わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第三章
就任前夜
リリカとアリーシャ、それからダレルは、女王の意志によって王立大学の卒業試験を受けさせられた。
とはいえ、それはほとんど形式的なものにすぎなかったのだけれども。
最も高い成績だったのは、ダレルだった。
これは、女王にとってやや不思議なことだった。
というのも、学科試験はともかくも、火星王国や女王に対する忠誠心を確かめる心理テストにおいてさえ、リリカとアリーシャをダレルが上回るなどということが起こるとは、ちょっと考えられないことだったからだ。
けれど、結果は結果だ。
ダレルが示した女王に対する忠誠心は完璧で、申し分のないものだった。
ヘレナは。試験方法や内容の再確認も行ってみた。
どこにも問題は発見されなかったのだ。
王宮の中の待合室にダレルは向かった。
これから女王陛下直々の面接試験が行われる。
ダレルが、実は女王陛下の実子であるということは、学生の中でも知らない者もかなり存在していた。
つまり、秘密ではないけれど、積極的にはまったく周知されてこなかったという事であり、ダレルにとっては、むしろそのほうが好都合だった。
女王は、ダレルに対しては厳しく対応することが多かった。それは彼が女王に対して不愛想で無遠慮だからでもある。おまけにほとんどほったらかしだった。王宮にも住まず、めったに出入りもしない。
でも、女王は、彼に有り余るほどの資金をくれていた。
これこそダレルにとっては、最高の環境だったわけだ。
「あらまあ、ダレル様、面接ですか?」
先に来ていたリリカが、機嫌よく言った。
「なんだ、お前が先か。もう一人はどうした?」
「なんだ、とはご挨拶ね。まあ、でも私は孫だし、あなたはご子息ですから、仕方ないかな。」
「孫のほうが可愛いいものさ。」
「アリーシャ様は先に面接に入りましたが、別の出口から出たのでしょう。ここには戻っていません。」
「ほう、途中ですれ違わなかったな。」
「まあ、ここは迷路ですし、帰り道はほかの通路を指定されるのでしょう。」
「ふうん。情報漏れを防ぎたいのかな。」
「さあ、まあ女王様のお考えですから。でも、入口と出口を分けることは、火星の劇場でもすることです。」
「ふうん。歴代女王の燻製を、帰りがけに見せるつもりかも?」
「まあ、はしたない。」
「ばか、お前だって人間を食うくせに。言えたものか。ぼくはそういう悪習には染まらない。」
「それはまあ、伝統ですから。あなたは、だから女王様に御気に入られないのですよ。」
「余計なお世話だ。まだ、これからもその悪習を続けるつもりなのか?」
「伝統です。悪習ではありません。」
「違うね。火星人は、昔はそうじゃなかった。それは共食いであり、犯罪だった。そんな悪しき伝統を作ったのは、女王自身だし、それはあの怪物に侵されて、女王自身が怪物化してしまった結果だ。君たちは、その哀れな子孫さ。もっとも、何度も洗脳されてしまっている君には、理解しがたいかな?」
「わたくしたちが、女王陛下に洗脳されるのは、正しいことです。それによって人間は、あるべき平和を維持しているのですから。道を誤りかけたわたくしたちが、そのたびに洗脳されるのは正義です。実際、もう長く、戦争など起こっていない。」
「表向きはね。でも、本当の実際にはミュータントとの戦いが果てしなく続いているし、女王による人間の大量虐殺は終わらない。そこに金星が介入しようとしている。事実上火星は内戦状態なんだよ。」
「普通人である彼らは、食料として、また兵士として、本来生かされているのです。これはけっして内戦ではありません。ミュータントの中の、一部の犯罪者の駆除なのです。」
「それは欺瞞だね。昔は、女王の生贄のために供されていたのは、人間に似せて作られたダミーだった。あれでさえ、ぼくは誤りだと思うけれどね。いいかい、君は、この間洗脳される直前の君が何を考えて、何をしようとしていたか、思い出すべきなんだ。それに普通人もミュータントも「人間」なんだ。いつのまに、君は忘れてしまったの?」
「あなたは、わたくしの副官位につくべき人ではないわね。」
「じゃあ、これから女王にそう言えよ。」
「もちろん、そうします。」
キリのいいところで、中から呼び出しが掛かった。
「リリカさん。お入りください。」
「はい。」
彼女は、もうダレルには構わず、面接会場に入ってしまった。
最初に入った部屋には、女王の秘書がいた。
彼女は、次のドアから中に入るように指さした。
リリカはその巨大なドアを三回ノックし、静かに奥の部屋の中に入った。
それから深々とお辞儀をした。
しかし、まあ、覚悟はしていたけれども、何という広大な部屋だろうか。
はるか向こうの端のほうに、誰かが座っている。
誰かといっても、それが女王様なのは当然だけれども、この入口からはそれが誰なのか確認することはまず無理というものだ。
ざっと、三百メートルはある。
途中に柱などは無い。
『やれやれ』
と、一瞬思ってしまった。
それ自体が、もう女王に見られてしまったことは間違いない。
リリカは、かなり後悔した。
自分はまだ、完璧な女王様の僕になり切れていないと自覚した。
もっと冷徹なまでに、完璧でなければならない。
特にこれからは。
まあ、やってしまったものは、もうどうしようもないけれど。
リリカは、慌てないように、遥かかかなたに向かって歩き始めた。
半分くらい歩いたとき、ふいに後ろから銃撃された。
微かな気配は感じたけれども。
リリカはとっさに避けようとも思ったが、瞬間閃いたのは、女王様を守る、という使命だった。
彼女は発砲の場所と女王の間に立ちふさがって、後ろを見ながら両手を広げた。
もう当然、打ち抜かれたと思ったし、実際にそうだった。
腰のあたりに、急激な痛みが襲ってきた。しかし急所には当たっていない。
「まあ、悪くはないわね。」
銃を手にした女王が後ろ側にいた。
「傷を見せて。」
リリカは、痛みをこらえながらヘレナに近寄って行った。
「ふうん。どうやら、死なないわけでもなさそうね。再生の前に殺してしまえばよい。でも、もう細胞の再生が進んでる。出血はすでに止まりかけている。銃弾は勝手に排出されそうね。まあ、効果は明らかね。ダレルの処置はしたの?」
「いえ、彼が拒否しています。」
「困った子ね。後で叱っておきます。座りなさい。」
「はい、女王様。あの、あれはどなたですか?」
「わたくしの影、もう消えたわ。さて、あなたに尋ねたいことは、もう特には無いわね。でもね、ブリューリ様が、あなたとダレルに権力を預けることには、今もまだ反対なの。特にダレルにはね。あなた、何か対策があるかしら。彼を従わせるためには、どうするのかな?脳の改造とかするの?必要ならやってもいいけれど。この後すぐにでもね。」
りりカは、落ち着いて答えた。
「ダレル様は、もちろん優秀です。誰よりもです。でも、彼には、わたくしの副官は、無理だと思います。あの方は、今のままが良いと思いますね。在野にいて、それなりに活躍していただいたほうが、よろしいかと思いますが。」
「それが、あなたの意見?」
「はい。」
「ふうん。まだ洗脳が足りないかなあ。いい、わたくしは、彼をあなたの副官にするよう命じたの。そこんところ、理解できてないみたいね。」
「あの、私には、女王様に逆らう意思など存在しません。ただ、女王様と、火星のためだけを考えての、判断なのです。彼は危険すぎます。」
「それは分かってる。でも、それを解決するのがあなたの役目なの。どうなの?」
「ならば、命令します。私に従うように。従わなければ、懲罰します。容赦なく。でも、彼はそんな愚かな行動はしないでしょう。もっと賢く立ち回るでしょう。ただ、ダレル様は、普通人たちを食料にすることに反対しています。昔からですが。強制しても、食べないものは手に負えません。しかし、そこは自由とはいえ、やはり統率の障害になります。組織の中では、うまくゆかないでしょう。」
「そうね。あの子は、不感応なだけじゃなくて、ブリューリ様にとっても美味しくないの。いい、でもね、それでもあの子は、味方にしておく必要があるの。あなたがうまく操縦するのよ。やり方は任せる。それが、どうしてもできないなら、いい、殺しなさい。いいわね。方法はある?不死化させても。」
「はい、不死化に条件を付加すれば。」
「いいわ、それで、そうしなさい。」
「わかりました。しかし、これはお伺いしにくいことですが、女王様のご子息ですから。でも、どうしてダレル様が必要なのですか?」
女王の表情が、突然変わった。リリカでさえ、このようなことを目撃するのは初めてだった。
「私が説明しよう。」
それは、ヘレナの話し方ではなかった。
「私がだれかは、わかるだろう。ふつう人間の前には出ないのだが、特例だ。」
「はい、ブリューリ様」
「よろしい。いいかね、わたしの本性は単純なのだ。住み着いた惑星の全知的生命を食いつくす。済めば他の星を探す。それだけだ。そこに理屈はない。しかし、だからと言って、すべてを食いつくすことはできない。美味くない人間までを食う理由はない。人間もそうだろう。だからいくらかは食い残しが出る。しかしそれは無駄ではない。というのも、その連中が再び繁殖し、やがてはまた豊富な食料となる可能性がある。そこまでになるように、確実に育て上げる人材が必要なのだ。君とダレルは、そのために最適なのだ。この太陽系は非常によい食糧倉庫だった。金星、火星、間もなく地球もそうなる。ところがここにきて、金星人は私の食料となる道を自ら放棄する方法を見つけ出した。最終的にこれを止める力は私にはない。結局、その前に金星人に対する処置が必要なのだ。ヘレナは戦争はしたがらないがね。さらに、火星の人類の最後を確実に看取り、地球に次の的を絞るようにしなければならない。いいかね、火星と金星の最後を演出するのはヘレナの役目だ。金星は、再興の可能性はもうない。地球人類の食料化と、崩壊後の火星の再興を図るのが君たちの仕事だ。逆らうことは許さない。理解できたか。」
「はい、もちろん、仰せのままにいたします。なにもかも。わたくしは、女王様とあなたの忠実な僕です。けっして逆らいません。」
「それでよい。」
凍り付いていたヘレナの顔が、再び動き始めた。
「どうかな、りりカ様?御分かりになって?」
「はい、女王様。」
「いいわ。あなたの心はよく分かる。忠誠心に満ちている。それでいいの。いい、ダレルは自由にやらせながら、でも、そのレールはあなたがきちんと敷くのよ。」
「承知いたしました。女王様。」
「では、あなたは、あちらのドアから出なさい。ダレルとは、今、顔を合わせないほうがいいでしょう?」
ダレルは椅子に座って、上半身直立状態で、じっと固まったままでいた。
それは、あたかも厳格な軍人を思わせていた。
「ダレルさん、どうぞ。」
秘書が呼びに来た。
彼は、すっくと立ちあがり、面接場所に入っていった。
「ありがとうございます。」
秘書に対しての礼儀も、きちんと実行した。
「失礼します。」
ダレルは一礼して、広大な室内に足を踏み入れた。
女王は、入口からすぐそばの大きな執務用の机の前に陣取っていた。
リリカの面接時には、そんなものが無かったことについては、ダレルの関知することではない。
「お掛けなさい。」
「はい。」
ダレルは、椅子に座り、さきほどのような不動の姿勢をとった。
「さて、あなたは、自分が置かれている状況については、理解しているわね。」
「はい、自分なりに。」
「そう。ならば、どうしてリリカを心配させるようなことを、するのかしら?どうして不死化の処置を拒否するの?」
「あなたの指示を受けていないからです。」
「わたくしは、リリカを通じて指示したのです。」
「彼女は、そうは言わなかったのです。」
「あなたは、リリカの配下になることを予告されている。上司になる彼女が指示したのだから、従うべきでしょう?」
「まだ、発令されていませんから。上司ではない。」
「屁理屈ね。じゃあ、この後すぐに処置を受けなさい。命令です。反論は一切許さない。」
ダレルは少し間をあけてから、答えた。
「はい。」
「それと、リリカ様のご指示には、今後忠実に従いなさい。」
「意見を述べることも、禁止ですか?」
「いえ・・・それは認めます。ただし、前向きなことだけですよ。命令となれば、素直に従いなさい。」
「火星を壊滅させるような指示でも?あなたの共同統治者は、火星を壊滅させようとしています。」
「壊滅ではないわ。自己絶滅は、自然の成り行きなのです。受け入れなさい。命令です。」
「ぼくに、火星を滅亡に導けと?」
「あなたには、その役目はない。最後まで規律を維持させなさい。そうして、滅亡後は、地球を新たな食料倉庫化させなさい。その間に、火星の再興を進めなさい。地球が空っぽになったときには、火星が再び食料で溢れるようにするのです。それは、火星の最後の豊穣期となるのです。それがあなたの使命です。その先については、いずれまた指示します。反論は不要です。いいわね。」
「ええ、まあ、いいでしょう。」
女王は、ダレルを見つめなおして、表情を緩めた。
「あなたは、おそらく難しく考えすぎなのです。わたくしには、あなたのお考えは、読めません。でも、あなたは、わたくしの体が生んだ子供なのです。大切な。わたくしは、あなたにはきつく当たりますが、それはあなたが、それだけの価値があるからです。いい、今夜、普通人を食べなさい。その後、いつも食べろとまでは言いません。でも、一回は実行しなさい。」
「幼いころ、実行させられましたが。」
「それは、まだあなたの自意識が完成する前です。いいですね、今夜、リリカ様と食事を共にしなさい。人間も動物です。食事を共にすることは、共同体の確立のために大きな意味があります。あなたの新しい物理的洗脳装置は、完成しましたか?」
「まあ、そうですね。」
「では、さっそく試行運転させなさい。あの動物小屋出身の教授が、まず最初の被験者です。」
「教授は貴重な頭脳です。最初は避けたほうがいいと思いますが。」
「自信がないの?」
「いえ、そんなことは、ありません。」
「では、やりなさい。彼はもう、十分仕事を成し遂げています。わたくしが、許可いたします。」
「ええ・・・・わかりました。」
「いいわね、あえて言うけれど、余分な手を加えてはダメよ。一応直接わたくしが検証します。今後教授には、普通人の調理主任になってもらいますから、そのように処理しなさい。」
「え?それは考えていませんでした。」
「当然です。あとできっちりした仕様書を渡しますから、その内容に沿って洗脳処理しなさい。命令ですよ。」
「はい、仕方ありません。」
「そう。いいわ。そんな答え方して生きていられる自分を、幸せだと思いなさいね。」
「そう、幸せでしょうね。」
「まあ、よくそれで、最高位を取れるわねえ。コツは何なの?」
「あの二人は、マニュアルに沿った答えしかできない状態でした。ぼくは、自由な精神から自由な発想をするのです。コンピューターと仲良しになるなど、簡単です。」
「アーニーに、やらせたのが、そういう結果を生んだという訳ね。このところ反抗的で困るの。いいわ、もうおしまい。行きなさい。」
ダレルは、指定されたドアから出て行った。
しかしながら、彼は宮殿から外に出られなかった。
「くそ、このままリリカとデートさせる気だな。彼女の意識に何か吹き込んだに違いない。魔女め。」
ダレルは、宮殿内の秘密研究所に導かれた。
「ここに、来ることがやっとできたか。おや、お待ちかねかな。」
「はい、お待たせいたしました。さっそく不死化処理しましょう。痛くありません。少し体全体に圧力を感じるだけです。処理には五分もあれば十分です。どうぞ、こちらに。」
白衣を身に着けたリリカが、彼を誘った。
「ついに、ぼくも、化け物になってしまうか。」
「まあ、おめでとうございます。では、始めましょう。」