わたしの永遠の故郷をさがして 《第二部》 第ニ章
第二章
火星―リリカの屋敷
舞踏会場から追い出されてしまった理由。
リリカは自室に籠ってじっと考えていた。
一番最初に思いつくのは、確かにアリーシャが言ったように、二人で交わした会話だ。
女王様は常識では考えられない能力をお持ちだ。また惑星上至る所に情報網があるし、ましてあそこは王宮の中。
あらゆる会話がチェックされているに違いないのだ。
しかし、とリリカは思う。
「あの程度で叱られた事は、これまでに一度も無かったのに。」
アリーシャが相手だったのが、良くなかったのだろうか。
屋敷に帰ってから情報を漁ったところでは、彼女は確かに『完全種』の流れにはなっているが、いわゆる名門という訳ではない。
代々王家を守る『護衛』の家柄で、元をたどると一万年ほど前に、金星から移住してきている。
ただ本人は、非常に優れた武道の才能があり、リリカと同じく、火星最高の学府で、軍事を専門として学び、研究している。
将来の火星軍司令官クラス候補生である。
確かに、そういう人間と、あんな情報を話し合うと言うのは、女王様にとって面白くはないかもしれない。
けれども、公衆の面前で、ああした恥ずべき立場に追いやられるほどのモノだっただろうか?
明日以降、リリカとアリーシャは社交界を中心に、噂の種と成るに違いない。
「そう言えば、ポーチ、ドレスのポケットに入れたままだったわ。」
携帯用のお化粧道具と、緊急連絡用の小型通信機を入れたままだったのを思い出したのだ。
「やれやれ、気が重いなあ。」
そうブツブツ言いながらポーチを取り出して、じっと通信機を無意味に眺める。
「あれ?」
ふと、紙に包んだ、何か小さな破片がある事に気が付いた。
「あそうか、発掘現場から持ってきちゃたんだ。こっちの方が『犯罪』かな?」
五センチ四方くらいの小さな破片。
リリカの興味を惹いたのは、表面のオカシな模様だった。何だろう。意味はまったく解らない。多分装飾の類の断片には違いない。
ゼンマイのような、くるくる巻き模様。
問題はこの色だ。ちょっと見たことが無いような怪しい色合い。どんな染料を使ったのだろう。
「新しい発明品に応用できないかなあ。」
それだけの事だったが。
何かピンと閃く感じがあったのだ。
はっきりは言えない。
確信も無い。
けれども、今夜の舞踏会で、何時もと違っていたのはこれだけだ。
そうなのだ、あの時、あの部屋で女王様に会う時もそうだが、単独で謁見するに当たっては、手持ち品はすべて預けるのが習わしだ。
手ぶらで無ければ、女王様には、一人で謁見できない。
ポーチは侍従長に預けていた。
舞踏会場では、手持ち品のチェックがあるが、あの程度の、お化粧道具や通信機は文句言われない。
「この破片に、何かあるかな。」
リリカは、自室隣の研究室に飛び込んだ。
恵まれた家庭のお嬢様である彼女にとっては、ありがたい事ではあるが、子供時代から当り前の研究室だ。
もっとも、これは女王様の全面的なご支援があるからこそ、成り立っているのだが。
自慢の自作分析機が役に立つだろう。
一時間、一時間半・・・・。
二時間。
「ふうん。何、これ?」
破片に使われた染料自体は、どうやら変わった物質を含んではいないようだ。
問題は、使われた土にある。
「何だろう。このカビのような物。」
見たことがない。今の火星上には存在していないか、発見されていないような怪しい物質。
「女王様が、これに反応した?まさかね。」
実のところ、ブリューリ細胞も、今のところ謎だ。
「また、謎が増えちゃったかな。」
『完全種』の特徴は、体内に必ず一定数のブリューリ細胞を持っている事だ。リリカにも当然ある。
その起源は、ブリューリ様にある事は間違いがない。
言ってみれば、『完全種』はブリューリ様の一族でもある。
この細胞がある事により、細胞を持たない『普通種』の人間を美味しく食べる事が出来るし、豊富な栄養を吸収できる。
しかし、リリカの体内のブリューリ細胞は不活性な状態にある。
大部分の『完全種』はそうなのだ。
けれど、女王様は違う。
彼女の体内のブリューリ細胞は、完全に活性化していて、そのおかげで、女王様ご自身が、人間である以上に、ブリューリそのものに変貌している。
意識の上でも、ご自分をブリューリであると確信なさっている。
問題は、どうしたら活性化が起こるか、なのだ。ブリューリ様ご自身は、当然ご存知なのだろうが、秘密のままだ。
リリカは、そこも解明したい。
これは、何かのヒントになるのだろうか。
リリカは、しかし確信していた。
間違いなく、これは、解明のカギになる、と。
「今夜は、星がきれいだったわね。ちょっと出てみますか。」
火星の夜は、比較的暗い。
特に首都は。
都市部でも、あまり派手な外部の照明を使わないからだ。
夜空は美しく輝いている。さすがに天の川はちょっと苦しいが。
「そんなに時間はかけない。少しだけ待ってね。下手に見つかりませんように。」
不死身
リリカは、女王様の命令に逆らったりはしない。
それは、当然の事なのだ。
だから、『自分の体でやってみなさい。』
と、言われれば、そうする。
始めからそうなるだろうと、思ってはいたが。
「まあ、自分を実験台にするのは、この仕事の宿命かな。」
お屋敷地下の『隠し実験室』
この存在は、自分と女王様しか知らない。
多分。
動物実験は実施した。
しかしマウスに永遠に生きられても、ちょっと困るよなあ、と思ったりしながら、経過観察している。
今のところ問題は無い。
実験用マウスの寿命は、ざっと八〇〇日から九〇〇日くらいだろう。オスのほうが少し長生きする気がしている。
女王様から、この仕事を命じられたのは、何とリリカが八歳になる前の事だ。
知力自体は、今もそう変わらない。
けれど、一〇年少しでここまで行くなんて思いもしていなかった。
『アンディ』と『キャシム』はすでに過去最高寿命記録の三倍以上生きていて、老化現象は全く起こらない。病気もしない。
けれど『ダブン』と『トインビー』は死んでしまった。
リリカが殺したから。
他にも各種動物を多数使用中。
実際のところ、まだ実験は始めたばかり。
最低もう二〜三十年はやらなきゃな、と思っていた。
「これじゃ、恐怖の怪物を作ってしまっていると言われても、おかしくないなあ。」
女王様は、元々死なないくせに少し気が短い。
結果を急ぎ過ぎるのだ。
「まあ、仕方ないし、またこれも悪いやり方じゃ無い。」
ぶつくさ言いながら、リリカは試作したばかりの『人間用の檻』に入った。
大量の電力が必要だが、女王様が調達してくれる。
「では、いきまあす。もう、現在絶好調のアニメ『とある極悪美少女科学者の異世界転生ですが、何か?』そのものね。死んだらごめんね。」
機械は自動的にスタンバイ状態になり、実験状況を詳細に記録しながら、動き始め
講義
アリーシャは、約束通りに教室の入り口で時計を確認しながら、リリカを待っていた。
時間を守らない人間は、彼女の中では友人失格だった。
「ごめんなさーい。」
アリーシャの設定した時間丁度に、リリカは現れた。
「ごめんなさい。待ったかな?」
「いいえ、まるで、王立放送局の時報そのものです。」
リリカはペロッと舌を出して言った。
「いやあ、失礼しました。五分前を基本にしておりますが、ちょっと実験に手こずってしまったのです。」
「何の実験ですか?」
「新しい調理器具の基本構造。まだバーチャルだけれども。」
「まあ、もう始めたのですか?」
「今回の注文主は、気が短いの。とてもね。」
「それはまあ、大変です。講義が済んだらお茶でもと思っていたのですが。」
「ええ、当然その積りよ。学食の新しいビュッフェ行こう。気にはしてたんだけど。」
「了解。まずは名物教授の講義から。これを聞かずに死ねない、ですから。」
ユバリーシャ教授は『比較惑星芸術論』の権威とされている。
火星、金星と彼らが移住していた太陽系内のいくつかの衛星において生み出された音楽や美術、文学、その他芸術的と看做される創造的な営みを研究し、論じ、また例えばこれから成長するであろう地球人類が、どのような芸術を生み出すべきか、なども研究対象として考察していた。
けれども、最近の彼の論調は、日増しに悲観的となってきていた。
その大きな原因は、火星人の食生活にあることは明らかだった。
「およそ、芸術は、常に過不足があってはならない。つまり、何時如何なる場合も、これ以上は足してはならず、また引いてもならない極限状態を実現すべきである。
と言って、全ての芸術がそうであるとも言えない。
そうあるべきであるが、そうでない場合でも、そうであるべく究極まで志向しているのならば、芸術として評価するに値はするだろう。
しかしながら、勿論、食生活が芸術であるとは言わないが、しかし芸術を成り立たせるために、人類が健康であるべきなのは当然だ。しかるに、諸君、食べ過ぎは芸術を侵食するのである。」
学生たちは一斉に笑った。
教授は大まじめで言った。
「もう一度言うが、食べ過ぎは芸術を侵害する。飲みすぎもだが。」
学生たちは再び笑った。
「芸術家に大食漢は存在するし、大酒飲みもまた存在したし、今もそうである。
が・・・。」
教授は教室中を見まわしながら続けた。
「過度の飲食や極端な不足は、多くの芸術家の命を短縮し、また我々から、まだ得られたはずの貴重な作品を奪ったのだ。これは医学上の問題にとどまらない。
諸君、今、我々は食のあり方を真剣に論ずべき時に達している。
伝統に根ざした、適度な一定の食材調達は許されるが、行き過ぎは罪である。」
教室内に、ややざわめきが起こった。
「私は尊敬すべき偉大な女王陛下をけっして責めないが、正すべき或る種の行動については、襟を正して対処してしかるべきと言いたいのである。」
ざわめきは大きくなった。
「危ないわね。どうする?」
アリーシャが囁いた。
リリカは直ぐには回答しなかった。
教授はしかし、さらに続けた。
「諸君。私は、もう、長くは生きないだろう。やがて来たるべき地球の芸術には、大いに期待するし、また是非見てみたい。
いま、その可能性を失ってはならないのである。だからして・・・」
そこで突然リリカが立ちあがって拍手をした。
それを見たアリーシャも続いた。
リリカが女王陛下の孫である事は知れ渡っているし、その天才ぶりも有名だ。
女王陛下のお気に入りである事も。
また昨夜の出来事も、一方でかなり伝わっていた。
アリーシャは、武道の達人であり、保守派からも一目置かれている。
多くの大人しい学生たちは困惑し始めていたし、保守的な学生は、すでに反感を現しかけている。
リリカの行動は、学生達の行動に一定の指針を与えた。
半分以上の学生は立ちあがって拍手を送ったが、一部は席を立って教室から退席していった。
周りを見回すにとどめた学生も、かなりいたけれど。
結局教授は、それ以上話をすることを断念したようだった。
「これが狙いですか?」
「さあ、どうかなあ。」
リリカは立ったまま、ぼんやりと答えた。
逮捕
ユバリーシャは、その日の夕方逮捕された。
きっかけは、しかしアーニーではなくて、保守派の学生の一人が当局に通報したことだった。彼は講義の録画と録音をしていた。
リリカにもその情報は直ぐに伝わった。
リリカはアリーシャに通信した。
「教授が逮捕されました。余波が来るかもしれませんよ。」
「そうですか。わかりました。」
想像通り、間もなくリリカの屋敷に当局の捜査官が現れた。
父は・・・王宮の医者なのだが・・担当官に怒りをあらわにしていた。
「なんで、娘を拘束する。」
「事情は局でご本人に話します。閣下は介入しないでください。」
「おかしなことをしたら、女王陛下に上申するぞ。」
「その前に、閣下ご自身の身を案じた方がよろしいかと。」
「何を言うか。子供を守らない親など居るものか。」
母は・・・現役の王女の一人だが・・・口を挟まなかった。
リリカ自身は、慌てる様子も無く、たんたんと連れて行かれた。
「あなた、単なるおバカさん?それとも、何か企んでるのかしら?この前の仕返し?」
女王は怪訝な顔でリリカに尋ねた。
「もう、私の頭の中はご覧になったのでしょう?」
「ええ。見ました。一番にね。考えてはならない事を考えています。思いつかなくてよい事を発想しています。」
「隠せるなんて思っていませんでした。」
「ブリューリ様はお怒りです。あなたの知性を消去するようにとおっしゃっています。」
「それで、女王様はどうなさるの?」
「ばかね。あなたを消せるわけが無い。失う物が多すぎる。遺跡の遺物の事は忘れてもらいます。あと、再度、私に対する忠誠心の注入をします。念入りに。それでおしまい。」
「そうですか。」
「でも、あなたまだ、よからぬ事、企んでるわね。どうしましょうか。」
「良いアイデアですよ。きっと必要なものになります。毒には解毒剤が必須ですから。」
「毒ですって?冗談ではないわ。これこそ、ブリューリ細胞こそ無敵の武器だわ。」
「元々無敵の女王様に、それ以上の何が必要なのですか?」
「あなた本当に消えてしまいたいの?まだそれ以上は解っていないのね?」
「そうです、これからです。あの女王様に対する忌避効果を見ても、強力な薬ができます。毒薬は常に反対の面がありますよ。研究してみないと、何が出てくるか解りませんが、あなたの強い武器になるかもしれません。解りませんか?必要なものだけを、手に入れられるかもしれません。」
「だめ、やはり今のあなたは処刑します。絶対許せない。ブリューリ様は、私の命。愛そのものです。侮辱は許しません。今ここにいらっしゃらない事を感謝しなさい。ブリューリ様は、あなたの存在自体を認めたくないとおっしゃっているのです。私は、基本的に御意向には従いたいのです。」
「いいですか、女王様。よく考えてください。あなたには、本来感情が無い。愛も無いのです。なのに、なぜそんなに、愛にこだわるのですか?なぜ、そこまでお怒りになるのですか。それは、ブリューリ様に与えられた幻想にすぎません。幻で、まやかしなのです。目を覚ましてください。まだ、今ならば、あなたの本来の理性が、残っているはずです。もう少ししたら、それさえ危ないとわたしは思っています。そうなったら、火星はお終いです。解りませんか? 私は、あなたに対する忠誠心からしかお話ができない状態なのです。」
「あなたは、ブリューリ様に対する忠誠心が足りません。なぜかしら。この際、あなた自身、ブリューリとして活性化すべきですね。そうすれば、何もかもよく解るようになるわ。でも、それは、ブリューリ様にしかできないから、少し待っていなさい。でも、彼はあなたの活性化には、なぜか消極的なのです。あなた、元々どこか、彼に嫌われる性格のようね。」
「女王様、お願いですから良く考えてください。時間が限らてきております。火星が滅亡します。急激に破滅が訪れます。」
「ふふふ、破滅の芽は少し刈っておいたわ。 いずれ破滅はするでしょうが、まだ地球人の製作はこれからだから。ブリューリ様にも、そこのところをお話して、御理解をいただこうとしておりますの。あの方、すこし気がお短いの。」
「怪物だからですよ。知性より食欲が大幅に上回っているからです。」
「お黙り!」
「いえ、言います。あなたも、このままだと、間もなくそうなってしまいます。単なるオオ食いの化け物に堕落します。そこを上手くバランスを保つために、よいお薬が必要なのよ、分かってください。お母様。」
「それを言ってはいけません。」
「すみません。じゃあ、おばあさま。」
「ああ、ひどいわ。そんなに傷つけないでくださいな。娘にしておきたいのよ。本当はね。でも、駄目よ、危険の方が大きすぎるわ。火星人は、ブリューリ様が仰せのように、自然に滅亡するの。それが正しいの。」
「自然に? 食べてしまうのよ。女王様は、化け物に操られているの。解らないのですか。」
衛兵たちが入ってきた。
「監禁しなさい。特別監房行きよ。さあ、反省しなさい。泣きながらね。」
突然、胸の中が締め上げられるような悲しみが襲ってきた。
『自分は、何という事をしたのだろうか。ああ、このままでは女王様を裏切ってしまう。ブリューリ様もだ。自分は何という悪者なのか・・・・もう生きてゆけないわ・・・』
彼女は、激しい後悔の念と、自己嫌悪に陥った。そうして、泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい。女王様、お許しください女王様。私は恐ろしい反乱分子です。ああ、もう消え去ります。もう生きていてはいけないのです・・・」
いつの間にか、そう叫んでいた。
衛兵たちは、無感情に彼女を引きずり、泣き叫ぶまま、彼女自身が設計した特殊な監房に放り込んだ。
一方、アリーシャもすでに監禁されていたが、こちらは、思考力、感情、意欲、食欲、そうしたもののほとんどを奪われてしまっていた。
監房の中で、じっと床の一点をうつろに見つめているだけだった。
ほっておけば、このまま死んでしまう事は明らかだった。
偉大な教授は、もっと悲惨だった。
彼は、自分が人間だった事も忘れていた。
単なる、動物になっていた。
王宮の食料小屋の一室で、裸で、他の哀しい人達と一緒に、四つん這いで、餌を鼻で漁って食べていた。
金星
「誰が、こんな報告をよこしたのかな。」
ビューナスは、不思議そうに第一首相に尋ねた。
「さあ、発信人は不明です。署名はアーニーとなっています。」
「アーニーさんか。信ぴょう性は?」
「高いですね。三人とも拘束された事はわかっています。それに、いったいどうやってこの特別回線に割り込んだのか、分かりません。普通絶対できないですから。」
「ふーん。約束破る気かなあ。教授はともかくも、あの二人はまずいな。」
「圧力かけますか?」
「しかし、きっと女王に頭の中をぐちゃぐちゃにされているに違いない。精神的に回復可能な状態なのだろうか。そうでなければ、もう意味が無い。」
「さて、確認のしようがないですから。女王の事ですから、元々お遊びだったのでは?」
「まあ、それなりに、約束は守ってきた人だからなあ。ブリューリに支配され切ってしまったかなあ。ぼくはね、リリカについては、女王は絶対切り捨てたくないと思うんだ。本来はね。しかも人間の体に居る限りは、多少の人情もあるはず。君、知ってるかな? リリカは、女王が娘の体に入って生んだ、精神的には実の娘だから。」
「いえ、それは、存じませんでした。」
「そういうところも、倫理的にはデタラメだろう。いずれにしても、そうした堕落してしまった文明を、地球に持ち込むのはよくないさ。やはり、早めに実行しないと、もうだめかなあ、と。ブリューリ細胞は、どの道、駆逐しないと。」
「まあ、そちらが最優先です。」
ビューナスは、ぎっと第一首相を睨んだ。
「でもね、大量殺戮には違いないよ。カッコよく、俺が、だから責任を取る。なんて言って済む問題じゃない。本当はね。」
「ええ、確かに。私にもその大きな責任は当然あります。」
「そうだね。緊急回避にしたいものだ。やはり女王様に、ぼくからのメッセージを伝えよう。それからね、ちょっと地球に介入してくれたまえ。」
「は?」
「例の誘導装置と環境変動装置を使ってみようよ。試しにね。地球生物がぎりぎり壊滅しない程度の、丁度いいくらいの大きさのものでいいから、隕石を落としてみてくれないかな。それと連動して、海中の環境をいじってみてほしい。まあそれなりの被害が出ることは当然だよね。」
「はあ・・・・。」
「まあ、大量絶滅は繰り返し起こるものだから。 後世から見たら区別付かないさ。」
地球
この地球の、今から、二億五千万年少し前のこと(我々の地球ではない)。
火星の研究者たちが、地球上で仕事をしていた。
「女王様は、ここでどんな人間をお造りになるつもりかな。」
「さて、まだ設計図さえ貰えないからな。まあ、僕らの世代では、まだまだ実現しないさ。」
「そうだね。人間の寿命をもう少し長くして欲しいものだ。」
「そうかな?いくら延ばしたって同じことなんじゃないかな。或る時に、巨大な小惑星とかで一瞬にすべて絶滅しなければ、あとはスケールの問題だ。ぼくらの介入できる問題じゃない。」
「はあ。夢が無いというか。醒めてると言うか。」
「仕事、仕事。」
「はいはい。あれ、まずいのが来た。」
肉食のゴルゴノプス類の大きな個体が見えた。
「イノストランケビアかな。動きが速いぞ。ほら、避難口に退避。」
二人は退避シェルターに入ろうとしていた。
なにか、大きな響きが伝わってくる。
空からのようだ。
「あららあ、もっとまずいのが来た。こりゃ逃げ切れないかも。隕石だ。宇宙船に退避しよう。」
解放
「出なさい。」
四日目に看守が連れに来た。
リリカは、まだ激しく泣き叫んでいた。
もう、声も出ないし、精神も、かなりずたずたになっている。
「お許しください。女王様。どうかお慈悲を。わたくしは、大罪人です。どうぞ。どうぞ・・・・・。」
看守は、牢の出口までリリカを引っ張ってゆき、衛兵に引き渡した。
泣きじゃくり続けながら、彼女は再び同じ部屋に連れ戻された。
「あらあら、可哀そうに。どう、気分は?」
女王が首をかしげながら可愛く尋ねて来た。
「私は、大罪人でございます。どうかお慈悲を、女王様。もう、何でもお従いいたします。何でもいたします。お願いです。苦しくて・・・もう早く殺してください。この悪い女を。早く解放してください。早く死を賜りますように。お願いでございます。偉大な永遠の女王様。」
「そう、その言葉、忘れないと約束する?」
「はい女王様、お約束いたします。お助けくだされば、どのような事もいたします。」
「異端の『普通種』を百人、金星人を百人、すぐ殺せるかしら? 特に金星人は、体を木端微塵、ばらばらにしなさい。ついでに、あの元教授もね。』
「もちろん、すぐ実行します。」
「そのうち、教授と他の十人を、ここで直ぐ食べ尽くせる? 骨まで全部よ。」
「もちろんでございます。女王様。」
「そう。なら、いいわ。」
リリカは、突然自分の精神がぽっと解き放たれるのを感じた。
止まらない涙で、顔中ぐちゃぐちゃだし、鼻水も流れっぱなしだ。
「ほら、顔拭きなさい。みっともない。」
女王は、大きなタオルを衛兵に渡した。
「どう、今、自分が言った事、覚えてるかしら。」
「はい、女王様、すべて仰せのままにいたします。」
体が勝手に答えているのが解る。
「この子も、同じ気分らしいわ。でも、言葉なんて、いくらでも言える。実行は難しいものよね。ほら。」
女王は、原子分解銃を彼女の手に「直接」手渡した。
「この子、殺しなさい。ただし、消去じゃなくて、焼却モードよ。焼き殺すのよ。」
いつの間にか、車椅子に乗せられた、アリーシャが後ろに来ていた。
「反逆者よ。あなたの手で殺しなさい。」
リリカの手が、まるで幽霊のように勝手に上がる。
意識はほとんど感じない。
ロボットのように、指が勝手にスイッチを押した。
銃口から、ばしっと火花が散った。
「いいわ、それで。これでこの子は死んだ。あなたも生まれ変わりなさい。当分は、その体、私の言いなりよ。少し休憩させてあげるわ。連れてゆきなさい、二人を介抱してあげなさいね。手厚くね。なにしろ、間もなく総統閣下に成るんだから。」
衛兵たちは、敬礼して、ふらふらのリリカと、車椅子の上で、まだ放心状態のアリーシャを部屋から連れ出した。
見送りながら、女王はつぶやいた。
「まあ、仕方ないわね。少しは懲りるでしょう。約束は守る主義なのよね、わたし。」
「あの、ヘレナ」
空間から声がした。
「なあに、アーニー。」
「地球に、ちょっと大きめの隕石が落下しました。何かに誘導されていたようで、アーニーの干渉が阻害されました。申し訳ありません。」
「まあ、どの程度なの。」
「これは、前のより、良くないかもしれません。」
「あらあら、まあ、そんなことできるのって、あの人以外に無いわね。」
「はい、まあ間違いなく、ビューナス様かと思われます。」
「ひどいわね。自分から先に約束破るだなんて。せっかく良い思いさせてあげたのに。」
「どういたしましょうか?」
「そうだなあ。今、すぐ戦争したくないしなあ。」
「はい。危ないですよ。共倒れになりかねません。」
「共倒れ?まさか。直ぐに消し去ってあげるわ。私の実力なんて、本当には見た事も無いくせして。生意気よね。人間のくせに。」
「はい。でも、」
「で、も?」
「ここは、我慢も必要かと。」
「そんな事されて、黙っていろと言うのかな? あなたは。」
「いえ、しかし、これは哺乳類を地球上に生み出すよい契機です。」
「そう?」
「はい。『チャンスは寝て待て』です。」
「そんな言葉、どこで覚えたの? でも、それって『果報は寝て待て』なのよ。」
「何語ですか、それ。確かこれは、ヘレナが寝言で言ってましたが・・」
「あ、そう、まあ、いいじゃない。それに使い方、変よ。今がチャンスなんでしょう。」
「これからがチャンスです。」
「わかった、ありがとう、落ち着いたから。では、いい? とにかく、リリカを早急に総統に据えるわ。補佐役として、アリーシャ、それからダレルを。」
「ダレル様? それは、どうでしょうか?」
「反対なの?」
「まあ、賛成とはいいかねます。」
「やらせてみましょう。チャンスをあげたいの。」
「はあ、まあヘレナがそう思うのなら。」
その時、天井から、またあの黒い霧のようなものが舞い降りて来た。
「すみません。撤退します。」
アーニーが退いた。
「だめよ、あなた、今は、遠慮して。」
少し悩ましそうな声で、ヘレナが言った。
「厭か?」
「お仕事中ですもの。」
「いいだろう。拒否するのか?」
「いいえ、しません。絶対に。 いいのよ、好きにしていいわ・・・」
虜
二人は、ベッドに寝かされていた。
「話せる? アリーシャ様。」
点滴を受けながら、リリカは同じ状態のアリーシャに問いかけた。
「はい、女王様。」
「ちがう、リリカよ。アリーシャ様。」
「はい、リリカ女王様。なんなりと・・」
「こらこら、しっかりして、と言えるほどじゃないけど。ああ、参ったなあ。体が自分じゃないみたい。」
リリカは諦めて、上向きになった。
「女王様に命令されたい。何でもしたい。 もう、なんだか、いらつくわ。こんな事してられない。早く女王様に、身も心も、お尽くししたい。女王様が恋しい。愛しています。どうにもならないの。早く、火星人百人と、普通種百人殺して、食べなくては。ああ、こんな事してられないのに・・・・」
昂る神経を抑えられない。
でも、思うように体が言う事をきかないらしい。
何か拘束具で縛られているようだ。
「大分参っているようだな。」
こっそりと忍びこんできたのは、ダレルだった。
「いい気味だ。」
「ダレル、様?」
「他の誰なの? 相当精神をやられたようだな。自分がだれか解るかい?名前を言ってごらん。」
「リリカです。女王様の忠実な僕、リリカです。」
「ふうん。君は何?何の仕事してるの?学生?」
「学生。でも、私は女王様の忠実な僕です。」
「はあ、なんか反射的にそう言ってしまうんだな。」
「何が? どうして、ここに?」
「僕を何だと思ってるの? 君の恋人かい。」
「あなたは、ダレル様。偉大な女王様のお子様。私は、女王様の忠実な僕、リリカです。女王様のご命令がほしいの。命令してほしいの。殺したいの、金星人を百人。普通種を百人。で、教授と十人を直ぐ食べるの。」
「何言ってるんだ。あんな、勇敢な行動しておいて、良く言うよ。後ろから見ていたんだ。立派だったよ。」
「立派?」
「そうさ、勇気が要る行動だ。女王は、やはり許せない。こんな事して。」
「女王様を批判するものは、許さない。殺す。すぐに。」
アリーシャが突然声を上げた。
それから苦しそうにのけぞった。
「こっちも重症だな。」
「私も許せない。女王様を批判する者は、皆敵だ。皆殺す。」
反射的にリリカの口が勝手に叫んだ。
「おいおい、襲いかかるなよ。今なら、僕の方が強い。まあ、これはかなり重篤な症状と見た。殺される前に引き上げるよ、休んだ方がいい。じゃあね。」
ダレルは、花瓶に花束を刺して、さっさと逃げて行った。
『いったい、何、やってるんだろう。』
リリカは内心、呟いてみた。
『女王様に、逆らった。』
そう考えただけで、頭が割れそうだった。自分がそんなことしたはずが無い。
自分は、心の底から女王様の忠実な、世界で最も、いや宇宙で最高の、忠実な僕で無ければならないのに。
リリカは窓の方を向いて、ぶすっとした。
お見舞い
その夜、リリカは不思議な夢を見た。
女王様の膝の上で、小さなリリカが遊んでいる。
「おばあ様。ほら、みみちゃん。」
ぬいぐるみを祖母に自慢そうに見せた。
祖母は、うれしそうに笑って、抱きしめてくれた。
「みみちゃんは、いい子ね。」
「うん。いい子なの。」
「あなたも、いい子ね。」
「うん、リリカも良い子。でも、研究しなくちゃ。おいしいお料理の仕方なの。」
あんな祖母が懐かしい。
ところが、今、その祖母は急に遠ざかってゆく。
「どこ行くの。おばあ様。行かないで。お願い。お母さん。待って。お母さん!お母さん!」
喘ぎながら、手を虚空に上げて、はっと気が付いた。
「夢か。」
起きあがろうとする。
点滴が、まだ入ったままだ。
アリーシャは薬が効いているのか、良く眠っているようだ。
「何だったんだろう。」
夜が明けかけている。
『あの祖母は、誰だったんだろうな。』
再び力が抜けた。
「お腹すいたな。」
そう感じた。
朝が来たが、朝食は出ない。
看護師さんがやってきて、無言で脈を見たり、血圧を測ったりしている。
つっけんどんな人か・・・・。
そう思っていると、声を掛けてくれた。
「ああ、気が付いてますか? ご気分はいかがですか?リリカ様。」
にこっと笑うと、とても感じのよい人だと分かった。
「先生の許可が出たら、少しご飯を食べてみましょう。」
「人間?ですか。」
「まあ、それはまだ早いかと。退院してからにしましょう。」
「はい・・・。」
やがて王宮付きの医師・・・父ではない、がやってきた。
「いかがですか、御気分は?」
「あの、父は?」
「ああ、今日はお休みのようです。」
「無事なのですか?」
「ええ。もちろん。なにもありませんよ。」
「そうですか。」
リリカの父親も母親も、すでに逮捕されている事は、職場の周囲にも知らされていない。
「特に身体的な問題はなさそうです。朝食を食べてみましょう。」
「あの、アリーシャは?」
「ああ、あの方ね。」
リリカが、夜明けに気が付いた時は隣にアリーシャがいた。
良く眠っていた。
しかし、今、そこに彼女の姿が無かったのだ。
「お隣に引っ越しましたよ。大丈夫です。心配は要りません。少し時間はかかるでしょうが。」
「ああ、そうですか。女王様は? 女王様はいかがですか?」
リリカは、ハッと気が付いた。
「さあ、さすがに女王様のお姿は、まだ見ておりません。ここは王宮病院ですから。」
確かに、王宮病院は、王宮とは別棟だ。
「まあ、今日一日はお静かに。上手くゆけば、明日か明後日には、退院できるでしょうから。」
「でも、女王様にお会いしたいの。指示がほしいのです。早く・・・」
「大丈夫。お伝えいたしましょう。」
「お願いします。私は、忠実な僕ですと、お伝えください。」
「ええ、勿論。私もそうですよ。」
医師は会釈して出て行った。
軽い朝食。
美味しくない。
人間がほしい。
特にあの教授を食べたい。
頭の角と、牙が思いっきり突っ張ってきている感じだ。
でも、昨夜のような、どうにもならない衝動的な感覚は小さくなった。
もっと、確信に変わってきたようだ。
「そうでなくては」
という感じがする。
自分は、そういうものだと言う確信だ。
昼ころには、その確信は、もっとはっきりと、理論的なものに変わってきた。
感情と言うよりも、もっと信念、と言うような感じのものだ。
やがて昼前、女王様がお見舞いにやってきた。
「どうかしら? 落ち着いたかな?」
「はい、女王様。ありがとうございます。」
「そう。まあ、少しやりすぎたわね。」
「はい、多分。でも・・・・」
「うん? でも、どうしたの?」
「私は、あなたの忠実な僕です。でも、でも。」
突然感情が爆発した。
こんなこと初めてだ。
「お願い、行かないで、おばあ様、いえ、お母さん!」
リリカは、女王に抱きついた。
そうして思いっきり泣いた。
女王は、不思議な事にまったく逆らわずに、そのまま受け入れてくれたのだ。
こんなに幸せな気分は、生まれて、初めてだった。
時間の経過が止まっていた。
五分?
十分?
それとも、一時間?
「さあ、どう? もう落ち着いたかしら?」
女王が囁いた。
「辛かったのね。悪かったわ。お母さんが良くなかったの。ほっておいたから。ごめんなさい。」
不思議なくらい、もう心の重りが、全然無くなった感じがした。
「どう、もう大丈夫? 私は女王だから、あまり、かまってあげられないの。分かってね。」
「はい、お母様。」
「その呼び方は、ここでおしまいよ。いい? でも今だけ、いくら言ってもいいわ。」
「はいお母様。ずっとそばにいてください。」
「はいはい。永遠にね。体が変わっても、心は変わらない。口に出さなくても、いつもあなたを心配している。いい?」
「はい、お母様。」
「じゃあ、いい?あなたは、まもなく火星の指導者になるの。総統閣下にね。アリーシャを副官にするのよ。軍事関係は、ダレルにやらせてみて。上手く行かなかったら、くびにしていいわ。任せるから。」
「ええ?そんな、私はまだ・・・」
「歳は関係なしよ。いい? やりなさい。命令です。私に従うんでしょう? 違う?」
「いえ、わたくしは、女王陛下の忠実な僕リリカです。」
「それでいい。金星人百人と、火星人の『普通種』百人を殺して食べる命令は、一応撤回します。あの、教授も、いいかげん許してあげましょうよ。家畜小屋で過ごした記憶は残して、大学に戻してあげる。まあ、危険な思想は適度に、自主的に止めるでしょう。それでいいかしら? 総統閣下。あと、ブリューリ様に対するお薬は、研究を止めなさい。いいわね。週明けにも、あなたの就任式を行う。覚悟しなさい。」
「はい、女王様のご命令とあれば、すべてお従いいたします。」
「いいわ。もう一度、呼んで。お母さんって。」
「はい、お母様、幸せです。もう、最高に。」
リリカは、再び女王に抱きついたが、これから当分は、もう、こうした事はなかった。
二億五千万年以上くらいは。