わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第四十五章
「永遠の都」
いったい、何が起こったのだろうか?
女王ヘレナとブリューリは、空間ごと剝ぎ取られたような状態のまま、空中に浮かんでいた。
周囲には、ギリシャ風の巨大な列柱が立ち並んでいる。
ざっと見る感じでは、柱と柱の間は、五百メートルは離れている。
二体のブリューリは、柱三本分はなれて、空中に浮かんだままになっているのだ。
しかも、この空間には、どうやら際限というものが見当たらない。
どこからどこまでもが、その同じ光景が延々と続くばかりなのである。
アマンジャは、自分が、その不思議な光景を眺めているところから認識し始めた。
第九惑星の大気中から飛ばされた時のままの宇宙服を身に着けており、痛いところも、苦しい事も、何の異変も感じていない。
異様な風景なのだが、けっして凄惨なとか、残酷なとか、そう言う表現は適当ではなかった。
もっと、なぜだかは解らないが、とても普通の出来事のように見えている。
そうして、アマンジャは、リリカ(精神=タルレジャ王宮の女官)が、一体のブリューリに近づいて行くところを見ていた。
その姿は、リリカではない。
アマンジャは、それが一体誰なのかは、まったく知らなかったのだ。
リリカ(精神=女官)は、所持していた抗ブリューリの特効薬を女王だったブリューリに注射した。
その女王だったブリューリは、苦しそうに、のたうち回った。
さらに、リリカ(精神=女官)は、もう一体のブリューリ、つまりブリューリ本体にも、その注射をした。
同じように、こちらも苦しそうに、もだえ、のたうち回った。
しかし、やがて違いが現れてきたのだ。
女王だったブリューリの体が、縮小してゆくのだ。
そうして、次第に女王本来の体が現れてきた。
もちろん、服はまったく身にまとっていない。
一方、ブリューリ本体の方は、やはり縮小してはゆくものの、本来がブリューリなのだから、特に何かに変わるという事はない。
結局、やや大きめの、まん丸ではない扁平した饅頭が、宙に浮かんでいるというようなことに、収まって行った。
ことが済むと、リリカ(精神=女官)は、本人自身がエレベーターになったように、地上にゆっくりと着地していった。
そうして、それに続くように、アマンジャ自身も地上に降下してゆくのだった。
二人は、巨大な列柱が果てしなく続く空間の中で、顔を合わせることになった。
実のところ、二人には何も見えていないのだが、誰もその正体を知らない(女王自身でさえ知らない)ヘレナの本体は、すでに女王の体から、いずこかに離れて行ってしまっていたのだ。
「あなたは、どなたなのかな? さっき、何をしたの?」
アマンジャが尋ねた。
「お久しぶりですね。と、いうべきでしょうか。リリカです。ただし体を失った幽霊ですが。この体は二億五千万年後の、地球人の方のお体です。」
「ふえー! まったく、意味不明だねえ。で、何をしたの?」
「二億五千万年後の地球から持って帰った、抗ブリューリの特効薬を注射しました。遥か未来の私から受け取ったものです。作り方も、伝授されています。」
「え? じゃあ、怪物は死んだのかい?」
「それが、そうではないのです。ブリューリ本体は、『不死』なのです。しかし、ブリューリから移植された細胞は退治できるのだそうです。ほら、それで女王様は元のお姿に戻れたのでしょう。でも、これは本来女王様からお伺いしていた過去の事績とは違ってしまっています。」
しかし、アマンジャは、そこのところにはまったく興味を持たなかった。
「たしかに、あれはヘレナだね。」
と、つぶやいただけだった。
そう言っている二人の前で、女王ヘレナの体が、ゆっくりと地上に降ろされてきたのだった。
そうして、二人の前に立ったが、まだ目は開けていない。
リリカ(精神=女官)とアマンジャは、美しいヘレナの体を見つめた。
「男がいないから、よかったですね。女王さまの、そのままのお体を見た人間なんて、ほんの限られたものだけでしょう。例えば、ブリューリ様とか・・・。」
「ブリューリ様、ねえ。あんたもあの怪物を、まだ慕っているのかい?」
「さあ、どうなのでしょうか。私は、未来の女王様にお会いしました。おそらく、私の心は、その時に再洗脳されたのでしょう。でも、とにかくするべきことを行ったのです。筋道が変わってしまったけれど。それだけしか言えません。しかし、それにしても、あなたは、なぜあんなところにいたのですか?」
「それは、教えてもらえなかったのかい?」
「どうも、そうらしいです。」
「はあ。お互いやっかいなことだねえ。あたしはね、本当のところを言うとさ、ヘレナの、この体のヘレナのだよ、妹なんだ。」
「まあ! それは、まったく知りませんでした。」
「そうだねえ。まあ、スペアというかさ、必要な時にヘレナの中身が乗り移るために用意されていた体の、おそらくひとつ、なんだよ。」
「おそらく、ひとつ? ですか。」
「そうさ。きっと、他にもあるんだろうね。あたしのような体は。それが誰なのかは知らないよ。他の人間と、いったい何がどう違うのかもわからないよ。」
「ううん。それは、何と言って差し上げたらいいのか。でも、今、あなたの中に女王様は入っていないのですか?」
リリカ(精神=女官)は、少し不思議になって尋ねた。
「ああ、自分でも疑ってみては、いるんだけれど、どうもそうらしい。あたしは、自分がヘレナだとは思えないからさ。」
「じゃあ、まだこのお体の中に?」
「さあねえ。聞いてみないとわからないねえ。大体生きてるのかねえ。」
アマンジャは、不意にヘレナの体を抱きしめた。
「あったかい。生きてるよ。ほら、あんたもさわってごらん。」
そう言われたものの、さすがにリリカ(精神=女官)はたじろいだ。
「なんてことないさ。体は人間なんだからさ。ただの女だよ。」
リリカ(精神=女官)は、恐る恐る、ヘレナの手にさわった。
アマンジャは、彼女の手を掴むと、ヘレナの胸にリリカ(精神=女官)の手を当ててやった。
「ほら、動いてるだろう。」
「ええ、確かに、生きておられます。」
「そうさ、生きてるんだ。」
そうして、その時、
ヘレナは、一気に、目を開けたのだった。
「何が一体どうなってるんだ?」
ダレルが、少しいらだった様子で言った。
「さあ? わいも、さっぱりわからん。」
リリカ(複写=アンナ)がつぶやいた。
「やることが、いっぺんに、のうなったんじゃろう。」
彼女は、茫然としたように付け加えた。
「冗談じゃない。いや、悪い冗談さ。くそ。」
それから、ダレルはアブラシオに確認した。
「アブラシオさん、どこに行ったんだい? あの化け物たちは?」
アブラシオは申し訳なさそうに答えたのだ。
「それが、まったくわかりません。アブラシオの認識できる範囲には、いません。」
「じゃあ、認識できないところを探してくれないかな?」
「てめぇ、そんな、かわいそうな事を言うもんじゃねぇわ。」
リリカ(複写=アンナ)が、アブラシオをかばった。
「そうかい、じゃあ、アーニーさん。聞こえてる? 聞こえてるんだろう。返事してくれないかな。」
アーニーは、返事をしなかった。
かわりに、アブラシオが付け加えた。
「本機に侵入した、リリカ様と名乗る人間も、いなくなりました。」
「はあ? どうして。」
「宇宙に出て行かれたのです。」
「出て行ったって? つまり出したってことか?」
「はい、そうです。」
「なぜ? 監禁するように指示したはずだよ。」
「その指示を上回る指示が、あったからです。」
「誰からなんだ?」
「女王様からです。」
「はあ? どういうことかな?」
ダレルがアブラシオを問い詰めようとした。
「これ以上のお答えは、出来ません。」
「なぜ? どうして?」
「女王様の、ご指示ですから。」
「くそ。女王様、女王様!! なんで、ぼくを無視する。女王。そんなに、ダレルは信用できないのか?」
ダレルの中で、女王に対する不信感が、再び燃え上がっていた。
「おめぇは、女王を追放しようとしていた。もともと、愛されようとしてはいなかったじゃろうが。根本的に話の筋が通らん。」
リリカ(複写=アンナ)がダレルを批判した。
「くそ、君に言われたくないね。頭の中を、ヘレナやビュリアたちに、いじりまくられてる人にはね。」
「まあ、ひどいいい方ね。いいわ、あと任せる。勝手にしたらええんじゃ。」
リリカ(複写=アンナ)は、怒って出て行ってしまった。
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自室に戻ったリリカ(複写=アンナ)の意識に、すぐにビュリアからの意思が到達した。
そうして、彼女からの情報を取り出した後、こう伝えたのだった。
「もう一人のリリカが、王宮に入った。しばらくあなたは、本部に帰りなさい。ご苦労様。」