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わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第五章 

「ふーん、これが女王のあの奇妙な行動の原因だとしたら、何が問題なのか?」

 ダレルは、リリカの研究室から持って帰った小さな破片をくるくるとひっくり返しながら、考えていた。

「リリカは、まあそれなりに優秀だから、きっといろいろ調べたのではあろう。が、推測するにそれが何かを突き止めるには至らなかった。だから、うっかり持ち歩いていたところ、女王がこの、何かに躓いた、いや、ブリューリが、かもしれない。」

 発掘現場からなら、いくらでも出てきそうな大昔の土器の破片。

 しかし、こうした原始的な土器が火星で使われていたのは、非常に大昔の事になる。

 実際のところ、どこまでリリカガ調べていたのかわからない。

 今の彼女に聞いても、まともな答えは期待できない。

 ただ、こんな見え透いたことを”やれる”ということは、完全なロボット人間にされてしまった訳ではないという証拠なのだろう。

 また、女王は、リリカについてはそこまでしたくない、と考えている証拠でもある。

 もしかしたら、いまだに女王はブリューリとまったく同体化しているというのでもない、ということの現れなのかもしれない。

 いずれにせよ、期待はまだ持てる、という事だ。

 ここはしかしまずは、盟友と打ち合わせだ。



 女王ヘレナは、少し悩んでいたのだった。

 ブリューリはいよいよ火星での活動の終末期を演出したいと希望していた。

 それは、ブリューリの生きるための本能だったし、美学でもあった。

 そうしてそれは、ブリューリ自身と、ヘレナによって、火星単独で成されなければならない。

 最高の捕食者であり、食物連鎖のただ一人の頂点であるブリューリと、その伴侶であるヘレナの手によって、火星人は共食いの末の最高に美しい最後を迎えなくてはならない。

 ヘレナ自身は、その自分の本体がいったい何者なのか、どこで生まれどこから来たのか、どこに行くのか、最終的にどうなるのか、まったく解らないものの、人間のような知的生物の生命エネルギーを消費する必要があった。そうしなければ死んでしまう、のではなかったが、人間とともに存在し、超絶的な能力を発揮することはできなくなる。

 単なる傍観者であるだけの何かになってしまう。

 といって、大量に人間のエネルギーを消費しなければならないというわけではない。

 月に一人か二人で十分なのだった。

 それが、毎日こんなに人間を食べるのは、ブリューリによって操られているからに過ぎなかった。

 ヘレナの本体は、本来どんな物理的な力にも左右されないし、影響もされないし、支配もされないのに、なぜかブリューリにだけは抵抗できない。その理由は、まだ解らない。

 文字通りの天敵なのだ。

 ただし、まったく自我が消滅しているわけではない。

 すべてがブリューリと同化してしまえば、本当に楽になれるものであろうに。

 少しだけ残っている彼女の良心のようなものが、そこを邪魔しているのだ。

 体内からブリューリが外に出かけているときには、特に迷いが生じやすい。

「ブリューリ様は、火星の絶滅をそろそろ視野に入れろとおっしゃるのだけれど、地球人類の発展はまだこれからだし、あまり急ぎたくもない。でも逆らうことはわたくしにはできない。ビューナス様は、もう、言う事を聞かないし。リリカ様を頼りにしたいけれど、奴隷化はしたくない。ダレルは一番優秀だけれども、野蛮で、人間の捕食を嫌うし、あまりの変人だし。不感応だし。やれやれね。人間というものは、本当に困った存在だこと。そうそう、アーニーも、裏でこそこそ何か企んでいるようだし。」

 女王ヘレナが、そう愚痴をつぶやいていたとき、そのアーニーが報告してきたのだった。

「ヘレナ。」

「なあに、アーニー。」

「ミュータントの攻撃ですよ。間もなく報告が入りますよ。」

「わかった。そっちで聞くからあなたちゃんと現場を見張ってなさい。」

「わかりました。ヘレナ。あの・・。」

「なによ?」

「あの、無理はダメですよ。」

「はいはい。」


「女王様、緊急のご報告がございます。」

 秘書官が少し高齢の侍従長官・・・事実上の首相・・・を連れて入ってきた。

「公設第一市場にて、数人が発砲していて、警備部隊が応戦しております。全員不感応のようです。おまけに、生身じゃあないです。ミュータントと言うより、もうロボットに近いですね。脳も半分以上が機械化されているようです。身体は防弾仕様。殺せませんね、警備部隊には。どうしますか? ああそれから、自分たちは核融合爆弾を身体内部に装着していると主張しているとのことであります。また未来予知種であると。」

「何人ですって?」

「人数確認します・・・・ええ、3人です。一人は女性。」

「処理できないの?」

「三人がバラバラで行動しています。その動きから見て、ごく短時間でしょうが、未来予知は確かに可能のようです。危険な状態に追い込まれたと認識したら、瞬時に核爆発を起こすタイプのようです。先日第一衛星で使われて核爆発したのと同じ系統のものかと思われます。」

「ふううん。それってどこのグループかわかった? 金星人かしら?」

「たぶん金星人ではないようです。しかし、でも、確実ではありません。改造された火星人かもしれませんが。特に制服も着ているわけでもないですし、爆発して消えてしまいましたし・・・」

「情けないわね。何やっていたの? どうして侵入を許したの? 警戒するよう命じたはずでしょう?」

「申し訳ありません。従業員に化けて入ったようです。IDも持っていましたが、偽造されたようです。」

「このところ、弛んでいますね。もし、一人でも爆発したら、市場は壊滅。三人いっぺんに爆発したら、周辺の施設も無事ではないでしょう。後始末も大変です。」

「被害が最小限になるよう、市場周囲にシールドを張りました。」

「あたりまえです。でも市場は壊れてしまいますよ。あなた、銃もって行って突入しなさい。」

「それは、女王様、できないと、思います、と、私には、もう年で、と申しますが・・・。」

「語順がおかしわよ。いいわ。じゃあリリカにやらせましょう。今どこにいるのかしら。」

「王宮の中にいらっしゃいますが。いいのですか?まだ就任前でございまして。」

「いいのよ。わたくしが良いと言うのだから。それに、ちょうどよい訓練よ。あなたは、今後は参事官に転任よ。命が無事なだけありがたいと思いなさい・・・まあ、でも、そのお年までよく頑張ってくれました。で、ダレルは?」

「現在、行方がわかっておりません。」

「また、こんな時に長官に所在を言っておかないなんて、これもまた失格。もう、いいわ。リリカに連絡して、状況を伝え、すぐ現場に行かせなさい。」

「わかりました。」

 侍従長官はあたふたと出て行った。

 秘書は、自分が開けたドアから無言で自室に戻って行った。

「アーニー、ダレルはどこにいるの?」 

「はい、ご友人のソー様のところですよ。新開発の会話装置とかを使っていらっしゃいます。アーニーにもその内容が読み取れません。」

「まあ、よっぽどわたくしが憎いのねえ。わかった。ほっときなさい。不感応者の側近ほど扱いずらい人間はないわ。勝手なことばっかりして。敵側の方が解りやすいというものよ。」

 

 すぐにヘレナは、リリカとアリーシャを呼び出した。



 公設第一市場に侵入したミュータントたちは、場内でしばらく暴れまわっていたが、やがて普通人加工処理場にいた職員60人ばかりを人質にしたうえで、場内に立てこもった。

 市場の随所に、強力な爆発物を仕掛け、さらに自己埋設設置型の地雷をばら撒いていた。

 こいつは、地面に落ちると、自分でその場所の地下に這いこんでゆく。ちゃんと知能も持っていて、周囲の様子を確認しながら、自分でより良い場所を探して移動もできる。

 標的を定めて、空中から飛び掛かることもある。

 現場に到着したリリカは、即座に部隊の指揮をし始めた。

 女王ヘレナが、現場の人間たちの脳にリリカに従うよう指示を出していたから、指揮すること自体に障害はない。 

「何か要求をしてきていますか?」

 現場の中隊長は、リリカに答えた。

「いえ、具体的にはまだ何もありませんが、女王様を連れてくるように、それまで話はしないと、無茶苦茶なことを言っています。」

「まあ、不感応者で反体制派ならば、その位は言うでしょうね。」

「火星出身ではないとは思いますが、どこで改造されたのかと言えば、金星しかないでしょう。」

「地球かも。」

「え?」

「それは、まあ、いい。まず私が交渉します。突入の準備もして。最優秀な人を選んで。人選は任せるから。マイク持ってきてください。」

「わかりました。」

「じゃあ、アリーシャ、あなたは裏に回って。」

「了解。」

 黒ずくめの戦闘服のアリーシャは、一人で裏口側に回った。

 リリカは、真っ赤な戦闘服に身を包んでいた。

「聞いてください。こちらはリリカです。次期火星首相のリリカです。女王陛下のご指示でここに参りました。返事をしなさい。」

 答えはない。

「返事をしてください。私は、女王陛下からあなた方に対する全権を託されてきています。」

「ヘレナを寄こせ。」

 ぶっきらぼうな女の声がした。

「あなたは、どなたですか?お名前を言ってください。お話のしようがない。」

「必要ない。ヘレナを連れてこい。」

「声から対象者を絞り込んでみて。」

 リリカは中隊長に言った。

「やってみてますが、語彙数がまだ足りない。」

「言ったでしょう?私は、女王陛下のご指示でここにきています。私と話しなさい。要求は何?」

「ヘレナに直接話す。」

「女王陛下が現場に直接来ることはありません。解っているでしょう。こじらせるだけです。要求を言いなさい。何が望みなのですか?」

 回答が途絶えた。

「答えてください。私は女王陛下と直接話ができる立場なのです。」

「お前ひとりでこちらに来い。ゆっくり。武装解除してだ。」

「お呼びよ。」

「捕虜にされるだけです。意味がない。」

 中隊長が反対した。

「他にどうするの。相手は、私が入って来ることを予知している。そうしてあげましょう。」

「未来が分かっている相手の言うとおりにしても、仕方ないでしょう。」

「対応を変えても、その結果を予知してしまう。どこまで行っても同じ。」

 リリカは、銃を捨ててゆっくりと市場の中に入っていった。


 場内の照明はすべて落とされている。

 けれども、リリカが装着している『めがね』ならば、暗闇でも問題はない。

 彼女自身が開発したもので、従来品に比べると格段に明るいし訓練なしでも楽に使いこなせる。

「女の情報です。99.9%の確率で、祖父母は金星人。火星の生まれで、普通人。ナンバーD-1022番。通称、ベルル。19歳。半年前から行方不明です。幼少のころから無害な未来予知をして周囲を楽しませていましたが、危険度判断はDクラスです。予知できるのは身の回りの15分くらい先まで。特別な思想もなし。明るく無邪気。食用にはなっていませんでした。改造によって特定の思想を埋め込まれたようです。」

「明るく無邪気なプチ超能力少女が、過激派水爆娘に変身したのね。可愛そうなことするわね。どこの組織かわかる?」

「一人称を使わず、語尾などの会話の特徴をも隠しています。特定はできません。が、水爆人間を製造可能な組織はご承知のように三つあります。それぞれが会話の中に自組織認識用の隠語を持っていますが、まだその癖が出ません。」

「わかった。前進する。」

「リリカ、アリーシャは配置済み。」

「了解。待機。」

 リリカは注意深くゆっくりと進んでゆく。

 今は事務所の並んでいる通路を通過中。

 この先に作業場が全部で七つある。

 侵入者が閉じこもっているのは、人間を処理する最も大きな第五作業場である。

「聞こえますか? いま事務所スペースを移動して、作業場に向かっています。」

 リリカは、侵入者に呼び掛けた。

 しかし返事はない。会話は最低限にしたいらしい。

 ただしこちらの動きはテレビ画面で確認しているだろう。



「ほう。どこの組織ですか?」

 ビューナスは男性形態だった。

「それが、既知のどの組織もうちではないと言っています。まあ、それはよくあることではありましょうが。しかし、あそこに侵入するのは非常に難しい。」

 情報長官が報告していた。脇には首相も来ていた。

「水爆なんて、物騒なもの扱う者は限られていますよ。あやしいな。女王の自作自演ではないのかな? それか、あのバカ息子か。マ・オ・ドクはなんて言ってるの?この前、第一衛星の端っこをぶっ飛ばしたと言われてますよ。9キロもの穴を開けてしまった。」

「その線はどれも捨てきれませんが、ドクの副官は否定しました。ドク自身は、あなたでないと話はしないと、あいかわらず高慢な態度ですが。」

「確認するが、わが情報部は関与していないのですね。」

「めっそうもありません。金星があそこをつついたら、全面戦争も避けられません。おまけに、あの技術は我々にとってはもはや旧式です。それは、あなたが女王様に身をもって通告なさったでしょう。」

「確かにね。では、ちょっとまずドクに聞いてみましょう。それから女王様のご機嫌を伺いますかな。ホットラインで呼び出してみてくれませんか?」

「わかりました。」


 マ・オ・ドクは、言ってみれば太陽系海賊のボスとでもいうべき男だ。

 木星の衛星最大の第三衛星の出身だが、その経歴は謎のままである。

 海賊マシルク一族に身を寄せて大出世し、ついに統領にまでのし上がった。

 大胆で、冷酷だが、非常に頭がよく、冷静でもある。しかし、本人は常に自分はバカだと豪語している。

 特に思想的な背景があるのでもなく、純粋に海賊なのだが、妙に義理堅いところがあり、部下を大切にする。特に勲功のあった者には多額の褒章や地位を提供する。今では多くの太陽系海賊を支配している。不感応者であり、自由気ままに勝手に生きるのが本人のモットーなので、誰かの部下になることは思いもよらない。女王とは多くの確執の末、現在は非常に微妙な貿易協定を結んで停戦中だ。おたがい儲けになるならそのほうが良い、という立場でだけ一致している。彼の配下には、天才科学者デラベラリがいる。この存在が非常に大きかったのだ。女王は、この科学者に一目置いていた。

「久しぶりだな。ビューナス。」

「確かに。ドク、聞きたいことがあるのです。」

「ほう、そうだな、女の方になら話をしてやってもいいぞ。」

「失礼な。」

「いや、お前は女のほうが良い。色男には向かない。美女であって初めてお前の価値が出るんだ。まあ、できるだけ服の部分がないほうがよいぞ。特に胸と腰のあたりは。ガハハハ。じゃ、出直しな。」

 画面は一方的に途切れた。

「やなやつですなあ。外交の”が”の字もない。」

 首相が憤慨した。

「まあ、もともと海賊であって、政治家じゃあ無いですからねえ。仕方ないか。ちょっと見ないでくださいな。」

 ビューナスは、おもむろに羽織っていた巨大な一枚布を脱ぎ捨てた。

「おわ。」

 首相と情報相が慌てて後ろを向いた。

「まだこれからですよ。まったく。」

 憮然としながらも、ビューナスはどんどん女性化していった。

 それから、後ろのかごの中から限りなくきわどい衣装を取り出して、身に着けた。

「もう。よろしくてよ。」

「はい。いや、あのまことに・・・」

「いいわよ、論評は。もう一度つないで。」

「わかりました。」 

 空中の一角に再び、マ・オ・ドクの巨大な姿が浮かび上がった。

 ”鬼”と言ってしまえば、それまでだが、非常に気品もある。

「おお、いや、それに限る。話をしていて非常に楽しいからな。で、何のご用かな?」

 ビューナスは、ヘレナやリリカたちと違って、”鬼”形態ではない。いわば、ごく普通の『人間』の美女だった。金星人は、これが通常なのだ。

「まあ、お気に召して何よりです。で、ドク、今、火星の第一市場がテロリストによって封鎖されています。何かご存知ではありませんか。」

「おれは、『貴様』が、いや、『姫様』が犯人だと見たが?」

 ドクは、昔から女性形態のビューナスを『姫様』と呼んでいた。

 一方で、ヘレナは『お嬢』だったが。

「まさか。今のところ、火星と戦争しても何の利得もありません。最終的には、勝てないですし。あなたこそ、どうなのですか?」

「今のところ『お嬢』からも問い合わせはないぞ。俺ではない。ついでに言えば、この前の第一衛星を破壊したのもおれじゃあない。濡れ衣だ。まったく迷惑だ。商売の邪魔になるだけだ。」

「まともな商売ならばですけれどね。でも、じゃあ犯人は誰なのかしら?」

 ビューナスは、官能的に体をよじって尋ねた。胸がほとんど、もう、はじけてしまいそうになっているのを、首相と情報相は半分だけ見ていた。しかし、ドクはまったく反応しないで言った。

「さあな。でも、まあ『姫様』だから言うんだが、今回の一連の動きは、既存の有力テロリストや超能力者ではないように思うぞ。おそらく、新参の、まだ半分素人の仕業だ。狙いは、女王の共食いを止めさせることだろうな。できっこないがね。あの、化け物が取り付いている以上は無理だ。もっとも、その志には多少共感はするがね。俺は人肉取引はしないからな。人間様を食べたこともない。そんなのは人間がすることじゃあない。」

「わたくしもですよ。まったく同感です。」

「そうだな。まあ、参考にデラベラリ先生の見立てでは、女王政権内部の誰かが絡んでいるとおっしゃるぞ。」

「誰、ですか。」

「それは、まあ、『姫様』の考えと一緒じゃあないかな。じゃあな。」

 マ・オ・ドクは消えた。

「あの、ビューナスさまは、ヘレナ女王の側近の誰かを、やはり疑っているのですか?」

 素直な首相が尋ねた。

「まあ、そうね。あなたと同じじゃあないかな。」

「ダレル、ですか?」

「まあ、そうよね。あの子ならやりかねない。考えてみれば、衛星の破壊でも、けが人一人出ていない。それは、ドクのやり方とも共通するわ。今回は、まだわからないけれどね。さて、じゃあ本命に行きましょうか。女王様につなげて。出てくれるかなあ。」


 リリカは、第五作業場の大きな入口の前にまで達していた。

 照明は非常灯を除いてすべて消えていた。

 しかし、入口の汚染除去装置は、きちんと稼働している。

 強力な気流と、特殊な除菌装置が働いていて、外部からの汚染を防止ししている。

 ここでは、政府公認の最高級人肉が加工されて、火星の首都中心に供給されて行く。

 許可制の格安市場もある。以前と違って、衛生面はほとんど問題がなくなっている。

 お肉の質が多少落ちるが、価格は手ごろで、支配階級の中でも、やや落ちぶれた家庭や、退職公務員には人気がある。

 ただし、非公認や闇の取引市場も特に地方や首都圏のスラム街を中心にかなり存在する。

 これは、もとは支配階級とはいえ、何らかの事情で底辺まで落っこちたさまざまな人や、体や精神の病気や障害で、十分社会活動できない人たちや、母子・父子家庭、また刑余者、もと政治犯・思想犯の人たちや、地方の下層公務員、おとなしい不感応者で、反体制運動までもは行わないが、社会的には、どうもうまく適応することができていないなど、微妙な層の、かなり多数の人たちが中心に、経済的にもやむなく利用することが多い。経営するのは、同じ仲間の中から立ち上がって、多少の蓄えができたような、プチ金持ちが多い。非常に仲間思いの良心的な業者も多くいるが、危ない輩も中には存在する。

 一方で、消費者側には、なかなか選択をするのは難しい状況もある。

 資金や情報の欠如、移動の制限、そのほか、など・・・。

 有害物質などが混入していたりすることが、年間何件かは発生する。

 しかも、今の女王は、ブリューリのせいで、以前よりもかなり冷酷な存在だったから、そうした事態にもあまり気を使わなくなっていた。

 しかし、独裁の利点もあった。彼女が見るに見かねて何とかしろと言えば、何とかなってきたことも事実なのだ。また逆に没落した地方やスラム街の人々に対しては、これまで、あまり締め付け的な事はして来なかった事も事実だったし、それは女王には、ある意味優しい側面が、まだいくらか残っていたからでもあった。

 リリカとダレルが新しい指導者として指名されたことが、こうした恵まれない地方居住者や、首都圏のスラム街に住む人たちにとって、何をもたらすのか。多くの人々は固唾をのんで、見守るしかなかった。

 ただし、これらの人々は、たとえ没落者であっても、支配者層の人々の事だ。

 この背後には、圧倒的多数の『普通人』が存在していた。彼らは決められた居住地で、決められた事しかできず、食料となるか、支配階級の娯楽や生活の為に活動するか、とにかく『奴隷』以下の存在でしかなかった。例外的に才能が有って、社会進出することが可能な、わずかな道があることはあるが・・・。

 その、最下層の閉塞された独自の社会の中には、意外にもあまり複雑な支配関係は作られていなかった。役割はあっても、普通人は『基本的』に"自由・平等・博愛”の精神で(偽りだが)、『繋がれて』いた。しかも、『食料となる』という,至高の前提があるため、衛生環境は非常に良かった。病気が蔓延しては困るのだ。

 特に美味しい、”最高級な食材”として選ばれた『普通人』には、さらに良い生活環境が与えられ、適度な教育、文化・芸術活動、運動など、没落した支配者層よりも、遥かに良い生活が与えられていた。それは、最高の味になるための、最高の手段だった。勿論、支配者たちには反抗できないようになる、特殊な脳の処置も当然行われていたが。

 彼らにとっては、支配者層に美味しく食べられることこそが、理想の未来だった。それが最終的なゴールだったのだ。

 食べられた後については、何の不安も抱かないように精神をコントロールされていた。

 だから、家族とか、財産とかいう概念は持ち合わせなかった。

 こうした社会の在り方が、遥か未来の、タルレジャ王国の北島に繋がってゆくのだ。

 ダレルは、火星社会のこの在り方が、根本的に気に入らなかった。

 火星には、やがて地球で生まれる『人道』という概念がなかった。

 にもかかわらず、ダレルの心の中には、それが生まれていたのだ。

 まだ、非常に荒っぽくて、我儘ではあるが。

 そこが、ダレルが火星最高の天才だった理由なのだ。

 リリカがそこに到達するのは、もうしばらく後、ヘレナが新しい概念に目覚めてからの事になる。一方で金星人には、火星人には無い、その『人道』に当たる概念があった。

 それは『人類愛』などと呼ばれていた。



「聞こえてますか?これから作業室内に入ります。まず除菌スペースを通ります。いいですね。攻撃しないでください。こちらは武器を所持していません。聞こえてますか。」

 リリカは、テロリストに呼び掛けた。しかし、反応はかえって来ない。

「ゆっくり入りますね。要求はちゃんと聞きます。女王にも伝えます。私にはその権限があります。」

 そう言いながら、リリカは除菌スぺースをきちんと、ゆっくりと通過した。

 大体、テロリストたちが、そんな気を使わなかったであろう事は、想像に難くないのだが。

 これはしかし、自分の気を落ち着かせるためでもあったし、ちょっとだけやりたいこともあったから。

「除菌スペースを通過して、これから作業所内に入りますね。ゆっくりです。手を挙げて、入ります。いいですか。私一人です。」


 「D-1022」通称ベルルは最新型の自動小銃を構えて、入口を狙っていた。

 彼女の半分人間、半分機械の脳は、目まぐるしく状況判断を行い、約十分後までの予知を連続的に行いながら、行動を保留していた。

 ほかの二人は、人質を監視している。

 どちらも、彼女と同じ不感応者であり、半ロボットのアンドロイドミュータントだった。

 当然最初からそうだったわけではない。みんな元々は人間だった。

 しかし、ある時を境にして、彼女たちは変わった。

 以前の自分がどうだったのかは、ほとんど覚えてはいない。

 時たまぼんやりと、何かのイメージが浮かぶこともあるが、はっきりしたものではない。

 今は、与えられたジョブをこなすこと以外には、実質的には何もない。

 感情もないし、意見もないし、感想もない。

 出来たか、出来なかったか、今どうするか、だけだ。

 これから入って来る、リリカという人間をどうするか。

 十分後には、彼女は自分に撃たれている。

 しかし、その撃ち方では、彼女はどうしたわけか死なないことになる。

 次に頭と心臓を狙うことになるが、どうやらそこは厳重に保護されているので上手く打ち抜けない。

 この女は、すぐに再生してしまう。

 普通の人間じゃあない。ロボットでもない。アンドロイドとも違う。

 何だろう。

 一分経過。

 この十分後には、まだ同じく自分はリリカを撃ち、失敗する。

 さらに一分経過。

 状況は好転しない。

 いくら銃撃しても、この女は殺せないようだ。

 核爆発を起こすしかないと思われるが、まだ要求さえできていない。

 しかし、行き詰まった場合は自爆する指示だ。

 指示どおり三人で自爆するとどうなるか。 

 けれど、核爆発して消滅するのは自分たちだけで、周囲には何の被害も与えない。

 随所に設置した爆弾も、知能を持った地雷も不発に終わる。

 すべてが失敗する。

 そんなこと、ありえない。

 その意味は理解不能だった。

 彼女の機械脳の部分は、支配者に指示を求めた。

 そこにリリカがゆっくりと入って来るのが見えた。


「待って、撃たないで。」

 リリカが両手を高く上げたまま、わりとゆっくり言った。

「話をして。要求は何?」

 広大な作業室の片隅に、五~六十人ほどの男女が固まっている。

 テロリストが二人、銃で狙っている。

 何列もある作業台の上には、人間の体が整然と、それぞれの工程の順番どおり並べられている。ほとんど自動化されているが、最終工程や検査工程には人間の目が必要になる。 

「要求は次のとおりである。公設市場と民間のすべての人体加工場を、一ヶ月以内に停止、閉鎖すること。人間を食料とすることを禁止する法令を、三ヶ月以内に公布すること。女王は引退し、太陽系外縁地帯に幽閉されるものとすること。新政府の閣僚の半数は、普通人から起用し、議会は普通人を含めた平等な総選挙を行うことで再編すること。その後新政府を確立すること。この要求に対する回答を六時間以内に行うこと。人質はこの後から三十分ごとに二人ずつ殺害する。時間切れとなれば全員殺害し、核自爆する。」

「それが要求なの?」

 相手は返事をしない。

「あなたを操作しているのは誰なの。あなたの支配者は誰?答えなさい。」

「回答不可。」

「まあ、出来の良くないコンピューターみたい。あなた、まだ人間の部分があるのでしょう。思い出しなさい。命令よ、思い出して、自分の事を。お父さんやお母さんのことを。さあ、思い出して。自分の過去の記憶にアクセスしなさい。周辺事態命令。コードB0200200311003PAGE41。設定0014にアクセスしなさい。」

 相手は反応しない。

「だめか、共通指示番号が通じない。やっぱり闇パーツ使ってるか。当り前よね。ならいいわ。無理やり合わせてやる。」

 リリカは、持ってきた指示番号強制ユニットを操作した。

「ほら、同期しなさい。」

 半分機械のベルルの脳は、強制指示の信号を確かに受け取っていた。

 しかし、保護機能が作動して強制指示を拒否している。

「ううん。保護機能付きか。この機能は、政府は認めてないわ。というか、開発者の私をバカにしてる。でも最終強制したり機能停止させたりするとすぐ自爆しそうね。ゆっくり再侵入。じわっと、回避コード。ほら、お母さんよ。思い出して。行動を止めて。よし、なんとか、接続の遮断を、もうちょっと。」

 ベルルの意識の中に、ぼんやりとした塊のようなものが浮かんでいた。

「母?お母さん?」

 ほんの少しだけ残っていた彼女の記憶が顔をのぞかせていた。

 優しい、母と父の姿が一瞬だけ浮かんだ。

 忘れてしまっていた人間の感情が、ほんの少しだけ蘇った。

 しかし、すぐに彼女の機械の部分があわてて消去にかかった。 

 ベルルは自分に気が付いた。

「対抗措置感知した。攻撃する。」

 ベルルはリリカに銃撃を加えた。

 けれども予知通り、リリカの体はすぐに再生してしまう。

 ベルルからもう二体のテロリストに指示が出た。

 二人は、人質をめがけて銃を乱射した。

「攻撃無効。」

 異様な結果がテロリストの脳に伝わる。

 人質たちはなぜか、にやにやと不気味な笑い声を上げていた。

 まるで幽霊か、ソンビのような・・・。

「どう、無駄でしょう?」

 リリカが少しバカにするように言った。

「あなたたちには、わたしに勝つ能力はまだないわ。おばかさんね。どうせあなたの素晴らしい予知能力の結果も、すべてがNGでしょう。もうやめましょう。行動を停止しなさい。」

「理解不能だ。予知の範囲外事象だ。お前、何をした?」

「とくには何も。ただ、あなた方を別の未来に連れて来ているだけ。未来にはたくさんの結果がある。ここでは、だれも被害にあっていない。けが人も出ない。それが結果の未来で、あなたが何をしても無駄よ。それだけ。あきらめて投降しなさい。さあ、もう一度、さっきの感情を思い出して。」

「あり得ない。すべて爆破する。お前も消滅する。ここも消える。偉大な革命の始まりだ。」

 ベルルは頭の中で全ての爆破を指示した。



「やれやれ。よくもこんなに爆発物を仕掛けたものですね。」

 中隊長が言った。

「本当に爆破させるつもりだったみたいね。偽装かと思っていたけれど、そうではなさそうね。残念ながら三人とも脳が溶けてしまったわ。ひどいことする。でも、やったのは私かな。」

「はあ、しかし、いったい何が起こったのですか?」

「まあ、あのタイプのアンドロイド・ロボットはね、初期型の古いタイプで人間の脳の部分と機械の脳の部分との間にほんの少しアンバランスがあるの。つまり人間脳の部分が、何らかの理由で混乱して暴走すると、機械脳の方がそれを統制するのにちょっと集中しすぎて、緩みができるの。隙ができるわけ。そこで他の方にはお気の毒でしたが、まあ一種の麻薬をあの部屋の空気に混ぜたわけです。私はあらかじめワクチンのようなものを飲んでいた。彼女がどんな妄想を見たのかわからないけれど、私の変な説明も加わって、脳がおかしな暴走を始めたので機械がびっくりした。その瞬間に、私が脳と爆発物との間の接続をすべて切ってしまった。銃も実弾が発射できないようにした。まあ、あの銃でよかったんだけれど。脳自体はちゃんと水爆も地雷もすべて爆発させたつもりで、情報保護のため決められた通り自動的に溶解した。まあ、実際のところ間一髪で危なかったのですが。最初はもともと仕込まれた暴走防止用のコードで制御しようとしたのだけれども、誰かがそれを阻害する機構を埋め込んでいたみたいで、あまりうまくゆかなかったから、私も少し焦った。でも、回避コードと薬と一緒に使用したから一定の効果は出たかな。まあ、仕方なかったのだけれど、残念です。」

「よくわからないのだが...まあ結果がああなったから。しかしあなたは、まだ大学生ですよね。すごいですな。」

「まあ、ありがとう。あのタイプは十年前に私が設計して作ったものですから。新しいタイプだったらあんなドジはしない。今頃みんな消滅してるわね。まあ、彼女が最後にお母さんの姿を見たに違いないと信じたいわね。」

「報告は?」

「できればあなたからしてください。私はどうせ女王様から呼ばれるに決まっているし。でもこれは女王様にとっても、私にとっても、よい教訓です。大いに反省しなければ。」

「実は、内部の監視カメラが復活して、中の様子を途中からだが見ていたのです。すると、不思議なことが起きた。作業室内の映像から、テロリストも人質の人たちも、あなたも、少しの間、全く消えてしまったのです。ほんの二~三秒くらいですよ。すぐにまた姿が現れたが、犯人たちはもう皆、床に倒れていた。あれはいったい、何だったのでしょうか?」

「まあ、不思議ですねえ。内部ではそんなことは起こっていませんでしたよ。」

「はあ、報告書に何と書けばよいものかと。おかしなことを書くと、その後が怖いですからなあ。」

「なるほど。まあ、もともと動いていなかったものならば、途中でまた故障してもおかしくはないでしょうし。見えなかったものを報告する必要もないでしょう?」

「ふむ。」

「いずれにせよ、あのあとすぐに突入部隊を投入してくださって、危険な爆発物を手際よく撤去したのはあなたですし、水爆人間の水爆は結果的に不発に終わったし。作業場は無事だったし、生産再開に時間はかからないでしょう。私は勇敢にもおとりになっただけで、あとはあなたの功績という事で、いいでしょう?」

「いいのですか?」

「当然です。」



    *****     *****




 


 






 












 








 








 






 



 


 













 


****** 第一・第二王女様へのインタビュー *****


作者    「今日は、ルイーザ第二王女様にお越しいただきました。いつもお世話になります。第二王       女様は、とてもお優しくて、作者も安心できます。」

第二王女  「それはどうも、ありがとうございます。あなたがお優しいからなのですよ。」

作 者    「はあ、もうそう言われますと、涙が出ます。」

第二王女  「いつも、姉にいじめられているとか・・・。」

作 者    「いえ、まあ、そう言うわけでも無くて・・・あれで芯はお優しいですから。」

第二王女  「ええ、まあそうなのですけれども。お姉さまは、お言葉が、少しきついですから。」

作 者    「はい。確かに。まあ、はっきりしていると言うか・・・。」

第二王女  「ええ、そこが、まあ姉の姉たるゆえんなのですが。」

作 者    「はい。確かに。」

第二王女  「で、あなたは、今のところ、いつまで生きていらっしゃるご予定なのですか?」

作 者    「は?」

第二王女  「あの、まあ、予定と言いますと何なのですが、やはり王女として、将来の設計もございま       すので。」

作 者    「はあ、やっぱり、あなたの方がきついです。」  




















 


 

 


 













































 













 






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