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汝、その名は……

作者: 悠戯


 日本国の某地方都市。


 すでに日付も変わった深夜に、一人の男がよたよたと歩いていた。


 安物のスーツを着た、どこにでもいそうな若いサラリーマンである。恐らくはまだ二十代の若者であるが、遠目に見ても疲れきっている事が伺え、どことなく老け込んで見える。





 彼は出張で関連会社のあるこの街まで来て、つい先程まで熱心に仕事をしていた、否、嫌々させられていたのだ。それを正直に言えるはずもないが。





 折角地方にまで来たのだから、早く仕事を上がって地元の美味い物でも食べようと密かに目論んでいたというのに、予定外に長引く仕事のせいで終わったのはこんな時間になってしまった。





 腹は減っているが、もはや殆どの料理屋は閉店している。開いているのはチェーンの牛丼屋かファミレス、それかコンビニくらいのものだ。


 明日の早朝には飛行機で帰らないといけないし、早くビジネスホテルに戻って眠らないと身体が持たない。





 彼は溜息を吐いてご馳走を食べる事を諦め、コンビニで食料を買ってホテルで晩飯を済ます事に決めた。








 「いらっしゃいませ」





 たまたま見かけたコンビニに入り、店員の機械的な声に迎えられる。近くで工事でもしているのか、こんな深夜にも関わらず作業員風の客で混雑している。





 ただでさえ疲れているのに、この上会計で待たされては堪らないとばかりに、男はカップ麺を一つとおにぎりを種類もロクに見ずに何個かカゴに放り込み、足早にレジへと向かった。





 さいわい、他の客達は商品を物色しているか雑誌の立ち読みをしている者が多く、並ぶ事なく会計が出来そうだ。





 いざ会計という段になって、男はレジ横のホットスナックのケースに目を向けた。揚げたてと思しきフライドチキンを見て、つい食べたくなってしまったのだ。





 こんな時間に余分なカロリーを摂取しては、ただでさえ不健康な身体がより悪くなりそうだが、この程度の贅沢はいいだろう。そう思った男は、レジの店員に商品名を伝えた。





 だが、きっちりと商品名を告げたはずだというのに、店員は動かず、困ったような表情を浮かべている。







 その時、不意に男の背後から笑い声が聞こえた。





 気になって振り返ると、いつの間にか男の後ろに並んでいた他の客が笑っている。それだけならどうという事もないが、振り返った際にわざとらしく逸らした視線から察するに男の事を嘲笑するような雰囲気なのだ。






 男は少々不機嫌になりながらも、早く会計を済ませて店を出ようと思い、再度店員にフライドチキンの注文を告げる。





 だが、店員はまた困ったような苦笑を浮かべ、背後からも笑いを堪えるような息遣いが先程にも増して聞こえてくる。






 こうなると、怒りよりもむしろ困惑の方が大きく感じられる。


 いったい自分が何をしたというのだ。この店員にも後ろの連中にも面識などなく、笑われるような覚えはない。





 男はもはや薄らとした恐怖すらも感じながら、それでも腹は減っているので早く会計を済ませて店を出ようと、自分を鼓舞するかのように大きな声で注文を告げた。





 「ファミチキください!」












 「あの……Lチキでよろしいですか?」





 申し訳なさそうに言う店員の言葉で全てを悟り、男は顔を赤くして首を縦に振った。





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