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わたしの永遠の故郷をさがして 第二部 第八十三章

  ************   ************


 実際のところ、ほぼ拷問のような夕食だった。

 とは言いながらも、マヤコは目の前の自分の分は、ほとんど完食してしまっていた。

 ウナは、四分の一も食べきっていなかったとはいえ、彼女にしてはよく食べたほうだと言える。

 

 巨大な窓から見える地上は、闇の中そのものだった。

 光はホテルが放っている光彩の反映以外には、何も見えない。

「こんなところで、何やってるんだろう?」

 マヤコは、温泉で盛り上がっていた気持ちが、すっかり萎えてしまっていた。

 しかし、遥か下の方を見ると、ホテルの周りに何者かが集まってきているように見えた。

 ホテルの周囲には、電気柵か何かがあって、一定の枠から内側には入れないようになっているらしい。

 そうして、照明が周囲を照らし出している。

 その柵の周りに、何者かが集まってきている。

「ねえ、あれなんだろう?」

 マヤコがウナに呼びかけた。

 ウナも、小さな体をマヤコに少し擦り付けるようにしながら、真下を覗き込んだ。

「もしかして、恐竜さんとか?」

「そうかも・・・。餌付けでもしてるのかな・・・」

 ウナがつぶやいた。

 

 誰かが玄関に来て、ベルが鳴った。

 さっきの警備員たちだった。

「お食事は済まれましたか?」

「ええ、もういいです。」

「では、チーフがお目にかかりますので、来ていただけますか?」

「ええ。ね、行こう?」

 マヤコがウナに言った。

 ウナは、小さくうなずいた。


 ************   ************


 ホテルの華やかな表側から裏側に回ると、そこは舞台裏だ。

 さすがに何かが汚いというような事は全くなくて、とてもよく整理されている。

 質の高いビジネス・ルームという感じがする。

 従業員の士気は結構高い証拠だ。

 しかしながら、勘の鋭いマヤコは、何だか少し緊張感が漂っていると感じた。

 すれ違う従業員は、通りかかる時にはきちんと挨拶をしてくれる。

 とても良い感じだ。

 お客さんが、こうして二人もバックヤードに入って来るのは、何かあったから。

 それはそうなのだ。

 けれども、どうやら従業員たち自身が、何かに緊張している感じがした。

 それも、前からのものでは無くて、急に起こった事だ。

 みんな、なんとなく速足で、仕事とはいえ焦り気味だ。

「どうぞ、こちらに。」

 お客からは見えない内側にあるエレベーターに乗った。

 どうやら、あの太い支柱の中は、単に空っぽなのではなくて、事務所とか調理場とか、いろんな設備がぎっしりと詰まっていたらしい。さっきの診療室もそうだったし。

 二人は最上階で降りた。

 赤いじゅうたんが敷かれ、いかにも役員室という感じの部屋が並んでいる。

 ここの偉い人たちは、どうやって生活しているのだろう。

 普段の買いものに行けるようなところは無いだろうし、このタワー以外にレジャー施設とかが、地球上にあるとは思えない。まあサファリくらいは出来るのかもしれないが。

「この部屋です。」

 奥には、まださらにもっと大きな部屋がありそうだったが、ある扉の前でストップとなった。

   『チーフ』

 と書かれた大きな表札が、ドアに張り付いている。

 警備員はノックをした。

 『かちゃ』

 と鍵が解除された様な音がした。

「どうぞ、中に。」

 二人は室内に案内された。



 チーフという男性は、中年どころの、かなりがっしりした体つきで、あまりホテルマンと言うような感じではない。高級警官か、軍人と言うような雰囲気があった。

 どこかで見たような感じもするが・・・

 服装自体は、このホテルの制服だったが。

「いやあ、良くおいでくださいました。チーフのバンバです。どうぞおかけください。お茶は?」

「いえ、特には・・・。」

 マヤコが答えた。

「ああ、じゃあ地球産のお茶をどうぞ。おいしいですよ。」

 警備員は、一人だけがその場に残った。

「こちらは、副チーフのキャロンです。」

「いろいろ失礼しました。」

 彼女は頭を下げてあいさつした。

「まあ、ああいう仕事上、やや不愛想な部分はありますので、申し訳ない。わたしからもお詫びします。さて、ああ、お茶が来ましたな。」

 秘書らしき人が、上品なカップに入った、湯気の上がる「お茶」を持って来た。

「まあ、どうぞ、良いものですよ。体にも良い。」

 チーフは、カップを手に取って一口すすった。

「あちち・・・ははは、いや失礼。ちょっと熱いですな。」

「では、いただきます。」

 心配そうなウナを気にしながら、マヤコはカップを手に取って、少し飲んでみた。

 それは、遥か未来の「紅茶」のような味だった。

「多少苦いが、おいしいでしょう。まあ、将来はよい飲み物になるでしょうな。さて、ところでお話ですが・・・」

「はい。」

 マヤコは身構えた。

「あなた方の、お仲間の方が、お二人行方不明になった。それについてなのです。」

「はい、ぜひきちんと説明してください。すっきりと。」

「ええ、すっきりとね。あなた方は、ステーションにもおられた。そうですな。」

「はい、そうです。」

「あそこがどこだか、認識できていますか?」

「さあ、あたしたちは、バーチャルだと思っていました。でも、今は違います。」

「ほう?」

「たぶん、あれはどこかの宇宙です。あたしは教育がないから詳しくはわからない。でも、あの星は、本とかでも見たことがない星だったです。けれど、きっと本物です。」

「ふむ。鋭いですな。」

 チーフは、テレビの人気探偵の様に、手の指を振って見せた。

「あれは、太陽系の第九惑星です。確かにあなた方は、そこに行っていらしたのです。」

「やはりね。」

「そう、そうなのです。しかし、なぜ、あんな太陽系のはずれまで行ったのか。あなたがたは、金星が危機に陥っていることは、知っていますか?」

「あの、テレビで大気の調節装置とかが良くないとかは言ってました。」

「そうですな、そうなのです。まあ、テレビではね。」

 チーフは、ちょっとだけ、間を置いた。

「しかし、実際は、ちょっとだけじゃあなくて、非常に良くないのです。私も、もと警察官で、素人ですがな、金星は非常に危ない状況と聞いております。」

「危ない・・・」

「そうです。まあ、もうすぐにでも、人間などは住めない状況になるという事です。」

「住めなくなる?」

「そうです。それは、かなり前から分かっていたのです。そこでビューナス様は、金星人の生き残り作戦を開始された。つまり、人間の肉体を離れて、純粋なエネルギー生命体に変化させる方策ですな。」

「なんだ、それ。」

「『光の人間』と、呼ばれています。これには大きなエネルギーが必要で、金星上でも実際に行われていたが、効率が良くない。しかし、第九惑星からは『光の人間』化に必要な膨大なエネルギーが常に放射されていることが分かったのです。ただでね。そこに行けばよいのです。しかし、いっぺんにやると、逆に人間が壊れてしまう危険性もあった。それで、少しずついろいろと試しながらやってきていた。あたなたがたも、その要員となったのです。」

「そんな、まったく聞いていない。内緒でするなんて、だましてやったんだ。詐欺だ、犯罪だよ。」

「まあ、そうなのだが、最高指導者の意志だったから、犯罪にはならない。金星人の生き残りをかけた大事業だったのだから。」

「むちゃくちゃだ。」

「まあ、まってください。そうは言っても、なかなかうまくは行かなかったのです。実際はね。ところが、このところ急激に成功率が上がってきた。あなた方のグループの少し前くらいからだがね。つまり、要領が掴めたのですよ。ようやく。あなた方の次のグループからは、成功率が90%を超えるような状況になりそうなんだ。ビューナス様の計画が、ついに実現することになった。金星人は生き残れる。と、思ったのですがね・・・・・。」

「がね・・・・?」

「そう。思ったよりも、金星文明の崩壊の方が早く来そうなのですよ。ビューナス様も、予想よりもかなり早く滅びてしまったしね。で、あなた方だが・・・」

「・・・・・」

「少しタイミングがずれてしまったが、『光の人間』化が進んでいるのです。あなた方の同時期グループ100人の内、すでに半数以上が『光の人間』化した。ただ、あなたがたは、見てしまった。事故をね。」

「ルルカさんのことだね。」

「そうそう、その人だ。しかし、あの人は、後から分かったのだが『ルルカ』ではない。」

「え?」

「それは、偽名でね。本名は『アマンジャ』という。職業は『宇宙海賊』」

「えー!」

 二人は同時に声を上げた。

「まあ、ビューナス様とも、仲はよかったのです。敵ではなかった。しかし、表向きは犯罪者ですよ。しかも、何か企んでいたらしい。詳しくはまだ分かっていない。いま、仲間をとらえて、尋問中のようなのですが。詳しくは知らないが・・・」

「仲が良かったのに?」

「ビューナス様は滅んだ、ご子息が後を継ぎ、『総督』と名乗るようになった。ビューナス様は、ただの『ビューナス様』だったのだが。そうして、大幅に政策が変わってきたのです。ぼくは首相の座を追われたが・・・」

「え、あなたは、首相・・・だった方?そう言われれば、テレビで見たような・・・」

「ははは。まあそうでしょうな。もと警察庁の長官で、前首相。でも今は、このホテルの警備主任。」

「はあ、それで詳しいのか。」

「以前の事はね。」

「要するに、追放された?」

「まあ、そうですなあ。左遷と言うか、くびになって再雇用と言うかね。」

「あの、わたしたちも、その化け物になるのですか?」

 ようやく、ウナが口を開いた。

「そうだよ。まずそこだ。」

「あなたがお二人については、おそらく、まだ効果が出ない。あと、二回か三回惑星上で放射を浴びれば確実に変貌するでしょうな。いまのところ、そこまで行っていないと思われます。しかし、これも確実ではない。個人差もかなりあると考えられます。まあ、ここでゆっくり滞在してください。」

「は?ゆっくり?」

 マヤコが良く分からないと言う感じで言った。

「そう、ゆっくりね。あの部屋は、あなた方の為に、提供します。人間でいる限りね。」

「ちょっとまってよ、それって、どういうこと?金星には帰らしてくれないのかい。」

「先ほども言いましたが、金星は危機的状況です。それに、帰還禁止の命令が、先ほど出されましたのでね。もう、金星には帰れないのです。」

「そんな!あたしはいいよ、どこで死んだって、そのなんとか人間とか言うバケものになっても、誰も心配なんかしてくれない、天涯孤独だもの。でも、この子は違う。ご両親も、妹も弟もいるんだ。むちゃだよ。」

「残念だが、どうにもならない。私だって、子供が二人いるが、もう帰れない。ここに呼べるのかどうかは全く分からない。ここにはこれからどんどん移住者がくる。しかし、一般の人たちは、きっと後回しだ。まあ忙しくはなる。あなた方は、当分は超特別待遇だ。ぼくがそう決めた。費用はいらない。まあ、落ち着いたら、仕事も提供したいと思う。住処は、その先は又考えよう。ずっとあそこという事はないが、当分はあそこで良い。ただし、他の人間との接触は当面は禁止。温泉はいつも貸し切りにしましょう。時間は限定されるけれど。常に体の状態は監視させてもらう。つまり、健康管理ですな。二年間は確認したい。いいですな。」

「だから良くないよ。」

「でも、そうしていただきます。他に道はない。火星への移住も多分不可能だ。あそこも、もう危ないからね。ここが今や、最高の移住先です。あなた方は運が良かった。他の一般の人たちは、この先、いったいどうなるのか。どんな悲惨な状況が来るのか。考えてみてください。」



  ************   ************

















 










 



























































 ************  【余談・ビュリアとの対話】  **********


「いやあ、ちょっと、まったく書けないなあ。思いつかなくって。参ったなあ。」

 作者が天井を向いて嘆いた。

「散髪でも行ってらっしゃいな。」

 ビュリア(=女王ヘレナ)が勧めてくれる。

 行きつけのサロン(散髪屋さん)に、青いゴム草履をはいて、てくてく歩いて行って尋ねた。

「今日空いてますか?」

「えーと、三時半なら。」

「ああ、じゃあお願いします。」

 作者はまたてくてくと自室に戻ってきた。

「いかがでしたか?」

 『不思議が池お気楽饅頭』を頬張りながら雑誌を見ていたビュリアが言った。

 彼女の姿は作者にしか見えず、その声は作者にしか聞こえない。

「三時半ですよ。」

「あら、じゃあまだいっぱい書けるじゃない。ほらほら頑張って!!」

「とほほ・・・。」

 作者はまた、天井を向いた。

「政治家さんみたいに、言葉がどんどん空間に浮き出てこないかなあ。」 

 ラジオが、何とか大臣さまの「失言」報道をしている。

「そうは言っても、大臣さんは大変だな。一言一言に重みと責任があるからな・・・」

 窓から見える空は、うっとおしく黙ったままだった。


 ***********************************




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