わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第十五章
「あなたは、火星をどうしたいと思うの?」
空間の狭間をさまよいながら、弘子は尋ねた。
「どうといいますと?」
リリカが聞き返した。
「そうね、つまり火星を民主主義の国にする、とかね。人間を食べるのは止めたいんでしょう?女王様から、ブリューリを引っ剥がしたいんでしょう?」
「やはり、あなたは女王様なのでしょう?」
見えない弘子は答えた。
「私の本名は、日本人で松村弘子、またはヘレナ・タルレジャ。タルレジャ王国の第一王女でした。地以前は。地球のね。」
「地球の?じゃあ未来人という事?でも、ヘレナ様ならば、やはり女王様では・・・」
「ヘレナさんはたくさんいますわ。わたくしの姿をお見せしましょう。ほら、見えるでしょう?」
確かに、肉体のないリリカ(本体)の意識の中に、ほとんどなにも身に着けていない、弘子=ヘレナの姿が思い浮かんだ。
体は大きくて、もう成熟しているようにも見えるけれど、でも、いまだ少女のようにも見える。
薄い褐色の肌をした、長い髪の美少女。
けれど、角も、牙もない。
いずれにしても、リリカが、いま知っている女王様ではない。
「私は、ちょっとした油断から、妹に、ここに放り込まれちゃいました。ねえ、リリカ様、どうなのかしら?」
リリカは正直に答えるべきかどうか少し迷っていた。
しかし、そこで気が付いていた。この空間に飛ばされるまでは、すっかり忘れていたことだ。
女王様から、あの化け物を引っ剥がす。
時間を少しかけながらだが、火星の民主化をして、人間食の習慣を廃止してゆく。
そう、そのこと。
「いいのよ、正直に言いなさい。あなたの心の束縛は解いてあげたから。今、あなたは自由よ。私もだけれどね。」
「やはり女王様!でも、そう、女王様は不死だもの。じゃあ言います。おっしゃる通りです。今の火星は、人口85億人のうち、「普通人」が80億人を占めています。その残り5億人足らずが、「普通人」を食料としながら、生きてきています。勿論食用「普通人」の供給は、計画的に行われ、再生産されてきました。ところがこのところ、「支配者層の人間」も、もう人間ではなくなって怪物に近くなった「怪物人間」、まあつまり「高度の人間食中毒患者」ですよね、が、なぜか一挙に増加。また「普通人」も、同じ「普通人」を食用に利用しはじめていますし、彼らの中でも疑似ブリューリ化した「怪物人間」がどんどん増加してきています。彼らは際限なく人間を食べますから、供給計画自体が追い付かなくなって、壊れて来ています。ブリューリは、火星の自然滅亡などを唱えていて、意図的にこの状況を推進していることは明らかです。でも女王様はそれに完全に盲従していらっしゃいます。間もなく女王様ご自身が「怪物人間」、というより、ブリューリそのものになってしまいそう。そうなったら、もう、あっというまに・・・。言い過ぎですか?」
「ふふふ、いいのよ。気が付いたら、火星は「人喰い化け物人間」ばかりになり、やがて回復不能になり、最後は「化け物人間」同士が共食いしておしまい。生き残るのは、本物のブリューリに転換したものだけ。」
「そうです。しかも、火星の自然環境に大異変の兆しが進行しています。金星はすでにあまりに温室効果が加速して、一般人が地表に住むことは、出来なくなってきてしまいました。空中都市に逃げてはいますが、それも限度があり、ビューナス様は、金星人の「形態的進化」を進行させていますが、私は、多分失敗すると思っています。人類がたんなる「光」として生存し続けるのは、あまりに無理が大きすぎです。必要なエネルギーは太陽から吸収しているようですが、すでにもう「人類」とは言えないし、文明の維持も不可能でしょう。」
「まあ、そうね。でもいい? あなたが望むなら、まず、ブリューリの退治の仕方を、教えて差し上げましょう。何しろ生き物の基本は、食べる事ですもの。すべては、まあそれからよ。ただし、この空間から抜け出さない事にはどうにもならないの。あの「お気楽饅頭」さんの軌跡を追いかけているけれど、現実空間に戻るのには、あとざっと一億年はかかるでしょう。まあ、時間があると仮定してだけれどね。そうして帰る場所はあなたの時代から遥か彼方の未来の地球。少し見学してゆくといいわ。火星がどうなるかがよくわかるわ。金星もね。ビューナス様の子孫がどうなったのかも。でもね、うまい具合にさらにもっと先の未来人が「次元空間タイムマシン」を持ってきてくれているの。まあ、誰が創ったのかは、わからないわ。でも、ちょっと改造すれば、応用できるわ、きっとね。あなたはそれで、ご自分の火星に戻れるんじゃないかな。長ーい長ーい旅よ。でも、終われば、ただそれだけよ。」
「未来を、いえ過去を変えられる?」
「変えるんじゃない。創るの。ばらばらになっている道を、繋ぐの。」
「つなぐ?ふうん。でも、可能な事ならやってみたい。」
「そうそう。何事も否定的に肯定的であれ、よ。いろいろお話したり、見せてあげる。【不思議が池の幸子さん】のお話もして差し上げましょう。音楽もたくさん聞かせてあげる。この子の体はものすごい天才だから、沢山の音楽を教えてくれたわ。さあ、行きましょう!未来に!いえ、新しい過去に向かって。」
話し合いの場は、まるで空白の、虚無の空間のようになってしまった大地の上とされた。
そこに少し大きな折り畳み式のテーブルが、宇宙艇から降ろされていた。
アダモスは、カシャ、リリカ(本体)、リリカ(複写)、ボル、その他の幹部と護衛を十人ほど引き連れてきていた。
宇宙艇から現れたのは、ダレルとソーだけだった。
まずアダモスとカシャが握手を求めた。
ソーは少し躊躇したが、ダレルはあっさりと応じた。
「ぼくはリーダーのアダモス、こっちは副リーダーのカシャ、この二人は知ってるよね。でも、一応言っておこう、ええと、この制服の人は君たちの首相さん、こっちは妹のアンナ。それでいいかな?アンナ?」
「おお、おうとるわ、兄貴。わいがアンナじゃ。」
ソーは少し驚いたようだが、ダレルはにんまりとした。
それから一同はテーブルについた。
「君たちに誤解されても困るので、一応紹介しておこう。」
ダレルが言うと、彼らの周囲に、真っ黒な攻撃用スーツにピッタリ体を包まれた兵士たちが、高性能銃を構えたまま、ぐるっと取り囲んでいる姿が浮かび上がった。
「見えていると邪魔だから、姿は見えないように空間に溶け込ませておくから大丈夫。でも、存在してるし人形じゃないから、現実にいつでも君たちを攻撃可能だ。人間より、ものすごく正確で速いからね、念のため。」
「ふうん。ダレル君は発明家だったね。」
アダモスが言った。
「まあね、でも、リリカ首相は、少し筋が違うが、ぼくを凌ぐ悪魔的な科学者だからね。若いからなんて見くびってると、大けがするよ。もうきっと、何かしてるさ。間違いなくね。これも、念のため。」
カシャがリリカ(複写)を、ぐっと睨んだ。
リリカは、微笑みを浮かべるだけだったが。
「さて、で、何を交渉しようというのかな?ぼくたちは、犯罪者である君たちを拘束し、裁判にかける。これは変更の余地がない。それ以外で、何を交渉するつもりなのかな?」
アダモスが答えた。
「協力関係の構築を提案したい。もちろんこれは密約だ。君たちと、この首相さまと、僕たちの間での。君たちが、民主派で、しかも「人間食」を嫌っていることはわかっているんだ。」
「ビューナスからの情報?あいつの差し金かな?」
ダレルが言った。
「情報を得ていことは事実だけれど、それはお互いに得るものがあるからであって、ぼくたちは彼、いや彼女かな、の子分ではないさ。」
と、アダモスが答えた。
「そうかな。実質的に指示を受けているのだろう。」
「指示じゃない。提案だよ。いやなら受け入れないだけだが、利益が合致するなら拒否しない。」
「それは、基本的に指示だよ。火星の衛星を吹っ飛ばした犯人はだれなんだ?」
「それはね、アレクシスとレイミさ。」
「だれ?」
「まあ、光の人間というかな。ぼくたちも正体はよくわからない。本人は自分を「人類」と称しているし、そう本当に思っているようだがね。」
「ビューナスの部下なのか?」
「多分ね。でも、ビューナスが指示したという証拠はない。あの二人は、結構自由に動いているらしい。」「ううん。さっぱりわからん。どうやって爆破したのかな?」
「簡単。火星の「食用普通人」を金星温泉ツアーに誘って、美味しいものを食べさせたり温泉に入れりした。金星人は温泉が大好きだし、火星人も憧れているからね。それから、核爆弾人間に改造して、彼らを火星の第一衛星に連れて行って、そこで自爆させた。技術的な事は聞くなよ。極秘事項だそうだ。」
「ひどいなあ。あまりに残酷よ。」
リリカ(複写)が言った。
「そがんことはねえわ。食用人は多少かわいそうじゃが、ただ食われるよりはましじゃろうが。」
リリカ(本体)が対抗した。
二人は睨み合った。
「いや、それは非合法だ。あきらかに火星の法に反して行われた違法ツアーじゃないか。」
うんうん、とリリカ(複写)がうなずいた。
「食用人は、火星の制度として合法化されているから、適法だが、爆弾人間に改造するのも違法だ。」
またうんうん、とリリカが強く同意した。
「君たちが、「食用人間」なんか非合法にしてしまいさえすればよいではないか。」
カシャが突っ込んだ。
「女王は・・・・・・」
アダモスが、話を引き継いだ。
「女王は間もなく、本物の怪物に変身するだろう。こうしている間にもな。もう火星の指導者ではいられなくなるのさ。君たちの出番というわけなんだ。君は解っているんだろう?」
アダモスがリリカに言った。
「僕たちと協力関係を作っても、まったく悪い事は、ないのじゃないかな?」