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弟の彼氏はカナヅチらしい

「夏だ! 暑い! 干からびる~! ということでプールに行こう!!」

「プール?」


 夏休みが半分を過ぎた今日。家に遊びに来た亜美ちゃんが、麦茶を一気飲みしたあとそう叫んだ。


「確かに毎日あっついもんね~。でもプールに行ったら余計に暑くない? この日差しの中、外で遊ぶのは嫌だなぁ」

「大丈夫だって。イルカプールじゃなくて、シャチランドに行けばいいんだよ」


 市営の屋外プールじゃなくて、屋内プールのシャチランドなら行ってもいいかも。確か、今年から新しいスライダーができたってCMしてたし。

 亜美ちゃんの提案に私も乗り気になってきて、ふと、最近の亜美ちゃんの愚痴を思い出した。


「でも亜美ちゃん。今月はもうおこづかいがないって泣いてなかったっけ? シャチランドに行くなら、そこそこお金がかかるよ」


 夏休みに入ってからの亜美ちゃんは、趣味の関係で毎日とっても忙しい。今日は夏休みの課題を一緒に片付けるために私の家に来たけど、顔を見るのは一週間ぶりだった。

(300円で遊べるイルカプールと、1800円のシャチランド。最近の話を聞いていたから、亜美ちゃんが誘うなら絶対イルカプールのほうだと思ったのに)

 そんなことを思っていると、亜美ちゃんはニヤリと笑い、鞄の中から四枚のチケットを取り出した。

 私の顔の前にずいっと差し出されたチケットを見てみると、それはシャチランドの優待券だった。


「亜美ちゃん、これどうしたの?」

「パパが会社の人に貰ったんだって。陽菜子ちゃん達と行っておいでってくれたんだ! 最初6枚あったんだけど、2枚はお姉が彼氏と行くって持ってって、残りは私にくれたんだ~。ラッキーだよね!」

「凄いね。いつ行く? 私、明日はバイトだから明後日か――」

「陽菜ちゃん、陽菜ちゃん」

「ん?」


 壁に貼ってあるカレンダーを見ながら話す私を止めると、亜美ちゃんは私の目の前で4枚のチケットを揺らした。


「陽菜ちゃん、これは今4枚あるよね」

「うん」

「私達で使っても、あと2枚あるの」

「うん。二回行けるね」

「ちっがーーーうっ!」


 両手で頬を押さえて叫ぶ亜美ちゃんを、ビックリして目を見開いて見つめてしまう。


「陽菜ちゃん。残り2枚あるから、ぜひとも健太君たちと一緒に行こう!」

「健太たちと?」


 亜美ちゃんの言葉に、思わず眉間にしわを寄せてしまった。

 何故なら最近の私の悩みが、西田先輩と自然に距離を取ろうと思っているのに、何だか上手くいかなくて困っていることだから。

 興奮気味の亜美ちゃんは、そんな私の表情に気付かずに、目をキラキラ輝かせて嬉しそうに笑う。


「だって陽菜ちゃん。夏は恋の季節だよ! プールに花火にお祭りに、これでもかとイベント盛りだくさんなんだから! 付き合いたての恋人達が一気に距離をつめてしまえる雰囲気を作りやすい魔の季節! その季節に、普段は服に隠されてしまっている瑞々しい胸や二の腕、腰までが一気に拝めるプールという聖地に行ったら、キスもまだなカップルにも絶対に変化が起こるはず! 私はそれを間近で! カップルの裸のお付き合いを間近で!! ――ぐふぅっ」


 両手で口を(鼻じゃないと思いたい)押さえて、勢いよく下を向く亜美ちゃん。

 その勢いにあっけに取られていた私は、数秒思考が停止したあとに、溜息をつきながら亜美ちゃんを止めることにした。


「亜美ちゃん。想像でその状態の亜美ちゃんと健太たちを、一緒にプールになんて行かせられないよ」

「えぇぇえぇ~!?」


 そんなこの世の終わりのような顔をしてもダメです。

 必死にお願いをしてくる亜美ちゃんにダメって言いながら、そもそもなんで健太たちがキスがまだなことを知っているのかと聞いてみる。

 私はそんな危険なことを亜美ちゃんには話していない。健太と亜美ちゃんは今日久しぶりに顔を合わせたけど、ちょっと話してすぐ私の部屋に来たのに。

 私の疑問に、亜美ちゃんは「陽菜子ちゃんはわかんないかぁ」と笑った。


「簡単だよ。だってさっき会った健太君。ちっとも色気がなかったんだもん」

「色気って、健太は男の子だよ」


 亜美ちゃんの言葉に私が笑うと、彼女は人差し指を顔の前で揺らしながら首を振る。


「ちっちっちっ。陽菜ちゃん、男の色気は女よりやばいんだよ」

「やばいって?」

「愛を知った男の色気は隠そうとしても隠し切れないほどあふれ出すものなの。それによって健太君に群がり始める男女に嫉妬した西田先輩は、我慢できずにいたるところで健太君を押し倒してっ」

「ストップ! 亜美ちゃん。やっぱりプールは二人で行こうね」

「ち、違うの。今のは思わず妄想が口から……お願いぃ! 絶対に二人の前ではこんなこと言わないから。二人をニヤニヤしながら見るだけだから!」

「それもダメに決まってるでしょ」

「陽菜ちゃん~!」


 土下座してでもという勢いの亜美ちゃんと言い合っていると、突然私の部屋のドアがノックされた。

 二人してピタリと口を閉じてドアを凝視していると、ゆっくりと開いたドアの向こうに健太が立っていた。


「姉ちゃん、俺チャリでコンビニ行ってアイス買ってくるけど、二人も食べるよね。何がいい?」

「あ……」


 健太を見た亜美ちゃんの動きは速かった。

 テーブルにほっぽってあったチケットのうち2枚を、有無を言わせずに健太の手に握らせる。


「亜美さん?」

「健太君、一緒にシャチランドに行こう!」

「へ?」

「ただで遊べるよ! ちゃんと4枚あるから、私と陽菜ちゃんと四人で! ねっ」

「う、うん……」


 亜美ちゃんの勢いに押されるように、微かに頬を染めた健太が頷く。

(ああ……頷いちゃった……)

 それを見て肩を落としていると、健太が不思議そうに首を傾げて亜美ちゃんに聞く。


「でもなんで四人? 三人じゃなくて?」

「当然、西田先輩も誘ってね」

「あー……んー……三人でもよくない?」


 少し何かを考えるようなそぶりを見せてそんなことを言う健太に、亜美ちゃんはチケットを握らせた手を両手で握って力説した。


「よくない。全っ然よくないよ! 健太君、一人より二人。二人より三人。三人より四人だよ! ね!」


(亜美ちゃん、必死だけど言ってることはちっとも説得力がないよ)

 やっぱり健太も西田先輩と二人がいいんだなと思って、健太たちのために亜美ちゃんを健太から引き剥がそうと立ち上がった瞬間。

 健太はなんと「そうだね」と頷いていた。

(えっ!? 今の亜美ちゃんの言葉の何が健太の考えを変えたの!?)

 ひたすら数を数えただけのような亜美ちゃんの言葉で、健太は簡単に意見を変えた。


「ホントに!? やったあぁ~」


 嬉しすぎて健太の手をぶんぶん上下に振る亜美ちゃんと、耳を赤くしてはにかむように笑う健太。

 私は思わず健太に「本当に皆で行くの?」と聞いていた。


「うん。四人で遊ぼうよ。姉ちゃんだってそれでいいだろ?」

「いいけど……せっかくシャチランドでデートできるんだよ。二人で行ったほうが――」

「四人で! はい決定~。あの先輩でも、さすがにプールで二人は危ないしな」

「危ないって、西田先輩泳ぐの苦手なの?」


 健太が小声で呟いた言葉に聞き返すと、健太は私を真っ直ぐ見つめたあと――深い溜息をついて部屋を出て行った。

 ……なんだろう。今の弟の顔は、お姉ちゃんの胸をえぐったよ。

 テンションMAXな亜美ちゃんといくつか約束をしながら、自分よりも先に階段を上った弟が最近冷たい気がすると、心の涙を流したのだった。




 その日の夜。

 西田先輩から電話が来た。どうやらもう健太からプールの話を聞いたようで、『楽しみだな』って嬉しそうな声が聞こえてくる。


「先輩はシャチランドによく行くんですか?」

『年に何回か行くかな。弟たちと行く時は安い市営プールだけどね』

「先輩も弟がいるんですね」

『うん。弟と妹がいるよ。二人とも小学生だけど』

「西田先輩がお兄ちゃんって、なんだか羨ましいです」

『え?』


 家は姉弟二人だけだし、昔からお兄ちゃんやお姉ちゃんが欲しかったんだよね~。西田先輩なら絶対優しいお兄ちゃんだろうし。うん。いいなぁ。

 そんなことを考えていると、電話越しの先輩の声が急に暗くなった気がする。


『俺は、お兄ちゃんはやだな』


 西田先輩の言葉に、見えないだろうけど私は同意して一人頷いた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんって大変ですよね。うちは健太と一つしか違わないからそこまでじゃないですけど、年が離れた弟妹って大変だって聞きます」

『あ、いや……ははっ。うん、大変。母さんとかにはすぐお兄ちゃんに遊んでもらえって押し付けられるし』


 思わずその光景を想像して笑ってしまう。きっといつものように目尻を下げながら、ちゃんと遊んであげるんだろうな。


『陽菜子ちゃんはシャチランドによく行く?』

「私は一年に一回行くかどうかですかね。私、泳ぐのもあまり得意じゃないんで」

『ああ……体育はかけっこなんだっけ』

「うっ、はい」

『じゃあシャチランドに行った時に、俺が教えてあげるよ』


 先輩の言葉にあれ? と首を傾げた。


「先輩も泳ぎは苦手なんですよね?」

『普通だと思うけど……。俺そんなこと言った?』

「いえ、健太が先輩と二人でプールは危ないとか言ってたんで、苦手なのかなぁって」

『…………』

「先輩?」

『あ、ごめん。ちょっと明日の部活のメニューを考え直してた』

「健太も先輩も夏休みなのに毎日頑張ってますよね」

『うん。明日も健太には頑張ってもらわないと』

「よろしくご指導お願いしますー」


 笑って先輩との電話を切った翌日。

 部活から帰ってきた健太は、産まれたての子鹿のように足をプルプルさせていた。その姿が面白くてつついていると、「鬼が……鬼が……」といううわ言が聞こえてくる。


 どうやら健太の部活には、鬼コーチがいるらしいです。

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