わたしの永遠の故郷をさがして 第二部 第八十三章
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実際のところ、ほぼ拷問のような夕食だった。
とは言いながらも、マヤコは目の前の自分の分は、ほとんど完食してしまっていた。
ウナは、四分の一も食べきっていなかったとはいえ、彼女にしてはよく食べたほうだと言える。
巨大な窓から見える地上は、闇の中そのものだった。
光はホテルが放っている光彩の反映以外には、何も見えない。
「こんなところで、何やってるんだろう?」
マヤコは、温泉で盛り上がっていた気持ちが、すっかり萎えてしまっていた。
しかし、遥か下の方を見ると、ホテルの周りに何者かが集まってきているように見えた。
ホテルの周囲には、電気柵か何かがあって、一定の枠から内側には入れないようになっているらしい。
そうして、照明が周囲を照らし出している。
その柵の周りに、何者かが集まってきている。
「ねえ、あれなんだろう?」
マヤコがウナに呼びかけた。
ウナも、小さな体をマヤコに少し擦り付けるようにしながら、真下を覗き込んだ。
「もしかして、恐竜さんとか?」
「そうかも・・・。餌付けでもしてるのかな・・・」
ウナがつぶやいた。
誰かが玄関に来て、ベルが鳴った。
さっきの警備員たちだった。
「お食事は済まれましたか?」
「ええ、もういいです。」
「では、チーフがお目にかかりますので、来ていただけますか?」
「ええ。ね、行こう?」
マヤコがウナに言った。
ウナは、小さくうなずいた。
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ホテルの華やかな表側から裏側に回ると、そこは舞台裏だ。
さすがに何かが汚いというような事は全くなくて、とてもよく整理されている。
質の高いビジネス・ルームという感じがする。
従業員の士気は結構高い証拠だ。
しかしながら、勘の鋭いマヤコは、何だか少し緊張感が漂っていると感じた。
すれ違う従業員は、通りかかる時にはきちんと挨拶をしてくれる。
とても良い感じだ。
お客さんが、こうして二人もバックヤードに入って来るのは、何かあったから。
それはそうなのだ。
けれども、どうやら従業員たち自身が、何かに緊張している感じがした。
それも、前からのものでは無くて、急に起こった事だ。
みんな、なんとなく速足で、仕事とはいえ焦り気味だ。
「どうぞ、こちらに。」
お客からは見えない内側にあるエレベーターに乗った。
どうやら、あの太い支柱の中は、単に空っぽなのではなくて、事務所とか調理場とか、いろんな設備がぎっしりと詰まっていたらしい。さっきの診療室もそうだったし。
二人は最上階で降りた。
赤いじゅうたんが敷かれ、いかにも役員室という感じの部屋が並んでいる。
ここの偉い人たちは、どうやって生活しているのだろう。
普段の買いものに行けるようなところは無いだろうし、このタワー以外にレジャー施設とかが、地球上にあるとは思えない。まあサファリくらいは出来るのかもしれないが。
「この部屋です。」
奥には、まださらにもっと大きな部屋がありそうだったが、ある扉の前でストップとなった。
『チーフ』
と書かれた大きな表札が、ドアに張り付いている。
警備員はノックをした。
『かちゃ』
と鍵が解除された様な音がした。
「どうぞ、中に。」
二人は室内に案内された。
チーフという男性は、中年どころの、かなりがっしりした体つきで、あまりホテルマンと言うような感じではない。高級警官か、軍人と言うような雰囲気があった。
どこかで見たような感じもするが・・・
服装自体は、このホテルの制服だったが。
「いやあ、良くおいでくださいました。チーフのバンバです。どうぞおかけください。お茶は?」
「いえ、特には・・・。」
マヤコが答えた。
「ああ、じゃあ地球産のお茶をどうぞ。おいしいですよ。」
警備員は、一人だけがその場に残った。
「こちらは、副チーフのキャロンです。」
「いろいろ失礼しました。」
彼女は頭を下げてあいさつした。
「まあ、ああいう仕事上、やや不愛想な部分はありますので、申し訳ない。わたしからもお詫びします。さて、ああ、お茶が来ましたな。」
秘書らしき人が、上品なカップに入った、湯気の上がる「お茶」を持って来た。
「まあ、どうぞ、良いものですよ。体にも良い。」
チーフは、カップを手に取って一口すすった。
「あちち・・・ははは、いや失礼。ちょっと熱いですな。」
「では、いただきます。」
心配そうなウナを気にしながら、マヤコはカップを手に取って、少し飲んでみた。
それは、遥か未来の「紅茶」のような味だった。
「多少苦いが、おいしいでしょう。まあ、将来はよい飲み物になるでしょうな。さて、ところでお話ですが・・・」
「はい。」
マヤコは身構えた。
「あなた方の、お仲間の方が、お二人行方不明になった。それについてなのです。」
「はい、ぜひきちんと説明してください。すっきりと。」
「ええ、すっきりとね。あなた方は、ステーションにもおられた。そうですな。」
「はい、そうです。」
「あそこがどこだか、認識できていますか?」
「さあ、あたしたちは、バーチャルだと思っていました。でも、今は違います。」
「ほう?」
「たぶん、あれはどこかの宇宙です。あたしは教育がないから詳しくはわからない。でも、あの星は、本とかでも見たことがない星だったです。けれど、きっと本物です。」
「ふむ。鋭いですな。」
チーフは、テレビの人気探偵の様に、手の指を振って見せた。
「あれは、太陽系の第九惑星です。確かにあなた方は、そこに行っていらしたのです。」
「やはりね。」
「そう、そうなのです。しかし、なぜ、あんな太陽系のはずれまで行ったのか。あなたがたは、金星が危機に陥っていることは、知っていますか?」
「あの、テレビで大気の調節装置とかが良くないとかは言ってました。」
「そうですな、そうなのです。まあ、テレビではね。」
チーフは、ちょっとだけ、間を置いた。
「しかし、実際は、ちょっとだけじゃあなくて、非常に良くないのです。私も、もと警察官で、素人ですがな、金星は非常に危ない状況と聞いております。」
「危ない・・・」
「そうです。まあ、もうすぐにでも、人間などは住めない状況になるという事です。」
「住めなくなる?」
「そうです。それは、かなり前から分かっていたのです。そこでビューナス様は、金星人の生き残り作戦を開始された。つまり、人間の肉体を離れて、純粋なエネルギー生命体に変化させる方策ですな。」
「なんだ、それ。」
「『光の人間』と、呼ばれています。これには大きなエネルギーが必要で、金星上でも実際に行われていたが、効率が良くない。しかし、第九惑星からは『光の人間』化に必要な膨大なエネルギーが常に放射されていることが分かったのです。ただでね。そこに行けばよいのです。しかし、いっぺんにやると、逆に人間が壊れてしまう危険性もあった。それで、少しずついろいろと試しながらやってきていた。あたなたがたも、その要員となったのです。」
「そんな、まったく聞いていない。内緒でするなんて、だましてやったんだ。詐欺だ、犯罪だよ。」
「まあ、そうなのだが、最高指導者の意志だったから、犯罪にはならない。金星人の生き残りをかけた大事業だったのだから。」
「むちゃくちゃだ。」
「まあ、まってください。そうは言っても、なかなかうまくは行かなかったのです。実際はね。ところが、このところ急激に成功率が上がってきた。あなた方のグループの少し前くらいからだがね。つまり、要領が掴めたのですよ。ようやく。あなた方の次のグループからは、成功率が90%を超えるような状況になりそうなんだ。ビューナス様の計画が、ついに実現することになった。金星人は生き残れる。と、思ったのですがね・・・・・。」
「がね・・・・?」
「そう。思ったよりも、金星文明の崩壊の方が早く来そうなのですよ。ビューナス様も、予想よりもかなり早く滅びてしまったしね。で、あなた方だが・・・」
「・・・・・」
「少しタイミングがずれてしまったが、『光の人間』化が進んでいるのです。あなた方の同時期グループ100人の内、すでに半数以上が『光の人間』化した。ただ、あなたがたは、見てしまった。事故をね。」
「ルルカさんのことだね。」
「そうそう、その人だ。しかし、あの人は、後から分かったのだが『ルルカ』ではない。」
「え?」
「それは、偽名でね。本名は『アマンジャ』という。職業は『宇宙海賊』」
「えー!」
二人は同時に声を上げた。
「まあ、ビューナス様とも、仲はよかったのです。敵ではなかった。しかし、表向きは犯罪者ですよ。しかも、何か企んでいたらしい。詳しくはまだ分かっていない。いま、仲間をとらえて、尋問中のようなのですが。詳しくは知らないが・・・」
「仲が良かったのに?」
「ビューナス様は滅んだ、ご子息が後を継ぎ、『総督』と名乗るようになった。ビューナス様は、ただの『ビューナス様』だったのだが。そうして、大幅に政策が変わってきたのです。ぼくは首相の座を追われたが・・・」
「え、あなたは、首相・・・だった方?そう言われれば、テレビで見たような・・・」
「ははは。まあそうでしょうな。もと警察庁の長官で、前首相。でも今は、このホテルの警備主任。」
「はあ、それで詳しいのか。」
「以前の事はね。」
「要するに、追放された?」
「まあ、そうですなあ。左遷と言うか、くびになって再雇用と言うかね。」
「あの、わたしたちも、その化け物になるのですか?」
ようやく、ウナが口を開いた。
「そうだよ。まずそこだ。」
「あなたがお二人については、おそらく、まだ効果が出ない。あと、二回か三回惑星上で放射を浴びれば確実に変貌するでしょうな。いまのところ、そこまで行っていないと思われます。しかし、これも確実ではない。個人差もかなりあると考えられます。まあ、ここでゆっくり滞在してください。」
「は?ゆっくり?」
マヤコが良く分からないと言う感じで言った。
「そう、ゆっくりね。あの部屋は、あなた方の為に、提供します。人間でいる限りね。」
「ちょっとまってよ、それって、どういうこと?金星には帰らしてくれないのかい。」
「先ほども言いましたが、金星は危機的状況です。それに、帰還禁止の命令が、先ほど出されましたのでね。もう、金星には帰れないのです。」
「そんな!あたしはいいよ、どこで死んだって、そのなんとか人間とか言うバケものになっても、誰も心配なんかしてくれない、天涯孤独だもの。でも、この子は違う。ご両親も、妹も弟もいるんだ。むちゃだよ。」
「残念だが、どうにもならない。私だって、子供が二人いるが、もう帰れない。ここに呼べるのかどうかは全く分からない。ここにはこれからどんどん移住者がくる。しかし、一般の人たちは、きっと後回しだ。まあ忙しくはなる。あなた方は、当分は超特別待遇だ。ぼくがそう決めた。費用はいらない。まあ、落ち着いたら、仕事も提供したいと思う。住処は、その先は又考えよう。ずっとあそこという事はないが、当分はあそこで良い。ただし、他の人間との接触は当面は禁止。温泉はいつも貸し切りにしましょう。時間は限定されるけれど。常に体の状態は監視させてもらう。つまり、健康管理ですな。二年間は確認したい。いいですな。」
「だから良くないよ。」
「でも、そうしていただきます。他に道はない。火星への移住も多分不可能だ。あそこも、もう危ないからね。ここが今や、最高の移住先です。あなた方は運が良かった。他の一般の人たちは、この先、いったいどうなるのか。どんな悲惨な状況が来るのか。考えてみてください。」
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************ 【余談・ビュリアとの対話】 **********
「いやあ、ちょっと、まったく書けないなあ。思いつかなくって。参ったなあ。」
作者が天井を向いて嘆いた。
「散髪でも行ってらっしゃいな。」
ビュリア(=女王ヘレナ)が勧めてくれる。
行きつけのサロン(散髪屋さん)に、青いゴム草履をはいて、てくてく歩いて行って尋ねた。
「今日空いてますか?」
「えーと、三時半なら。」
「ああ、じゃあお願いします。」
作者はまたてくてくと自室に戻ってきた。
「いかがでしたか?」
『不思議が池お気楽饅頭』を頬張りながら雑誌を見ていたビュリアが言った。
彼女の姿は作者にしか見えず、その声は作者にしか聞こえない。
「三時半ですよ。」
「あら、じゃあまだいっぱい書けるじゃない。ほらほら頑張って!!」
「とほほ・・・。」
作者はまた、天井を向いた。
「政治家さんみたいに、言葉がどんどん空間に浮き出てこないかなあ。」
ラジオが、何とか大臣さまの「失言」報道をしている。
「そうは言っても、大臣さんは大変だな。一言一言に重みと責任があるからな・・・」
窓から見える空は、うっとおしく黙ったままだった。
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