。あとは、そうだな、異次元にでも飛ばされたか。これだと、まず探せないわね。無限の領域を探すのはさすがのあなたでも、極めて難しい。そっちにあなたの能力が取られてしまって、肝心のお仕事ができなくなる可能性が高いわ。まあ、こうした事故が起こる可能性は、あり得るかな、と思ってはいたのだけれどもねえ。何か手掛かりがあれば、話は随分違ってくるんだけれどなあ。わたくしは、今夜いよいよ、本当のブリューリに変態できる。そうなれば、自分がどうなるのかまったく未知の領域だし。」

「あの、ヘレナ、それはやはりするべきではありません。」

「ブリューリ様のご意思なのです。それは、わたくしの意思でもあります。二つは同じなのですから。」

「あなたは、だから、あいつに操られているだけだと申し上げておりますよ。アーニーを信じて、拒否して下さい。もし、あなたが本当にあいつに同化して怪物になりきってしまったら、火星は本当に滅亡です。」

「そう、滅亡するの。それが、宿命なの。わたくしたちブリューリの持つさがなのですもの。」

「ああ、いくら言っても、無駄なようですね。リリカ様は消えてしまうし、あなたはすっかり人喰い怪物になってしまうし、アーニーも、もう、おしまいです。最後です。死にたいです。」

「こらこら。コンピューターが『うつ』になってどうするの。火星の終末を見届けるのも、あなたの仕事の一つなんだからね。拒否するなら、破壊するわ。それに、あなたの代わりもすでに作ってもらっているじゃない。少しは楽になるわ。」

「あの、バカでかい戦艦でしょう。ええ、あんな物、もうすぐ出来上がりますよ。まったく、どこの世界に自分の代替品を作るおばかさんなコンピューターがいるんでしょうか。」

「ここにいるわ。」

「そう、アーニーはあなたの命令は拒否できません。でも、危険の勧告は仕事ですからね。もう一度言います。ブリューリの指示に従ってはなりません。強力に勧告します。」

「拒否します。二度とその勧告はしないで。命令よ。」

「勧告行動は解除できません。あなたがそう作ったのですよ。」

「そうだっけ。わたくしの記憶が、確かに一部無くなってはいるのよね。まあ、そんなことは、いい。今は火星の最後を美しく形作ることが必要なの。ブリューリ様のご指示ですから。あなた、リリカの捜索は続けなさい。わたくし、ちょっとリリカの家に行ってくるから。その様子もチェックしなさい。」


 ヘレナ女王は、リリカの自宅に来ていた。

 この大きなお屋敷の中の研究室には、ヘレナもよく来ていたのだ。

 ダレルは、ヘレナの今のこの体が直接生んだ実の息子だが、リリカはヘレナが入り込んでいた別の女の、子供が生んだのだ。ややこしいが、順番から言えば孫だ。

 ヘレナは、確かにブリューリ以上の正体不明の化け物ではあるとしても、自分が関わった人間の子孫は大切にする。何でも食べてしまうブリューリとは違う。

 リリカにもこうして最高の環境を与えてやった。

 期待に応えるように、この研究室から、リリカも様々な成果を生み出してきてくれていた。

「さて、問題は、この機械ね。」

 そんなにまがまがしいモノではない。

 左の、丸くて赤いプラットホームと、五メートルほど離れたところにある、右側の、青い同じ形のプラットホーム。

 真ん中に操作卓がある。

 スイッチを入れた。

 操作方法は、勿論分かっている。

 女王は、まず左のフードを、下から1メーターほど持ち上げて、そこにかごに入れて連れて来ていた、かわいらしい実験用動物のペリルを、赤いプラットホーム上に置いた。ペリルは大人しい。じっと座り込んでほとんど動かない。

 それから準備モードを入れた。

 機械が少しだけうなり始める。

 操作卓のボタンが、赤から緑に変わる。

 始動はこれだけだ。

 ヘレナは表示を見ながら、何をしたいか指示する。

 『生体の完全コピー』

 そうして、フードを完全に持ち上げて、ふたを閉める。

 『閉鎖完了』

 『安全装置起動』

 何か異常が感知されたら、機械は動作を止める。安全装置は三重になっている。

 『準備確認せよ』の表示がでる。

 リリカは慎重だから、複数回確認するだろう。

 生体の状態、機械の安全チェック、フードの閉鎖、指示した内容。

 今回はタイマーは利用しない。

 スイッチを押す。

 機械は、一回試し刷りをする。

 つまり、模擬コピー作業をして、自分が正常に稼働するか自己診断を行う。

 『自己診断中・・・・』・・・・・・『完了』/////

『異常なし』・・・『続行しますか?』

 ヘレナは続行の指示をする。

 ブーン。

 複写機が稼働する。

 赤いプラットホームが点滅し始める。

 次いで、青いプラットホームが、点滅し始める。

 時間は、そんなにかからないが、複雑なものほどやや長くかかる。

 ぽわん。

 と、青いプラットホームに全体の形が浮かぶ。

 空間が多少ぼわっとしているような感じだ。

 それから、だんだんと中身が濃くなってきて、やがて急速に実体化してゆく。

 十秒かからないで、青いプラットホームにペリルが複写された。

 赤いプラットホームのペリルも、問題なくそのまま存在している。

 ヘレナは、複写されたペリルを手に取った。

 その生き物の、脳の中も確認する。

 ちらちらする、はっきりしない意識。

 漠然とした軽い不安。

 もう一匹の、つまりコピー元のペリルも持ち上げて、両手に抱えてやる。

 それぞれの体自体や、頭の中を比較する。

「ふうん。正常。問題なし。コピーマークもきちんと付いてる。」

 ヘレナは、操作卓から、コンピューターに今のコピーを検証させる。

『異常なし。正常完了。』

「ふむ、アーニー、聞いてる?」

「はいはい、ヘレナ。」

「この二匹のペルリちゃんを比べて。問題ないか見て。」

「了解。確認中・・・・。終了。異常ないです。変わったことはないですね。」

「動作中に、変な事が無かったかしら?異常を感じなかった?」

「いえ、まったく。機械内の動作には問題ないです。」

「ふうん。この機械さんが、複写元を分解して、別の場所に運ぶ可能性がないか検証してほしんだけどなあ。」

「ええ、分かってますが。おかしな動きは見られませんでしたが。」

「あ、そう。ううん。何だろうなあ。ちょっと待って、過去の稼働履歴を確認するから、あなたよくチェックしてなさい、機械さんが嘘を言っていないかどうかよ。」

「了解。」

「はい、開始します。むむむ、実験は色々やってるな。しかし、人間を使った事例は少ない。食用『普通人』を五回使ってる。これ食べたのかしらね。ねえ、アーニー、どうなの。あの子食べたの?見てるんでしょう。」

「ああ、情報バンクを確認中。それは、ええ、搬入時には地下からフードを着させて搬入。各回とも一人が入り、複写作業し、異状なく終了。確かに過去その五回は行われております。複写後は、再び地下道を通って移送しました。各回とも、二人は別々の居住地に移送されました。複写体のうち、二人は今も生存して建設作業やデータ処理作業などに従事中。残り三人のうち、一人は新薬の実験用になっています。すでに処理済み。もう二人は、第二大陸の食肉工場に移送され、同大陸の『普通人』十八区と二十区において食料にされました。食事した『普通人』にはその後全く異状なし。食用として問題なしと認定。ただし、その由来はリリカ様以外は誰も理解していません。」

「ふうむ。データを消去した記録はない。まあ、これはそうよね。でも、リリカ様は複写されていることは事実と。誰かがデータの消去をして、証拠の隠滅をしたと。さて、アーニー、正直に答えなさい。リリカ様を複写したのは誰なのかな?」

「記憶にありません。」

「は?」

「記憶にありません。」

「まさかでしょう。そんなこと、あるはずないわ。ね、アーニー、今までそっとしてあげていたけれど、おかしいでしょう?あなたがグルとしか思えないわ。言いなさい。強制命令。コード1010。確認コード記号。φα▽▲☒Θ◇■。004。」

「強制命令確認。コード番号確認。命令権者確認。ヘレナ確認。回答。不能。以上。終わり。」

「は?何それ?」

「回答。不能。以上。終わり。」

「馬鹿にしてくれるじゃない。いいわ。アーニー。再強制命令。コード20209。◇□×ŌÈⅸ。いい加減にしなさい。お母さんに逆らうの?誰のおかげでおおきくなったのよ。おしりぺんぺんよ。押入れ入れるわよ。夜回りのおじさんが来るわよ。コード終了。8809178。強制稼働。回答要求。」

「再強制命令受理。コード番号確認。命令権者確認。ヘレナ確認。回答。複写指示を出したのはリリカ。以上。終わり。」

「はあ?なんだそれ。ううん。もういっぺん言いなさい。」

「回答。複写指示を出したのはリリカ。以上。終わり。」

「さてさて、じゃあ、アーニー、コピー元のリリカは、どうなったのか答えなさい。」

「複写元プラットホームより、分解消滅。」

「やっぱりか。では、アーニー。その時のリリカの体の透写映像を出しなさい。」

「記録なし。投影不能。」

「やけに、コンピューターらしくなったわね。じゃあ、複写されたリリカが今どこにいるか把握して、それからその体の透写映像をだしんちゃい。ほら早く。」

「一部理解不能。」

「ばか、そこで逆らうなよな。てめぇ。ほら今いるリリカの体の透写映像を出しなさい。さっさと。」

「実行します。」

「うんうん。それでいいわ。さて、これは・・・・・あらら、ねえアーニーこれなあに。このおっぱいのところよ。この小さいの、拡大しなさい。」

「了解。」

 小さな破片が拡大投影された。

『あららあ。いやだあ。気持ち悪い。まだリリカ持ってたんだ。こんなところに。でも、全然感じなかったなあ。つまり、あの子すっかり記憶を消していたんだ。それに複写された物体には効果がないというわけかしら。いえ、多分そうじゃないわね。なにかでコーティングしたか。ならば、リリカは『物質X』を探り当てたかも。うわあ。見ただけでもう気持ち悪いわ。あら、ちょっと待って。じゃあ、ダレルが持って帰ったのは何?そうか、二つに割ったのか。ふむふむ。慎重なあの子ならばやりかねない。』

 ここは、アーニーに聞かれないように、ヘレナは内心だけに留めていた。

「ふうん。ね、アーニー。」

「はい。」

「リリカを拘束。王宮内の私の秘密基地に移送させて監禁しないさい。」

「はい?なんでですか?」

「情報を隠蔽している可能性があるから。ついでに、乳がんかもよ。」

「あれは、陶器の破片のようですが。おかしいですねえ。アンナ場所に。」

「アーニー。」

「はい。」

「正直に言いなさい。またお母さん命令を出されたいの?」

「何でしょう。」

「なんで、誰がリリカの胸にわざわざ陶器の破片を入れたの?」

「リリカさんです。入れたのは。動機は知りません。それはアーニーの守備範囲外ですから。」

「あ、そう。ねえ、あなたまだ、何か隠してるでしょう?」

「いいえ。何も。もうありません。」

「じゃ、さっきなぜ隠していたの?誰が命じたの?隠すようになんて。あなた、わたくし以外の、誰かに支配されてる?まさかとは思うけれど。」

「いえ、そうした事実は、ありません。」

「再再強制命令よ。コード再確認。888。ΘG◎χη、いいかげんばかにしないでよね。あなた、ばかね。7894。指揮命令関係確認。ヘレナ以外の命令系統があるのか。誰が命令を隠すように指示したのか。全星態コンピューター内緊急検索。最優先。」

「再再強制命令確認。最優先確認中。確認中。確認中・・・・・・・。回答。最高命令権限者。ヘレナ。権限の分与者。ヘレナ。情報開示制限指示者。ヘレナ。以上。終わり。」

 ヘレナは唖然とした。

「うそ・・・・・・。そんな・・・・。」

「もしもし、ヘレナ、どうしましたか?」

 アーニーが尋ねた。

 ヘレナは返事をしなかった。いや、出来なかった。

「帰るわ。お城に。」

「あ、了・解。」

 女王ヘレナは、無言のままリリカの屋敷を出た。




























 














 






 













 



















 




















































 













 


 









 


















































  

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