わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第十六章
じっと、ダレルは二人を見比べていた。
どちらも同じリリカだ。
双子どころではなく、あきらかに同じ人間としか見えない。
言葉を発しなければ。
しかし、頭の中身は全く違うようだ。
性格も考えもまるで別人。
明らかに別の人格だ。
それから、アダモスとカシャを見比べた。
アダモスは、革命軍の指導者としては、けっして一流ではないのだろう。
しかし、確かに必死にやっていることは間違いない。
その必死さが、この男の信条なのだろうし、それがあってリーダーを務めていられる。
でも、基本的には、おそらく学者タイプの秀才で、いわゆる天才的な革命家じゃないし、政治家でもない。
言葉はよくないが、ある種の狂人性が不足している。
どちらかと言えば、政府のトップ科学参謀クラスだろう。
うまく訓練すれば、ダレルの副官としてなら、成功する可能性が高いとみた。
カシャという男は、考えていることが、どうもよくわからない。
非常に狡猾な感じもするし、内に天才を秘めているかもしれない。
ちょっと気を付けないと危険な人物っぽい感じがする。
まあ、女王のようには、人の心の内側までは見抜けないから、間違っているかもしれないが。
しかしこの二人、おそらく不感応者だろうが、ミュータントのような感じはしない。
ミュータントの香りがするのは、この大男だな。
ダレルは、ちらっとボルを見ながら思った。
思っちゃまずいかな。まあ、それは考えても無駄。
あと一人、まったく何もしゃべらないが、影のように感じるだけで、相手に素顔を認識させない人間がいる。こいつは・・・あくまでダレルの勘だが・・・危ない人に違いないな。
フードを被っていて、よく見えないが、薄ら笑いしているのだけは、見えなくても見えるぞ。
ダレルは、いわゆる超能力者ではない、普通の人間だが、勘は鋭い。
リリカの一人が・・・おそらく二人のうちどちらかは、あるいは両方ともが、本物ではない、本物のコピーだろう・・・が、その多分男の、すぐ隣にいるのは気になる。隣はそれでなくてもお互い影響されやすい。
それにしても、こちら側の、言葉になまりがあるリリカは、何だろう。
少し揺さぶってみるか・・・
「君たちは、犯罪者だ。いま、自分で認めたよね。ぼくが君たちと手を結ぶ理由は、いまのところあまり感じないな。周囲の兵士たちは人間ではない。ミュータントが、意識を操る事は多分できないし、射撃の速度は人間の比ではない。僕たちは絶対に撃たれないしね。で、時間はもうあまりとれないし。そこで、ビューナスは君たちの支援者だと思っていいのかな?君たちがもし勝利したら、火星はビューナスの物になるのではないのかな? どうだい? 兵士、射撃用意しろ。」
向こう側のリリカが、突然おかしな中腰になって言った。
「そんなことはありません。あくまで、我々の勝利は、火星の勝利なのです。」
そう言って、リリカは座った。
なんだかとても、座り心地が悪そうだったが。
「ほう、我々の勝利?ふうん。アダモスさん、これは悪い冗談かな?」
アダモスが立ち上がって、こう言った。
「ビュリア、ダメだよ。僕の許可なく人様の意識に入り込んでは。」
フードを被った影のような人間がこちらを向いて、それから頭からフードを外した。
恐るべき美貌の女だった。
「ほう、やっと正体を見せてくれましたね。」
「あなた達の中には入れなかった。でもこの人は、操りやすいわ。」
リリカが再び立ち上がったが、手には銃が握られていて、それは、いままでじっとダレルを狙っていたことは間違いない。
「おたがいやめようぜ。こんなお芝居ごっこは。気に入らん。」
カシャが言った。
「まったくそうさ。同感だね。だから、はっきり答えてくれないかな?」
アダモスが何か合図を送ったように見えた。
すると、洞窟の奥からきらきら光る小さなものが二つ現れた。
二つの光は、少しゆらゆらしながらではあるが、会議の席に向かって飛んできたのだった。
「君たちに紹介しよう。アレクシスとレイミだ。」
一方の光が話し出した。
「ぼくはアレクシス。人類である。」
「レイミなのだったりする、かもしれなかったり。」
ダレルもソーも、金星人の形態的変化についての知識はあったが、実物を見るのは初めてだ。
「ほう、これが新しい金星人なのですね。」
ソーが興味深げに言った。
「まあ、そうだともいえるのである。ただしアレクシスは相当異質でもあるのだ。」
「なにしろ、出来損ないであるのでもあるのであるから、なんちゃってね。」
ダレルが面白そうに言った。
「出来損ない?」
「まあ、この二人の詳細を説明する必要はない。ビューナスの意図を話してくれないかな。アレクシス。」
アダモスが話を戻した。
「いいともである。ビューナス様は、火星を直接支配する意思はないのであるのであるのである。つまり、火星が民主主義の星となり、人喰いの習慣が無くなれば、それでよいのであるのであるのであるのである。あとは火星人が自由に治めればよい。やがて生まれる地球人に、悪影響を与えなければ、それでよいのだのであるのだのである。」
「そうなのであるのだったりするのだ。」
「にわかには信じがたい。信じろと言う方が、無理だ、違うかな?リリカ首相。」
「私は、信じるべきだと思います。」
リリカ(複写)が答えた。
「わいも同感じゃ。初めて一致したのう。」
リリカ(アンナ=本体)が同意した。
「まだ操っているのか。」
ダレルがアダモスに激しくかみついた。
「そうなのか?」
アダモスが、ビュリアに尋ねた。
「まあ、意識を変えてしまったからね。わたしらの仲間になっているだけさ。」
「もとにもどせ。」
「君の返答次第だね。」
「くそ、ひきょうな。」
「よく言うよ。君たちだって、十分ひきょうなことしてるだろう?」
「話し合いにならない。」
「いいよ。でも、この二人は返さないから。勝手に帰ってください。」
「それなら、全員消去してからだ。」
「こらこら、待つのであるぞ。キリがないのであるのだ。」
アレクシスが割って入った。
「キリがないのだったりする。」
レイミがいつものようにお追従を打った。
「ビューナス様が言うには、民主主義を確立することと、人肉喰いの悪習を止めちゃうことで、君たちの目標は合致するのであるのである。違うか?」
「違わなかったりする。」
「同感です。ねえ、ダレル様、そうよね。」
リリカ(複写)が言った。
ダレルは何だか気に入らないかった。どうしても、騙されているとしか思えないのだ。
「どう思う?ソー?」
「相手は女王です。うまくゆくなんて考えにくい。テロリストはテロリストですしね。信頼性が担保できないです。」
「そうだよな・・・。」
そこで、ついに天からの声が入ったのだった。
アーニーだった。
アーニーがこうした場所で多くの人に声を発するなど、前代未聞の事だったが。
「はじめまして。ぼくは女王ヘレナの星態コンピューター、アーニーです。」
「セイタイコンピューター?何それ?」
二人のリリカが同時に言った。
「まあ、太陽系の星すべてが、すなわちぼくなのです。太陽も、金星も、火星も、地球もね。」
「どこにいるんだ。どこでしゃべってる?」
「ぼくは、すべての場所にいます。どこということではない。ただし全能ではありません。十分抜けがあって、おばかさんなこともある。ここを見つけるのにひどく手間取った。いま、ここは一種の次元の狭間に落ちているので、瞬間移動などは出来ないですよ。リリカさんの体をガードします。これでお隣の方からの意識の影響は消えるでしょう。いかがですか?」
「まあ、なんだか元に戻った感じがするわ。」
「ちぇ、面白うねえのう。」
リリカ(本体)が毒づいた。
「ついでに、周囲の兵隊さんたちも消去しました。」
「なんだって?あ、たしかに、反応しない。くそ。」
「で、まあ僕が存在する以上、対等とは言えないかもしれませんが、しかしアレクシスとレイミとは、すでに協力関係を確認しているので、そこは知っておいてください。そこで、ぼくの意向としては、ぜひ共闘してください。この際。非常に異例な発言をしているので、緊張してますが。」
「君のような存在は、いつも感じてはいた。だから否定する気はないが、その行動は、女王の承認のもとなのか?」
「それは、回答不能。データ引用不可。アクセス拒否。以上」
「なんだそれ。リリカどうなんだ?君の専門だろう?」
「女王が命令しておいて、封印した。女王以外には誰も、何も情報を見えない。それだけのこと。そうよね、アーニーさん?」
「回答不能」
「命令したのは、女王陛下でしょう?」
「回答不能。」
「だめね。確かに少し、いえ、大分おかしい感じもするけれど、なにしろ正体不明のコンピューターさんだから、わかりません。私たちで決めるしかありませんね。」
「じゃあ、決めるのは?」
「もちろん首相であるわたくし。」
「くそ。意見は聞いてくれたんだろう?」
「はい、あなたは反対。ソーさんも反対。それでいいかしら?」
「そうだな。」
二人はお互いを見ながらうなずいた。
「ふうん。ねえ、アダモスさん。あなた、人を裏切る?」
リリカ(複写)が尋ねた。
「約束した事は守る。」
「あなたは、カシャさん。」
「回答不能だ。」
「あらら。そうなのか。ねえ、アーニーさん。あなたが御互いの約束をちゃんと、強制的にでも、守らせることができるのかしら?違約することがないように。それからその、えーと、アレクシスとレイミさん。」
「はい、ここで交わされた約束は、ぼくが確実に監視し、守らせます。」
「われわれも、協力するのであるのであるのであるのだ。」
「さらにあるのであったりする。」
「どうしますか、アダモスさん?」
「君は?ぼくは誘った方だよ。そこをお忘れなく。」
「そう、そうよね。いいわ、具体的な内容のお話にいたしましょう。いいわね、ダレルさま。」
「残念だが、多数決ではない。君の判断は覆せない。」
「じゃあ決まり。ですね。」
女王ヘレナは、感情などない、この世の生きものでさえない、未知の何かだが、今はこの美しい肉体の中に封印されてしまって外には出られない。ブリューリの許可があれば別だが。
結局、この体が死ぬときに他の体に乗り換えるまでは、閉じ込められたままになる。
リリカの装置にお世話になれば、当分この体が維持もできる。
そのうえ、彼女は、いままで一度も考えてもみなかった窮地に陥っている。
人間的に言えば、自暴自棄になっていた。
だから、いまブリューリにすべてをまかせようとしていた。
彼女の、まだ衰えのないからだが、ブリューリの手の中で、だんだん変色して来ていた。液体洗剤のような、妖しい緑色の肌に変わってくる。それが次第に肉体という個体から、ゲル状の何かに変化してきていた。足から変化は進み、ドロドロに溶けてゆく。ついで胴体が流動化しはじめる。やがて頭部も・・。
ついにすべてがゼリー状になった彼女は、同じく流動化したブリューリに伴われながら、少し恥じらう様に、換気口から外に流れ出していった。火星の人間を食べ尽くすために。