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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の沸騰点
8/18

引火点

 三時半すぎくらいにデパ地下で買った飲み物や食べ物をもって河原に戻る事にした。

 少し曇り日差しが弱まったことで、先程よりもかなり楽になっていた。そこでデパ地下で買ったお総菜や、屋台で買ったものを並べチョットしたピクニックのような時間を楽しむ。

「コレ、最高だよ! 大陽くんも、ほら食べて!」

 月見里さんは、台湾風かき氷が気に入ったとかで、二杯目となるかき氷を満面の笑みで食べて、コチラにそのカップを差し出す。

 彼女からお裾分けされたかき氷は確かに上手かった。練乳入りの氷を特殊なかき氷機で作ったという雪のように粒子の細かい氷は、口に入れた瞬間にふわりと溶ける。『よくそんなに食べるな~』といいつつ、結局その半分をシッカリ俺も食べているので、二人で二杯のかき氷ということで普通の量だったのかもしれない。

 オーソドックスな『たこ焼き』とか『お好み焼き』とか粉物を買ってくる俺と違い、彼女はこういった珍しい食べ物を選ぶ。今日も○○名物といった屋台としては珍しい料理を選んで買ってきていた。

 

 二人で、レジャーシートの上でまったりした時間を過ごす。あとは派手に花火が打ち上がるのを見て盛り上がるだけで、最高の一日になること間違いないだろう。久しぶりに充実した週末だ。

 月見里さんも、今という時間の楽しさと、夜に見る花火への期待で顔を輝かせている。俺を今一番ワクワクさせているのって、食べ物でも花火への期待でもなく、月見里さんの笑顔なのかもしれない。今の彩度も明度もマックスに見える笑顔を見ていると、出会った当時の笑みって明らかに誤魔化し笑いに近いものがあったんだなと気付く。あの時は、怒りも呆れもすべて笑顔で返してきたので、月見里さんという人間が分かり辛かったし、誤解していた面もあったけど、最近の月見里さんはなんか分かりやすい。時折みせるむくれ顔が、嬉しいというのも不思議だけど。女の子のむくれ顔なんて、うっとうしいだけなのに、月見里さんの場合、様々な表情をみれるのが嬉しい。


 お腹も一杯になった。暗くなる前に食べ物のゴミを纏めることにする。花火が始まったら食べ物どころではないし、暗い中食べるのも事故が多そうなので、明るいうちにゴミはかたづけておいたほうがいいからだ。スッキリさせたレジャーシートに、俺はペット飲料を手に寝転び空を見上げる。

「食べてすぐ寝ると、牛になるよ」

 月見里さんはそんな俺を見て笑う。そう俺に言いながら、彼女も隣に寝転んでくる。

「なんかチョット厚めの雲出てきたね」

 同じように空を見上げて、そうつぶやく。たしかに、先程より重たそうな雲が立ちこめてきている。

「だね、でも花火には支障ないでしょ」

「うん、だね!」

 少しずつ暗くなっていく空を見上げて、二人でポツリポツリと会話する。視界が悪くなっていく事もあるのか、周りにはいっぱい人がいるはずなのに、ココに二人だけのスローなテンポの世界が出来ている。

「なんかさ、空を見上げるって気持ちいい」

 月見里さんが、つぶやく。

「そうだね」

 雲が立ちこめた空なんて、見ていてもそう面白いものではないはずだけど素直に同意の言葉を返していた。

「なんか、宇宙を感じて、すべての事が小さい事のように思える」

 ずいぶん、大きく話をもってきたものだ。俺はフッと吹き出す。

「星空みてそう思うならともかく、このどんよりした雲みて思うか?」

 隣で『ウーン』何やら考えている声がする。

「空を見たら宇宙を感じない? 昼間でも太陽の向こうに星を感じるし、今もこの雲のはるか向こうに満点の星が輝いているって思うんだよね」 

「それはスゴイな」

 隣を見ると、月見里さんは真面目な顔をして静かに空を見上げている。雲の向こうの風景までを見通すように真っ直ぐと空を見つめている。その瞳が憂いのある感じで、月見里さんがすごく女っぽく見えドキっとする。小柄で笑い方が子供っぽいからつい幼く見えがちだけど、真剣な表情をしていると大人っぽくというか年相応な顔になるみたいだ。

 無意識に手をそっと彼女の手の方に移動させる。別にやらしい意味ではなくなんか月見里さんを感じたかった。

 もう少しで彼女の手に触るというタイミングで俺の手になんかポタっと液体が落ちてきた。

「えっ!」

 慌てて起き上がると、手だけでなくポタッ、ポタッとそこら中に水滴を感じる。

「え、嘘! 雨?」

 月見里さんも慌てて起き上がる。信じられない事にあと五分弱というタイミングで雨が降ってきたようだ。

 月見里さんが鞄から出した折り畳傘に二人で入り、しばらくその場で様子を伺うけれど、雨足は止む所かどんどん激しくなってくる。しまいにはプールの底が抜けたような状態になった。

「コレって、もう無理だよね」

 月見里さんも頷き二人で立ち上がり、レジ袋にレジャーシートを雑にしまいその場を離れることにした。

 一斉に皆が駅方面に動き出したことで、会場は一気に慌ただしくなる。


 歩道しか通れる場所がなく一気に狭まった高架下まで来たときに、いきなり後ろで花火が打ち上がる。

 信じられない事に、こんな土砂降りの雨の中でも花火大会を強行決行したらしい。というか花火の設置などの関係でもう、延期という事も出来ない状態まできていたんだろう。


 花火が打ち上がる事で、見物客の動きは益々混乱した。雨で駅に向かおうとする人、花火が上がったことで会場に戻ろうとする人。無作為に移動する人で、俺たちは人がミッシリいる空間で身動きがとれなくなる。しかもその状態でも無理矢理でも行きたい方向に進もうとする人もいて、それだけの人数が押しくらまんじゅうしている状況となる。小柄な月見里さんなんて完全に人混みに埋もれていて、もみくちゃにされ呻き声まであげている。さっきまで横にいたはずの月見里さんが少しずつ離れていく。

 この時、月見里さんはものすごく小っちゃく脆い存在に感じた。俺がココでシッカリと守らないと壊れてしまう。

 俺は手を伸ばし、月見里さんを手繰り寄せ、はぐれないように抱きしめる。なんとか彼女を守って、この混雑した空間から離れないと危険だ。

 月見里さんを抱きしめたまま周りを伺う。二子玉側方面に向かう多摩川の上の二子橋は人がいっぱいで同じように混乱しているのを確認する。川の向こうへ行くにはその橋しかないから当然だろう。となると反対側の溝の口方面に抜けたほうがいいかもしれない。ソチラなら抜け道も多く、この混雑は避けられる。

「つかまってて」

 そう月見里さんに声をかけ、あまり強引にならないようにゆっくりと移動していく。力強く抱きしめてないと、人混みに月見里さんは持って行かれそうになる。彼女もはぐれるのが怖いのか、俺に必死にしがみつくように一緒に移動していく。後ろで場違いに花火が打ち上がる景気のよい音がしている。

 高架下をなんとか抜け信号を渡り、寿司詰め状態からは脱する事はできたものの、まだまだ混乱した人が右往左往している。俺はそのまま右手で傘を持ち左で月見里さんの肩を抱き寄せ住宅街の方へと進む。大通りはこのあたりに詳しくない人が大挙しているために混雑していたから。


 地元民くらいしか通らない道なんだろう、人もまばらな道に出れて混雑から完全に離脱できた。そして閉店した後のクリーニング屋の軒下で、ようやく俺はホッと一息つき月見里さんの肩から手を下ろす。

 隣をみると髪の毛もボッサボサになった月見里さんが建っている。人混みと激しい雨で傘が殆ど役になってなかったようで、左半分とスカートがびしょ濡れである、見るからにボロボロという状態だ。帽子が無くなっているのも気が付いたけど、今となっては見つけるのは不可能だろう。


 チョット離れた空間で、花火は相変わらず打ち上がっている。俺たちはぼんやりとソチラをしばらく眺めていた。

 隣で大きく息を吐く音がする。隣をみると手串で髪の毛を整えている月見里さんが見える。自分が誘っただけに散々な花火見物になった事に申しわけない気持ちになる。


 ふと俺の視線を感じたのか、月見里さんはこっちを見上げる。そしてクスクスと笑い出す。何故か俺も笑えてきた。

「スゴイ、絶妙なタイミングで雨降ってきたよね」

 月見里さんは可笑しそうに肩を振るわせて、そんな事を言ってくる。

「本当に、しかも降り方もコントみたいだった」

「いや~今時の花火ってスゴイね、こんな雨もモロともしないなんて。綺麗」

「本当に」

 二人で笑いながら、花火打ち上げ会場の方に視線をやる。こんな土砂降りの中なのに、綺麗に花火が打ち上がっている。

 最悪なイベントだったのに、何故だろうか月見里さんとだったら、それが笑えて、こうして楽しめる。

 散々な目にあったのに、二人でいれば、『まあ、いいか』と笑ってしまう。

 隣をそっとみると、濡れ鼠の状態なのにニコニコと花火を眺めている月見里さんがいる。ドキドキといった気持ちでなくなんか満たされた気持ちになってくる。俺はこの女性が好きなのだという事に改めて気が付く。友達としてもあるし、それ以上の存在としても。

 土砂降りの雨の中、花火は無事発火でき、俺の心の中でも怒りとは別のモノが発火した。

「あのさ……」

 俺はそこで一旦言葉を切り、深呼吸する。

「月見里さんとだったら、どんな事も楽しく乗り越えていけそうだよね」

 コチラを見上げてきた月見里さんは、その言葉にクスクスと笑い頷く。

「コレからもずっと、二人で色々思い出つくっていこう! こうやって笑いながら」

 俺は内心ドキドキしながら、そう彼女に告白をした。こんなにマジモードで人にクサイ言葉で告白したのって初めてかもしれない。

 月見里さんはその言葉にチョット驚いたように眼を大きく広げたけれど、すぐに満面の笑顔になる。その表情を花火がさらに明るく照らす。

「いいね! 二人でもっともっと、いろんな所行って楽しもう!」

 月見里さんらしい感じの、承諾の言葉が返ってきた。

「とりあえず、この先にたしかユニクロあるからそこで、月見里さんの着替え買いに行こう! 店が閉まる前に」

「大陽くんは?」

「俺はマンション近いから、月見里さんもウチで着替えるといいよ」

 俺達は再び一つの傘で、肩を抱き寄せた状態で、土砂降りの街の中へと再び飛び込むことにした。二人の後ろで打ち上げ花火が景気よくあがっている。

 さっきはあれ程むかついた音だったけれど、今はなんか目出度く聞こえる。

 恋愛のスタートを祝って花火が打ち上がる。ある意味、映画かドラマのようなシーンではないか。二人の恋愛はそれがラブロマンスではなく、ラブコメディーかもしれないけれど、彼女と作る時間ならそれでも良い。いや寧ろその方が楽しくて良い。そうだよね? そんな事考えながら、三十五センチ下を見ると月見里さんはニッカリと明るい笑顔を返してくれた。

一章 完

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