わたしの永遠の故郷をさがして 第二部 第百章
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「いずれかに付く? ふん。そのような判断が必要とも思われぬ。」
行動隊長は、まずは一蹴した。
「そうですか。しかし、現状を考えてみてください。あなたがたは、相当甘く見ていた。地球における実質的な権益は自分たちが握っていると考えていた。だから、このホテルに入って来るときも、悠々と入ってきた。あまり十分な注意を払わなかった。まあ、金星側が運営しているホテルだから、普通はそれで当然ですけれどもね。」
「裏切り者が待ち構えているとは、確かに考えていなかったよ。」
「そう、そう。まあ、あなたが悪かったわけじゃあない。あなたのスタンスはまず火星にあった。火星に政変を起こすことだった。それは、相手側の事情もあって、不思議なくらい上手くいった。そこで、次に、いよいよテロリストから脱却して、正式な金星の軍隊として地球の維持管理を担うというお役目に変わってきた。ここを本拠にしてね。そのための専門家たちも、先ほど到着したわけです。しかし、いいですか。金星は、崩壊の瀬戸際にある。火星もそうだったが、不思議な事に火星は難を逃れたようです。金星はこれもまた不思議な事に、一時的な小康を得たらしいが、これは一時的なものに過ぎない。で、あなたが考えなければならない事は、なんでこうなっているのかなのです。」
「はあ?」
「いいですかな、金星の終末は、相当前から予告されていた。ビューナス様は、それを前提に行動していたが、残念なことに終末までお体が持たなかった。金星人の「光の人間」化を実行されようと進んでおられた。しかし、実際はあまりうまくは進まなかったように見える。一方、ブリアニデスさんは、ビューナス様の遺志を継ぐべきなのだが、計画がうまくいっていないとみて、それを拒否して独自の道を行こうとしている。「人間のまま」での、地球移住。でも・・・これがすべての計画なのか?」
「はあ?」
「何かが足りないと思いませんか?」
「足りない?」
「そうです。決定的な部分が欠けている。女王様のご意志が。」
「はあ? ハハハハハ・・・・女王は、消え去ったんだ。ブリューリと共にね。」
「ほう、『青い絆』ともあろうものが、その程度の認識しか持っていないのですか?」
「なに!?」
「いや、失礼。あなたは、実は多少は知っているのでしょう?裏側の事を。」
「裏側のこと?」
「まあ、言えないでしょうけれど。このような、落ちぶれた、前の第一首相にはね。」
「君、何の事を言っているんだ。」
「ふうん。いいでしょう。落ちぶれたとは言え、第一首相は情報の渦の中にいたのですよ。わたしに好意を持ってくれた人も多い。今でもね。一方でブリアニデスに反感を持つものも多い。彼はビューナス様に、歯向かっているようにも見えるのだから。」
「む!」
「だから、情報は色々と来るわけです。あなたが、一瞬だけ消えて、再び同じ場所に現れたりすることもね。その「瞬間」の間に何があるのかは、わからないがね。でも、いいですかな、あなたはこの先、しばらく地球を支配できるのかもしれない。今ならば。人生でたった一度の、チャンスかもしれない。上手く立ち回ればね。」
「なんと?」
「考えてみても、悪くはないでしょうに。地球と言う、天下を取れるかもしれない。ぼくは、もう権力には余り野望がない。あなたの為に、働いても良い。」
人生におけるタイミングと言うものは、時に奇跡的にやってくるし、それを掴むことが、それまでの逆境を脱出して、一気に出世への急カーブとなることもある。しかし、それに気づきながら手を出さないこともある。それが、たった一度のチャンスを、あたらつぶすだけの事もあり、実はその後ろに、大きな伏兵が隠れていることも、無いとは言えない。選ばないことが幸いだったなんてことも、まあない事もない。選んでおけばよかったと、あとから悔やむことも、たぶん少なくはない。ああ、あれが自分の最後のチャンスだったのかな、と、ぼんやり考えることもあるし、ふん、問題じゃないさ、と言えることもある。
「おかしな誘惑はしないでほしい。」
ギャレラが言った。
「ほう?まあ、1日考えてみてください。どうせ、こんな状況なんだから。」
そこの瞬間で、ギャレラ行動隊長は、その瞬間だけ消えた。
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「じゃあ、投影しますね。」
踊り子ジャヌアンは、腕の小さな機械を触った。
すると、部屋いっぱいに、巨大な文書が広がった。
ギャレラも、凝視したが、まったく理解不能なモノだった。
「じゃあ、ビュリアさんどうぞ。」
「ああ、じゃ、失礼。ええと、ここは表紙ですね。『火星と金星からの地球移住に関する数値、その他のデータに関する集積要覧』ええと、『作成は、火星・金星地球移住管理チーム』ですわ。」
「なんと。すごいものがあるな。」
こういうものが大好きなダレルが言った。
「これは、何語なの?」
リリカ(本体=アンナ)が言った。
「これはね、火星に最初の近代的文明が成立した時の『先超古代火星語』ですわ。」
「いつのこと?」
「まあ、三十億年ほど前かな。」
「そんなものは、歴史の中にない。」
ブル博士が言った。
「そうですわねえ。確かに。でも、言葉はこうして残っているのよ。」
ビュリアが言った。
「何時、書かれたものなのだ?なんで読めるんだ。誰が書いたんだ。どこで書いたんだ。」
ブル博士がたたみかけた。
「何時、書かれたか?それはわからない。つまり、まだ書かれていないから。この先書かれることになるはずのものだから。誰が書いたのか? だから、それもまだ分からない。当然ですわ。なんで読めるんだ?知っているから。」
ビュリアがとぼけたような回答をした。でも、まさにその通りなのだが。
「いい加減にしたまえ。」
ブル博士は、短気だ。これが彼の最大の欠点だったのだ。
「いや、この文字。見たことがあるなあ。」
ダレルが言った。
「ううん。いや、確かに見た。」
「お城の中とか・・・」
リリカ(本体=アンナ)がつぶやいた。
「うん。確かそうだよ。ええとね・・・」
ブリアニデスは、そっぽをむいてはいるが、明らかに興味津々だ。
ギャレラには、さっきまでのチーフとの話が被さってきている。
アマンジャと、じっと黙ったままのデラベラリ先生とは、隣同士でお酒を飲み合っている。
この二人の邪魔をしようなんて、まあ誰も考えないだろう。
マ・オ・ドクたちも美味しそうに酒を飲み、お菓子を食べながら、けっこう楽しそうに聞いている。
前女王へレナだけは、少し心配そうだ。
「そうなんだ、もう、まだ五歳くらいのとき、ぼくは、この人に連れられて、王宮の遥か地下に降りたことがあるんだ。そこがどこかは、もうわからないがね。エレベータで、かなり降りた。そのあと、また別のエレベーターでさらにもっともっと降りた。そのあと、今度は石の階段を、どこまでも降りたんだ。」
前女王は、じっと、少し上を向いたままだ。
「で、最後は行き止まりになった。そこに大きな石があったんだ。巨大な正方形の石。暗くて、良くは解らなかった。でも、それには文字が彫ってあった。それが、この文字だよ。「この星はここに始まる」と、書いてるんだと、女王が言った。」
「火星の新文明の始まりだったのです。金星の文明は、もう始まっていました。」
前女王へレナが言った。
「そうして、この火星最初の近代文明の文字が、滅亡の記録に使われるわけですね。」
前女王が付け加えて言った。
「不思議な事だが、その暗い空間の向こうには、都市の廃墟があったような気がするんだ。かなり怖かったように思う。でも、そこには行かなかった。」
ダレルが、思い出しても気持ち悪い、と言う感じで、そう言った。
「そう。でも、それだけのことよ。そこは、今でもちゃんと、あるわ。さあ、で、先に行きましょう。」
ビュリアが促した。
「了解。」
ジャヌアンは、ページをぐんぐんと進めた。
「ここが、さっき問題にしたところです。」
「なるほど。『火星及び金星から地球への移住者数』ですわ。まず、『総計』のページです。『この数字は、火星の新時代歴に基づいて記載されている。』最初のデータは、『第一次公式移住団の部』火星新暦の52984757年8月です。火星人15万人。金星人2億人。』そうして・・・9月、第2回移住。火星人10万人、金星人3億人。・・・』」
「ちょっとまってください。それって、来年じゃ・・ない。というか、もう一年ない。」
リリカ(本体=アンナ)が叫んだ。
「まあ、そうですわねえ・・・」
ビュリアが、ゆったりと言った。
「まがい物ですな。あきらかに。」
ブル博士が言い、ジュアル博士がうなずいた。
「聞く必要性さえない。」
ブル博士が切り捨てた。
そんな中で、ブリアニデスは、意外と嬉しそうだった。
「なるほど、興味深い。割と妥当な数字が初めて出てきましたな。この数字ならば、交渉する余地が出てくる。なあ、ニコラニデス。そうだろう。」
「現実なのかどうかが、まだ分からない。ぼくは第一・・・」
ギャレラは、なぜか言いそびれてしまった。
「まあ、皆さんがどう思うかはご勝手ですが、これはまだ研究中の資料で、確かに後世の偽造かもしれません。大体地球の歴史の中には、申し上げましたように、こうした事実は確認されないのですから。」
踊り子ジャヌアンが、そう言った。
「でも、まあ、そりゃそうでしょうね。火星人と地球人と金星人には、大きな違いはないはずだから。」
前女王ヘレナが言った。
「基本的なDNAも共通している。」
「そのつもりでしたしね。」
ビュリアが言いながら、うんうんとうなずいた。
「大体君たち2人、いや3人は、どこでどのようにつながっている何者、いや何者でいらっしゃるのか、なのかが、明確になっていないのです。確かに、この前も帰ってみたら時間が全く経過していなかった。あり得ないが。自分の時計はここでも動いているし、心臓も鼓動している。なのに、私の時計だけが、なぜかおかしくなっていた。」
「ああ、その通り。」
ブル博士も同意した。
「だから、これは夢ではないと言うことでしょう?」
「そういうこと。」
ビュリアが言って、アマンジャが答えた。
「時間がゆっくりと進んだとか言うレベルではない。現実ではほとんど時間が動いていない中で、我々はくだらん会話をしている。」
「まあ、美味しいお茶とお菓子が出てますのに。残念ですわ。これらのお茶も、お菓子の多くも、どんなにお金を積んでも、まず手に入りませんのよ。皆さんは、ある時間に出発し、ほぼその時間に帰って行くのです。どこもおかしくありませんのよ。そうして、この方は前の女王様のお体ですし、今は、とても高貴な場所にお住まいなのですが、ここならば来ることができるのです。アマンジャ様も、そうです。わたくしは、ビュリア。火星の情報局長の娘にして、『青い絆』の魔女。でも、火星の皆様のお友達で、『タル・レジャ』教の創始者。「他の女王様」がお宿にしている女。よろしくね。そうそう、この方は未来の国からやってきてしまった地球人さんなの。目的は不明。まあ、調査旅行なんでしょう。」
「他の女王様? なのですね。やはり。」
ジャヌアンが、目を輝かせて聞いた。
「ほら、役に立つでしょう。ここにいると。いろいろな事が分かるもの。そうそう、ねえ、そのデータ、くださいな。」
ビュリアが、独特のおねだりをした。
「ダメですよ。本体チップは未来の地球に大切に保管してますし、このデータはわたくしの体の中に隠されています。でも、あなた方の技術ではとり出せないし、解読不能でしょう。ただし、アナタは別。ビュリアさん。だって、これをこの先作るのは、あなただものね。」
「まあ、ほほほほほほ!」
「なんか、いヤな女ね。」
リリカ(複写)がつぶやいた。
「ちょっと待て、じゃあ、あなたの中には、もう移住計画が出来てるという事か。」
ダレルが確認した。
「そうね。いろいろ計画はある。でも、それは机上の空論よ。あなたがたで、決めればいい事だわ。いいこと、わたくしが、ここで、あなたがたを助けてあげられることは、もう実行しました。だから、あとは、あなた方が実行する番なのよ。」
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「どうしましたか?ギャレラさん?」
一瞬の事だったが、ギャレラは戻ってきていた。
いなくなっていた、と言うことは言えない。
バンバでさえ、瞬きをする間もなかった位だから。
しかし、バンバには、確かに違和感があった。
ギャレラは、自分の時計を確認した。
一時間近くたっている。
この部屋の時計は、まったく進んでいない。
この移動を行うと、どうやら周囲の人間に、ごく微妙な違和感を感じさせるらしい。
「ふうん。なるほど。医療室に行きたくも、なりますなあ。なんとなく。」
バンバがつぶやいた。
「え、なんだって?」
「まあ、いいでしょう。よく考えてください、宿舎にご案内しますよ。また明日、同じ時間に会いましょう。お連れしなさい。」
ギャレラ行動隊長は、連行されていった。
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*********** 幸子さんとの会話 5 ************
「やましんさん。なんと百回目ですよ。」
幸子さんが例によって、お饅頭を頬張りながら、そう言った。
「はあ、まあ、そうですねえ。」
「お祝いをしなくては。お饅頭と、お酒パックです、どうぞ。」
「はい、まあ、ありがとうございます。」
「二百回目はいつですか?」
「え、いやあ、そこまでには、第二部は終わると思いますが。」
「幸子は、又、出ますか?」
「ああ、そうですね。ぜひ、何かの形で出しましょう。」
「やったあ、幸子うれしい!」
このパターンでは、当然お饅頭とお酒パックが、頭の上から降って来るのだった。
でも、この幸せが、永遠に続いてほしいなあ、と、思う。