わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第四十九章
アブラシオは、それこそ死んだように動かない「エビス号」に接近してゆく。
『問題発生です。「ぶっちぎり号」がやってきます。その後ろから金星軍艦「ウジャヤラ・ナイト」がきます。本艦の後ろにいた「ウジャヤラ・アルファ」が急速接近中。火星情報局の宇宙船は、どうしたわけか「はこ」を追いかけてゆきますが、これは届かないでしょう。』
そう、アブラシオが報告してきた。
「残り物をあさる肉食人類か。『ぶっちぎり号』は別としてだが。」
ダレルが吐き捨てるように言った。
『「マ・オ・ドク」から通信です。』
「いいよ。開いて。映像も許可。」
ダレルの目の前にスクリーンが展開した。
「よ、ダレル副首相どの。お初ですな。「エビス号」をどうなさるおつもりか?」
マ・オ・ドクがいんぎんに言った。
「自爆しようとしてたんだ。まだ自殺の恐れがあるので、監視中。こちらで保護します。」
「ほう、そうか。それは、いやありがたい。心配はしたんだ。なら、ちょっとついでに、そこに行ってもいいか? デラベラリ先生と。お嬢ちゃんとアマンジャの葬儀をやりたい。みんなでやろう。あんたも、女王さんの息子だろうが。」
「葬儀?死んだとは決まっていない。」
「いいや、この宇宙から消えたんだ。事実上の死だ。もう、探しようがない。心のキリッてもんが必要だろうが。みんな、な。」
「ふん。必要ないと思うが、しかし・・・いいよ。ただし、武器の携行は禁止。いいかな?」
「わかった。嬢ちゃんとアマンジャに、捧げものだけは持ってゆくぞ。」
「捧げもの? まあ、中身のチェックはさせてもらうよ。」
「いいとも。うしろの軍艦が邪魔なんだがなあ。」
「ほっておこう。」
「了解。じゃ、あとでな。」
「と、いうわけだよ、アブラシオさん。お客さんをお迎えしたいんだ。お葬式をやろう。リリカは抜きでね。」
『了解です。歓迎いたしましょう。なお、金星軍艦「ウジャヤラ・アルファ」のタンゴ指令から通信が入っていますが。』
「たんご? いいよ。顔は見たくない。ああ、いや、いいよ、出して。」
ダレルが指示した。
『了解。映像付きで通信開始。』
「副首相閣下。前回は世話になりましたな。わたしが、タンゴです。」
顔の長い、髪は刈り上げ、八木髭の男が現れた。
ずっと後世の、地球人的な感じだ。
「悪いが、ぼくがやったわけじゃないからね。犯人はまだ不明だよ。」
「まあ、それは、今はよろしい。「エビス号」と「ぶっちぎり号」の乗員を、こちらに引き渡してほしい。船もいっしょだ。」
「なんで?」
「海賊行為の容疑者ですからな。」
「火星政府の承認は得てるの?」
「必要無いでしょう。金星管内での容疑ですから。」
「今までほっておいて?いまさら?」
「時期はこちらの裁量ですからな。」
「アマンジャが消えたとみて、今後も利用できるか、見極めたいのだろう?」
「あくまで、宇宙の安全に鑑みての事だ。海賊行為は、犯罪だ。」
「ふうん。あのさ、これから「葬式」なんだ。女王と、アマンジャさんのね。あんたがたも来ないか?」
「『葬式』? そこで?」
「そう、ここに。逮捕なんかしないよ。そちらの行動次第だけれど。武器の持ち込みはお断り。来るなら、タンゴさんとワルツさんの二人だけ。ここの中、見たくない?」
「ふむ。そうした『葬儀』ならば、当然立ち会う責務がある。ちょっと相談させてほしい。」
「どうぞ。」
『何するつもりですか?』
アブラシオが聞いてきた。
「何もしないさ。なんとなく、そういう気分で、やってみたいだけさ。リリカは隠しておいてくれるかな。見つかると面倒だから。」
『そこは、問題ありません。まあ、ご本人が大人しくしていてくだされば。』
「ああ、言い聞かせるよ。金星人は、伝統的に葬儀には非常にまじめで丁寧だが、火星人もそこは似てるからね。葬式で無礼を働いたなんて言われたら、末代までの恥になる。似た者同士さ。最近火星では、毎日が大量のお葬式になってるがね。大体遺体がないんだ。今回もそうだ。でも、どうせやるなら、きっちりやろう。」
『わかりました。』
アバラジュラ(=ビュリア=ヘレナ?)は、第九惑星周辺で何が起こっているのかについて、リリカ(複写=アンナ)の意識をすぐに自分の意識に同調させることができる。
こうした現象が起こるシステムのことは、まだ完全に解明されているわけではないし、反論する学者も多い。ただし火星に於いて、一つ科学者が行動しやすい状況があるとすれば、女王とブリューリを除いて基本的な宗教的な制約がない、ということだ。しかも女王もブリューリも自分たちが「神」だと公言した事は一度もない。「支配人」の大部分には、宗教的な信念というものはないし、「普通人」はそれを考える状況にさえない。
人が亡くなったときの「葬儀」にも、通常は特別宗教的な概念はない。
といって、宗教が禁じられているのでもない。
古代から続く土着の宗教的儀式や概念が残っている地域もかなりある。
それについて、何の制約もないが、女王やブリューリが動かない別格の地位を占めていることにも、何の違いもない。
葬儀で、女王やブリューリがあがめられることはないが、それは別におかしなことではない。
火星人の心の中では、きちんと整理が常についていて、土着の神とぶつかってしまうことはない。そのように、女王の強力な意志が、火星人すべての意識を整理してしまっているからだ。
これは、きわめて一神教的な概念が強い金星人とは好対照だった。
金星は太陽により近い。太陽、光。それは金星人にとっては特別なものだった。
金星の自転はとてもゆっくりしていて、一回廻るのに、地球や火星の243日分かかる。不思議な事に自転の向きは逆向きになっている。強力な温室効果で、地上にはもう住めない。
金星人の多くは、敬虔な「太陽教徒」である。
ビューナスは、そこに登場した異端の独裁者であり、ミュータントだった。
多くの金星人にとっては、終末に現れるという「最終処分者」と見做されている。
ビュリアの正体は、はっきり言って誰も知らない。
その生い立ちは、まったくの謎だ。
アダモスは、多少何やら知っているらしいが、ビュリアについて語ることはない。
とりあえず、ビュリアが金星の出身であるということ、それがまず、アダモスが持つ情報の一つだ。
「ふうん。女王が体を捨てたか。」
アバラジュラであるビュリアは、きちんと仕事はこなしながら考えた。
「私には、相談もなしにね。まあ、それは勝手だけど。ならば、約束通り女王はもらった。ブリューリをとにもかくにも、かたずけれてくれたことには、大いに感謝しなければ。ここでしっかり封印してやるさ。二度と暴れないように。」
アバラジュラは、ペンダントを軽く握りながら立ち上がった。
「できたか?」
教授が声をかけてきた。
「はい。」
新しい観測装置を、海底に並べた。
「昼めし食ったか?」
「はい、巨大ハンバーグですが。」
「上等。じゃ、次行こう。」
「わかりました。タンタルス谷から、オリンパス山コースでいいですか。」
「ああ、火山群を見ながら降りてゆこう。しかし今夜は、予定通りアルカディア平原を超えた町に泊まろう。いい眺めだぞ。天気が良ければだが。」
「はい。了解。」
やがて観測用の飛行機は飛び立った。
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マ・オ・ドクの「ぶっちぎり号」がやってきた。到着ドッグには、「エビス号」が、すでに係留されている。しかしながら、乗組員の姿は、もうなかった。
ドクとデラベラリ先生が降り立った。他の「ぶっちぎり号」の乗組員たちは、後から葬儀会場に案内されることになっている。
ダレルが、直々に出迎えた。
「これは、副首相閣下。こういう時は、外交上は何と言うのかな、俺はそこは解らん。ま、よろしく頼むよ。こっちがデラベラリ先生だ。」
「ようこそ。アブラシオへ。」
三人は、握手を交わした。
「ものすごい、船だな。こんなの見たことないぞ。全長八キロ以上はあったな。」
「まあ、太りすぎですね。女王が作ったもので、ぼくの理解が及ぶ船ではない。」
「ほう。正直ですな。」
「もちろんです。ただし、今は僕のいう事をよく聞くので、そこはご注意ください。」
「なるほど。」
「じゃあ、どうぞ、お荷物はあれ?」
「ああ。嬢ちゃんの思い出の品とか、酒とか、甘いモノとか。」
「一応検査しますので、このままどうぞ。後で会場に運びます。」
「ああ、頼む。」
三人は、「壁」に向かって歩いた。
何もない「壁」だ。
しかし、ダレルが触れると、すっと壁がドアに変化して、内部には高級そうなソファーが三つあった。衛兵が二人付き添っている。
「嬢ちゃんの魔法かな。」
「ええ、物質と空間をコントロールしていますね。自由自在ですよ。でも、女王がいなけりゃ、誰も同じものは作れないでしょう。」
「やっかいだなあ、嬢ちゃんは。」
「ええ、そうです。手に負えません。」
その部屋は、どこかに向かって動き始めたのだが、内部には何の振動も音も、圧力も感じられなかった。
やがて、どうやら先ほどとは反対側の壁が開いた。
そこはもう、豪華な部屋の中だった。
「どうぞ、ここがお二人の控室です。準備ができましたらお迎えに上がりますから。お好きな飲み物とか食べ物があったら、そう言ってください。ただし、すべてアブラシオが聞いてますので、会話にはご用心を。トイレに行きたかったら、そう言ってください。では、後ほど。」
「ありがとさん。・・・・さて、先生。これはまた、高級なマジックだな。」
「そうですね、王宮の中も、こんな調子でしょうね。ただ皆が使えるのかどうかも、疑問ですが。」
「選別すると?」
「そうでしょう。きっと。」
「ふうん。ちょっとやってみるかい?・・・あー、あー、外が見たいなあ!」
すると、一方の壁全体が、あたかも、まるで、透明になった。
「おわ。これは、映像かな。すごいな、」
「ううん。しかし、これはまじで、外の様子そのものですな。映像だとしても、ライブですよ。ほら、あそこ、金星の、にっくき軍艦が来てます。こっちにドッキングするつもりらしい。二隻並んできてますなあ。」
「葬式に参列させるつもりだな。」
マ・オ・ドクがシリアスに言った。
「たしかに、こうした内部を見せられると、なんだかやな感じだものな。海賊船や戦艦には考えにくい仕様だしな。こいつと戦う気になるか、だよな。」
「ふうん。戦力の誇示をしたいわけですな。」
「まあ、俺たちにとっては、どうってことないが、張り合おうと考えている金星のあの、「わるつー」とかいう司令官たちには、少なからず衝撃になるだろうよ。何を見せてくれるつもりだろうか。あっと驚くショーが見られそうだろうが。」
「見たいんですね。」
「まあな。今後の商売の為にも。金星軍の連中には、しっかり腰を抜かして帰ってほしい。アマンジャの持ってた権益を、そっくりもらいたいからな。仲良くて見せなくてはな。ああ、先生には、どうも、悪いが・・・。」
「いえ、いいですよ。海賊ですから。それに、あなたはそれなりの誠意を示してくれている。」
「これは、やはりでっかいなあ。」
ワルツ司令官は、少しくしゃみをしながら言った。
「大男、なんとかってこともあるのですから、大きいだけがすべてじゃないですよ。」
有能な副官が言った。
「まあな。」
がたん、と艦が揺らめいた。
「相手のコントロ-ルにつかまりました。こっちでは操縦できません。」
操舵手が報告した。
「ふん。水先案内みたいなものさ。まかせよう。」
「武器も、使えません。」
「ふん、戦争しに来たわけじゃない。」
司令官は、苦々しく言った。
「報告が来てます。携帯用の武器も含めて、全武器の使用が不能になっています。」
副官が、司令官を見つめている。
「昔の拳銃があったろう。大昔のやつだ。お前のコレクションに。あれは使えるかな。それと、ナイフと。」
「持ってきます。」
「ああ。頼む。上手く隠せよ。」
副官は自室に急いだ。
真っ白い巨大な壁がすべてを包み込む。
やがて金星軍の二隻の軍艦は、「ぶっちぎり号」と「エビス号」とは別のドッグに、しかも別々に収容されて行った。
葬儀会場の飾りつけは、順調に進んでいた。
先ほど生まれたばかりの、人造アンドロイド達が、てきぱきと仕事をこなしている。
雑談したりとか、気を散らせるとか、何か飲むとかということが、一切なく、まずミスはしないので、作業速度が恐ろしく早い。
「いい感じだね。王宮の葬儀会場と変わらない。」
『ええ、参考にしております。』
アブラシオが答えた。
「わいは、追い出されるわけか。」
リリカ(複写=アンナ)が言った。
「まあ、しかたないさ。そうだろう。さっき、「君はいない」って言ったんだから。」
「ええ、そうじゃね。いいよ。おとなしくしとるから。」
「まあ、中継を見ていたらいい。」
「ああ、そうする。じゃな。わいは、消えるわ。」
リリカ(複写=アンナ)の内部の声は、またささやいていた。
『自分の葬儀は、見ていて、あまり楽しくはないものだ。』
『金星軍の軍艦が着艦完了しました。ただし・・・・・』
アブラシオが報告した。
「ああ、わかったよ、いいよ、それで。のっけから顔つぶしちゃ悪いから、あとからでいいよ。じゃあ、出迎えに行こう。偉い人たちだ。」
ワルツ指令と、タンゴ指令は、ダレルの出迎えを受けた。
三人は握手し挨拶を交わした。
そうして、マ・オ・ドクが驚いたように、二人も唖然としながら、アブラシオの中を移動して自室に入るだろう、という、ダレルの予測とは少し違って、軍人独特の威厳ある態度をまったく崩すこともなく、悠然として、かれらは控室に収まった。
けれども、それには多少の理由があった。
つまり、彼らはこうした、同じような仕組みを、すでに何度か経験していたのだ。
ビューナスの宮殿で。




