弟の彼氏は…… 【前編】
今回、少し長いかな? と思ったので、前後編にしました。
約束したプールへのお出かけ日。
西田先輩とシャチプールで11時に現地集合と約束して、私と健太は駅で合流した亜美ちゃんと電車で向かった。
家からバスでシャチプールに行けるらしいのに、何でか家に迎えにくると言う西田先輩を健太と一緒に止めたんだけど……
後で気づいたんだよね。そこは私が気を使って亜美ちゃんと二人で行って、健太たちと現地集合にすればよかったんだって。気の利かないお姉ちゃんでごめんね、健太。
まぁそれは終わってしまったことなので、あまり気にせずに三人でお互いの学校の話なんかをしながら、仲良く電車に揺られる。普通科しかない私達の高校とY工業ではやっぱり色々違いがあって、他校の話はおもしろい。
健太は電気科にいるけど、この間の授業では、直径1センチ程の鉄棒を素手で曲げなきゃいけなかったらしい。
「俺たちは素手で女子は工具使っていいんだよ。ズルイよな。男だってあんなの手で曲げたら、手の平が痛いっつーのにさ」
「いやいや健太。まず女子には曲げる力がないでしょうが」
「健太君のクラスって、女子が何人いるの?」
「三人だよ」
少なっと亜美ちゃんと驚いていると、健太が科によっては一人もいないクラスもあるんだよって笑う。
「学校全体で女子は一割だから、彼女が欲しい奴らは聖星女子高とか湯川商業とかに行った同中の子に友達を紹介してもらったりしてるよ」
「へ~」
「なんでそんなもったいないことをっ!」
「もったいない?」
亜美ちゃんに向かって首を傾げる健太に見えないように、私は隣の亜美ちゃんの手の甲を軽く抓る。亜美ちゃんは涙目で私を見た後、健太にへらっと笑った。
「えっと、ほら、恋愛だけが青春じゃないじゃない?」
「亜美ちゃんは何か他にも……そう! 部活に集中できる環境なのにって言いたかったんだよ。ねっ」
「私、そう言いたかった!」
「……ふーん」
納得していないけど、とりあえず追及するのは止めとこう。
そう物語っている健太の顔から、二人で視線をそらした。一瞬、三人の間に変な空気が流れたけど、タイミングよく降りる駅に着いたおかげで助かった。
この駅から歩いてもシャチランドに行けるけど、この炎天下の中30分以上歩くのはキツイ。なのでバスに乗って向かうことにした。
シャチランドの停留所に着いた私たちがバスを降りると、ベンチに座っていた西田先輩が笑顔で駆け寄ってくる。
「おはよう! ……陽菜子ちゃん、今日はおだんごにしてるんだ」
「おはようございます。プールに来たんで……変ですか?」
今日の私は、肩下くらいの髪をトップで丸めておだんごにしている。プールに来るときの私の定番の髪型だ。西田先輩は挨拶をするなり私の頭上をジッと見つめてくる。
(……なんだろう。とんでもないほど似合っていないとか、おだんごが解けてるのかな?)
西田先輩の視線の先のおだんごを触りながら、私は少し不安になってきた。
別に相談したわけじゃないけど、今日の亜美ちゃんも私と同じおだんごヘアー。なのに私だけ突っ込まれたって事は、相当似合ってないって事なんだろうか……
私が地味に落ち込んで肩を落としていると、私の顔を見た西田先輩が、焦った様子で「違う」と連呼してくる。
「いや、陽菜子ちゃんのその頭はじめて見たから、あの、か、可愛いよ!」
「……」
(これはもしや、噂の落として上げるってやつじゃないだろうか……このスペシャリストめ!)
出会い頭に、人の心拍数を上げた先輩の顔が見られなくなった私が視線を彷徨わせると……亜美ちゃんが不安そうに私と西田先輩のことを見つめていた。
(亜美ちゃん?)
亜美ちゃんが、どうしてそんな顔をして私を見ているのか分からなくて、言葉が出てこない。そんな私と目が合った亜美ちゃんは、すぐに笑顔で西田先輩に挨拶をした。
「西田先輩おはようございまーす。これ先輩の分のチケットです」
「おはよう佐藤さん。ありがとう」
「私達のほうが着替えに時間かかると思うんで、二人で先に行ってますね~。行こ、陽菜ちゃん」
「う、うん」
ニコニコしながら健太と西田先輩にチケットを渡すと、亜美ちゃんは私の腕を引っ張って早足で入り口に進む。
さっきの気になる表情や、いきなり健太たちと別行動をしようとする亜美ちゃんに、私はうろたえながらついて行く。私は二人と距離が開いたことを確認すると、亜美ちゃんに声をかけた。
「亜美ちゃん、どうかした?」
「何が?」
「えっと、何かいつもと反応が違うみたいだから」
プールで健太たちが二人でいるところを見るのを、あんなに楽しみにしていた亜美ちゃんらしくない。
そう言った私に、亜美ちゃんはケラケラと笑った。
「二人の裸のお付き合いを早く長く観賞するためには、ダッシュで着替えなきゃでしょ」
「それだけ?」
「そうだよ。ほら、ちゃっちゃと着替えに行くよ~」
「うん……」
亜美ちゃんの様子に少し違和感があったけど、彼女がこれ以上この話をする気がないことは分かったから、一緒に速足で入り口に向かったのだった。
シャチランドの入り口で、それぞれロッカーの鍵付きのゴムブレスレットを渡された。ブレスレットにはバーコードが付いていて、施設内の売店や自動販売機での買い物はこれを使う。
(お財布を持ち歩かないのは楽だけど、使いすぎないように気をつけよう)
着替えてロッカーの奥の道を進んでプールに出ると、健太たちがすぐ近くで待っていた。私たちも急いだのに、健太たちのほうが速かったらしい。
そんなことを思いながら二人に合流すると、私を見た健太がいきなり私に説教を始めた。
「姉ちゃん! 何だよ、その水着!」
「いきなりどうしたの」
健太の剣幕に驚いて自分の格好を見下ろしてみる。
去年買った水着だけど、別におかしなところはないはずだ。白地にピンクの花柄のタンキニで、下は白のショートパンツ。
去年、おニューの水着を買ったんだぁと自慢して見せたときは、「可愛いじゃん」と笑って言っていたじゃないか。
健太が何をそんなに怒っているのか分からなくて首を傾げる私に、健太は私のお腹を指差して叫んだ。
「臍が出てる!」
「へそ?」
言われてもう一度自分のお腹を見てみると、確かに少しだけお臍が見える。見えるけど、こんなの普通でしょ?
「出てるって程じゃないよ。ほとんど見えないんだからむしろ出てないでしょ」
「いーや出てる! 姉ちゃんのハレンチ!」
「はあ!?」
私がハレンチなら亜美ちゃんはどうなるんだ! 黄色のバンドゥービキニと花柄ショーツの亜美ちゃんは、しっかりばっちりお腹が出てるよ!
私の訴えに健太は亜美ちゃんを見つめると、深々と頷いてから言い切りやがりました。
「亜美さんはいいんだよ。可愛いから」
「んなぁっ」
(じゃあ何か。私は可愛くないって事!?)
弟の反抗期に私が唖然としてると、西田先輩が苦笑して健太の肩を叩く。
「こら健太。陽菜子ちゃんすごく可愛いじゃないか。それに俺の妹なんてもっと腹や尻が出てる水着を着るぞ」
(先輩の妹って、確か小学生って言ってたよね)
それって……私の体型が小学生と変わらないっていう遠回しなやつですか? いかん。被害妄想で涙が……
いや、待って。もしかしたらこれは、最近心配していた健太のやきもちかもしれない。
亜美ちゃんの言葉で説得させられていたけど、健太は最初、西田先輩抜きでプールにきたがっていた。それはきっと、先輩と水着の女子を一緒に行動させたくなかったんだ。
(今更それに気付いても、もうプールに来ちゃったよ。しょうがない。お姉ちゃんが健太の希望を叶えてあげよう)
そう思った私は反論することを諦め、健太のために西田先輩へ話しかけた。
「西田先輩。健太ってば水着姿も可愛いですよね」
「へ?」
「姉ちゃん、何気持ち悪いこと言ってんの?」
私の言葉に目を丸くする西田先輩と、これでもかと顔をしかめた健太。
健太……お姉ちゃんの愛にそんな顔をするんじゃないよ。
お姉ちゃん、そろそろ泣いちゃいそうです。
健太がいくらハレンチと言ってきても、これしか水着を持ってきていないんだからしょうがない。
私はショートパンツを最大限引き上げ、健太の小言をスルーすることにした。
私のプール必須アイテム浮き輪。水色のストライプが入った大き目のこれは、さっき西田先輩が膨らませてくれた。色違いの亜美ちゃんのは健太が真っ赤な顔で頑張っていたようだ。
浮き輪を手に亜美ちゃんと流れるプールに向かって歩きながら、やっぱり亜美ちゃんの様子がおかしいなと思った。
今日の亜美ちゃんは健太たちを見ても目をキラキラさせない。むしろ二人を見るたびに元気が減っていくように見える。
(気になるけど今はすぐ後ろに健太たちもいるし、二人きりになったらもう一度聞いてみようかな)
楽しみにしていたプールなのに何だか変な空気を感じて、思わず零れそうになった溜息を飲み込んだ。
私はシャチプールで流れるプールが一番好きだ。遊びに来たらいつも浮き輪を使って何週も浮かび続ける。最初は私に付き合ってくれるけど、そのうち厭きた亜美ちゃんにスライダーに引っ張られるのがいつものパターンだった。
今日も亜美ちゃんと二人でプカプカ浮かびながら、涼しい~と歓声を上げた。
「プールに来て正解だね。亜美ちゃんのお父さんに感謝~」
「あとで新しく出来たスライダーも行こ~」
そんなことを言っていると、突然傍で歩いていた西田先輩が私の浮き輪を引っ張った。のんびりゆっくりと進んでいた体が、急に水を切っていくことに驚いて、西田先輩の横顔を見上げる。
「先輩? あの、どうしたんですか」
「ん? せっかく来たんだから、少しは二人になりたいなって」
「え、あ、それはいいんですけど――」
「じゃあ逃げるよ!」
「浮き輪を引っ張る相手を間違えていますよ」私がそう伝えようとすると、西田先輩は楽しそうに目を細めてスピードを上げた。
「陽菜ちゃん!?」
「ちっ……亜美さん、追いかけるよ!」
突然のことに、私と同じように目を丸くしている亜美ちゃんの浮き輪を掴んだ健太は、私達に追いつこうと水をかいている。
私はいつのまにか先輩に背中を向けていて、自分じゃ味わえないスピードに何だか笑いがこみ上げてきた。
(凄いっ。足が勝手に水面に浮いてくるっ)
振り落とされないように足を伸ばして浮き輪にしがみ付く。私の背中には西田先輩の二の腕部分が触れていて、それがどうしようもなく恥ずかしい。
なのに、それがちっとも嫌じゃない。
西田先輩と健太とでは体力や力が違うんだろう。健太と亜美ちゃんから、私達は少しずつ離れていく。
「先輩。健太が怒ってますよ」
私達に追いつこうとしている健太は、遠目に見ても怒っている。健太に引っ張られている亜美ちゃんは、楽しむことにしたのか大きく口を開けて笑っていた。
健太が怒っていると伝えたのに、西田先輩は声を上げて笑い出した。
「そろそろ健太には姉離れをしてもらわないと」
「姉離れ……」
(つまり私はカップル両方から嫉妬されているの!?)
健太が私の水着に怒ったように、西田先輩は物理的に私と健太を離しているってことだ。でも先輩。こんなことをして後で健太と喧嘩になりませんか?
まぁでも先輩楽しそうだし、亜美ちゃんも笑ってるし。私も、笑いが止まらないから……あとで健太に一緒に謝ってあげますね。
西田先輩と健太の追いかけっこは、プールを一周するまで終わらなかったのだった。