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セーレの花  作者:
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3. 義姉とのお茶会


すぐそばで気配がし、私は目を覚ました。

見れば隣で眠っていたはずの陛下の姿はすでにない。

「おはようございます、セーレ様」

声がした方を見れば侍女がいた。

陛下がお渡りの時は陛下よりも早く起き支度の手伝いをするので、侍女に起こされることなどほとんどない。

気だるさの残る頭を振り、ため息を吐いた。

「おはよう。…寝過ごしたようね。陛下はもうご政務に?」

「はい。よくお眠りになっておいででしたので、このままにしておくようにと陛下から言付かりました。しかし、先ほどディアレ様からお茶会のご招待が届きましたので、失礼ながらお起こしに。…お断りされますか?」

「…いえ。お受けするとお返事を。支度をお願い」

「かしこまりました」

侍女は頭をさげると速やかに退出し、入れ替わりに別の2人の侍女がやってきた。

すぐに用意されていた湯で簡単に体を清め、軽い朝食を摂った後に侍女の手を借りて身支度を整える。

ドレスから装飾品、髪型など細部まで気を配り、時間をかけて丹念に仕上げた。

茶会の時間の少し前にようやくできあがり、急いで茶会が開かれる後宮の中庭へ向かう。

中庭は今が盛りと色とりどりの花が咲き誇っている。それらから少し離れた木陰にはテーブルや菓子などが準備され、ディアレもすでに待っていた。

ディアレは私が来た事に気づくと、優雅な仕種で立ち上がる。木漏れ日に反射し、異母姉の金糸のような髪が輝いた。

その立ち姿は凛としていて気高く、見惚れるほどに美しい。

緩やかに波打つ淡い金色の髪に、若葉色の瞳。目鼻立ちのはっきりとした優美な顔立ちに、新雪のように白い肌。赤いドレスに包まれた見事な凹凸を描く肢体は、同じ女から見ても魅力的だ。

そして、その恵まれた容姿に慢心することなく、細部にいたるまで装いや仕種に気が配られている。

一族の期待を一身に受けた、現宰相を勤めるローディル侯爵の正当な娘だ。

私は細心の注意を払い、裾をつまんで頭をさげた。

「お久しぶりでございます、お義姉様。本日はご招待ありがとうございます」

頭を下げたまま、異母姉の言葉を待つ。少しして返って来たのは、美しいが氷のような声音だった。

「……姉などと、気安く呼ばないで頂戴。妾の子が」

「…失礼致しました。ディアレ様」

顔を上げれば、ディアレは目を眇め、冷たい無表情で私を見ていた。

初めて会った10年前から、ディアレの私を見る表情は変わらない。いつだってその目は冷たく厳しい。

だが、それも無理のないことだろう。

私は貴族の父と、当時父の屋敷で勤めていた使用人の母との間にできた不義の子だ。

使用人が何故貴族の父に見初められ、私が生まれるに至ったのかは知らない。

幼い頃、私は母と2人で辺境にある長閑な村で暮らしていた。父はただいないとだけ聞かされていたが、村には片親だけの子や孤児もいたので特に疑問に思うことなく幸せに暮らしていた。

11の時、母が病で亡くなるまでは。

それから、嵐のように私の穏やかな日々は一転した。

突然父の使者だと名乗る者が私のもとに現れ、なかば強引に王都へと連れられた。そこで父と出会い、私は実は貴族の娘で、これからは父のもとで貴族として生活していくのだと告げられた。

あまりにも現実味のない話だったが、信じざるを得なかった。

父と名乗る男は、黒い髪に切れ長な青い瞳をしていた。私と、よく似た。

それに他に身寄りもない子供の私に他の選択肢があるはずもなく、それからは流されるままに貴族としての教育を受け、王の側室にまでなった。

ディアレからすれば、突然どこの馬の骨と知れぬ小汚い庶民の娘が妹だと告げられ、正当な娘たる自分と同じ扱いを受けるようになったのだから当然反感を抱いただろう。

ましてディアレは建国から続くローディル家を誰よりも誇りに思っている。その血を汚す庶民の血を引く私など目障りなはずだ。

嫌われる理由に納得がいく分、私はディアレを苦手に思っても嫌うことができない。

ただこれ以上関係を拗らせないよう、ディアレの前では大人しく振る舞った。

「……今日は、まともな格好をしているようね」

席に座り、一息ついたところでディアレが言った。

「ありがとうございます」

ディアレは自分にも厳しいが他人にも厳しい。特に私はローディル家の面子も関わってくるため、何か不備があるといつも注意を受けるのだ。

私は内心ほっと息をついた。

「でも、先日の祝賀会の時は酷かったわ。何故、戦時中と同じ色のものを着ていたのかしら?お前は、祝賀会の意味がわかっていて?」

「…申し訳ありません」

ディアレが言いたい事に思い当たり、素直に頭をさげる。

祝賀会で明るいドレスを着なければならないという決まりなどないが、確かに戦時中と同じ暗い色合いの青色のドレスは不謹慎だったのかもしれない。

私はあまり明るい色は似合わないので避けたのだが、それをディアレに言えばなぜ似合うように工夫しなかったのかと言われるだろう。私はただ黙って義姉の言葉を聞いた。

「しかも、ずっと壁際にいたでしょう。少しは目立たなくては、引き取り手が出てこなくてよ」

引き取り手、という言葉に私は顔をあげた。

「降嫁の話がでているのですか?」

「いいえ、まだよ。でも、此度の戦争は規模も大きかったし、勝利に大きく貢献した者も何人か名を聞いているわ。その者達に側室を下賜する話がでてもおかしくないでしょう。そろそろ、正妃を決める頃合いでしょうし」

「そうですね」

陛下は王としては若いとはいえ、正妃を決める頃合いとしては遅いくらいだ。

大抵の場合、王になってすぐに後宮に一斉に女を集め、1〜2年で正妃と後宮に残す数人の側室を選ぶ。

陛下は即位してもう3年になるが、隣国との戦争のためそれも延期になっていた。戦争が終わり、近隣諸国も今後は情勢が安定すると言われている。おそらくもう少し経てば延期になっていた正妃の選定と後宮の調整にはいるだろう。

妾腹の私は、後宮に残る事はもとより考えられていない。むしろ後宮に残るためでなく、僅かでも陛下に寵をいただく事で泊をつけ、なるべく良いところに降嫁するために後宮に入れられたのだ。

「お前が後宮にいるのもあと僅かよ。なるべく良い引き取り手に望まれるように努力なさい。そうでなければ、お父様がお前を引き取った意味がない」

後宮にいるのもあと僅か。

言われて初めて実感した。確かに、おそらくあと1年もいないだろう。

しかし、実感したところで感慨はない。陛下は立派なお方で優しくしてくださったけれど、この3年で恋情を抱くことはなかった。

「承知しております。ディアレ様」

私はただ淡々と頭を下げた。



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