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弟の彼氏はかっこよかった

 待ちに待った翌週の土曜日。

 あれから毎日のように健太と西田先輩の進展具合を聞いてくる亜美ちゃんと一緒に、Y工業高校へとやってきた。健太が受験に受かったあと、駅から学校までの道を一度一緒に歩いていたから、他校だけど学校には迷わず来られた。


「あ~楽しみだな~。私、リアルなカップル見るのはじめて!」

「亜美ちゃん、他の人にばれないように、そういうのはここまでだよ」

「わかってるってっ。誰にも内緒な二人だけの秘密ってやつでしょ!」

「あ、亜美ちゃん……」


(すでに私と亜美ちゃんが知ってるのはまるっと無視なんだね)


 今日が楽しみすぎて徹夜で趣味の小説を書いてきた亜美ちゃんは、充血してうっすら赤い目をキラキラと輝かせて校門を進んでいく。

 ショートパンツからのびる綺麗な足や、ぽてっとした魅力的な唇を持つ亜美ちゃんは、誰とでも明るく話す性格もあって、男女関係なく友達が多い。亜美ちゃんは高校生になってからは彼氏をつくらなくなった。理由は自分の趣味を理解してくれないから……なんだって。

 亜美ちゃんの理想の彼氏は自分と同じ趣味を持って、一緒に萌えを語れる人。はじめてその話を聞いたとき、私は悩んだ。

 いるのかな? そんな人。だって、亜美ちゃんが書いている小説を好きな人って、恋愛対象男の人なんじゃないの?

 私の疑問を聞いた亜美ちゃんは、はっと何かに気付いたように目を丸くすると、理想を一部変えた。今の彼女の理想は、自分の趣味を理解して、萌えを聞いてくれる人らしい。今のところ、まだそんな理想に当てはまる人は現れていない。



 体育館に着くと、入り口辺りにジャージ姿の男子の固まりがいた。その中に健太の姿を見つけると、気付け~と二人で手を振る。

 話に夢中でちっともこっちを見ない健太に、これは気付かないかなぁと諦めようとした時、体育館からもう一人のお目当ての人が出てきた。


「あ、亜美ちゃん、健太のか――」

「陽菜子ちゃん!!」


 亜美ちゃんが会いたくてしょうがなかった人を見つけて、彼女にそのことを伝えようとした私は、言葉の途中で聞こえてきた声に目を丸くした。

 体育館から出てきた西田先輩は、まるで私達に応えるように大きく手を振って走り寄って来る。西田先輩の声で私達に気付いた健太も、そのあとを追いかけているけど……西田先輩、今、『陽菜子ちゃん』って言いました?


(あれ? この前は高村さんじゃなかったっけ?)


 一人で首を傾げている私をほっといて、亜美ちゃんが健太と西田先輩に挨拶をしていた。


「陽菜子ちゃん、おはよう。駅から迷わず来られた? 今日は応援に来てくれてありがとう」

「……」

「陽菜子ちゃん?」

「あ、気にしないでください。この子何か考えてるとこうやってボーっとしているんで。西田先輩ですよね? 私、陽菜子ちゃんの友達の佐藤亜美です。よろしくお願いします」

「あ、うん。よろしく」


 健太と同じ高村だとなんかややこしいと思ったのかな? それとも彼氏の姉とは仲良くなりたいという意思表示? と結論を出した私は、気付けば和やかに話している三人に意識を戻した。


「あ、戻ってきた」


 健太の言葉に三人の視線が私に集まる。一人だけ心配そうに、体を屈めて私の顔を覗き込む西田先輩に、「おはようございます」と声をかけた。

 すぐに目尻を下げてへにゃっと笑った先輩が、「おはよう」と返してくる。


「俺が出るのは午後の試合なんだけど、陽菜子ちゃんは、その、昼とかは」

「亜美ちゃんとラーメン食べに行こうかと思ってます。健太が前に教えてくれたお店って、Y工の近くなんだよね?」

「うん。歩いて10分くらいだよ」

「そうなんだ……」


 私と健太がラーメン屋さんの話をしていると、なぜか急に表情を曇らせた西田先輩が、肩を落として私を見てくる。その態度にピンッときた私が、ちらっと亜美ちゃんを見ると、彼女がとってもいい笑顔で私に頷いてきた。やっぱりそうなのか……


(健太の言ってたラーメン屋さんは、二人だけの大切なデートスポットだったんだね)


 私にお店を教えてくれた健太は、部活の先輩に教えてもらったって言っていたし、それは当然西田先輩なんだろう。すみません、先輩。でも二人が一緒の時はお邪魔しませんから。

 残念そうな西田先輩をなぐさめるのは彼氏の役目なので、お邪魔虫は退散とばかりに二人と別れた。

 体育館の二階にある観客席には、健太の話のとおり予想以上の応援団がいた。亜美ちゃんと端のほうに座ってコートを眺める。


「陽菜ちゃん……」

「ん?」

「私、さっき見ちゃった」

「何を?」


 俯いて肩を震わせている亜美ちゃんが、勢いよく顔を上げると私の耳元に顔を寄せる。興奮からか1オクターブ高めの声で教えてくれたのは、私達と別れた直後の健太たちの姿だった。


「こうね、お前は俺達の大事な場所を簡単に人に教えるんだなって拗ねている西田先輩に、困ったような……それでいて嬉しそうな健太君が、頬をかきながらすいませんって軽く頭を下げたのっ。西田先輩はそんな健太君に、しょうがないなと苦笑して……たまらんわーーーっ!」

「あ、亜美ちゃんっ!」


 我慢できずに叫ぶ亜美ちゃんの口を、とっさに手で塞ぐ。鼻息を荒くしながらも大人しく塞がれたままでいる亜美ちゃんに、「私達が二人の邪魔をしちゃだめでしょ?」と告げると、必死に頭を縦に振る。

 もう大丈夫かなと手を放すと、こっちを見ていた人たちにお騒がせしましたと頭を下げた。


「ごめん。そうだよね。変に騒いで二人の仲がばれたらいけないもんね」

「そうだよ」


 『陰ながら健太と彼氏を応援する会』会長に名乗りを上げている亜美ちゃんは、そのあとは試合が始まるまで、いつものように最近の萌えの話をはじめたのだった。




 健太も出ていた午前中の試合は、Y工の負けだった。ずっと競っていたのに惜しかったなぁ。高校生になった健太の試合ははじめて観たけど、前よりもずっと上手くなったのが初心者でもわかったから、よけいに悔しい……

 私と一緒に力の限り応援していた亜美ちゃんも、試合が終わってからずっと悔しいと連呼している。

 健太たちはこれからお昼休憩みたいだし、私達も体育館を出ることにする。すると、健太が出口で私達を待っていた。


「おつかれ、健太。惜しかったね~」

「健太君~! 次は絶対に勝つんだよ!」

「うん、絶対に勝つ。それで、レギュラーの試合は十三時半からになったから」

「教えてくれてありがと。あ、これ、朝渡し忘れたけどパウンドケーキ」

「やったっ。昨日作ってたの見てたから、期待してたんだ」


 持っていた紙袋を渡すと、健太は満面の笑みで受け取る。亜美ちゃんの趣味が小説を書くことや萌えの探求であるように、私の趣味はジグソーパズルとお菓子作り。活動が週に一回という緩さと、単純に好きだからという理由で料理部に入っている私は、そこで美味しかったお菓子を家でも作る。

 今回はクルミとチョコチップのパウンドケーキを焼いた。


「友達と(彼氏と)食べるかなと思って多めに作ったから」

「ありがと、じゃあ俺みんなと弁当食べるから」

「うん」


 スキップでもしそうな健太は、甘い物が大好きなのだ。今回のパウンドケーキは、健太への初彼氏おめでとうのお祝いをかねていたりする。


「さて、私達もラーメン食べにいこう」

「健太君、場所どこって言ってたっけ?」

「えっと……」


 健太の話を思い出しながら、私達はお昼ご飯に向かった。




 のんびりとお昼ご飯を食べに行った私たちは、少々……のんびりし過ぎてしまった。

 ラーメンを食べた後に、試合までの時間をつぶすつもりでお店をのぞいていると、午後の試合はとっくに始まってしまっていた。今日の目的は西田先輩を観察することだったのに、このままじゃ何も収穫がない。

 焦った私と亜美ちゃんは、脇腹を押さえながら必死に走り、何とか1セットが終わるころに体育館に着いた。


「ひ、陽菜ちゃ……私、ラーメンを、リバースしそう……」

「私も……うっ……ふぅ……あ、良かった……まだ、1セット、終わったばかり、だよ……」


 また体育館の二階の席に座ると、息を整えながら試合の状況を確認する。どうやらY工は1セット目を取られてしまったようだ。Y工のメンバーは円になって真剣に声を掛け合っている。

 少しして始まった2セット目も、なんだかY工のコート内はバタバタしていて、ミスが続く。セッターのトスと合わないのか、アタックもなかなか決まらない。


「なんだか午前中の試合よりバタバタしてるね」

「向こうもレギュラーなんだろうから、強いのかもしれないね」


 コートの中で一番大きな声でメンバーに声をかけているのは西田先輩だ。光を反射させてキラキラ光る汗を流し、真っ直ぐ相手のコートを見ている西田先輩は、健太のいうようにかっこいいと思う。健太が悩みながらも告白を受け入れた気持ちが、私にも少し分かった。

 私と亜美ちゃんは、午前中の試合と同じように夢中になって応援した。

 六点差をつけられた2セット目のタイムアウト中。一度だけ西田先輩と目が合った。タオルで顔を拭きながらジッと見つめられ、どうすればいいかわからず見つめ返す。手を振るのも、笑い返すのも、なんだか違う気がするから。

 すると、西田先輩は私から視線を逸らし、セッターの人に何か話をした。


 向こうのサーブからはじまったタイムアウトあけの一発目のボールは、綺麗にセッターにかえった。そのボールをセッターは高く丁寧に西田先輩に上げる。ボールを見つめる西田先輩は、タイミングを合わせて高く高く飛ぶ。そして体をしならせ、全身を使って腕を振り切った。


 私は、相手のコートに落ちたボールの行方を追うことを忘れて、西田先輩に目を奪われていた。

 コートの中で飛ぶ西田先輩は、まるで……翼が生えているようだと思ったから――

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