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弟の彼氏は犬が好き

「勝ったーっ!!」

「やったー!!」


 西田先輩のアタックで何かが変わったかのようにY工の攻撃が決まりだし、Y工の練習試合は一勝一敗で終わった。

 興奮しつつ亜美ちゃんと体育館を出ると、後ろから健太の声が聞こえる。


「姉ちゃんっ!」

「健太」


 振り返ると、おやつをゲットした時以上に嬉しそうな健太が走り寄ってきた。


「Y工勝ったね」

「うんっ。やっぱ先輩たちすげーよ! あ、それで、俺これからミーティングあるけどすぐ終わるから待っててよ。ケーキのお礼に奢るからアイス食べて帰ろう」

「ラッキー。じゃあ亜美ちゃんと近くをうろうろしてる」


 そんな約束をしていると、亜美ちゃんが「ちょっと待ったー!」と勢いよく私の腕を引っ張る。


「亜美ちゃん? どうしたの」


 突然のことに驚いて目を丸くする私に、亜美ちゃんが小声で「カップルの邪魔をしちゃいけない」と教えてくれた。


「陽菜子ちゃん、西田先輩はきっと、このあと健太君とデートしたいと思っているって! それなのに私達と先に約束をしちゃったら、健太君のことだから西田先輩に先約があるって断っちゃうかもしれないよ」

「そっか」


 確かに応援していた私達でもこんなに嬉しいんだから、西田先輩もこの喜びを大好きな相手とお祝いしたいよね。

 私が亜美ちゃんの言葉になるほどと頷いているうちに、健太は「じゃああとでね」と走っていってしまった。


「亜美ちゃんどうしよう。私ってば気が利かない姉だよね」

「ん~……まあ今日はしょうがないってことで。もし健太君から西田先輩とデートするからって言われたら、笑って送り出そうよ!」

「うん」


 とりあえずは三人でアイスを食べにいけるように、亜美ちゃんと学校近くで時間をつぶすことにした。




 三十分くらい待って、ジャージ姿の健太と合流した。健太は満面の笑みを浮かべた西田先輩と一緒に私達の前に立つと、「先輩も一緒に行くって」と不機嫌そうに呟く。

 健太にドタキャンされることは想定していても、西田先輩が一緒に行くことは予想外だった私達は、驚きながらも「今日はおめでとうございます」と頭を下げる。西田先輩は少し耳を赤くしながら「ありがとう」と笑った。


「健太がこれからみんなでアイスを食べに行くって言っていたから、俺も一緒に行きたくて。いいかな? 陽菜子ちゃん」

「私達はかまわないんですけど」


 並んで立っている健太と西田先輩を、熱いまなざしで見つめている亜美ちゃんを横目に確認しつつ、二人でじゃなくていいんですか? と聞いてみた。


「お、俺は二人で――」

「四人でっ! 四人で行きましょう、先輩!」


 一瞬で顔を真っ赤にした西田先輩の言葉を、健太が勢いよく遮る。一年生なのに、三年の言葉をそんな風に遮って大丈夫なの? と心配した私を、健太は半眼で見返してきた。


(な、なんで私を睨むの!? お姉ちゃんは弟の恋を応援しようと……そりゃあ少し、結構? 楽しんでいたけど)


 まあ健太も二人きりじゃあ緊張しちゃうのかもしれないけど、恥ずかしいからってお姉ちゃんにやつあたりをするんじゃありません。


「じゃあみんなでアイスを食べに行こうか」


 苦笑しながら健太を見ていた西田先輩は、私にそう微笑んだ。




 土曜日の夕方だからか、店内は八割ほど席が埋まっていた。

 私達はダブルのアイス。西田先輩はコーヒーフロートを手に四人用のテーブルに座る。全員が視線を彷徨わせながら話題を探している中、西田先輩が口火を切った。


「今日は応援に来てくれてありがとう。嬉しかった」

「いえいえ。楽しかったんで、きてよかったです」

「私も。陽菜ちゃんと違ってルールはよく分からないんですけど、スポーツ観戦好きなんで面白かったです」

「よかった。陽菜子ちゃんはバレーに詳しいの? 中学でやってたのかな」


 西田先輩の言葉に首を横に振ると、昔から健太の応援をしていたら自然と憶えたと伝える。


「健太が小学生のときにバレーチームに入ったんで、それから大会があるとお祖母ちゃんと応援に行ってたんです」

「姉ちゃんは運ちだから応援専門なんです」

「陽菜ちゃん体育昔からかけっこだもんね」

「かけっこ?」


 亜美ちゃんの言葉に首を傾げる西田先輩に、亜美ちゃんが笑って答えた。


「1,2,1,2ってことです」

「亜美ちゃんだって数学がかけっこでしょ」

「失礼なっ! 私は時々3もあるもん」

「私だってたまには3あるから!」


 亜美ちゃんと言い合っていると、目の前に座っていた西田先輩が、いきなり声を出して笑った。そんなに面白いことを言っていたかな? と思わず亜美ちゃんと見つめ合ってしまう。

 西田先輩は私達の表情を見て、ごめんと笑いを堪えた。


「陽菜子ちゃんと佐藤さんは仲がいいんだね」

「中学からの友達なので」

「姉ちゃん達は高校も同じクラスなんです」

「そうなんだ」


 西田先輩が頷くと、また会話がなくなって沈黙の時間がおとずれる。


(健太、何か話してよ)

(姉ちゃん何か話題ないの)

(ここは健太君が頑張って!)


 たぶんそんな感じのアイコンタクトを三人でしていると、西田先輩が一つ咳払いをして背筋を伸ばした。


「ヒ菜子ちゃんっ」

「……」

「……」

「……」


 声を裏返させた西田先輩は、顔を真っ赤にしながらももう一度私の名前を呼んだ。


「陽菜子ちゃん、携帯の番号を教えて欲しい」

「私の? 健太のじゃなくてですか?」

「健太のは知ってるし、陽菜子ちゃんとメールしたいから」


 ちらっと健太の顔を見ると、少し不機嫌そうに横を向いている。


(これはどうするのが正解なんだろう? 西田先輩が健太の前で聞いてきたのは、健太に変な意味じゃないよってアピールだろうし、きっと先輩も事情を知っている私にだから相談したいことがあるんだろう)


 健太と違って西田先輩には相談相手がいないのかもしれない。

 そう思った私は、健太にすまんと思いつつも、先輩とアドレスの交換をすることにしたのだった。




 健太と西田先輩がお付き合いを始めてから、あっという間に二ヶ月が過ぎた。

 日曜日は健太たちの部活がお昼過ぎには終わるんだけど、そのあとに健太と西田先輩はお家デートをしている。毎回律儀に私にも遊びに行っていいか聞いてくる西田先輩は、気配りさんだと思う。

 私は週に三回か四回、家の近所のコンビニでアルバイトをしているんだけど、西田先輩は今や日曜日の常連さんだ。

 先輩は家に来るときに、毎回コンビニにやってきて、飲み物やお菓子を買って遊びに来る。それがタイミングよくバイトの終わる時間と被るから、コンビニから家まで一緒に歩くんだけど、そうして話す時間が増えて西田先輩を知っていくと、先輩はとてもいい人だと分かった。

 ペットボトルとか重い物は率先して持ってくれるし、いつも自然と車道側を歩いてくれる。いつだって笑顔で話を聞いてくれるし、近所のおばちゃんたちとすれ違うと「こんにちは」と挨拶をする。健太と歩くときはいつも早足でついていくのに、ふと先輩と歩く時はそんなことがないと気付いた時、健太の彼氏は素晴らしいと心から思った。



 西田先輩と家の中に入ると、健太がリビングで待っていた。


「おかえり~」

「ただいま。じゃあ今日は私、部屋にいるんで。西田先輩、ごゆっくり」

「えっ!?」


 今日はこの前買ったパズルを仕上げると決めていた私は、うきうきしながら部屋に行こうと二人に背中を向けた。

 すると、後ろから戸惑ったような西田先輩の声がする。


「陽菜子ちゃん、今日は予定があったのか?」

「いえ、特には。ただパズルを仕上げるだけですけど」

「パズル……そっか。好きだって言ってたな……。それ、俺も手伝っていいかな?」

「いいですよ。健太も一緒にやる?」

「俺はいいよ」

「そう? じゃあ先輩、こっちです」


 西田先輩を部屋に案内しながら、そういえば家族以外の男の人を部屋に入れるのはじめてだと、少しドキドキした。


(まあ、西田先輩が好きなのは健太なんだし、私がドキドキしてもしょうがないんだけど)


 部屋に入ると、テーブルの上にやりっぱなしにしていたパズルが広がっている。

 私の定位置の正面にクッションを置くと、西田先輩にここどうぞとすすめた。クッションに座った西田先輩は、頬を赤くしてTシャツの襟を引っ張っている。暑いのかな? と思い、窓を開けてから私もクッションの上に座った。


「先輩もパズル好きなんですね」

「う、あ、ああ。これ千ピース?」

「そうです。これ以上大きいとお母さんに邪魔って怒られるんで」

「そ、そうなんだ」


 最初は会話をしていたけど、集中していくうちに私はすっかり西田先輩を放置してしまっていた。残り数ピースというところでやっとそのことに気付いて顔を上げると、ビックリするほど近くに西田先輩の顔があった。


「うをっ!?」

「ごめんっ!!」


 驚いて体を仰け反らせると、西田先輩は心配になるほど真っ赤な顔で、勢いよく私から距離をとった。

 そんなに大きくないテーブルだし、手元に集中していたらこんなこともあるだろう。そう思って特に気にしていない私に、西田先輩がまた謝る。


「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだ。その、可愛いなって……思って」

「えっ」


 真剣な表情で私を見つめる西田先輩に、弟の彼氏だと分かっていてもときめいた。ときめいたんだけど……

 私は完成間近のパズルに視線を落とすと、西田先輩に笑って提案した。


「よかったらこのパズル持って帰りますか?」

「へ?」

「西田先輩チワワ好きなんですね。家には他にもいっぱいパズルあるんで、あげますよ」

「あ……いや……運ぶの大変だからいいよ。ありがとう」

「そうですか」


 確かにこの大きさはしんどいか。そう思って押入れを開けると、300ピースのパズルを引っ張り出す。チワワ、パグ、ダックス、レトリバー……等々。


「どれか欲しいのあればどうぞ? 私も犬が好きなんでいっぱいあるんです」

「ありがとう……。じゃあレトリバーを……」



 パズルを完成させると、西田先輩は先にリビングへ戻っていった。のりを塗ったあとに私も向かうと、テーブルの上に置かれたゴールデンレトリバーのパズルを挟み、肩を落とした西田先輩と腹を抱えて笑っている健太が、仲良くお茶していたのだった。

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