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 [ワレ ユウシュウナジュンヨウカンナリ  ソノハヤキコト ヒカリノゴトシ  ゲンドウキニヒヲトモセバ マタタクヒマモナク ナミヲキリ  テキカンニオワレルコトアレバ シズンダヨウニ スガタヲクラマシ  ヒトタビコウセイニテンゼバ センカンスラヲモクズトス]

宴も酣を過ぎて、潰れた兵士たちが次々に兵舎へと運ばれる頃。酒の席の主役は、なぜかトモキセではなく、饒舌な発光器になっていた。

[ワレ ストキヴニカセイスレバ 『クードル』ナド ガイシュウイッショクナリ]

「はっは!そりゃ頼もしい!」

「おうおう!もっと言え!」

[イマコノヨウニ ミンカンセントシテ シカバネノヨウナセンチョウノモトニオカレテイルコトガ ハナハダ イカンデアル]

 一方、兵士と発光器の上官は、少し遠くからそれを眺めていた。

「何やってんだアイツは……」

「あの発光器……あれ自体が、セレナ号の人格なのか?」

「いいや少し違う。本体は船にあって、あれは子機みたいなもんだ」

「ほう……。それにしても、船と人とが意思疏通をするとは、実に面白く、興味深い」

大佐もジェントリズムを取り戻し、セレナのお陰で酒の席もいくらかましになり、ようやくまともな話ができそうな環境が整いつつあった。

「いいことばかりでもない。船長に対して反抗的な態度を取りやがる。あんたの兵隊のほうがずっとマシかもしれん」

「ハハ、奴等には陰で何と呼ばれるかわからないが、交換してみるか?」

「遠慮する。船すらまともに扱えないのに、人間の上に立つなんざ俺の人徳にゃ無理だろう」

「私もあなたのように船と主従関係を超えた仲を持つことは出来かねるな」

「皮肉か?」

「まさか」

ハハ、と互いに笑う。確かに、普通であれば主従関係であるはずの、いいや、モノとヒトの関係であるトモキセとセレナが憎み口を叩きながらも仲良くやっているのが、キシルにとっておかしく見えるのは間違いない。おそらくは本当に皮肉などではないのだろうが、それでも相手は佐官というエリートなので、どうにも言葉に悪意がなくてもぐさりと刺さるトゲがあるのだ。

 [ワレ ショウショク  ゲンドウキノテンカニ アブラヲゴクショウリョウ ショクジハワズカソレノミ ニンゲンヲノセズンバ ハンエイキュウノコウコウ カノウナリ]

「そりゃさすがに嘘だろう?」

[イナ  ワレ マコトノミヲカタル]

「油も石炭も食わねーなら帆船じゃねーかよお」

トモキセの心情など露知らず、航海士は語る語る。普段あまりにもバカにされているからか、妙に饒舌である。

「しかし、科学の力は素晴らしいな」

キシルはウイスキー(もちろん、特大ジョッキになみなみ注がれている)を少し煽ると、自らの部下を眺めながら呟いた。

「兵たちはあなたの船に夢中だ……。地人が、連合が羨ましいよ。科学力は、我々人類の強さに直結するからな」

「それは軍事的な意味でか?」

「いいや……知能を持った生物として、だ」

「科学が?」

獣人の思想としては珍しい言葉に、トモキセは驚きを隠せなかった。力強きを良しとする獣人には考えられないインテリジェントな思想である。生物的な強さであれば、地人はとても脆いのに。どうしてか、と問うと、もう一度ウイスキーを煽り、静かに口を開く。

「……人類の強さは知だ。古今東西何処の神々も、人間が知恵を持つのを忌み嫌ってきた。我々が賢くなれば、信仰の重要性が薄れるからな……。科学の力があれば、原始農業のような雨乞いも必要なくなり、死に行くはずの人間が一命を取り留めることができる。雲海うみへ発つ前の祈りすら必要なくなる……」

 神の存在。トモキセにはあまり馴染みのない話である。というのも、トモキセにとって重要なのは神が存在しているかどうかではなく、それが航海に役立つかどうかで、海の近くに道中の安全を願う宗教的なものがあるならば、現地の方法で、船乗りとしてやっているだけなのだ。まさかおかの上で死ぬとは思っていないし、墓に入れる保証もない。真っ向から否定するわけでもなく、ただ、どうでもよかったのだ。

「神への畏れが、科学の発展を妨げている。運命を気まぐれな神々に任せるのではなく、我々の手で、科学力で切り開かねばならない。私はそう思っているのだよ」

 ジョッキを更に煽り、遠い目で得体の知れない発光器と語らう部下を見つめる。含み笑いのあるため息を吐いたが、それがなんなのかはわからなかった。しかし、なにか心に引っ掛かるものがあって、トモキセは問わずにはいられなかった。

「あんたは、神についてどう思っているんだ?」

純粋に浮かんだ疑問を直接ぶつける。他意はなかった。

「神か、そうだな……。何から話すべきか」

どうするか、と顎を撫でながら、キシルはゆっくりと目を閉じる。どうやら、単なる個人の思想に留まるようなものではないらしい。僅かばかり考えた後、ウイスキーで細長い口吻の先を濡らすと、言葉を選ぶようにして語り出した。

 「私は、私の家系は、神官のカーストでな……。長男の私も父と同じように、やがては神に仕えるのだと思っていたよ」

この時点で、その思想は生半可なものではなく、やもすれば、国を、そこに住む住民の生活をも裏返す覚悟があることを、トモキセは悟った。とりわけ、神に仕える身のような、宗教の影響が強い者がカーストに背くことは、下手をすれば縁者や親族から命すら狙われる場合もある。それを圧してまで軍人に、それも佐官にまでなったということは、彼にはなにか、とてつもなく巨大な目的があるに違いなかった。その目的とは、今までの言動を鑑みれば、想像に難くない。

 キシルはジョッキの底に少しだけ残ったウイスキーの水面を見つめ、続ける。

「私の家が奉っていたのは、狐の神……。農業、特に穀物の豊作を司る神だった。故郷は都市に近い農村でな、それはもう、熱心な信仰の対象だったさ……。だが、そうだな、私が九つになった時の事だ。村の近辺の土地から、鉄、石炭、そういう資源が山のように出てきたんだ。その頃、我が国は丁度技術の転換期でな……政府は他国に対抗するために、工業化を進めていたのだよ。その矛先が、故郷だった」

「……農村ひとつが丸々潰れ、神も死んだか」

「ああ、そうだな……。だが、神が死んでも、信仰は生き残ると知ったよ。村の農民が土地を取り上げられ貧困に喘ぐ中、神社はそのまま残った。神の住まう場所はさすがに更地には出来なかったのだろう……。信仰のおかげで、私たちは飢えずに済んだよ」

「だが信者がいないだろう。農地がなくなれば終わりだ」

「ああ……」

キシルは何度かうんうんと頷き、目頭を押さえ、それが問題だったと呟いた。

「……父もそう思って、不可侵のはずの堂を難民に解放して住まわせたのだよ。神に仕える身を捨て、義に生きることとした。神官は高位のカーストで、浪費するわけでもなし、金はいくらでもあったからな。感謝されたさ、まるで神のように……」

 深いため息を吐き、キシルはウイスキーを飲み干した。もう一度目頭を押さえ、俯きながら続ける。

「……信仰は神に対してではなく、私たちに対するものとなった。神官が狐、奉っていた神も狐。それが我々獣人では一般的だが、そんな状況であったから、父などは神の生まれ変わりだの、なんだの言われても不思議でなかったのだよ。いつの間にか、後を継ぐはずの私まで神と祭り上げられてしまってね。……騒ぎは大きくなってしまった」

 キシルは、収拾のつかないほどにな、と呟くと、ようやく面を上げて腕をくみ、何か考えるように空を見つめる。幾ばくかその横顔をトモキセは見ていたが、どこか哀愁の漂うものだった。しばらくの沈黙は、恐らく、語るべくもない結末が続くということなのだろう。

 「……ああ、すまないな、話が随分逸れてしまった」

「いいや、構わん」

「神についてどう思うか、か」

ようやくキシルの中で合点がいったようで、一人でうんうんと頷く。そうだな、と前置きして、キシルは答える。

「確かに、信仰は科学と反発する。だが、神は必要だ。我々人類が、人類として歩むために。科学は、そう、我々人類の進化の大雲海原おおうなばらであるが、その雲海の大きさを、自身の位置を、我々は見落としやすい。雲海図かいずを無くすわけには行かないのだ」

「神を雲海図と喩えたか……興味深いな」

「しかし、神が我々の上に居られるかどうかは問題ではない。人々が信じる力、雲海を行こうとする力こそ神であると、信じているよ」

納得のいく出来だったようで、キシルは満足げにまたうんうんと頷く。この男が優れた指揮官なのは違いないが、存外夢想家なのかもしれないとトモキセは感じた。

 「……時に」

「ああ」

キシルは自らの理想を語ると、今度は問う側に転ずる。

「あなたにとっての神とは何か?」

同じような質問であった。特定の宗教を信仰しているわけでないトモキセには難しい質問かもしれない。しかし、キシルの話を聞いて、トモキセなりの答えは既に出来上がっていた。

「……俺にとっての神は、月だ」

逆らえないもの。頼らざるをいけないもの。それが月であるのは間違いなかった。

「月か。というのは?」

「ああ……。セレナは特務船だ。月の下で最大限の能力を発揮できるように改造された、な。俺の仕事は、その月を年がら年中追いかけて観測することなんだよ」

キシルは「ほう」、と相づちをうち、その改造船の方をちらりと見る。未だに部下同士語り合っているようであった。

「なるほど、肌が白いと思ったよ」

「まあな。だが、俺にとっても、あいつにとっても、月がなけりゃ生きてはいけない。気まぐれでたらめに動く月を追いかけて、それでおまんま食えてる。船の行く先は月が行く先。運命はずっと月に握られたままだ」

「差し詰め、我々のこの出会いも神のお導き、と言ったところかな?」

「ハハ、だといいな」

 互いに笑いあう。人付き合いなどあまりないトモキセであるが、やはり海の男同士、酒があれば波長が合うようだった。一頻り笑って、互いに自分のジョッキの中を見る。底には何も残っていなかった。

「じいさん、ウィスキー貰えるか?」

キシルは特注ジョッキを掲げて店主を呼ぶが、反応はどうにも悪かった。

「酒なんて一滴も残っとらんよ。あんたの兵隊がみんな飲んじまった。もう店じまいだ」

「ハハ、済まないな。そろそろ退散するよ。領収書は私のデスク宛に頼む」

見ればセレナと元気に話しているのは数人だけで、後は床なり、なんなりに潰れているか、それらの介抱をしているものたちであった。店員も随分疲弊しているようで、やつれたように見えた。

 「てめえら!撤収だ!」

キシルが鶴の一声をあげる。するとどうだろうか、飲んべえたちが途端に兵士の顔に戻り、発光器との会話を楽しんでいたうちの一人が、それを持ってトモキセのもとに届けた。

「お返しします」

「あ、ああ……」

あまりの変化に唖然となる。これならばいつ敵が攻めてきても問題ないだろう。指揮官が優秀なら部下も優秀らしい。

 [ヘイノシキコウヨウニセイコウセリ]

「……お前、変なこと吹き込んでねえだろうな?」

[イナ ワレ マコトノミカタリケリ]

いつものように発光器と会話をしていると、横からキシルが入ってくる。

「セレナと言ったな。君のおかげで兵たちが楽しめたよ。礼を言う」

[ワレ サラナルシャレイヲショモウス]

「ハハ、調子のいい奴だ。代わりといってはなんだが、軽油と補給物資は上等なものを用意しよう」

「いいのか?」

「ああ、面白いものが見れたからな。ただ、頼みがある。明日、船の中を見せてくれないだろうか?」

「いいとも、勿論だ。あんな小汚ない船でいいならな」

[コギタナイトハフフクナリ テッカイヲヨウキュウス]

「ああ、ああ、わかったわかった」

口うるさい発光器を胸ポケットに放り込み、トモキセは船長帽をかぶる。キシルから握手をせがまれたので、こちらも手を差し出した。

「では明日、こちらから訪ねるよ」

「ああ。とびきりの補給物資を頼む」

 「ではな」と残して、キシルは出ていく。続いて兵たちがぞろぞろと後を追う。さて、自分も出ていかなければとトモキセが席を立とうとしたときだった。

 「……船長さん、あんた、月を追っかけてるって話してたな?」

呼び止めたのは店主であった。先ほどまでの忙殺で、かなり憔悴しきった感が見える。

「ああ、そうだが?」

答えると、頼みがあるといい、店の奥へ手招かれる。月がらみで頼みだなんて珍しい、と、トモキセは招かれるままに奥へと進んで行った。

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