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セーレの花  作者:
16/28

16. 二番目の想い人

「いつもありがとうございます、セーレ様。こんな貴重な食べ物まで」

「いいえ。せっかくの実りの季節ですから。子供達も楽しむべきでしょう」

私は苦手だが、夏というのは貴族だけでなく平民にとっても良い季節だ。

春に花咲けば夏には実が実る。野菜はもちろん果物だって多く穫れる。塩漬けなどの保存食でない食べ物が存分に味わえる季節だ。

せっかくだからと思い子供達が喜びそうな果物を持参すると、予想通り飛び上がって喜んでいた。今は賑やかに皆で食べている。それを見ながら院長は目尻に皺を寄せて微笑んでいた。

「以前に比べて随分人数が多くなりましたね。何か入り用なものはありますか?人手も足りているかしら」

「十分良くしていただいておりますので大丈夫ですよ。新しい職員もよく働いてくれますし」

院長が視線を向けた先に目をやると、一人の青年の姿が目に入った。私より少し上くらいかと思われる青年は柔らかく微笑みながら小さな子供に果物を食べさせている。

「アズルムの孤児院から引き取ると聞いた時は驚きましたが、問題ないようですね」

「ええ。子供達も良い子ばかりでしたし、なにより一緒に来た彼が子供達を上手くまとめてくれましたから」

「将来有望な後継者ですね」

「ええ、本当に」

嬉しそうに笑って院長は頷く。

しばらくそうして院長と話していたが、まだ1歳ほどの小さな子が近寄ってきたので抱き上げて膝に乗せた。人見知りはしない方なのか嫌がる事なく大人しくしている。

「あなたもそろそろ食べられる年頃かしら。食べてみる?」

院長に許可を取り、果物を小さく切って口に運ぶとパクリと食べた。何やら難しい顔でもごもごとしていたが、気に入ったのか催促するように口を開ける。また小さく切ってその口に放り込むと、今度は嬉しそうな顔をした。可愛らしいその様子に思わず口元が緩む。

「セーレ様は食べないの?」

5歳ほどの子が側へ来て首を傾げた。

「私はいいのよ。あなたはちゃんと食べた?」

「うん。おいしかったよ」

「そう。良かった」

頬を撫でると嬉しそうにはにかむ。すると他の子が来て私の手を引っ張った。

「セーレ様、遊ぼう!」

「ごめんね。今日は調子が悪くて私は遊べないの。騎士の人達が遊んでくれるわ」

「えー。お姉さんは?」

傍らに立っていたマキアを指して子供が言った。シェディルだったら代わりに子供達と遊んでもらうところだが、先ほどから子供達ににこりともしないマキアに頼む気にはなれない。

「ごめんね。お姉さんも無理なの」

渋々その子は諦めて外へ走って行った。けれどすぐに楽しそうな声が聞こえてくる。

その声に耳を澄ましていると腕の中の子が果物を催促した。子供達は食べて遊んでと忙しないが、私もなかなか忙しい。

しばらくすると子供達は全員食べ終わったのか、皆外へ遊びに行った。ただ一人抱えていた子は満腹になったら眠たくなったのか、私の膝で眠っている。

起こさないようにそっと小さな背中を撫でる。安心しきった顔で眠る子供が可愛らしい。きゃはは、と甲高い笑い声が聞こえ窓を見れば、楽しそうに走り回る子供達の姿が見えた。子供達の無邪気な様子に心が和む。

しばらくそうして子供達を眺めていると、不意に肩を叩かれた。

「なあに?」

きっと子供だと思い甘く返事をして振り返る。しかしそこにいたのは、子供ではなくノード様だった。

「!?」

驚きで一瞬体がビクリと跳ねた。膝で寝る子供が抗議するかのようにもぞもぞと動く。起こしてしまったかと焦ったが、すぐに寝息をたて始めてほっと息を吐いた。驚きすぎて声がでなかったのは幸いだ。

顔を上げると、ノード様は悪戯が成功した子供のような得意顔で笑っていた。そして眠る子供の顔を覗き込み「ははあ」と感心したような声を上げた。

「ご側室の膝で眠るなんて贅沢な子供ですね。こんな事ができるのは王かここの子供くらいじゃないですか?」

「ノード様、どうしてここに!?」

「どうしてって、セーレ様の護衛ですよ」

「でも、部署が違うでしょう?」

騎士の部署など詳しくはないが、いつも護衛についてくれるのは近衛だったはずだ。ノード様は少なくとも近衛ではなかった。しかも彼はまだ叙爵されていないので正式な騎士ですらない。

指摘するとノード様はギクッとしたように目を丸くした。

「ありゃ。知ってましたか。ええまぁ実はセーレ様が出掛けると聞いて無理矢理交代しました」

「どうして……」

「あー……。それは」

言い淀んでノード様は視線を私の横に立つマキアへ向けた。

視線を受けたマキアは一瞬表情を険しくし、ひとつため息をついて私の方を向いた。

「……セーレ様。その子供はきちんと寝床で寝かせた方が良いでしょう。連れて行きます」

「え?」

言うが早いかマキアは手際よく子供を抱き上げ、部屋を出て行ってしまった。子供達も他の護衛もおらず、部屋にはノード様と私だけが残される。

「いやあ、気のきく侍女さんですね。助かりました」

マキアの出て行った扉を眺めながらノード様が言った。

「……そうですね」

私は少し呆然としながら呟くように答えた。マキアがあっさり出て行くなど意外だ。一応私の護衛も兼ねていたはずだが、ノード様がいるから良いと判断したのだろうか。確かに“英雄”ならこれ以上ない頼もしい護衛だが、裏があるのはともかく職務に真面目そうなマキアらしくない行動に思える。

「あー、それでですね。実はセーレ様に折り入って話がありまして」

その声に我に帰り、彼を振り返った。

ノード様は何やら少し気まずそうにしていた。視線を彷徨わせ、後ろ頭をかく。

「えと、座っても?」

「ええ」

頷くと、ノード様は私が座っていた長椅子に一人分ほど距離をあけて腰掛けた。

そして意を決したように私と緯線を合わせた。

「実は、先日宰相閣下からセーレ様の降嫁の打診をされました」

「え……」

父に降嫁を願い出てからすでに一月が経つ。その間なんの音沙汰もなく、父には反故にされてしまったのだと思っていた。

「いやあ、大変でしたよ。この件で一度セーレ様と話したかったんですけど、夜会じゃ変な噂たっちゃうかもしれないし、でもそれ以外だと全然会う機会がないですからね。初めて上司に頼み事しました。でもあの上司が——」

「あの、返事は」

基本的に親族以外の男性は後宮に入る事も側室に面会する事も禁じられているため、さぞや苦労したのだろう。それは分かるが延々と苦労話が続きそうだったので無理矢理割り込むように言うと、ノード様は思い出したように「あぁ」と頷いた。

「宰相閣下が受けるかどうかは俺の自由にして良いって言ってくれたんで、とりあえず待ってもらいました。セーレ様と話してから決めたかったので。」

「話、とは」

「貴族にとって政略結婚が当たり前なのは知ってます。でも、セーレ様は嫌なんじゃないかと思って」

同情したような顔でノード様が言った。

きっと平民出身であるノード様には貴族の政略結婚は哀れに見えるのだろう。それは同じ立場の私にもよく分かる。だが、それは私には無用な心配だ。

「相手の希望はしませんでしたが、降嫁を望んだのは私自身です。否やはありません。……ですが、もしノード様にとってご迷惑な話だったなら、何も気にせず断ってください」

政略結婚を厭う気持ちが分かるからこそ、ノード様には強要したくない。

だが、ノード様はそんな私の言葉を他所に何故か驚いたように目を見開いた。

「自分から降嫁を望んだ?え、どうしてですか?」

「どうしてって……」

そこまでおかしな事だろうか。側室が降嫁を願うのは案外よくある事だ。何故ノード様がこれほど食い付いてくるのか分からず戸惑ってしまう。

けれどノード様は私以上に戸惑った顔をして言った。

「だって、セーレ様は王が好きだったはずでしょう」

「え……」

今度は私が目を見開く番だった。

じわじわと頬が熱くなる。

「ど、どうして……」

父にはそれらしき事は言ったが、あの父がそれを吹聴するとは思えない。あとは誰も知らないはずなのに、どうしてノード様が知っている。

狼狽えていると、ノード様は再び目を見開いた。

「気付いてないと思ってたんですか?あれだけ人の腕の中で泣きながら王を助けた事を感謝してたのに?俺、別に経験が多いわけじゃありませんけど、ああいう状況であそこまで意識されないのは初めてでしたよ」

「……」

あの時は必死だったためそこまで気が回らなかったが、今思い出せば確かに分かりやすかったかもしれない。

強烈な羞恥に襲われ、私は俯いた。

「否定しないってことは間違ってないんですよね。どうして自分から降嫁なんて望んだんですか」

どこか責めるようにノード様は問う。

その言葉に苦い現実を思い出し、水を浴びせられたように熱くなっていた頬がすっと冷えた。

「……愛しているからです」

呟くように言って顔を上げると、まっすぐに私を見るノード様と目が合った。

「愛しているからこそ、お側にいるのが辛い事もあるのです」

「……まぁ、分からないでもないですけどね」

そう言って、ノード様はふっと苦笑した。

「王っていうのはただの男じゃない。どうしても国の事が関わってくる。気持ちひとつで側にいられれば、王の妃達は誰も苦労はしないでしょうね」

「……」

「セーレ様の気持ちも分かりますよ。俺も、あなたと同じように大切に想う人がいます」

「え……」

突然の告白に思わず凝視すると、ノード様は悪戯っぽく笑い、わざとらしくおどけたように言った。

「その人も特別な立場にいる人です。英雄なんてご大層な呼び名をもらいましたけど、手なんて届きゃしません」

「……それは、以前言っていた“雲の上の人”ですか?」

いつかの夜会でノード様が踊りたいと言っていた人の事を思い出す。あの時ノード様はダンスホールをじっと見つめていたあの眼差しを。

ノード様は一瞬きょとんとして思い出したように「そう言えばそんな話したっけ」と小さく呟いた。

「そうです、その人です。よく覚えてましたね。」

「いっそ目に見えない程遠くにいれば諦めもつく。そう仰ったノード様に共感したからですよ。今は一層、その言葉が身に沁みます」

「確かに、そんな事も言いました。本当によく覚えてますね」

照れたのか、ノード様は目元を少し赤くして後ろ頭をかく。

「セーレ様」

だが、不意に居住まいを正すと真っすぐ見つめて名前を呼んだ。

ノード様からは何かを決意したような雰囲気が滲んでいて、私もつられるように居住まいを正した。

「俺は、こんな男でもいいと言うのなら、降嫁の話を受けようと思っています」

普段のノード様からはかけ離れた、とても真剣な表情だった。冗談ではなく、彼が本気で言っているのだと分かる。

それは、降嫁を望んでいた私には願ってもない申し出だった。義兄も勧めていたくらいだ。年齢的にも地位的にもノード様は私にとっては理想的な降嫁相手と言えるだろう。想う相手がいる事も別にどうと言う事はない。それは私も同じなのだ。だから、このまま「お願いします」と言えば良い。

「……私はきっと、陛下を忘れる事はないでしょう。それでもノード様はよろしいのですか」

けれど口からこぼれたのは、たぶん政略結婚の相手に言うべきではない言葉だった。

人は変わる生き物だ。いつまでも陛下への気持ちが続くとは言えない。もしかしたら、いつか他の誰かを愛せる日がくるのかもしれない。

けれど、醜悪とも思えるほど強烈な感情を抱いた事を、忘れる事はないと思うのだ。母を忘れられないように、きっと一生陛下との思い出に捕われ続ける。

それは政略とはいえ結婚相手としてはあまり気持ちの良いものではないだろう。だからこそ言うべきではなかった。

けれど、私を気遣ってくれたノード様には誠実でありたい。

想い人には手が届かずとも、時の英雄なら相手は他にも大勢いるはずだ。それならばこんな厄介な想いを抱えている私ではなく、もっと普通の人と結婚した方がきっと楽だろう。もしくは一生独身を貫く事だってできるはずだ。こんな私と無理に結婚する必要はどこにもない。

けれど私の考えを他所にノード様は苦笑して頷いた。

「良いですよ。俺もきっと、あの人を忘れる事はない。むしろ同じなら、その方が気楽で良いです」

「でも……」

「良いんですよ。実は他の国に行かないようにって叙爵後に結婚する事は義務づけられてたんです。 むしろこの話は、俺にとっては都合が良かった。俺は、政略結婚するならセーレ様が良いです。でももし嫌ならそう言ってください。無理強いはしたくない」

「……いいえ。私も、ノード様が良いです」

都合が良いのは私も同じだ。誰でもいいとは言ったが、選べるのならばノード様が良い。

ノード様は一緒にいて楽しい人だ。同じ平民出身同士のためか価値観も近く堅苦しいところもない。どの貴族の男性よりも、私にとっては良い人に思える。

「良かった」

ノード様は安心したようにふぅと息を吐き、長椅子にもたれ掛かるように座り直した。

「会議があるのは知ってますよね。会議の後に正妃の宣誓をする事も」

「ええ」

会議というのは一ヶ月後に行われる国際会議の事だ。

アズルム神王国が滅んだのを機に今後の関係の見直しのためにナセルで開かれるのだ。

会議には各国の代表及びカラハ教の法王も集まる予定らしい。カラハ教とはアズルム神王国が大陸を統一する前に信仰されていた古い宗教で、アズルム神王国から独立する際、多くの国がこの宗教を掲げている。ナセルもその多くの国のうちのひとつだ。新たな宗教を掲げた国もあったが、今や大半の国がカラハ教を信仰している。今回の国際会議にはアズルム神王国と言う“宗教”が絡んでいるために訪れるのだろう。

会議後には式を開き、法王のもとアラム様を正妃として正式に宣誓するという話も耳にしている。

「宣誓式の後に俺の叙爵式もやるらしいです。だから、その時にセーレ様の降嫁を願おうと思います」

ハッとノード様を見上げた。

会議後の叙爵式には当然各国の代表がいる。その前で降嫁を願うという事は、それだけ本気だという事だ。

よほどの事でない限り功労者の褒美を却下するのは国の恥。 万が一陛下がこの婚姻に異議があったとしても、各国代表の前ではそう簡単には止められないだろう。

「きっとこの要望は通るでしょう。だからそれまでに、覚悟を決めておいてください」

その通りだ。きっと、いや必ず降嫁の願いは通る。ノード様が私を望むのは妥当すぎて反論など出ないはずだ。

これで、私の未来は決まったも同然。

一ヶ月後にアラム様は正妃になり、私はノード様に降嫁する。

私の恋は、その日に終わりを迎えるのだ。

辛いかと聞かれれば否定はできない。けれど諦め、これで良いのだと納得はできる。

「大丈夫です。覚悟はとうにできています」

陛下に降嫁を願ったあの時から覚悟はできている。

けれどノード様は私を見て、首を横に振った。

「人は迷う生き物です。どんなに諦めたと思っていても、少しでも希望が見えれば縋りたくなってしまう。でも、たとえセーレ様が迷っても俺は咎めません。俺もまた、希望が見えれば迷うかもしれないからです。いいや、むしろセーレ様の降嫁を願うその直前まで、足掻き続けるでしょう」

「……」

ではノード様、あなたはまだ諦めていないのか。

手は届かないと言いながらも、あなたはまだ必死に手を伸ばしているのか。

結婚を申し込んでおいてと責める気にはなれなかった。むしろ、最後の最後まで手を伸ばそうとするノード様を羨ましく思う。

私は手が届かないと気付いたとたん手を引っ込めてしまった。私にできなかった事をする彼が、とても眩しい。

「……ノード様、ひとつだけ約束してください。もし迷ってしまったら、その時は私の事は構わないでください。あなたの足枷にはなりたくありません」

たとえノード様の手が届いてこの降嫁がなくなったとしても構わない。

むしろ同じ想いを抱えた彼の願いが叶えられるのなら、私も嬉しい。

建前でなく本気でそう思って言うと、ノード様は笑って言った。

「同じ事を返しますよ。俺も、あなたの足枷にはなりたくない」

「……」

きっと彼も本気で言ってくれているのだろう。そう思えて私はただ笑みを返した。

きゃははは、と子供達の笑い声が耳に届く。

楽しそうな笑い声はいつまでも途切れない。ノード様と長椅子に座りながら、とても穏やかな心地でそれを聞いた。ノード様も笑みを浮かべて窓の外へ視線を向ける。

その笑みを見て、例えば、と思う。

例えば私達が結婚したら、こんな穏やかな時を過ごせるだろう。

陛下のように強烈な感情は抱く事はなくとも、私はきっとただ穏やかにノード様を想えるだろう、と。

「セーレ様」

そんな事を思っていると、不意にノード様が私を呼んだ。

視線を向けると、彼は今まで見た事がないほど綺麗に微笑んでいた。

「俺、あなたの事が好きです」

「え……」

今まで想い人の事を語った口で何を言うのか。

突然の告白にときめくよりも思わず咎めるように睨むと、とたんに綺麗な笑みがへらりと崩れた。



「——二番目に」



「……」

ぱちぱちと、瞬きを繰り返す。

「……ふっ」

言われた言葉をゆっくりと頭が分析し、完全に理解すると笑いの衝動がこみ上げた。

なるほど二番目なら嘘ではない。

それを嬉しく思えるのは、私もまた同じだからだろう。

「私も、ノード様の事が好きですよ。……二番目に」

この気持ちは恋でもなく愛でもない。言うなれば友情のようなものだ。それはきっとノード様も同じだろう。けれど言った言葉に嘘はなく、気の良い彼の事を陛下の次に好きな事は確かだ。

ひとしきり笑って悪戯っぽく言葉を返すと「両想いですね!」とノード様は破顔した。

「俺たちなら楽しく暮らせますよ。とりあえず最初の3日間くらいは失恋を嘆いて一緒に泣き暮らして、気がすんだら美味いものをマナーなんか気にせずたらふく食べましょう。そうしたら町に出て買い物したり、遠乗りするのも良いですね。同じ平民出身同士なんです。堅苦しい事はやめて好き勝手に過ごしましょう」

楽しそうにノード様は語る。

想像すると私も楽しくなってきて、ずっと諦めていたやりたかった事を思い出した。

「じゃあ、庭に畑を作ったり料理をしても良いですか?あと、犬も飼いたいです」

「犬?」

「はい。昔飼ってたんです。とても賢くて、とても大きい犬でした」

これくらいの、と両腕を大きく広げて大きさを表現すると「でかいですね」とノード様は笑った。

私が小さい頃家で飼っていた犬は本当に大きな犬だった。6歳の頃に死んでしまったので記憶が少し朧げだが、とても賢くて、まるで私の保護者のような存在だった事を覚えている。

もしも我が儘が許されるのなら、もう一度あんな犬を飼いたい。

希望をこめて見つめると、ノード様は笑って頷いた。

「良いですよ。俺の稼ぎなら犬を飼うくらいどうってことないです。庭も厨房もセーレ様の好きにしてください」

「ありがとうございます」

好きなように食べて、遊んで、暮らして。ノード様が語る未来はまるで子供の夢物語のようだ。

でもきっと、ノード様とならそれもの現実のものとなる。彼との暮らしは楽しいだろう。根拠はないけれどそう思えた。

「さてと。いつまでもセーレ様を独り占めしてると子供達に恨まれちゃいますね。そろそろ顔を出してあげましょうか」

確かにいつまでもノード様と話していては孤児院に何しに来たのか分からない。

立ち上がったノード様に手を差し出したされ、その手を取った。

夜会の時は手袋をしていたが今はしておらず、ゴツゴツとした固さを直接感じた。陛下もそうだが、戦ってきた者特有の手だ。見れば、手の甲は火の中に手を入れたのかと思うほど焼けただれていた。

「あぁ、これ。ちょっとヘマしちゃったんですよ」

私の視線に気付いたのか、ノード様はそう言ってへらりと笑った。

「今でも痛みますか?」

「火傷は痛みが長引くから厄介でしたけど、今は全然痛みませんよ。でも、女性に見せるべきではなかったですね」

すみません、とノード様は手を引こうとする。私はその手を咄嗟に強く握った。

「いいえ。そんな事はありません」

この手は多くの人を救ったのだから。

ひょうきんで悪戯好きで子供みたいなノード様。でもその裏では多くの傷を負いながら私達を守ってくれた人。

夫としてノード様を愛せるようになるのかは分からない。けれど彼の妻になる事は、とても誇りに思えた。



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