時間軸が微妙にずれてる気がしても無視して下さい
八刃学園の開校当初、各国の情報局の調査対象になった、彼女はその中の一人だった
一人の少女が今、本日から開校になった八刃学園の門を通り抜ける。
黒髪の純日本人風の色彩を持ちながら、外国人に負けないスタイルのその少女は、実は普通の学生ではなかった。
一ヶ月前のアメリカ情報局が極秘裏に管理する施設の一室に少女と、一人の白人男性が居た。
「87、お前に新たな任務を与える」
男性の言葉に、少女は無反応だった。
少女にとっては、否応もない事だったからだ。
男性も少女に意見も返答も求めていなかった為、話を続けた。
「日本で新設される学校に潜入して、その裏で行われている事を探れ」
少女は、少しだけ眉を顰めると、男性も肩を竦めて言う。
「言いたい事は理解している。どんな学校だか解らないが、戦闘用に改造されたお前を送るのは普通ではない。しかし、上層部からは一番戦闘能力があり、学生として不都合が無いものと要求があったのだ」
男性の言葉に少女は納得した。
男性が言った条件に一番該当するのは自分だと判断したからだ。
「解っているとは思うが、身分がばれた時には即座に自決しろ」
少女はその言葉には眉一つ動かさず、肯定の意思だけを示した。
そして、八刃学園の敷地を歩く少女の名前は、山田華、14歳。
苗字は完全な偽名だが、名前は実は本名である。
87というコードネームもそこから来ている。
華は、日本にしては規格外の大きさの学校に軽く溜息を吐く。
広大な敷地イコール調査の範囲の広さなのだから。
しかし、それだけであった。
大変と考えても、それを躊躇する考えは華には、無かった。
「そこ危ないよ!」
後方から、自転車が爆走してくる。
華は、冷静に横にずれるが、何故か自転車が同じ方向に避ける。
華は、普通に避けるのを諦めて、直前で飛びのこうとした。
しかし、それは必要なかった。
華の前に同じ年くらいの金髪の少女が現れて、暴走する自転車を、受け止める。
「もー良美、人が多いところで自転車暴走させないでよ!」
金髪の少女は、下手をすると華より上手い日本語で、自転車に乗っていた、大学生らしい女性に言った。
「仕方ないだろう、遅刻しそうだったんだからよ」
自転車に乗った女性が反論するが、金髪の少女は、肩を竦めて言う。
「昨日も夜遅くまでお酒飲んでるからいけないんでしょ」
自転車の女性が横を向いて言う。
「祝いの席だったんだから良いじゃないかよ」
そんな普通な会話に、華は自分には不適当な場所だと言う事を再確認して、立ち去ろうとした時、金髪の少女が振り返って言う。
「良美が迷惑かけて、ごめんなさい」
華は振り返りもせずに言う。
「気にしていない」
そのまま立ち去る華に自転車の女性が不機嫌そうな顔をして言う。
「なんだ、あの態度!」
「こっちが悪いんだから、怒れないよ」
淡々と告げる金髪の少女であった。
華が教室に入って一人で、席に居ると、数人の女子のクラスメイトが話しかけようとするが、華は軽く睨むと立ち去っていく。
そんな中、先程の金髪の少女が教室に入ってきた。
「貴女もこのクラスだったんだ。あたしは、白風小較、よろしくね」
手を差し出す、小較に華はさっきまでと同じ様に睨み返すが、小較は全く気にせず言う。
「あなたの名前は?」
華は溜息を吐いて言う。
「山田華だよ。俺と付き合ってもいいこと無いぞ」
その言葉に苦笑する小較。
「あなたいい人だね?」
華が驚き、立ち上がる。
「いい人ってどう言う事だ!」
小較は平然と答える。
「だって、いいこと無いから付き合わないほうが良いなんて、相手の事を気遣っていないと言えない台詞だよ」
華は、言葉を無くした。
何気なく自然に発した自分の言葉をそんな風に捉える人間が居る事実に。
誓約書さえ書けば、だれでも入学できる八刃学園では、当然の様に他校から弾き出された不良が多く存在した。
そんな不良にとっては、つるまないが、スタイルが良くて目立つ華は目障りな存在だった。
その日も、華は、不良に呼び出されてリンチをされそうになって居た。
「これ以上俺に関わるな」
最後まで残っていた相手を睨み華がそう言うと、相手は激しく首を縦に振る。
その周りには、華に叩きのめされた不良達が倒れていた。
華は教室に戻ろうとした時、信じられないものを見た。
通常の生物とは明らかに事に異なる物が、生徒に襲い掛かろうとしていた。
その一匹が、華に迫る。
しかし、直前で光の壁に阻まれる。
「大丈夫よね?」
お嬢様風の女性が駆けて来た。
「怪我もしてないし、トラウマにもなってないわよね?」
華は思わず頷くと、その少女は言う。
「いまちゃんと聞いたからね、後で怪我したとか言っても慰謝料は払わないよ!」
「光、止めなよ!」
その少女、間結光の頭を小較が叩く。
「痛いわねー」
小較は、華の前に出て言う。
「ごめんね。でも本当に怪我してない?」
「大丈夫だ」
華は、そう言って去ろうとした時、腕を掴まれる。
「嘘、血が出てる」
そう言って血がにじんでいる腕を指さす小較に華が言う。
「関係ないこれは、いま出来た傷じゃない!」
華が腕を振り払おうとするが、小較は、平然と華を引っ張っていく。
保健室で治療して、開放された華が言う。
「これはあのときに負った怪我じゃない」
小較が普通に言う。
「関係ないよ。クラスメイトが怪我してるのをほっとけないよ」
極々当然の様な口ぶりに華が怒鳴る。
「お前に何が解る! 優しい家族と優しい友達に恵まれたお前に!」
小較が平然と答える。
「まーあたしが良い家族に恵まれてるのは否定しないけど、不幸自慢しても余計不幸になるよ」
華は、苛立ちを抱えたままその場を離れる。
「アメリカ情報局のスパイとしては、感情制御が出来てないね」
一緒に来ていた光の言葉に小較は、苦笑する。
「しょうがないよ、まだ中学二年だもん」
その夜、華は、学園内を無意味に調査していた。
本人は、上司から言われた調査の為だと思って居たが、苛立ち、気が整っていない状態で、学園内を散策しても収穫は全く無かった。
「やはり一番の問題は、昼間の化物だな。生物兵器を製造してる? でもどうして学校内で?」
まとまらない思考を続けながらの散策は、いつもだったら行っている周囲への警戒も疎かになってしまう。
そして人気が無い所に移動した時、華が舌打ちをする。
「油断していた」
「そうだな、アメリカ情報局の殺人マシーン、その首を貰う!」
周囲から、サイレンサー付きの拳銃や特殊合金のナイフで武装した、ヨーロッパ人風の少年達が現れて、華を囲んだ。
その中でも、片目に眼帯をした男が、興奮した表情で言う。
「お前に潰されたこの目の借りをようやく返せるぜ!」
華は、相手の戦力を冷静に分析しながら言う。
「お前等もこの学園の調査に借り出されたのか?」
眼帯男が嬉しそうに言う。
「ああ、つまらない任務だと思って居たが、お前を殺せる。ラッキーだったぜ」
華は、眼帯男に話させながらも逃げ道を模索していたが、完全に囲まれた状況を悟り、最終的に自分の命を犠牲にして、何処まで潰せるか考えて居たとき、その声が聞こえた。
「校内で、殺人は止めて欲しいんだけどね」
声のする方を向くとそこには小較が居た。
リーダー格の男が舌打ちをする。
「見られた以上、生かしておくわけには行かない」
その一言に、華が反応した。
リーダー格のその男に向けて右手を向ける。
「何のつもりだ?」
次の瞬間、華の掌が裂けて、そこから放たれたライフル弾が、その男の腕を貫いた。
「早く逃げろ!」
華が叫び、小較と男達の間に入る。
折角の秘密兵器をおせっかいな小娘の為に使ってしまった事に、腹立ちながらも。
「逃がすかよ!」
眼帯男が迫ると、華がライフルを仕込んだ腕を構えようとしたが、他の男からの銃撃で右手が打ち抜かれる。
「折角の秘密兵器もネタバレしちまったらお終いだな!」
眼帯男のナイフが華の眼球に迫る。
「何度も同じ事言わせないで欲しいんだけど!」
小較の蹴りが眼帯男を弾き飛ばす。
華はぼろぼろの右腕を押さえながら怒鳴る。
「何やってる、早く逃げろ!」
小較は肩を竦めて言う。
「残念だけどあたしの辞書にはクラスメイトをほっておいて逃げるって文字は無いの」
「目撃者も確実に殺せ!」
男達が、小較に迫り、複数の銃弾が小較に向って放たれる。
咄嗟に小較の盾になろうと華が出るが、小較はそんな華を片手で押さえて唱える。
『アテナ』
銃弾が小較に当たる。
華は小較の死を覚悟して、思わず目を閉じたが、再び目を開けたときに見たのは、服に穴が開いただけで無傷の小較であった。
それどころか、接近されて振るわれたナイフもまた、小較の皮膚にかすり傷一つ負わすことが出来ていなかった。
「お前何なんだ!」
眼帯男が恐怖に叫んだ。
「華のクラスメイトよ!」
右手を振るう小較。
『ヘルコンドル』
男達の体が切り裂かれる。
驚き逃亡する男達。
その前の影が起き上がり、一人の執事となる。
「大人しく、調査だけをしていたのなら見逃したのですがね」
次々に倒れていく男達に華は言葉を無くす。
小較は振り返り心配そうな顔をして華に言う。
「それ治る? 九菜さんに頼むしかないかな?」
華はそんな小較の言葉を聞きながら意識を失っていった。
「一応完全に修復したわよ」
八刃学園の青龍エリアにある、特殊研究室で、白衣を纏った女性、雪森九菜が宣言した。
「ありがとうございます」
小較が頭を下げる。
華は、以前以上に思った様に動く腕に驚く。
「アメリカの最高技術のサイボーグ手術だった筈だぞ」
それに対して九菜が胸を張る。
「所詮は一般流出技術だよ。ここみたいに国際世論さえ握りつぶせるところの技術には勝てないよ」
小較が溜息を吐いて言う。
「変な事を自慢しないで下さい」
そして華は、小較を睨み言う。
「お前等何者だ?」
その言葉に小較が言う。
「八刃、己が信念を貫き、大切な者を守る為に人である事をやめた者って言われているよ」
反論しようとして先程の異常な力を思い出して首を横に振ってから華が言う。
「つまり、特殊な力を持った血族だって事だな」
小較が頬をかく。
「まー基本的には外れていないよ、でもあたしは少し違うね」
華がどうでも良い様に言う。
「どう違うんだ? あんな化物みたいな力を使えて?」
小較は、自分の髪を弄りながら言う。
「八刃の血族には基本的に外人は居ないよ」
その言葉に華が戸惑う。
「ハーフって事か?」
小較は首を横に振って言う。
「あたしは、遺伝子操作で八刃の敵対する組織に作られた人工八刃なんだよ」
その言葉に、華が驚く。
「遺伝子操作ってどう言う事だ!」
小較は苦笑して言う。
「あたしは、生まれながらの遺伝子病で、長くて6歳までの命って言われていたの。それを八刃の人間の遺伝子を無理やり組み込む事で、八刃に対抗する戦闘兵器として延命したの。小較の名前は、その時に呼ばれていた番号、588号が元になってるの」
あまりに事にパニックを起こす華。
「それじゃあ、お前の家族はお前を望んで遺伝子操作させたのか!」
小較が考えながら答える。
「解らない。血縁者は、あたしをお金で売ったって話だから」
今度こそ言葉を無くす華に小較が言う。
「でも恨んでない。だって、ヤヤお姉ちゃんとめぐり合わせてくれたんだもん」
本当に嬉しそうな小較の顔に華は戸惑いながらも尋ねる。
「その人とは何処で知り合ったんだ?」
小較が苦笑しながら答える。
「殺すターゲットとして出会ったの。ヤヤお姉ちゃんを殺さないと、延命処理をしないって脅されてたっけ」
比較的平然と答える小較に何も言えなくなる華。
そんな華に対して小較は真っ直ぐな表情で言う。
「自分の身の上を不幸だなんてあたしは絶対思わない。どんな酷い状況でもヤヤお姉ちゃんと家族になれたんだから」
「小較ちゃん、華ちゃんは手術したばっかりなんだからゆっくりさせてあげなさい」
九菜の言葉に小較は、頷いて手を振って出て行く。
「また明日ね!」
最後まで笑顔だった小較に華はある決意をした。
「止めるだと!」
華に任務を出した男は、華から送られてきたメールを見て歯軋りをする。
「ふざけるな、そんな事が許されると思っているのか!」
激情する男。
その時、扉が開き、軍人達が入ってくる。
「何だ!」
軍人達は、男と男の関係者を確保していく。
「どう言う事だ!」
男が激しく抵抗すると、隊長らしき男が来て言う。
「お前達は、不可侵に触れてしまったのだ。八刃には触れるな、それが昔からの表と裏の契約だ」
そして男達は何処かに連れ去られるのであった。
「なーなんか良いバイトないか?」
数日後の教室で、華が小較に質問する。
小較は悩みながら言う。
「無い事もないけど、危険だよ」
華は不敵な笑みを浮かべて言う。
「上等だ、そういったバイトの方が俺向きだぜ」




