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弟に彼氏ができた

 友達と遊んでいた日曜日。予定よりも早く別れて家に帰った私は、玄関にある見慣れない靴に、弟の健太の友達でも遊びに来ているのかな? と思いながら自分の部屋へと戻った。

 髪を軽くシュシュでまとめると、今日買ったばかりのパズルを机の上に広げて黙々とピースを嵌めていく。そんな私の集中を途切れさせたのは、隣の部屋から聞こえてきた声だった。


『お前の疑問は当然だ。でも好きなんだっ!』


 少し籠もっているけどはっきりと聞こえたそれに、顔に熱が集まる。


(うわっ、健太ってば私より先に大人の階段を登っている)


 一つ下の高校一年生である弟。その弟の告白を聞いてしまった私は、ここは黙って見守るべきか、それとなく自分が家に帰ってきていることを知らせるべきかを悩んだ。

 結果、ヘッドフォンを装着すると、自分は何も聞いていなかったことにした。だって、自分がもし告白して、それをよりにもよって弟に聞かれていたら、恥ずかしさで爆死できるから。

 それでもついついニヤニヤしながら隣の部屋に視線を向けるということをしていると、何やら物騒な物音が微かに聞こえてくる。


(ちょっと、まさかあいつ無理やりエッチなことをしようとしてないよね!?)


 断られて狼になる犯罪者予備軍な弟の姿を思い浮かべた私は、慌てて部屋を飛び出した。

 ダダダダダダと健太の部屋のドアをノックすると、暫くしてゆっくりとドアを開けて健太が顔を見せた。気のせいかほんのりと頬を上気させ、短い呼吸をしている。

 焦っている私がどう聞こうかと戸惑っていると、健太が目を丸くして逆に聞いてくる。


「姉ちゃん!? 今日は遊びに行ってていなかったんじゃ」

「あ、うん。途中で予定が変わってさ、さっき帰ってきたんだけど……」

「もしかして……聞こえてた?」


 戸惑いながら頷くと、健太はあからさまに顔色を変えた。いや、お姉ちゃんは弟の恋に口を出すことはしないよ。ただね、無理やりはダメ。人としても男としても! そんなことを部屋の中の人に聞こえないように、ごしょごしょと伝えていると、ドアが内側から大きく開かれた。

 私たち姉弟は、驚いて健太の背後に立っている人に視線を向ける。ドアに片肘をつき、まるで健太を抱きこむようにして立っているのは、175を超えた健太よりも更に大きな男の人で――

 私は丸見えになった部屋の中をさっと見渡し、他に誰もいないことを確認すると、もう一度健太とその後ろの彼を見つめた。

 初めて見るその人は、真っ赤な顔をして私を真っ直ぐに見つめている。ちらっと、健太を見ると、奴も心なしか潤んだ瞳で彼を見ている……


(び~~~~える~~~~~!?)


 必死に声を飲み込んだ私は、何を言えばいいのか悩み、とっさに彼に自己紹介をしていた。


「は、はははははじめましてっ、健太の姉の高村陽菜子です!」

「はじめまして、西田克幸です。健太君と同じY工業のバレー部、三年です!」

「は、それはいつも健太がお世話になってます」

「いえ!」


 ペコペコと頭を下げる私達に、健太は一つ咳払いをして私を呼んだ。


「それで、姉ちゃんはどう思うの」

「うん?」

「さっきの、その……聞こえてたんだろ。どう思ったのさ」


 健太の言葉に少し考えるふりをしつつ、気になっていたことを聞いてみる。


「さっきの『好きだ』って言ったのは、健太じゃないよね?」

「当たり前だろ!」


 眉間にしわを作って叫ぶ健太に、やっぱりかと頷く。今思い返すと、あれは健太の声じゃなかった気がしていたんだ。

 ……と、いうことは、あれを叫んだのはこの西田先輩で、健太は答える側だったと……

 健太が家に呼ぶんだから、きっと仲のいい先輩なんだろう。それで、先輩のほうはその関係から一歩先に進みたいと……大人の階段! うん、すごい勇気だよね。一度も告白をしたことがない(されたこともない)私は、西田先輩を尊敬する。

 びーえるの世界は、私より私の友達のほうが詳しい。確か亜美ちゃんの話では、男女のカップルよりも純粋で崇高な愛という話だった。

 中学から約五年間。亜美ちゃんから洗脳に近い状態で日々萌えを語られている私だ。偏見なんて持っていない。でも、健太がその道へ進んだら、両親は随分悩むんじゃないかな……

 そんなことをグルグル考えていると、健太がまた「どう思った?」と聞いてきた。

 誰のせいでこんなに悩んでいると思っているんだ。ちょっとお姉ちゃんに考える時間を頂戴よ。

 せかす健太に、思い切って健太はどう思っているのか聞いてみることにした。


「俺?」

「うん。その……西田先輩のこと好きなの?」

「それは……もちろん。世話になってるし、尊敬してるよ」


 横目で西田先輩を見つめながら頬を染める弟と、そんな弟を真剣に見つめる西田先輩。うん、これはもうしょうがないよね。お姉ちゃんは、自分よりも先に階段を上っていく健太を応援しようじゃないか。

 私は健太としっかり視線を合わせると、力強く頷いた。


「健太、私は付き合ってもいいと思うよ」

「本当かっ!?」


 健太に向かって言った言葉に、西田先輩が食いついてきた。ちょっと驚いたけど、先輩もきっと緊張していて、私の助け舟にすがりたいんだろう。

 私はできるだけ普通に見えるように意識しながら、西田先輩に笑って頭を下げた。


「はい。どうぞよろしくお願いします」

「ああっ! 大事にする! 部活もあるからなかなか遊びに連れて行くことは出来ないけど、電話もメールもするから!」


 おお、西田先輩ってば情熱的なんだね。まあ部活の後輩(同性)に告白する勇気を持てる人だ。それくらいの熱量は持っているのかな。

 でも先輩、健太の返事はまだですよ。


「姉ちゃんがそう言うなら……俺もいいと思う……。先輩、よかったですね」

「ああ! 健太、ありがとう」


 顔をくしゃくしゃにして喜んでいる西田先輩と、少しだけふてくされているように見える健太の様子に、私は内心首を傾げるのだった。




 その日、夕飯を食べ終わったあと、健太が私の部屋を訪ねてきた。


「姉ちゃん、入っていい?」

「いいよー」


 部屋に入るなり、健太は私のベッドに寝転む。


「それ、新しいパズル?」

「うん。今日買ってきたんだ。一緒にやる?」

「やだ。俺そういうのイライラしてダメ」


 それは残念と手を動かしていると、健太がジッと私を見つめてきた。顔がむずむずしそうなその視線に、仕方なく手を止めて健太を見る。


「何? どうしたの」

「姉ちゃんさ、本当に良かったの」

「何が」

「西田先輩と付き合うことだよ」

「ああ。いいと思うよ、結構かっこよかったし、大事にしてくれるって言ってたじゃん」


 そうなのだ。焦っていた時はそれどころじゃなかったけど、あれから何故かリビングに降りて三人でお茶を飲んだときに、落ち着いてみた西田先輩はなかなかの好青年だった。

 短く切られた真っ黒な髪、189センチあるらしい細くても筋肉質な体。笑うと目尻が下がって、体がおっきくてもそんなに怖いと思わない。なによりあのおっきな手はかっこよかったかな。


「そりゃ先輩はかっこいいけどさ……」

「健太だって好きなんでしょう?」

「部活の先輩としてはね」

「ありゃ」


 もしかして健太は先輩に恋愛感情はない? だったら迷わずお断りすればよかったのに。やっぱり部活のことを考えると言いづらかったのかな。体育会系の部活で二つ違うのは大きそうだし。


「健太、お姉ちゃんが先輩に断ってあげようか?」

「えっ!? なんでっ」

「だって、健太困ってるんでしょ?」

「困ってるっていうか……俺は、姉ちゃんがちゃんと先輩のことを知ってから付き合うなら別にいいんだ」

「ふーん……」


(つまり私に彼氏を見定めて欲しいって事?)

 健太もはじめての彼氏に色々悩むこともあるんだろう。


「健太、西田先輩を知るにはどうしたらいいと思う?」

「そりゃ、会って話したり遊びに行ったりすればいいんじゃないの」

「ん~……」

「それか、来週の土曜日にうちの学校で練習試合があるから、それを応援に来るとか」

「それって健太は出るの?」

「午前中の試合は俺ら一、二年ので、昼を挟んでスタメンの試合がある」


 健太の応援は楽しみだし、私がいてもおかしくないけど、次の試合を私が応援するのは変じゃない? 同じ学校の生徒でもないし。そんなことを言うと、健太は笑って否定した。


「三年の保護者とかうちの生徒も結構観に来てるだろうから、姉ちゃんがいてもそんな目立たないよ。亜美さん誘って二人で来ればいいじゃん」

「そっか……じゃあ亜美ちゃんがいいって言ったら行くね」

「うん」


 私の言葉に健太は心なしかホッとしたように顔を緩めた。


「ねえ健太、西田先輩のこと亜美ちゃんにも話して大丈夫?」

「は? 姉ちゃんが話したいなら話せばいいんじゃね?」

「あ、いいんだ。じゃあきっと応援に行くよ」

「うん? うん、わかった。先輩にも言っとく」


 健太が部屋から出て聞くと、私は亜美ちゃんに電話して今日の出来事を話した。電話越しにもその興奮が伝わってくる彼女は、二つ返事で土曜日の応援を了承したのだった。


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