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セーレの花  作者:
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2. お渡りと約束

寵姫と言える程ではないが、私も一応寵愛はいただいている。

私が後宮入りしたのは今から3年前、18歳の頃だ。その頃20人いた側室のほとんどは3年の間に降嫁され、今は8人となっている。ちなみに正妃はまだいない。今後側室をさらに減らし、その中から選ぶという話だ。

陛下が避妊しているため、子も一人もいない。厳選され残った者だけが、陛下の子を生む栄誉を賜るのだ。代々ナセルはそのように子を生ませる女を選び、情勢を操り継承争いを避けてきた。

陛下は20人側室がいた頃から、頻度の差はあれど全員のもとへ通っていた。8人になった今もそれは変わらない。陛下が私のもとへ来るのは月に1、2度程度。他の側室の所では知らないが、お渡りになってもただ眠るだけの時もある。 後宮へは大半の日をお渡りになっているから、側室の中でもおそらく最も寵姫には遠いところにいるだろう。一番近くにいるのは姉のディアレだ。

祝賀会から半月程経ち、そろそろかと思ったころにお渡りの報告を受け、私はいつものように陛下を迎えた。

「いらっしゃいませ、陛下。遅くなりましたが、此度の勝利お祝い申し上げます」

陛下は出迎えた私を見て、精悍な顔に苦笑を滲ませた。

「半月たってようやくか。祝賀会ではそなた、一向に私に近づいて来なかったな」

まさか気づいていたとは思わなかった。あれだけ女性に囲まれながら、陛下は一人一人をきちんと確認していたのだろうか。内心で感心しながら、慇懃に頭をさげた。

「失礼致しました。大勢人がいらっしゃったので、落ち着いた頃に申し上げようと思っていたのです」

「…そうだな。まぁ良いだろう。酒を飲みたい、用意を」

「はい。どうぞ、あちらに」

私は酒と軽い料理を用意した机に陛下を案内した。

行為をする前に、こうして陛下に酌をするのは習慣となっている。

陛下の杯に酒を注ぐ。私も誘われ、一口だけ付き合う。体質的にあまり強くないのだ。

舐めるように酒を飲み、すぐに杯を陛下に返す。それだけで頬がうっすら赤くなる私を見て陛下は笑い、杯に残った酒を飲み干した。

空いた杯に酒を注ぐ。不意に思いだしたように陛下が「あぁ、そうだ」と呟いた。

「此度の勝利の祝いを、そなたら側室にも振る舞うことにしている。好きなものを望むと良い」

「好きなもの、ですか…」

なんとも太っ腹な話だが、言われて私は途方に暮れた。

考えてみると、特に欲しいものなど思い当たらない。

普通はドレスや宝石といったところだろうが、特にそれらが欲しいとは思わなかった。

他の側室に比べて私が持っているのは少ないが、表に出る事も少ないため父にもたされた物だけでも十分事足りる。むしろ今でも出番がないくらいだ。

それでは他のものをと考えても、特に欲しいものなどない。

「…ディアレは、ルビィが欲しいと言っていたな」

考えあぐねている私に、陛下が言った。

異母姉らしい選択に、内心で苦笑する。確かにあの赤い宝石は私と全く似ていないディアレにはよく似合う。ディアレはすでに数えきれないほどの宝石を持っていたはずだが、彼女は表にでることも多いし美しいものを好む。いくつあっても足らないのだろう。

ディアレとは趣味嗜好が全く異なっているため、せっかくの助言だが全く参考にならない。

いっそ適当に宝石が欲しいと言っても良いが、欲しくないものをねだっても陛下にも私にも意味がない。

欲しいもの、と考えてふと、ひとつだけ思い至った。


黄色い花が揺れる、幸せの幻想。


もしあれが再び手に入るのなら、何を失っても構わないとすら思う。

しかし、これは国王陛下であろうとも不可能というものだ。

自分の考えに苦笑する。時間を巻き戻すことは、誰にもできやしないのに。

だが、ふとに思った。

思い出を手に入れられずとも、その名残だけなら手に入れることができる。

「……陛下。では、花をお願い致します」

「花?後宮にも花はあるが…」

私が言った言葉に、陛下は不思議そうに答えた。

私はその言葉に首を振る。確かに後宮にもいたるところに花が飾られてるし、立派な庭も温室もある。

しかし、それではないのだ。私が欲しいのは、あの夢の、あの花。

「後宮にはない花でございます。わたくしの思い出の花で、セーレという黄色い花弁の可憐な花です」

「セーレ…。そなたと、同じ名だな」

「はい」

花を思い浮かべると、温かい気持ちになって自然と微笑む。

セーレは特に珍しくもない、道ばたに咲いているような城下ではありふれた野花だ。春から夏にかけて咲いているので、春の今なら手にも入りやすい。しかし、バラや百合などの花が植えられている後宮では逆に野花などあるはずもなく、ここ3年は目にすることもなかった。

「それだけで良いのか?宝石で、その花を象ったものを用意しても良いが」

「いいえ。わたくしは花そのものが欲しいのです、陛下」

花でなくては、意味がない。母が愛したのは宝石ではなく、力強くも可憐に咲くあの黄色い花なのだから。

「数本だけで良いのです。それ以上、望むものなどありません」

笑みを浮かべてそういうと、陛下は苦笑して言った。

「そなたは、本当に謙虚だな。良いだろう。必ず、近いうちに持ってくる」

「ありがとうございます」

嬉しい言葉に自然と口調も浮き立つ。

不意に陛下の手が腰に伸び、そのまま引き寄せられた。

この3年ですっかり慣れた感覚に身を任せ、陛下の腕に飛び込む。そのまま頬を挟まれ上を向かされ、口づけられた。

しかし、思いがけずいつもより深く執拗な口づけに、私は身じろいだ。陛下は容赦せず、さらに舌をからませてくる。

口の中に酒の味が広がる。そのせいもあってか、息が上がった。

もう限界だと思ったその時、ふわりと体が中に浮き、気づけば寝台の上に沈んでいた。横たわる私の上に、陛下が覆い被さってくる。

「……3年共にいるが、そなたのあのような笑みは初めて見たな」

陛下はいたずらっぽく笑って言った。

なんと言っていいか分からず言葉を探していると、探し出す前に再びいつもより深い口づけが降ってくる。

「セーレ…」

口づけの合間で不意に耳元で名前を囁かれ、酒のせいだけでなく動悸がした。

なんだか今日はいつもと違う。

だがそれを深く考える余裕もなく、ただ与えられる熱に翻弄された。



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