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 月夜の雲海うみに浮かぶ一隻の巡洋船は、音を立てず、静かに、月を真上に据えて、悠々と泳いでいた。

 その姿は方舟と亀甲を足して二で割ったような、なんとも設計の意匠を理解しがたい奇っ怪な形をしている。おおよそ、現代のデザインセンスの流れを汲んで作られたスマートで合理的な形には見えず、流体力学や船舶、海洋工学を無視した、どうにも、おかしな船である。

 「座標を再確認。月の予想進路を出せ」

 船が奇っ怪なら、船員も奇っ怪。艦橋で声を上げているのは、妙に蒼白い肌に、ボサボサの黒髪、無精髭を蓄え、誰がどう見ても健康体とは思えぬ男、ただ一人である。食糧庫に紛れ込んだ鼠をはじめとする密航者を除けば、船員はたったの一人。船体の規模からすれば、不気味なほどに人手が足りない。それでも、船に乗っているのはたったの一人。一人なのである。

 その男の名は、トモキセ・ドーパミナと云い、この船、セレナ号の船長帽を14の時に初めて被って以来、殆ど一人で、大海原を巡り廻ってきた。31年の人生において、おかの上より、セレナ号の上で過ごしてきた時間の方が遥かに長く、船乗りとしての腕前は、比較対象こそ無いが、絶対的に秀たものを持っていた。

 「物資はあとどれくらい持ちそうだ?」

雲海図を広げながら、トモキセは呟く。答える者などいるはずがないが、それは違っていた。テーブルの上の懐中時計――に形さえよく似た得体の知れない発光器――が発光し、符号を用いて答える。どうやらあまり余裕は無いようで、ここいらで少し、補給をしなければならないらしい。

 「……進路上に規模の大きな港湾はないか?」

と、トモキセが聞くと、

[ジリキデノケンサクヲモトム]

と、発光器は答える。

「ああ、ああ、わかったよ、俺がやる」

バツが悪そうに、トモキセは雲海図を睨む。会話をしているのは、何も人間相手ではない。もちろん、トモキセが一人で発光器を操って会話をするような寂しい真似などしているわけでもない。

 発光器を操っているのは、セレナ号に装備された知能であり、名はそのまま、セレナと云う。トモキセの長く終わりの見えない船旅において、数少ない友人であり、会話相手であり、そして、良き航海士である。揚錨、操舵、何から何まで、大体のことをやってのけるが、接岸離岸に関してはトモキセが手動で行わなければならない。そして人工知能にも関わらず、まるで船長に従わず、つかみどころがどうにも見えない。

 行き先は月の向かう場所、目的地などはわからない。セレナの性格は、この船を表しているようであった。

 「駄目だ……。雲海図に載ってるような港にゃ遠すぎる。どこか小さな場所でいい、今は補給が優先だ」

[ジリキデノソウサクヲモトム]

「ああ、ああ、そうするよ、気が向いたら、飢え死にする前に助けてくれ」

目頭に指をあて、ため息をひとつ。ようやく拠点となる港へ帰還できると思ったが、今回は妙に月がおかしな軌道を描いたために、計算よりも時間を食ってしまったのだ。

 失態だった。月が予測と違う進路をとるのは別段変わったことでもないが、今回は休暇が取れそうなだけあって浮き足立っていたのだ。いざとなれば任務を放棄して直接拠点へ向かうことはできるが、それはあくまで最終手段。面倒を起こしたくはない。

 まあ、なんとかなるだろう。頭を抱えていても仕方がない。トモキセが海図を丸め、筒にしまおうとしたときであった。

[11ジホウコウ コウゲンタスウ]

セレナが文字通り光明が射したような報告をしたのだ。慌てて艦橋から左前方を望むと、たしかに遠くに灯りが見えた。間違いなく、街の灯りである。一つだけやや高い位置にある灯りは灯台のものであろうか。規模からするに、船が補給を受けることのできる設備は間違いなくありそうだと確信した。

「馬鹿野郎、もっと早く報告しろ」

[キカンノセイメイヲスクッタユウシュウナルコウカイシニオオイニカンシャヲセヨ]

「ああ、ああ、ありがとよ。とーりかーじ、10度」

[ジリキデノソウダトシャジヲモトム]

「ああ、ああ、飢え死にするところを助けてもらって感謝してる、我が船の優秀なる航海士さんよ」

仕方無しに、船長自ら舵輪の前にたち、船体を回頭。恩を売るとすぐにこうなのだ。

 「進路、宜候。距離は?」

[カイズヲサンコウニセヨ]

「ああ、ああ、わかったよ、俺がやる」

 奇っ怪な船は、奇っ怪な船員を乗せ、灯りへと向かう。天の中心に月を据えたまま。

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