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セーレの花  作者:
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1. ある側室の現状と心情


薄黄色の可憐な花々が風に揺れる。

太陽の光に反射し、波のように煌めくその様があまりにも美しく、私はうっとりそれを見つめた。

不意に少し離れた所から、私を呼ぶ母の優しい声が聞こえる。

花を数本手折り、一目散にその声のもとへと走った。

丘を駆け上がり母のもとへ辿り着くと、優しい声と共に柔らかな抱擁が私を迎える。それに存分に甘え、手に持った花を差し出した。

母はとろけるような笑みを浮かべて私の額にキスをする。それが嬉しくて、母に抱きつく。

心地よい腕が私を包み、うっとりとして目を瞑った。


そこでいつも、幸福な夢は終わる。

もう二度と戻らない、私の人生で最も幸せだった頃の記憶。





何色ものきらびやかなドレスが、鮮やかに舞う。

私は広間の隅に立ち、ぼんやりとそれを眺めていた。

隣国との戦争に勝利を収めた我がナセルの王城では、その勝利を祝う祝賀会が開かれている。

戦時中は舞踏会など一切できず、久々に戦争から解放された人々の顔は皆一様に明るい。特に暗い色のドレスを身につけることを強いられていた女性達は、その反動か色鮮やかなドレスを身につけている。

ひらひらと舞うそれらのドレスは、過去に一度だけ見た南国の色鮮やかな鳥のようだった。その鳥は異性の気を引くために鮮やかな色をしているという。人間も鳥もすることは同じだと思うとなんだか滑稽だ。

ふと、特にその求愛行動が顕著な一角に視線を向ける。

多くの美しい女性が群がっているその中心には、一人の男性がいた。

灰色の強い銀色の髪に、薄い空色の瞳。 背が高く、すらりとした筋肉を身につけた、精悍な男だ。

歳は彼の立場を考えると28歳とまだ若いが、隙のない笑みからは威厳が感じられる。

彼こそはこのナセルの王、ジルバード•ウル•ナセルその人であり、同時に私の夫でもあった。

ただし、私にとっては唯一の夫ではあるが、彼にとって私は大勢いるうちの一人でしかない。

私は彼がもつ8人の側室のうちの一人だ。

彼は群がる側室とその他貴族の女性を、だらけるでもあしらうでもなく適度に捌いている。その手腕は見事で、さすが最高の時では20人の側室を持っていただけある。

余裕な様子の陛下とは裏腹に、女性達は皆必死だ。ドレスだけでなくあの手この手で陛下の気を引こうとしている。

その様子を見ながら、ふと己の身を振り返った。

私が身につけているのは、濃い青色のドレスだ。フリルやリボンなどの飾りは少なく、装飾品も小粒のサファイアが連なった首飾りと、金と水晶のイヤリングのみ。

容姿も特に目立つ点はない。珍しくもない黒髪に青い瞳。貧相という程でもないが今ひとつ肉付きの足りない体。切れ長な目と高い鼻梁で整っているとは言われるが、多くの美姫の中では霞む顔立ち。

この広間で浮いてしまうほど質素ではないが、簡単に埋没するほどに地味だ。壁際にいることで完全に壁の花と化している。

本当なら、私も側室として王のもとへ行くべきなのだろう。しかしあれだけ群がる女性がいるのなら、私一人がいてもいなくても変わらない。特に陛下の気を引きたいとも思わなかった。

私は寵姫の座も、まして正妃の座も望んでいない。私を側室にしたローディル家も、私などに期待はしていないだろう。私はただの保険であり、一族の期待は全て同じ側室である異母姉のディアレが負っている。私はただ、流されるままに生きれば良い。

いずれ陛下に飽きられ実家に戻されるか、功績をたてた臣下に降嫁させられるか。

いずれにせよ、滅多なことが起こらない限り衣食住に困ることは生涯ないだろう。

今はもう、それさえ約束されていれば後はどうでも良かった。

私は幸せではないが不幸でもない。ただ、このままいつまで続くか分からない人生が終わるのを待つのみ。

その間、荒波にもまれることなく生きられれば良い。

私の人生の最も幸福な時間は、もう終わってしまったのだから。



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