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わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第八章 

 今日は、就任式の日だ。

 議会での承認。

 それから王宮のテラスでの就任演説を行う予定となっている。

 王宮広場には大勢の火星人たちが集まるだろう。

 その様子は、あらゆる手段で、全火星とその支配地域、さらに金星にも、また開発要員が常駐している地球にも中継される。

 リリカ(複写)が話すべき事の原稿は、もう頭の中にすっかり入ってしまっている。

 リリカの考えも反映させながら、女王が検閲し決定されたものだ。

 後は、その夜の晩さん会とダンスパーティーだ。

 次の日の朝からは、実務の開始となる。


 現在の火星には、王室が信奉する宗教というものが無い。

 女王は、火星の人間の心理に、女王以外の至高の存在が登場する余地を与えてこなかった。

 けれども火星には、不感応者や背徳者の中に、女王以外の至高の存在を生み出し、ミュータントを頂点に据えて女王に反抗してきた影の歴史がある。

 彼らは、『自由』とか『人間の平等』とかを唱えて、散発的にではあるけれど、ある種のテロを試みたりしてきた。

 その勢力は、お風呂の中に浮かぶ入浴剤の被膜のように、浮かんだり消えたり、くっ付いたり分裂したりしながら、とにかく続いてきていた。

 これまでは、巨大な勢力に集結することはなかったが、ここにきて様子が変わりつつあった。

 金星に、ビューナスが登場したからだ。

 彼(彼女)は、雌雄同体のミュータントであり、女王の能力にはまったく反応しない。

 計り知れない能力を持つことは明らかなのだけれども、なかなかその全貌は示さない。

 まあ、女王にとって幸いだったのは、ビューナスは基本的には大人しくて平和主義者だったことだ。

 しかも金星にじっと留まってしまっていて、外に進出する気持ちはこれまで全く持っていなかった。

 ところが、火星に生まれたミュータントの一部が、ビューナスと秘かに連携する動きを見せ始めた。

 この動きは、女王にとっては面白くなかったが、ブリューリは無視していた。

 この怪物は、今自分が独占している星以外には、食指を伸ばさない習性がある。

 ただし、次の『住処』は周到に準備する。

 ブリューリが狙っている次の棲み処は、もう終末期の金星ではなくて、黎明期の地球だった。

 だから女王に命じて、地球人類の創生に力を入れていた。

 火星人よりも、もっと、さらに美味しい種族になるように。

 しかも、地球人を食いつくした後には、再度火星を再興させる積りでいた。

 そのための要員を、滅亡後の火星に、いくらか残しておく必要も考えていた。

 まあ、ビューナスにとっては、おかげで女王と戦争しないで済んできているわけなので、ブリューリはありがたい存在でもあったわけだ。

 が、歴史は転換期に来ていた。


 それはともかく、なので、リリカやダレルは、女王以外の何か特別な存在として立ててやらなければならないのは、ブリューリだけだった。

 もっとも、この怪物に、就任時にしてやらなければならない特別な儀式は、見当たらなかった。

 ブリューリ自身も、非常にストイックで知的な怪物だったから、火星人を毎日きちんと食べられればそれで良いのであり、別に就任式に、無駄なお祈りをしてほしいわけでも無いのだった。

 彼は就任式を、女王と『共に』お城の尖塔にある部屋の中で、人間を食べながら、ゆったりと眺めていた。

「私は、こうした事には、ほとんど興味はない。お前が取り仕切ればよい事だ。ただ、この結果がいたずらに私の食料を制限したり、自然な滅亡に影響しなければそれでよいのだ。」

「わかっています。」

「お前はいくばくかの懸念を抱いている。」

「そうですね。でも、常に修正は行っておりますわ。」

「民主化が必要以上に進展してはならない。あくまで支配する人間たちの中だけが基本だ。まあ、多少の逸脱はよいが。」

「わかっています。考えてみてください。『普通人』たちこそ、より平等で公平です。そこに今以上の民主化が介入する余地は、あまり、ありませんわ。ただし、敵対勢力の事も、多少考えなくてはなりません。早めに引っ張り出して、退治しなければ。」

「そうなのか。」

「そうです。『普通人』は自分たちは独裁されているという認識さえない。自分たちの立場が理不尽だとも考えない。一方で支配者側も、自分たちが彼らを搾取しているとは、思っていないし、人間が人間を食料にすることを遺憾な行為だとも思っていません。それは当たり前で自然な行いだから、不思議な事ではないのです。私が表舞台から多少引いて、リリカやダレルに任せたとしても、それで何かが大きく変わる事はないのですが、ミュータントや一部の勢力の中に、少し心配の種があるのです。」

「まあいい、そこは任せる。しかし、お前はそろそろ、私自身に同化してもらう。食べることに専念してもらう。自分がブリューリそのものであると、はっきり認識できるようになってもらう。もう流動化もできるようになるのだ。そうすれば、二人で共に外部に食事に行くことができるようになる。いいな。そここそが、この民主化の『主眼』なのであり、大きな目的なのだ。」

「わかりました。すべてあなたにお従いいたします。」

「楽しいことだ。素晴らしい事なのだ。やっと時は来たのだよ。」

「はい、わかっております。」

「では、明日の晩は、いよいよ一緒に流動化を行い、そのまま食事に行こう。その後、一体化をしよう。これこそ、最高のエクスタシーを生み出す。お前は、間もなくブリューリそのものに、なりきることができる。」

「はい。楽しみです。わたくし、もう最高に燃え上がっておりますわ。」

 黒い霧か液体か、よくわからないものが、女王の体を包み込んでゆく。

 女王の表情が崩れていった。 

 窓のはるか下の広場では、リリカ(複写)の就任演説が始まった。


 ダレルはひな壇の中央の席の隣、つまりリリカの席の隣に座っていた。

 アリーシャとソーとは、まだ正式に職に指名されていないから、ひな壇には上がっていないものの

、『なんとかかんとか執行委員』という役員を命じられて、ひな壇下の役員席に座らされていた。

 と言っても、この場で特に発言したりする機会は与えられていない。

 リリカの反対側には、引き続き内務大臣のサリンズがドカンと座っている。

 古株の大物だが、怪物とかミュータントとかではなく、ごく当たり前の、人間の政治家だ。

 しかし、この男は女王の信頼が厚い。

 頭がいいと言うか、勘が鋭いと言うか、女王が特に洗脳してやらなくても、彼女の意図を汲み取った行動を行うことができるし、先回りさえやってのける。

 おまけに単なる太鼓持ちではない。民衆の信頼も厚い。

 深い情もあるし、必要なら非情にもなれる。

 大変質素な生活態度で、浮いた話もない。

 食用の『普通人』に対してさえ、一定の礼儀をもって接することでも知られている。

 60歳代の半ばというが、体力も精神力も安定している。

 本来ならば、彼が首相の座に座るのが順当というべきものである。

 ただ、この男の過去には謎があることも事実だった。

 そのせいかどうかは誰にも分らなかったが、権力には、まったくこだわらない。

 一方ダレルの隣には、経済相兼食料相のモルスが居た。

 この男は切れ者であり、可能な限りの最高権力も狙っている。

 やるべきことは、すべてきちんとこなすし、それなりの対価も、特に嫌味ではなくちゃんと求める。

 年齢的には、まだ五十代後半と少し若く、スポーツマンであり、豪快な大酒のみでもあった。

 王宮内で、女王とまともに飲み合えるのは、彼だけだった。

 いつも女王が先に遠慮して彼を立ててやるので、最終決戦をしたことはない。

 剣の実力も政治家ナンバーワンとして知られ、王宮主催の剣闘会では負けたことがない。

 ただし、一回だけ余興で女王と対戦して、全く歯が立たなかったことがある。

 一般的には、モルスが遠慮したのだと言われているが、実はそうではなかったことを、本人は嫌と言うほど悟っている。まるで相手ができなかったのだ。それも、妖力とか、そういう類のものではなかった。

 女王がほんの少しだけ本気になれば、モルスなどアッという間に突き殺されていたであろう。

 なので、女王の底知れない恐ろしさを、彼は肌で感じて知ってもいる。


 その隣には、文化大臣に指名されたカレルが居た。

 火星きっての女性文学学者で、哀れなあの教授の後継者としても知られてきた。

 だから、身の危険さえ感じこそすれ、まさか大臣の椅子が来るとは、思ってもいなかったらしい。

 リリカの信頼する先生の一人でもあり、女王は、どうやらそこも考えたらしい。

 さすがに年齢は公表されていなかったが、リリカの倍くらいと思われた。

 以下、十人程度、各大臣クラスの大物がひな壇に並んでいた。

 そう、もう一人だけ、ここで名前を上げておくべきは、辺境大臣のアンベ=ハウである。

 彼女は、はっきり言ってミュータントである。

 三十代半ばという、若い、美人の大臣なのだが、情報機関出身のスパイなのだ。

 彼女はまだ幼い子供時代から、一流のスパイだった。

 だから年齢以上に、その経験は豊富なのだ。

 実際のところ、女王には、まず星態コンピューター『アーニー』がいる。

 彼は(『彼女』もできるが)、火星も、金星も、地球も、太陽系内のすべての場所を、同時に観察し、聞き、調べ、ヘレナに報告できる。

 ただし、アーニーは人間ではないから、相手と一緒に食事をしたり、悩みを語り合ったりすることは出来ない。 つまり人間関係を作ることは出来ない。

 そうしたアーニーには欠けている部分を、彼女は一人で補ってくれる。

 だいたい、女王の本体自身は、本来自分の分身を、『どこにでも送ることができるし、誰にでもなれる能力がある。』のだが、ところが、ブリューリはそれを許さない。それをされることは、ブリューリの『プライド』が許さないからだ。なぜなら、彼の女王に対する完璧な支配に支障が出る恐れがあるからだ。

 夫が、自分以上の才能がある妻に、その力の使用を認めたがらないのと同じことだ。

 (別の言い方をすれば、妻が正社員として社会に出て、いつの間にか出世してほしくない、自分以上の地位や収入を得てほしくない、夫の身勝手な心理。※遥か未来の地球の大作曲家シューマンは、妻が作曲することを禁止していたらしい。それでも奥さんの方が有名だったようだが・・・)

 おかげで、ブリューリに支配されて以来、女王はその能力に大きな制限を課されてしまっていた。アンベ=ハウは、女王がやっと見つけた、その補完作業をしてくれる貴重な存在なのだ。

 ブリューリも、ここは妥協して、女王の不満解消には役立つだろうと思い、大目に見てやっていた。

 彼女が閣僚入りすることは、まあブリューリから見れば、仕方なかった事なのだ。

 

 それにしても、リリカ(複写)の演説は非常に理想的で美しかった。

 それは、20分程度のものだったから、大学の講義に比べれば、随分控えめな時間だった。

「今から、火星は新しい時代を迎えるのです。」

 リリカ(複写)は言った。

「それは、私や、ここにいらっしゃる政府の人たちが一方的に作るのではありません。私たちは、皆さんの代表となる方々がやがて決まるまで、その新しい道を繋ぐのが役目です。」

 つまり、リリカ(複写)はしかるべき時に、総選挙を行う意向を火星人に告げたのだった。

「その時期は、まだ明確に申し上げる段階ではありません。けれども、方向ははっきりしています。偉大なる女王様を戴きながら、私たちは新しい全火星政府を作り上げなくてはなりません。」

 そうしてリリカ(複写)は、誰も予想していなかった事を、ほぼ革命的と言ってよい事を語った。

「『普通人』からも、代表を選出する事を考えています。」

 聴衆たちは急に静まり返った。

 ここには『普通人』は当然いなかったのだけれども。

 また、この儀式の放送を聞いている普通人も、抵抗勢力以外にはいなかった。

「ただしその為には、一定の準備や約束が必要です。急に投票しなさいと言われても、彼らにとってはただ迷惑な事でしょうから。」

 聴衆から、いくらか笑い声とため息が漏れた。

「とはいえ、私たちは新しい時代に勇気をもって進まなければなりません。それが、偉大なる女王様のご意思であることを、私たちは知らなければなりません。」

 リリカ(複写)は、王宮の高い塔の一番上を、右手を高々と上げて指し示した。

 それを合図に、ファンファーレが会場に鳴り響いた。

 王宮広場をぐるっと取り囲むように配置された多数の演奏家たちが、高らかに各自の楽器を持ち上げて鳴り響かせた。

 すると、尖塔最上階のテラスにある大きな窓が開き、中から偉大なる女王が姿を現した。

 女王がこうして大勢の公衆の前に姿を現すのは、非常に稀なことだ。

 地方の火星人の多くは、初めて実在の女王をスクリーン越しにではあるが・・・見た。

 女王に姿があるということ自体、これでやっと知った者も多かった。

 これは、あらかじめ予告されてはいなかった。

 これこそ、この式典最大の、びっくりセレモニーだったのだ。

 そうして・・・

 人々は、果たして女王がお言葉を発するのかどうかを見守った。

 かつて、そういう事は、もう長い間無かったのだから。

 ヘレナ女王は、うっすらとほほ笑んだ。

 聴衆の願いは、よく解っている。

 これまでは、一度もその期待に応えてこなかった事も。

 ヘレナの『美しさ』は、それこそ地上のもでは無いくらいに、人々の胸に、ぐんぐんと突き刺さってくる。それはなぜか女性達にも有効だった。

 そこに、ヘレナの強烈な能力が関与している事は、間違いがない。

 普通の人間たちは、すでに彼女の完全な虜になってしまっている。

 人々は、意思が抜けてしまった人形のように、ただ茫然と彼女を見つめるしかなかったのだ。

 今、女王がどんな命令をしても、彼らは従ってしまうだろう。

 が、ダレルは全く不感応な自分から見ても、『母』は明らかに異常なほど美しいと感じた。

 高さと距離がある分、普段見慣れた母とは、大分違うようにさえ感じた。

 それは、母である以上に『女性』だった。

「くそ、こんなことで、皆をたぶらかせて、いったい、どうするつもりだ、魔女め。」

 ダレルは毒づいた。

「もし、これ以上話しかけるなんかしたら、皆、失神してしまうだろうに。」

 しかし、女王はその危険を冒して、話し始めた。

「偉大な火星の王国民よ。今日こうして、この日を迎えたことを、わたくしは、心から感謝いたします。火星の新しい歴史が始まるのです。リリカ様と一体となり、全火星の人々が共同して、さらに偉大な歴史が刻まれると信じています。」

 それだけだった。

 けれども、これは絶大な力のある発言だった。

 広場に集まった人々は、歓喜し、興奮し・・・、泣き崩れたり、踊りだしたり、叫び続けたり、その場で美しいタイルの敷かれた大地に倒れ込む者も大勢いた。

 しばらく収拾がつかないことは明らかだった。

 にもかかわらず、この状況を女王は完全に掌握していた。

 人々は、文字通り彼女の掌の上で、踊り狂い、騒いでいるのだった。

 ヘレナは、しばらくその様子を眺めていたが、やがて手を振りながら室内に消えて行った。

 人々の歓喜は、その後も延々と続いていた。

 壇上の閣僚たちの興奮は、それでも間もなく、冷静さに取って替わられた。

 やはり、感情の波の中で、涙にむせぶばかりのリリカ(複写)でさえ、我に返った。

 ふと、下を見ると、ダレルが不敵な笑いを浮かべて彼女を見上げていた。

 壇上では、アンベ=ハウが、やはりうっすらと含み笑いしながら、こちらは、おとなしく座っていた。

 リリカ(複写)は、ダレルを思いっきり睨み返してやった。

 それから、会衆に手を振りながら、閣僚とともに壇上から降りて行った。

 もちろん、リリカ(複写)が先頭だったが。

「楽しかったか?」

 近寄ってきたダレルが、からかう様に言った。

「ええ、感動しました。」

「それはよかった。これで、君は王国民の憧れの的になった。もう、逃げられないな。」

「逃げる気など、まったくありません。」

 リリカ(複写)はあくまで強気に言った。

「それは結構。しかし、この結果で反体制派がどう動くか、ぼくは早速考えなくてはならないな。きっとテロが起こる。」

「今日中に、あなたたちを補佐官に推薦し、明日には承認させます。準備しておいてください。お部屋は、もう使ってくださって結構ですから。」

 リリカ(複写)は、そう言い残すと、さっさと執務室に向かった。

 テロの心配は、リリカも同じだったのだけれども。


 火星のどこかの、奥深い洞窟の、その奥の底。

 こんなところに身を潜めている以上、まともな商売はしていない。

 したくても、出来ないし。

 リリカの本体は、ここに居た。

 といっても、彼女の中に彼女はいなかった。

 いま彼女の中にいるのは、彼女ではない。

 見た目は確かにリリカだが、中身は別人になってしまっている。

 今、身に着けているのは、危険なくらい開放的な胸当てと、ガバという猛獣の皮で作ったパンツだけだが、これが昔からの彼女の基本スタイルだった。

 

 火星の女王に、もっぱら反発してきた反体制派グループの一つ。

 その中でも、もっとも民主的で、活動的で、しかも暴力的なグループ。

 『青い絆』

 と自称するグループの中に、今は、リーダーの妹として、存在していた。

「この体、ごっつ気味悪いよ。」

 彼女は言った。

「けぇつと、同じ顔してるじゃないか。」

 彼女の兄と、その右腕というべき青年が一緒にいた。

 彼らは、かなり傷んだ装置で、リリカ(複写)の就任式典を見ていたのだ。

「まあな。どうして、お前のこれ、体、があそこに運ばれたのかは分からない。双子かもしれないが、アンドロイドでは無いことは間違いない。」

「罠では無いだろうな。」

 もう一人の青年が言った。

「ここを狙ったとも思えない。あそこはまずめったに人が通らない場所だし、たまたま通らなかったら、永遠にほったらかしだったかもしれない。それに、こうして、しっかり妹になってくれた。」

 彼女は、意識不明の状態で、奥深い谷間に落ちていた。

 普通、人間が近づくような場所ではない。

 介抱してみたが、命の別状はないようだったが、なぜか意識が戻らない。

 兄は、最近テロで妹を失ったばかりだった。

 そのために、失意のどん底にあった。

 長年、二人して女王と戦ってきたのだ。

 父の代から。

 幸い、妹の意識は機械に複写してあった。

 兄は、その意識を、この体の脳に移し替えた。

 それで、リリカはアンナに変身したのだ。

「お前自分が誰なのか、はっきりわかっているのだろう。」

「あたりめぇさ。あてぇはアンナさ。わかいりきっていらぁ。」

 リリカ(アンナ)は言った。

「おまえ、生まれ変わっても相変わらず言葉悪いなあ。まあ、育てたやつが、奴だから仕方ないか。でも、これはつまりこいつが、アンナだというれっきとした証拠じゃないかな。」

「言葉が悪くて悪かったな、てめぇ、兄貴だからほっとくが、他の奴だったら顔ぶっ飛ばして、ぐちゃぐちゃにしてやらぁ、おんどりゃあ。」

「わかった、わかった。ともかく、今はこれでいい。それに、その姿なら、作戦も考えられるさ。」

「しかし、身代わりに使おうにも、この言葉じゃどうにもならんだろう。」

「まあな、教え込んで治るものでもないしな。ははは。」

「くそ、てめぇ、兄貴のくせに。」

 リリカ(アンナ)は汚く言い捨てたが、実はこの兄妹は、非常に仲が良かった。

 問題は、右腕のカシャの方だった。

 アンナとは、秘かな恋人関係にあったからだ。



 リリカの本体は、時間が失われた空間を、ただ彷徨っていた。

 肉体は伴っていなかった。

 漂っていたのは、彼女の精神だけだった。

 何か方法はないかと、考え続けてはいたものの、思いつくことは、さすがに何もなかった。

「これは、まいったなあ。このままいつまでも漂うだけか・・・」

 ぼんやりとつぶやいてみても、声にはならない。

「これは思うに、幽霊状態ですね。というか、幽霊そのものかもしれない。ここは、いわゆるあの世かな。それにしては何もないなあ。まあ、そんなものかも知れないが、少し前、か、ずっと前かに見たような、あの光景はいったい何だったのだろうか。誰かが、みんなで踊りを踊っていたような。確かにそれは見た。間違いなく。つまり、どこかの何かと反応することもあるようね。もしかしたら、それが手掛かりかもしれないですね。女王様が、気付いてくださらないかしら。」

 リリカは、そう願ったものの、可能性は非常に少ないと悟っていた。

 




























 








































 






 
























  





 





















 









 







 









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