わたしの永遠の故郷をさがして第二部 第十章
「今回の攻撃目標はここだ。」
カシャは地図を示しながら隊員に説明し始めた。
「第二大陸の巨大食糧倉庫。いよいよこれを破壊する。」
聞いているのは、三十人ほどの同志たちだ。
リリカ(アンナ)も、当然の事として最前列に座っている。
彼女は、この組織の副隊長だから、当然だった。
「爆破は、勿論、核を用いる。金星で製造された高級品だ。先日の実験も高成績だったから問題はない。」
「正規品ってことか。関税払ったか?ビューナスの承認も取ったのか?」
ウンタールが尋ねた。
「しっかり、下の方に大穴空けたものな。」
周りが爆笑した。
「非関税品だ。革命が成功したらきちんと払うさ。」
「てめぇら、黙れ!」
リリカ(アンナ)が一喝した。
「おお、こわ・・・見た目は姫様のくせして、言葉は相変わらずだな。}
また爆笑が起こった。
「おどりゃあ!」
リリカ(アンナ)が食って掛かるのを、アダモスがなだめた。
「おほん。で、しかし今回は爆弾も移送しなければならないため実行部隊は四人が限度だ。もちろん、ボルは搬送に専念する。残りの三人がすべてを行う事になる。到着目標地点は、このど真ん中の建物だが、ボルはここに荷物を降ろすために全力を使い果たすから、到着後十五分は動けない。その時間が現地での活動時間だ。当然ここの警備はきついが、大部分がロボットとアンドロイドだ。」
「何の建物なんだ?」
「これは管理棟。コンピューターやらの集中している場所だ。これを破壊しただけで、第二大陸の食料事情は混乱に陥り最悪になる。今回の爆弾は衛星の爆破実験に使ったのに比べるとやや小ぶりだが、効果はこれで十分だ。実物はあとで連れてくるから、今は写真だけだが、これが爆弾。最新型では決してないがね。まあ、これが手に入るだけでもありがたいと思ってほしい。」
「なんだ、また女の子か。」
「自立稼働型のね。前回同様、自爆型ロボットだから、基本的には自分で爆発する場所を確保する。銃撃位では壊れることはないが、用心は必要だ。残りの者は周囲を監視、攪乱、排除させる役目だ。ただし、旧型なので動きがあまりよくない。走ることは無理だ。それと、ここを離脱する前に、安全装置を手動で外してやる必要がある。背中にあって自分ではできない。誰かが最後まで付き添ってやって、外してやるんだ。」
「ちゃっちい爆弾じゃな。」
リリカ(アンナ)が言った。
「まあ、仕方ないんだ。それでも自分で動いてくれるんだから立派なものだ。」
「ふん。」
「で、今回の実行部隊は、搬送担当ボル、それからリーダーはおれ、あとウンタール。」
「よっしゃ。」
「それから、アンナ。」
「おお・・・」
少しどよめきが起こった。
「まあ、爆弾を連れて行って、それで置いてくるだけだから、そう難しいことはない。が、銃撃戦は覚悟する必要がある。実行部隊はこの後作戦会議を行う。あとは解散。」
実行を指示された四人とアダモス以外は、がやがや言いながら退室した。
「人間型の核爆弾が、横流しされた形跡があります。ビューナス様。地球で、逃げていた闇業者を三人、火星時間で一昨日逮捕しましたが、持っていた伝票に核爆弾を意味すると考えられていたマークの付いた商品が二つありました。両方とも人間の女性型ロボットなんですが、両方ともすでに、火星に搬入されていると思われます。一つはかなり大きな受付専用ロボットなんですが、注文した会社は、幽霊でした。実際どこにも設置された形跡はありません。もうひとつは、例の火星の有名『人間料理チェーン店、フンマナ・MUDAYA』の店舗の玄関にいて、客を案内したりする為の、人間型ロボットなんですが、確認した範囲では、どこの店にもまだ新たに設置された形跡がありません。」
「白状したのか?」
男性形態のビューナスが尋ねた。
「いえ、商品を取引しただけ、中身まで分かるはずない、と言ってますが。」
「黒幕は誰なのか、わかるかな?」
「ええ、ぜひ聞き出します。」
「拷問は禁止だよ。」
「もちろん。」
「しかし、『やむおえない場合と裁判庁が判断した場合に、一定範囲の心地よい喜びを与えて聞き出すのは、拷問ではない。」と、この際、この特例法を適用できないかな。」
「わかっております。裁判庁に打診しております。長官が例のギャシアスなので、うんと言うかどうかは、微妙ですが。」
「まあ、彼は人権穏健派の代表だから、一度は『ダメ』と言うだろうね。で、協議会に回る。結局承認はされるだろうが、時間が掛かるな。」
「そうですね。」
「仕方ないから、女王様にご注進しておこうよ。」
「ええ、わかりました。」
「いやね、これから大切な夜だというのに。」
アーニーがヘレナを諭していた。
「だから、ヘレナ、今夜はやめましょう。」
「じゃあ、明日の晩ならいいのかな?」
「まあ、この際、いくらか延期しましょうよ。」
「いやよ。ブリューリ様の機嫌を損ねるわ。」
「火星の大事ですよ。夜遊びしている場合ではありませんよ。」
「いや。絶対いや。拒否します。」
「ヘレナ、リリカさんの家で何を発見したのか知りませんが、小さなお姫様みたいに、ごねてる場合ではないです。テロリストが、どこかを核爆発させる計画だと考えられます。今のリリカさんだけでは、たぶん手には負えないでしょう。あなたが、直に乗り出す時です。アーニーが思うに、予想される攻撃地点は次の五つのうちのどこかです。まず第一大陸の・・・」
「いい、あなたに任せるから、きちんと、よきに処理して。」
「困ったな・・・あのですね、テロリストは、間違いなく食料の拠点を狙います。第一大陸でも第二大陸でも、この五つのどこかが破壊されたら、食用人間の供給に大きな影響が出ます。いいのですか?それで。」
「いいの。火星は滅亡の道を辿るの。これはその大きな計画の流れの中で偶然に起こる事の一つだから。」
「え・・・もしかして、あなたが糸を引いてるのですか?」
「いいえ、そういう訳ではないわ。あくまで漠然とした終末への出来事の雲の中の、あやふやな道筋において、偶然に選択されるケースの一つよ。わたくしは雲を用意するだけ。」
「じゃ、やっぱりあなたが糸を引いてるんでしょう。」
「具体的な事は、何も指示しておりませんし、何の関与もしてもおりません。」
「じゃあ、阻止してください。核爆発はリスクが大きすぎます・・・うむむ、この前の衛星爆破事件も、やはりその一環で起こった事なんですね。」
「ノー・コメント。」
「いいですか、ヘレナ、これはブリューリやあなたが主張する、火星人類の自然滅亡とは、相容れないものですよ。明らかに、人工的な破滅の道です。」
「核の一発か二発で、すぐに滅亡はしないわ。でも人々の心には、滅亡概念が強く刻まれる。終末概念が確実に人間たちに広まるわ。坂道は出来るの。戻れない道がね。」
「あなたは、ここ数日でますますブリューリ化しています。あいつが、あなたの基本的な精神を喰いつくそうとしているんです。今夜、あなたが希望するように流動化して変身してあいつと合体なんかしたら、本当にお終いです。あなたは、そのままただの化け物になってしまう。延期して下さい。」
「中止とは言わないのね。それと『あいつ』は禁止用語。」
「だって、あなたはよけい聞いてくれないでしょう?それに、いいですか、ブリューリさんも、なんだかおかしいですよ。あの方が、核兵器に頼るなんて、変です。」
「あの方が、狂っていると?別に核兵器に頼っているのではないわ。先日も、ただ容認しただけです。」
「いえいえ、そうです。明らかに異常をきたしています。本来のブリューリさんなら、核が使われたと知ったら、自分の哲学を侵すことだと言って、批判するに違いないです。これ以上はやらせるなと、あなたに指示するはずです。でも、容認した、ならばおかしいですよ。あいつは、いえ、あの方は、あなたと違って、本体がある物理的な生物です。なぜ、あいつが、いえ、あの方が、あなたに影響するのか今のところ、アーニーにはどうしても分からないけれども、とにかく、ある意味、非常に、集中力がなくなって、なげやりになっています。冷静沈着な本来の『あの方』ではない。ここは延期して、『あの方』を診察してあげなさい。協力しますから。ヘレナ、きっと病気ですよ、あなたの『あの方』は。ついでに、あなたもです。」
「病気?ふうん。アーニーにそう言われると、心配ね。わたくし自身は生き物ではないから、ともかくも、この体や、あの方は生物だものね。」
「そうです。そうです。とにかく、今夜は自重して、ブリューリさんを納得させてください。で、テロリストを捕獲して、核の使用は阻止して、よく調べて、それからまた考えましょう。ね、ヘレナ。それからでも、全然遅くないですよ。第一、放射性物質で大量の人間が汚染されたら、食用にならないですよ。自然消滅という哲学も当然崩壊しますよ。当り前でしょう?」
「ふうん。そんなことは、考えられないでいたかもね・・・わたくし、重症かしら。」
「もしかしたら。」
「そうよね。感情なんか、まったくないはずの、わたくしなのに、なぜか、あれはあまりにショックを感じたしな・・・・じゃあ、リリカをまず、ここに呼んでくださいませ。」
「了解しました。」
「なぜ、今になってそんなことを言うんだ」
ブリューリは、相当憤慨していた。
「どうやら、あなたも、わたくしも、どこかに異常をきたしているようだからです。」
「ばかな、あの気の利かないコンピューターが言ったのか?」
「まあ、そうです。」
「私には、確かに実体がある。病気になることもあり得る。また病気になったことはある。が、それは自分でわかるのだ。またお前にはそうした物理的な実体がない。病気になる余地がない。」
「もちろんわたくしも、そう、思っていたのですよ。しかし、これは肉体だけの問題ではないようなのです。」
「つまり精神的に正常ではないとか、そういう事か?」
「はい。」
「くだらん。あの、アーニーとかの策略だ。あいつこそ、何かに乗っ取られたのではないのか?」
「そうではなくて、おそらく『破片』が原因だと思うの。」
「『破片』?」
「そうです。リリカが遺跡の発掘現場で見つけた古代の遺物です。それには、『物質X』が含まれています。おそらくね。わたくしは、舞踏会の晩、その効力に『当てられました』。おわかりかしら。あなたはご不在でしたが。でも、あなたも、確実に影響は受けたはずです。」
「確かに、このところ非常に嫌な気分に襲われたことがあったが・・・それか。」
「ええ。それがどういう物質かは、まだわかっておりません。しかし太古の火星には、その原料となる、何かがあったと思われます。当時わたくしには、無関係でしたけれどね。あなたがおいでになった時代には、その原料も、もう、存在していなかったと、考えられます。」
「それならば、特定できそうなものだ。」
「まあ、そうですが、それは、わたくしたちにとっては、『やぶへび』ですもの。リリカは、どうやらそこに気が付いたらしいのですが、でも、記憶を自分で操作して、隠していたのではないかと思うの。まあ、このあたりは、まだ推測です。」
「ふん?」
「そこはこのあと、リリカの頭の中をもう一度、詳細にチェックし直します。細胞のかけらまでのすべてを。」
「私に隠し事はするな。いいな。しても無駄だ。入り込んで話をさせるからな。」
「わかっております。それに、また爆弾テロが計画されているようです。こんどは火星上で核爆発を起こすつもりのようです。大量の食料を汚染する計画だと思われますが、ミュータントが絡んでいるようです。まずリリカにそれを阻止させます。それから、二人の事は考え直しましょうよ。少し時期を見直すだけですわ。ね、お願い・・・さあ抱いてください。」
「ああ、お前がそう言うならそうしてやろう。まあ、急ぐことはない。」
ブリューリの黒い霧が、ヘレナを包み込んだ。
「決行は、二時間後だ。王宮は真夜中だがね。装備は隣に用意した。各自準備してくれ。トイレもちゃんと済ませろよ。公演時間は、わずかだがね。」
指名されたテロリストたちは、さっそく準備に取り掛かった。
「いよいよだな、姫さま。」
ウンタールが言った。
「その呼び方、するんじゃあねぇ。おんどりゃあ。」
リリカ(アンナ)が銃を振り上げた。
「わかったよ、そう、かっかするな。愛情を込めて言ってるんだ。」
「わいは、おどりゃあに愛情なんか求めんわ。ぼけ。」
「せめて、『あてぇ』にしとけよな。」
「余計なお世話じゃ。『わい』で、何が悪い。」
「こら仲間割れするな、ウンタール、余計なちょっかいだすな。アンナも多少はお愛想しろよ。」
「ちぇっ。」
カシャに言われて、リリカ(アンナ)は多少居心地が悪そうだった。
そこに反対側のドアが開いて、一旦退室していたアダモスが、一人の女性を連れて現れた。
「ああ、もう来たか。そこに座ってくれ。」
カシャが言った。
「彼女が『かぐや二号』だ。一号よりも体がだいぶん小さいが、最大出力は小さくても、集中力が高い。それに放射線の出力が強い。つまり周辺地域を長く汚染できる。」
「後始末がやっけぇじゃねえのか?」
リリカ(アンナ)が言った。
「ああ、しかし、そこはまた手を打つ。放射性物質の除去は、技術的には可能になってきているからな。まあ、実際は人任せだがな。」
カシャが答えた。
「たのむぞ。『かぐや』さんよう。」
ウンタールが機嫌よく声をかけた。
『かぐや二号』はにっこりとほほ笑んだ。
「これは、来るべき民主主義の、輝ける第一歩だ。実のところを言えば、後ろめたい気持ちがないわけではない。しかし、過去どのような手段を使っても、あの悪魔の人喰い女王は倒せなかった。正しい事かどうかは、未来の自由な人間が決めてくれるだろう。まずは、人喰いを止めさせる。よし、行け。」
アダモスが実行を指示した。
「いいか、絶対生きて帰れ。いいな。」
アダモスがリリカ(アンナ)にささやいた。
「わいは死なん。」
リリカ(アンナ)はそう答えて、他のテロリストや『かぐや二号』とともに、丸いステージに立った。
「じゃあ行きます。」
上半身裸で、頭に髪の毛がない巨体のボルが出発の挨拶をし、目をつむって、全身の神経を集中し始めた。
すぐに、全員の姿が消えてしまった。
「それから、さっそく次の準備だ。王宮のリリカとこちらのアンナを入れ替える。そうすれば、両方を活用できるようになる。女王を少しだけ攪乱してやろう。ずっとは出来ないだろうが・・・。時間稼ぎ程度は出来るだろう。」
アダモスは、そう考えていた。




