わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第十三 章
アーニーから緊急の報告が入った。
「ヘレナ、第二大陸食糧倉庫が爆破されました。核爆発です。施設は消滅。周辺地域は無人地区ですから、一般人への被害はありません。しかし、今後の食料供給は大打撃を被ります。」
「リリカは?」
「行方が分かりません。火星中探していますが、見つかりません。」
「火星?もしかして、火星ではないのかも。」
「まさか、ふうん。あり得ないことはないですね。地球ですか。」
「ちょっとした工夫は必要でしょうね。でも、相手にミュータントがいるならば、なんでもあり、よね。」
「わかりました、探してみます。」
「きっと、見つかりにくいところを選んでる。ジャングルの奥の奥とか、洞窟の中とかね。それに、だれか協力者がいるわね。」
「ビューナス様とかですか?」
「ふうん。あいつはまあ、普通に、二つの顔がある。男と、女。でも、もっと裏の顔があるに違いないわ。聖人と悪魔、人間と、ミュータント、その他いろいろと、ね。まあ、どれが正しいとかなんて言う気はないわ。人の事なんか言えないものね。でもね、アーニー、人間は、どれか一つの範疇に押し込める事なんかできないわ。正義の味方と悪人とを分ける事なんか、到底不可能なのよ。誰にもできない。その出来ないことを権力者と法は実行する訳よ。社会に一定の安定をもたらすためには必要だからね。でも、ビューナス様は最も解りにくい。さあ、探して。私はデートだから。」
「真昼間からですか?首相は行方不明。そんな状況じゃないでしょう。あなたが探せば一番早いです。」
「だから、今ちゃんと助言したでしょう? ダレルは?」
「さすがに、王宮に来ています。」
「副首相なんだから、任せなさい。わたくしは、引退させられたんだから。じゃね。」
「はあ、まあ、分かりました。ダレルさんにも連絡しておきます。」
「リリカは行方不明。女王様は逐電。核テロを受けていながら、けっこうな王国だね。」
ダレルはぶつくさ言っていたが、そう言う場合では無いことくらいはよく分かっていた。
「待ってろ、かならず見つけ出してやる。このテロ組織の本拠は、おそらく火星外だ。金星か?地球か?その衛星か?このうちのどこかに違いない。でなきゃ、とっくに見つかってるし、これ以外ではテロリストごときには生活できないだろう。」
ダレルのコンピューター端末にメールが届いた。
発信者は、女王。
「テロリストは、地球上に存在する可能性が高い。地球を捜索せよ。確認ができていない地域は別途のデータ通りです。」
「女王からメールだって? ばかな。そんなことしたことない人だ。まあいい。どうせ、そのつもりだ。見てろ。」
そうは言っても、ダレルには女王のような超能力はない。
リリカのように、女王の寵愛を受けているのでもない。
「一人で頑張りなさい。」
ということなのだ。
しかし、これまでとは違って、それなりのスタッフはくれているわけだから、多少はましとはいえる。
でも、頼りになるのは、ソーだけだ。
「地球には、超大陸が形成されています。この先しばらくしたら、また分裂し始めるでしょうが、やがて南半球の独立大陸になるだろうと思われる部分のここですね。女王様が地球人類開発の拠点にしているのは、もう少し上のこのあたりですが、こっちはまったく手がついていません。しかも、この領域はスキャンがうまくゆかない地域です。原因は不明ですが。ここが一番怪しいというわけです。まあ、現地に行ってしらみつぶしに当たるのがむしろ早いでしょう。地球基地から使えそうな偵察用ベース機を二機出してあたっています。」
「行くぞ。」
「はあ?直に?今?」
「うん。のんびりしてる場合じゃないさ。これ以上核なんか使われたら、たまらない。火星はリリカの副官のアリーシャに任せておけば問題ないさ。行こう。ほら、準備だよ。」
「了解。」
「地球に行くですって?」
「ああ。」
ソーとアリーシャは、実は非常に「懇意」な間柄だった。
ただし、こうなってきた以上、ますます微妙な関係となってきているので、目下のところは秘密だ。
もちろん、本人たちは秘密のつもりだが、「アーニー」を通じて女王に筒抜けであるところは、まったく気にしていなかった。
一方女王は、今のところ、そうした事実を確認していればそれでよかった。
問題があるなどとは、考えてもいなかった。
しかし、「アーニー」は、こうしたきわめて個人的な情報まで、火星上のすべての人について握っていたのだ。やがて「アーニー」は地球上すべての人についても、同様の情報を常に握ることになる。
ただし、彼は握っているだけで、自分でどうしたいという意思は、まだ持っていなかったが。
「わざわざ、自分で行くわけか。まあ、ダレルさんらしいといえば、そうだな。リリカさんも、多分そうしたでしょう。行っていらっしゃい。がんばって。」
「ああ、地球にじかに行くなんて、初めてだよ。君は?」
「ない。行ってみたいけれどね。まあ、何と言っても、これからの星だもの。でも、先日の小惑星落下もそうだけれど、地球はとにかく動きまくっているわ。人間個人のレベルで言えば、そう毎日が危険じゃないけれど、気は付けてね。何があってもおかしくないから。相手は星なんだから。」
「ああ。ところで君は、もう「不死化」の処置は受けたの?」
「ええ。絶対極秘事項よ。お互いそうでしょう?」
「そうなんだ。でも、これで永遠に女王様の僕、決定だな。」
「したってしなくったって、同じことよ。私たちは、実際女王様の忠実な僕なんだから。それ以外は考えられないもの。ただ、死ねないかもしれない、というのは重荷になるわ。終わりのない仕事って、いやでしょう?」
「まあ、今のところ、まだ始まったばかりだしね。」
「まあね。わたしは、もう気が重いわ。リリカさんは消えてしまうし。」
「大丈夫。きっと探し出すから。」
「ありがとう。あの人は、絶対必要な方だから。」
二人はそのまま、抱きあっていた。
「私を、どうするの?」
リリカ(複写)が言った。彼女は手術台のようなベッドに横たわっていた。
「まず、君の人格ごと、情報をすべていただく。我々にとっては、非常に貴重な情報源だからね。問題はその先だ。こちらに来ていたリリカか、君のどちらかを我々のスパイとして王宮に送り込む。そうして政府をコントロールする。」
「不可能よ。女王様が相手なのよ。まったく意味がないわ。」
「そうかな?」
「そうよ。」
「ふうん。女王が情報を読み取れるのは、相手が一般の人間だからさ。不感応者、またはある種のミュータントからは情報が読み取れないし、コントロ-ルも出来ないんだろう?」
「ノーコメント。」
「まあ、いいさ。」
アダモスが答えた。
「お互い手の内は見せたくない。でも、君はすべて見せることになる。君もそれなりに情報を得る。お互い様だよ。ただし、ぼくの部下になってもらうけれど。これは、火星の民主化のためだ。新しい時代を切り開く。それに、新しい心を持つことは、君にとっては珍しい事じゃあないんだろう?」
リリカ(複写)は答えなかった。代わりにこう言った。
「で、あなたが王様になるの?」
「まさか。」
「でも、政権は取るんでしょう?」
「それは人民が決める事であって、ぼくが決める事じゃあない。」
「ふうん。私は、あなたより民主的かもしれない。私は、テロなんかしない。平和的に社会を改革するつもりよ。女王様の支援も得ながらね。」
「それは、単なる傀儡政権なだけだ。見せかけに過ぎない。」
「平和的に、民主化を進行させる。時間はかかるけど被害は少ない。」
「君は大切なことを知らないんだね。」
「何を?」
「ふうん。いいかい、今起こっていることには、ビューナス様の意向が大きく働いているんだ。」
「知ってるわ。そんなこと。」
「ほう?どこまで?」
「言うと思う?」
「言うことになる。すべてね。確かに君は、ビューナス様が関与していると考えてはいたんだろう。でも、推測に過ぎない。具体的な事は知らないし、これから起こることも、まだ知らない。そうだよね。」
「悪魔たちが何を企んでいるか、知るわけがないわ。でも、阻止する。必ず。」
「できないね。もう、始まったんだから。ほら、」
そこに、もう一人のリリカ(アンナ=リリカ本体)が入ってきた。
「うん、アンナ、ありがとう。そこに横になってくれるかな。」
「わいを、どがんするつもりなんじゃ?てめぇは?」
「この人と、情報を共有してもらう。この人が持っているすべてを君にも持ってもらう。一方で、君のすべてをこの人に与える。つまりお前たちは同じ人間になるんだ。」
「わいは気に入らん。じゃけれど、兄さんがそう言うなら、まあ仕方ないのう。」
「ありがとう。その先は、まだ秘密だよ。区別がつくようにはしておくが、周囲からはわからない。カシャにもね。」
「そりゃあ、問題じゃ。じゃって、わいは、つまり・・・」
めずらしく、リリカ(アンナ=リリカ本体)が口ごもっていた。
「革命のためだ。我慢してくれ。」
「ひどい話ね。あなたは見せかけだけの偽善者そのものだわ。」
リリカ(複写)が、きびしく非難した。
「革命のためには、すべてが優先される。」
「まさか。冗談じゃないわ。あなたこんな男の言いなりになるの?」
もう一人のリリカ(アンナ=リリカ本体)は、答えなかった。
「こんな女の言うことに、気を使うな。もうすぐ二人は一体になる。僕のもとで、革命の旗の下で!」
「あなたやっぱり、精神的に問題がある。わたしに診せなさい。診察してあげるわ。」
「僕は医者だ。ばかばかしい。始める。」
アダモスは、自分の機械に向かった。それからこの処置の準備にかかった。
「結局、私やダレルと同じことをやってるんだ・・・悲しい事ね。」
リリカ(複写)はつぶやいた。
「え?なんだって?」
アダモスが振り返った。
「『犯行声明』が出ました。」
ソーが言った。
「ほう。読んでみてくれないかな?」
ダレルがソーに近寄ってきた。
『我々は、「青い絆」である。今回は、火星政府の誤った食料政策を改革させる為に、王国の食料施設破壊に踏み切らざるを得なかったものだ。我々は、「人類共喰い政策」を改めて厳しく糾弾する。我々は、小手先だけの改革には、決して騙されることはない。この先も、真の民主化が実現されるまで戦う。火星の同志たち、手を取り合おう。人類を愛する者たちよ、各地で決起せよ。「普通人」よ立ち上がれ。ときは来たのだから!』・・・ 以上です。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「ふうん。分析させてくれ。可能な限り。発信地は?」
「これは、わからないなあ。あちこち経由させていて、元は掴めない。」
「頑張って突き止めろ。くそ、当たり前の事ばかり並べやがって。」
「はあ?」
「ははは、ほら、分析指示して、出かける用意したまえ。」
「ああ、了解・・・」
ビューナスは、ひとりだった。
もともと、彼=彼女、は一人だったが。
「いいよ、出てきたまえ。」
小さな光が、二つ、少しふらつきながら飛んで出てきた。
「元気であるかな?」
「元気ですかあ?」
二つの光が話した。
「ああ、いいよ。とってもね。アレクシスはどうかな?レイミは?」
「少し飲みすぎなのである。」
「ばかだから、お酒の中にずっと漬かっていたのです。」
「ははは、それはそれは。まあ、たまにはいいさ。で、火星はどうかな?」
「まあ、あんなものである。」
「まだまだ、これからですよお。」
「女王様は、どうしてるかな?」
「やけに、おとなしい。何か企んでいるのであるぞ。」
「ブリューリと喧嘩かなあ、なんて。」
「ほう、仲たがいしてるのかな?」
「多分、緊張状態である。ブリューリはややご機嫌斜めである。」
「夫婦喧嘩かなあ。」
「ほう。核爆発のせい?」
「それもあるのである。しかし、どうやら女王が気が付いたようなのである。」
「真実に目覚めちゃったりしてえ。」
「それが、ブリューリに伝わったわけか。」
「当然である。」
「当たり前ですかあ。」
「ふうん。まあ、仕方ないよね。自分の真実に突き当たるのは目に見えていた。わたしもね。」
ビューナスは女性化した。
「まあ、なにが、どっちが真実なのかは、わたくしにも、よくは分からないわ。男か女か。自分でも分からないくらいだものね。でも、まあ、任されてるんだし、ここはちょっといっぺん、白黒つけてもらおうかなあ。まず「青い絆」に勝たせましょう。リリカさんは、いずれ元のさやに戻すわ。もう少し、じらしてからだけど。アレクシス、悪いけどまた細工してくれる?」
「了解なのである。」
「やってみちゃおう、なんて。」
光は消えた。