ゆかり荘異世界征服記断章 2
世界は順調に発展を続けていた。
しかし、好奇心という名の悪意はその発展に本来あらぬ筈の歯車を押し込む。
小さすぎるその歯車の変化に、人々は気付かない。
気付くのはその工作をした魔女と呼ばれる者と。
そんな世界の発展に貢献していた魔女だけ。
二人の対峙はやがて決定的なものへと変わる。
世界は既に、歪み始めている。
「――やあ、ヒータ。此処に居たのか。」
静かな囁き声、深緑の森の奥地にて二つの人影が対峙していた。ヒータと名を呼ばれたのは赤髪の少女。黒いローブ、黒いマントを身に纏って居るがその外見は当初の彼女に比べて身長が低く、顔付きも幼くなりかつての女性らしさは欠片も残っていない。
――対し。
「ゼロか。お前、やっぱり人間達の世界でなんかしたな?」
赤い炎のような瞳を揺らめかせながらも、表情を消したヒータはその視界に映る銀色の少女を見た。ヒータと逆にゼロと呼ばれた銀色の少女はヒータと異なり柔らかな笑みを浮かべている。彼女はかつての姿ではないが、その身長や外見は成長を遂げて一五歳に至る程度の成長を遂げているように見えた。相変わらずの黒いマントと黒いローブはヒータと変わりはしないが、微々たる変化とはとても言えない状態だ。
ヒータと問いに対してゼロは蒼い瞳を細め、
「私は大した事をしていないよ。君がその姿になったのは、確定事項だっただけの事……そうだろう?」
はっきりと不機嫌な表情になるヒータを他所に、ゼロはやはり楽し気に笑う。
「それに勘違いしてはいけないよヒータ。君の力が衰えれば私が力を取り戻すのは当然だ。君が力を得ているのは人による君への意識。対し私は常に星から力を得続けている……私の力を抑える為とはいえ、君の対策が不十分だっただけ。人から認識されなくなり始めれば必然的に君の力は減衰する。」
苦虫を噛み潰したような表情で一度ヒータは下を向くと、両手を正面に構え、赤い粒子を急速に集め始めた。
間も無く、その赤い粒子は長剣の形状へと変化し、真っ赤な炎を揺らめかせる剣を顕現させて見せる。ゼロはその姿を見ながら首を傾げて、
「さあ、次はどうする?私をこの星に封印してもう一度力を奪ってみるかい?」
その問いに対し、顔を挙げたヒータは不機嫌そうな表情はそのままながら、睨み付ける視線に焦りは無かった。
「勘違いしてんじゃねえ、ゼロ。……お前、そんな程度の魔力でアタシを越えたつもりかよ?」
ふと、ヒータの問いに今度はゼロが表情を僅かに引き攣らせる。――越えている、越えているつもりだ。だからこそゼロはこうしてヒータを上回った事を示すべくこの場に立った。そうしなければ自由にゼロは外の世界へ足を踏み出す事が出来ない。
しかし、ヒータの問いはとても自信に満ちている。退化したはずの彼女でさえ未だにゼロの越えられない領域で居るかのように。
「当然の話だろ。アタシとお前、元々魔力を貯め込める限界と、そもそもの実力に差があるんだ。お前がいくら魔力を取り戻したところでお前自体が強くなったワケじゃねえんだからな。」
ゼロは漸く笑みを止め、真剣な表情を浮かべる。ヒータの言う事は嘘ではないからだ。彼女の自信は決して不利な己を誤魔化す為ではなく、本当に言葉そのものの意味が宿っているからだ。
ゼロは知っている。同じ条件下で戦えば、ヒータに勝る事が出来ない事を。力の扱いも、技量も、ヒータの方が上手である。だから、彼女が力を落とすのを待っていたのだから。
「そうか。では、私は精一杯抵抗させて貰うよ。――私はこの好奇心を抑えきる事がもう出来そうにないからね。」
「そーかい。じゃあここで負け、学べ。手前の欲望に従う愚かさって奴を。」
睨み合う。だがゼロは再び笑みを浮かべ、両手を左右斜め下へと広げる。青白い粒子が彼女の体中に纏わりついた。互いに、一歩も引く気はない。
ヒータは意表を突かれたとさえ思っていない。ゼロの浅知恵など脅威にも思っていない。
――それこそが君の盲点だと知りもしない、だから私は君に勝れる。
「………封印まではしないでおいてやる。だが力は削ぎ落す。――行くぜ、我儘魔女。」
瞬間、ゼロの視界からヒータの姿が消えた。赤い粒子を残して正面から消失している。――普段のゼロであれば、追う事など出来なかった側面に。
しかし側面にはゼロが前もって仕掛けた罠がある。彼女がその場所を通り過ぎた瞬間、彼女の周囲に青白い粒子が巻き起こり、白い霧となって包み込むと同時、爆散する。
「――その罠はもう何度も見たぜ?」
「わかっているさ、だからこうする。
醒めた表情のヒータは頭上に居る。飛躍して剣に纏った炎を振り下ろし、ゼロを焼き尽くそうと言うのだろう。だが、同じ技だからこそ次の動き、その次の動きもゼロは理解している。
氷の柱がヒータの頭上、彼女が下を向いている故側面より迫る氷の柱があった。その巨大さは彼女の体程度なら用意に上回る大きさを誇り、咄嗟にそれに気付いたヒータは炎剣を叩き付け、青白い粒子へと変貌させ柱の原型を失わせた。
「無駄だっつってんだろ。」
静かに声を発し体を捻る勢いで炎剣を振るい、粒子を霧散させる。しかし、その直後彼女の視界にゼロは居ない。
「そう焦るものじゃないよヒータ。」
さらに続いて彼女の後方から無数の氷の槍が飛来。それに対しても冷静にヒータは身を捻り、危険な氷槍は切り落とし、取りこぼした槍は蹴り落とし、高速で迫る槍を全て撃墜して見せる。
――わかっているさ、この程度で君に届かない事くらいは。
氷の槍の雨を凌ぎ切ったヒータは緩く視線を泳がせ、ゼロの姿を探す。が、彼女の姿は深緑の森にある広場には既に無く、その首を捻って全体に視線を巡らせた。
「逃げる事なんざ無意味、お前はこの地から出られねえ……わかってんだろ?」
「わかってるさ、当然ね。」
そんなヒータの背後から声は聞こえる。ヒータは振り返る勢いに合わせて炎の槍を生成して投げ放ち、其れを貫いた。しかしそれはゼロではなく、小さな氷の結晶。容易く炎に焼き尽くされて青白い粒子ごと消滅する。
「じゃあとっとと出てこい。時間稼ぎをしてアタシの更なる減衰でも期待してんのか?」
実際、ヒータにとって時間稼ぎは有効だ。長く時間が経てば経つほど彼女は人間から忘れられる。信仰という力を失う。
しかしそれは一日二日ではない。それこそ数ヵ月、年単位の時間が必要だ、現実的ではない。
かといって、時間稼ぎ――その表現は間違って居ないなと、ゼロは木の物陰かた飛び出すと同時に想い、その表情を妖しく歪ませた。
「ならば期待に応えて――私の主力と共に。」
だが、飛び出したのはゼロだけではない。青白い光を放つ人影が二人、彼女に続いて飛び出していた。
一人は両手に青く輝く氷の剣を二本。一人は蒼い盾を槍を構えた者。
歪なのは、それが人影というだけで人ではなく、その武器から本体に至るまでが全て氷で出来ていて、鎧騎士のような姿であったことか。
「あァ?人形兵だと……お前、いつの間にそんなものを」
「君が人間から貰ってくる本をこっそり読み漁っててね。私の成果、見てくれるかい?」
ゼロ自体は立ち止まり、右手をヒータに伸ばし、人差し指を突き付けた。距離がある為、実際に触れるワケではないが、ヒータの表情は不機嫌なものから僅かな驚愕に歪んでいる。
そんな彼女を他所に、二人――この場合二体と称する方が適切か――の氷兵が地を蹴り、二本の剣を持った氷兵が空中に留まっているヒータに飛び掛かる。
「技術は認める、だが!」
炎剣を横薙ぎに払うと青白い粒子がその炎に呑まれて霧散した。
「人形兵程度がアタシと打ち合えると?」
「思ってるわけないじゃないか。」
ゼロは尚も笑みを浮かべたまま、ヒータがつまらなそうな表情を、驚愕へと変えるのを見て、心が満たされるのを感じた。
ヒータの頭上に、先程焼かれた筈の二刀剣の氷兵が、片腕を失った状態で彼女の頭上の間近まで迫っていた。そのまま氷兵は残った氷剣を、咄嗟に炎剣で防ごうとした彼女に叩き付け、ついに空中から地上へと落下。氷兵は青い粒子となって砕け散り消失したが、十分な働きを見せたと言える。
ヒータは地に落下する直前に炎剣へ氷兵を砕いていたが、落下の衝撃で怯み、片膝を着く姿勢となっていた。
「物が使いよう、だったかな…確か君の持ってきた本に書いてあった。」
「チッ、狡賢くなりやがって。」
忌々しい、そう思ったかのように表情を歪ませるヒータと、軽く肩を竦めて微笑み続けるゼロ。その間に盾と槍を持った氷兵が突進するように割り込み、ヒータへ向けて槍を突き出した。
「なめんな――ァ!?」
声を張り上げたヒータは炎の塊を氷兵に放って焼き尽くそうとした。――しかし、氷兵の盾が砕け散るだけで兵士の動きを止めるに叶わず、その槍が彼女の体を貫き、青白い粒子と赤い粒子を撒き散らしながら振り上げられ、勢いよくヒータの体が地面に叩き付けられ、その衝撃に彼女は目を見開く。
「まだまともに実験した事はなかったけど……魔力を高めた盾であれば君の攻撃を一度くらいは防げるんじゃないかと思ってね。どうやら私の目論見は成功したようだ。」
「――いいぜ、頭に来たぞこのヤロウ。」
瞬間。ゼロの見ていた世界が赤に染まり、深緑の森は焼かぬままに真っ赤な世界が燃え広がっていた。それは一瞬にしてゼロの背後に回り込み、その世界を閉ざす。彼女は笑みを消し、慌てた様子で周囲を見遣った。
「これは知らねえか。そうだろうな、アタシだって本気でぶっ殺すなんて考えたのは今回が初めてだ、当然だろ。」
ヒータは前屈みになり、貫かれた傷口から赤い粒子を溢れ出させ、その傷口を片手で抑えながら、久しく笑って見せた――凶暴な獣のように、白い歯を剥き出しにして。
「アブソリュートの名を持ってんのはお前だけじゃねえんだよ、ゼロ。――安心しろ、苦しむ間も無く、目が覚めたら星の底だ。」
表情を引き攣らせ、後退する事も出来ないゼロに、なおも凶暴に笑みを浮かべ、その背から翼のように炎を形成して見せた。――炎羽、かつて彼女が一度だけゼロに語った彼女の持てる最大級の魔力を込めた魔法。その炎の翼は大地を焼かず、樹木と焼かず、海を焼かず、生命を焼かず、ただ敵のみを屠る怒りの権化。まさかそれが、こんな形で目の前に展開されるとは思っていなかった。
「ヒータ、君は……もう少し甘い魔女だと思ってた。」
「バカかお前、甘い奴ってのはキレると怖いんだよ。――さあ、当分眠っててもらうぞ。」
炎の翼が大きく揺らぎ、ゼロの視界から世界を奪い去ろうとする。
――だが、ゼロもまた、その準備は整えていた。
瞬間、炎の翼が地より出でた蒼い光に打ち抜かれ、消失する。
「なっ!?」
「時間稼ぎ。その表現は正しかったんだよ、ヒータ!」
ゼロはその表情に隠す事も無く、笑みを浮かべた。左右に両腕を、大袈裟なまでに広げるとそれに呼応するように青白い光がヒータとゼロの居る世界を取り囲むように地から天へと立ち上り、次々と現れ顕現していく。
「なんだ……なんだこの魔力は!?ゼロ、お前こんなふざけた量、どこで……ッ!」
ヒータの表情は驚愕と焦りに歪む。切り札たる炎羽も、周囲に展開していた地獄の業火も一瞬にして青い粒子に飲み込まれ、青い光が世界を支配していく。
「君を上回る為には相応の魔力と、仕掛けと、時間が必要だった。別に今貯め込んでたわけじゃない。ずっとずっと昔から準備していた、魔力の蓄積。星より得た魔力を、この地の底にて集め、集め、集め続けて――やっと君の魔力の、その総量を上回る力となったんだ。」
唄う様にゼロは語る。念願が叶う、そんな人染みた恍惚の笑みを浮かべてゼロはヒータを見据え続ける。
ヒータは戦慄し、その両手に握りしめていた筈の炎剣を構えようとして――異常に気付く。
「な……に?炎剣が…っ、いや、魔力が、出せねえだと…!?」
自らの体を見遣り、ヒータは動揺の声を挙げる。彼女の焦りは、自らの力が発揮できない点にあった。
「当然だろ?君を封印する為の魔力なんだ、その範囲内に居る君が、魔力を使えるわけじゃないじゃないか。」
「ゼロ、お前………ッ!!」
柱がまるで領域でも作り出すかのように伸び切ると、その青白い魔力が発光し、世界が蒼に染まる。ヒータはそんなゼロを止めるべく魔力を使おうとするが、彼女はもうそれだけの力を発揮する事は出来ない。今度こそゼロは彼女を上回った――
「さあ、これで終わり………、え?」
ゼロは目を見開く。
笑みが凍り付き、その表情が徐々に焦りに歪む。青白い光に包まれていく世界、その収束も、発光も、ゼロとヒータの視界を覆い隠し、尚も広がり続ける――ゼロの意志に関係なく。
「………なん、だ。何故?どうなって。」
「畜生、好き勝手、させるかよォ!!」
不意にその蒼い世界に僅かな赤い世界が広がる。だがそれにゼロは反応出来ない。彼女は今、眼前で起こっている出来事に意識を取られていたのだから。
ヒータはその手を空に掲げ、叫ぶ。
「封印なんぞさせるか。今のアタシでこんな力は止められねえ…なら!星の力を越えられるくらい人間の力を高めてやる。覚えとけゼロ、次は……お前を星の底に沈めてやる!!」
赤い炎の光が空へと昇っていく。そんな炎の光はどこまでも伸び、世界各地へと霧散するように飛び散っていった。
瞬間。青白い光は最高潮に至ったのか。膨大な魔力がヒータの頭上で暴れ狂い始める。止められないとゼロが悟ると同時。
世界は青から白へと染まり、音も光も消し去って、ただの白へと染め上げたのだった。
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「―――――………。」
ゼロが意識を取り戻し、目を開けるとそこには再び白が世界を埋め尽くしていた。顔に打ち付ける冷たい感触、手を伸ばして触れると、白がまた、あった。
「雪……?」
周囲を見渡すと、その白とは雪によるものだと知る事が出来た。しかし、先程までゼロが居た場所は深緑に満ちた森であったはずだ。それがどうしてこんな光景になるのか。
「魔力が暴走するのを、感じた。という事は、魔力の暴発に巻き込まれてどこかへ飛ばされた、のか?」
ゼロもヒータも、魔女たる者は転移という空間移動の魔法を持っている。もし魔力の暴発に重なって発動したのであれば、今ゼロの見ている世界がどこか別の場所の光景で、彼女自体がどこかへ飛ばされたのだとすれば辻褄は合う。
しかし、とすればヒータはどこに、そう思って周囲を見渡すが、赤い魔力の気配も、赤髪の少女も、見当たらなかった。
「封印は…いや、成功などしていない。最期に彼女は魔力を空に放って分裂して飛び散った。しかも一部は人に力を与える類の物になって。……お陰で魔力拘束は消えたみたいだけれどね。」
ずっと感じていた、鎖か何かで繋がれているような感覚は今はどこにもない。ヒータが敗走した事でゼロを縛っていた魔力の枷が外れたのだろう。それは喜ばしい事だ、ことだが。
「魔女の癖に自分の魔力を操り切れないというのは、問題だな。もっとあの魔法に関しては研究するべきだった。」
反省会はともかくとして、片膝をついた状態から体を立ち上がらせると猛吹雪の中、魔力による防御を展開しようとしたが、不意に吹雪は彼女を避けるようになり思わずゼロは首を傾げる。
「………、この吹雪。何故、私の魔力を感じる?」
いや、吹雪だけではない。まるでこの地全体を包むように感じるのは、全てゼロの魔力である。当然ながら記憶にない事であり、ゼロは戸惑い自らの顎に手を宛てつつ、ここはどこなのか探る必要があると考え、雪を踏み付けて進む事にした。
進み、進み、進んで。終わりのない白を見続けると、やがてその世界には一つの影が出現した。
「……ん?あれは、街?という事は人が居るのかな。」
ヒータがかつて関わって来た存在、人類。そんな者達と関わってみたいというのは、ゼロにとっても悲願である。だが、ヒータはかつてこうも言っていた、迂闊に正体を晒してはならない、存在を認識されるのは、相応のメリットがあってこそだと。
彼女の場合そのメリットとは信仰と魔力供給。ゼロには残念ながらそれはないので、正体を晒す理由など何もない。ともすればどうするかと言うと、正体を別の何者かに化けさせるか、フードでも被るか、である。
ゼロは迷いなくフードを被るのを選択し、視界に見えていた街へと足を向けた。
――辿り着いた街は、死の街だった。
まるで突然起きた災厄に巻き込まれたかのように、人々や動物の死体が乱雑に転がっている。絶望の表情というよりも、驚きの表情を浮かべているものばかりで、その全てが完全に凍結している。即ち、凍死体。
「…………、この、街は。」
見違う筈はない、そう思った。ゼロやヒータにとって、尤も近い街並。かつてヒータに教わった、尤も近い人類達の住居。そのシンボルとなる時計塔が天を突くように伸びているのに、白によって染め上げられ、今や死の塔と化している。
何もかもが氷、誰も彼もが死に至っている。歩き回ったゼロの回答は、それで止まっていた。
「何が起きた?いや、何が………嗚呼。」
私の魔法か、そう思った途端ゼロは思わず表情を歪ませそうになり、笑みへと強引に切り替えた。何かが、体を貫いたような感覚さえあったが体に異常は感じられない。
恐らく、ゼロの放った魔法の暴発により、この吹雪が巻き起こり、意図せずして結界のようにこの地を包み込んでいる。だからゼロはこの地の周辺から己の魔力を感じ続けていたのだ。
ではゼロの倒れていた場所はどこか、あそこはヒータと戦った深緑の森だった場所なのだろう。思い返してみればなぎ倒されたような樹木の残骸がいくつも残っていたかのようにも思う。
つまり、これは全て。
「私がやったことか。ははは……すごいじゃないか、こんな。」
言葉が続かない。何故だろう、ヒータを越える程の力だというのに、素直に喜ぼうとして、何かに邪魔をされる。意味も無く不愉快な感覚を覚えながら、ふとゼロは空を見上げた。
「――……ヒータはまだ私に負けたわけではない。ともすれば、私はここで手を拱いているわけにもいかない。」
空へと手を伸ばし、青白い光が空へと延びていく。
「人に力を授けた場合、どうなるのか。その者がどのような過程を得て私の力を自らの物にするのか。……ヒータだけにやらせはしない。」
そして光は空へと霧散した。この力がどこの誰へと至るのか、まだゼロ自身知る由もないまま。
「まずは…まずはそう、だな。此処には――居たくないな。」
何故こんなにも思考が乱れているのか、ゼロ自身が分からず自らの頭を抑えると出てきた言葉が、それだった。『居たくない』なんて言葉を口にした事は恐らく初めてであろう事に、この時のゼロはまだ気付かない。
自らで気付いている筈の、心情の変化を――この時は、まだ。